軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

●第240話●街の名は。

「はっはっは、そうか、アンネも知らなかったのかぁ。滅多に起きる事じゃないから無理も無いか」

驚いた勇とアンネマリーの顔を見てひとしきり笑ったセルファースが、言葉を続ける。

「まぁ、これといったルールは無いから、難しく考えず好きな名前を付ければいいと思うよ」

セルファースによれば、既存の別の街や王家の名前を使ったりしない限り、自由に命名する事が出来るそうだ。

家名をベースにした名前が多いが、それも別に決まりではないらしい。

「そうなんですね……。教えていただいて助かりましたよ。ちょっと急ぎで考えてみます」

叙爵と同時に危うく失態を演じるところだった勇は、セルファースに礼を言うと書斎へと戻ってきた。

「う~~~~ん。とは言え、いざ自由に決めて良いって言われると、逆に悩むなぁ……」

再び鼻の下にペンを挟み、虚空を見上げながら勇が呟く。

「シンプルに、イサムさんの苗字であるマツモトから名付けては駄目なのですか?」

隣でお茶を入れながらアンネマリーが尋ねる。

「いやぁ別に駄目って訳じゃないんだけどさ、俺の苗字と同じ名前の有名な町が元の世界にあってね。どうにもそのイメージが強くて違和感があるんだよねぇ」

勇の言う町とは、言わずと知れた長野県にある松本市の事だ。

マツモトと付く都市名と言われたら、日本人であればまず一番目か二番目に出てくるであろうメジャーな観光都市である。

その印象が強すぎて、自分の名前から付けたはずなのに自分の街ではないように感じられてしまうのだ。

ちなみに県庁所在地である市とは長年のライバル関係にあるとかで、信州と言わないと怒られると言う噂があるとかないとか……。

元々信濃の国だったところを廃藩置県で長野県と筑摩県に分け、筑摩県の県庁所在地は松本市だった。

そして再びそれを一つにしようとした時に、松本市にあった筑摩県の県庁が謎の火災で焼失、長野市が県庁所在地になったという歴史があって確執があるのだとか……。

閑話休題。

そんな訳で、苗字から直接名付けるのはしっくりこないため、別案を考える必要がある。

「姫に関係する言葉を入れることは絶対として、それ以外に何を入れるかだなぁ……」

「そこはやはりイサムさんの名前に関係する言葉じゃないんですか? ねぇ、オリヒメちゃん」

「にゃっふん」

お茶を入れ終えて膝に織姫を抱いたアンネマリーが、織姫の両手をもってチョイチョイ動かしながら言う。

織姫もその通りだ、とばかりに鼻を鳴らす。

「俺の名前ねぇ……。日本語だとしっくりこないから、英語かなぁ。松はpineだからちょっと使いづらいか。そうなると勇、勇気とかか?? こんな事なら、第二外国語のドイツ語をもっとまじめにやっておけばよかったなぁ」

アンネマリーと織姫の推しを受けて、手元のメモにいくつかの単語を書いていく。主に勇気を意味する単語たちだ。

英語については得意でも不得意でも無かった勇だが、誰しもが一度はやるであろう“自分の名前を英語に訳すとどうなるのか?”を経験しているので、いくつかの単語がすぐに列挙される。

「分かりやすいのはbraveかcourageあたりで……、あとはvalorとかか? で、織姫のほうはそのままだと語感が合わないから……」

続けて織姫を想起させる単語も、思いついたものから書き出していく。

「ん~~、出会ったのが七夕だったから付けた名前だから、やっぱりvegaがしっくりくるなぁ」

ヴェガ――言わずと知れた“こと座”のα星だ。彦星こと、“わし座”のα星であるアルタイルとセットで語られる七夕伝説や、“はくちょう座”のα星デネブを加えた夏の大三角形は、あまりにも有名だろう。

それらの単語を、あーでもないこーでもないと組み合わせていくこと一時間。勇が声を上げた。

「よし、決めた! これでいこう!!」

「決まったんですね!?」

「うにゃっっ?」

突然の大きな声に、飽きて眠っていた織姫がイカ耳になって目を覚ました。

「ああ姫、驚かしてごめんね。でも、良い名前になったと思う」

「どんな名前にされたのですか?」

勇は謝りながら織姫を優しく撫でると、手元のメモの中にあるグリグリと印を付けた単語をアンネマリーに指し示した。

「 ヴェガロア(Vegalor) ――。元の世界で織姫を表すvegaと、俺の名前の元になってる勇気を表すvalorを繋げた名前だよ」

「ヴェガロア……。 この世界(エーテルシア) では珍しい語感ですが、神秘的でとても良い響きですね!」

「にゃぁん」

何度か小さくヴェガロアと呟いたあと、アンネマリーが笑顔で感想を口にする。

織姫も“まあまあね”とばかりに小さく鳴き声を上げる。

「ありがとう。こちらにあまりない語感っていうのもポイントのひとつかな。分かりやすくていいかなって」

二人の反応に少々恥ずかしそうにしつつも、勇は満足げな表情を浮かべた。

かくして、勇が治めることになるマツモト男爵領の領都は、「ヴェガロア」と名付けられるのだった。

マツモト領の領都の名前を決めて、ひとまず叙爵の手続きに必要な事務仕事は片付いた。

そろそろ叙爵式も行われる年始の大評定に向けての準備を始めようかという十二の月の初旬、ある人物が勇のもとを訪ねて来ていた。

「マツモト様、いえ、マツモト男爵様。この度の叙爵、あらためてお祝い申し上げます」

「いやいやいや、これまで通りでお願いしますよ、ベネディクトさん」

「……左様でございますか? かしこまりました。何とも欲が無い、さすがマツモト様ですな」

クラウフェルト邸の応接室に行ってみれば、訪ねてきたのは教会の司教、ベネディクトだった。

相変わらずの外連味掛かった挨拶に、勇が苦笑しながら返答をする。

「それで、今日はどのようなご用件で?」

「この度、マツモト様の領都となる街、ヴェガロアでしたかな? そちらの教会に転属することになりましたので、そのご報告にと」

「え? そうなんですか!?」

「はい。私の方から申請しまして、この度無事に受理されております」

「ええっ!? わざわざ自分から申し出たんですか? 出世のチャンスでしょうに……」

ベネディクトの言葉に驚く勇。

勇の叙爵と同時に、クラウフェルト家も伯爵へと陞爵を果たす。

ばかりか、出来たばかりのマツモト領とお隣のヤンセン子爵領を寄子に持つ、大領主にもなる。

それに伴い、クラウフェンダムは大領都となるのだ。

黙っていれば、ベネディクトは晴れて大領都の教会トップとなれる訳である。

それをわざわざ蹴ってまで、いち男爵領の教会へ移ると言うのだから、勇が驚くのも無理はない。

「ほっほっほ、これは異なことを。元々私は、オリヒメ様の鑑定をさせていただいた時からオリヒメ様の信徒でございますれば。ついて行くのが自然な事かと」

一見立派な事を言っているようではあるが、いつものアルカイックスマイルから紡がれる言葉は、勇にはどうにも胡散臭く感じる。

「騙されては駄目よ、イサムさん。出世を蹴ったんじゃなくて、すでに出世が内定しているから、憂いなく転属する事が出来ると言うだけの話なの」

一緒に話を聞いていたニコレットが、眉根を寄せながら裏事情を教えてくれた。

やはりイサムの第一感は当たっていたようだ。

織姫を見出し、様々なグッズで多額の喜捨をして二階級昇格したばかりのベネディクトだが、その後今度は立て続けに女神様の神託を受けたことで、異例の再昇格が内定したそうである。

ただ、あまりにも短い間隔での昇格なので、本来大司教となるところを大司教代理とすると聞いて、ちょっと銀行っぽいなと思う勇だった。

「それにね、移動先の教会の格がダイシキョウサマに相応しくない場合、建て直すことが出来るんですって。教会本部のお金でね」

さらなる裏事情を暴露するニコレット。

大司教というのは教会内でもトップクラスの位階だ。教会が全国規模の会社だったとしたら、関東、関西などの広域エリアの長である。

それを支店レベルのオフィスに詰めさせるわけにはいかない、という話なのだろう。

「ほほ、神の現身であらせられるオリヒメ様のお膝元の教会が粗末である事など、許されざる愚態。ましてや複数の女神様のご神託を授かったマツモト様の本拠地とあれば、もはや聖地も同然。最優先事項として当然でございましょうな」

ニコレットの嫌味にも全く動じる素振りを見せないベネディクト。いっそ清々しいくらいである。

「おそらく今後も様々な女神様からのご神託、祝福を授かられると思いますので、御神像を新たに作る事も視野に入れた、立派な教会の築造が始まっております」

「すでに建て始めてるんですね……」

あまりの行動の速さに勇が驚く。

「マツモト様のご就任時に間に合わなければ意味がございませんからね」

「なるほど……。ところで本日は、この件を報告するために?」

「いえ。本日は二点お願いがあって伺いました」

「お願い、ですか?」

「はい。叙爵に際して、新たな紙芝居とコイン……、お印を作る許可を頂戴したく」

「紙芝居にコインですかぁ……」

ベネディクトから出てきた言葉に、思わずため息を零す勇。

「何となく分かった気がしますが、一応お聞きしても?」

「ええ、もちろんですとも」

そんな勇の事など意に介さず、ベネディクトが良い笑顔で説明を始めた。

まず紙芝居だが、要は 魔法巨人(ゴーレム) 騒動の続編だ。

迷い人と織姫の活躍で見事逆転勝利を収め、ついに貴族となるというサクセスストーリーである。

懇意にしてくれた子爵にも、伯爵位をプレゼントする事でその恩を返し、さらには子爵家の美しい娘と結ばれるところで話は終わるらしい。

第一部完、大団円だ。

少々くすぐったくはあるし、話自体は多少盛ってはあるものの概ね事実なので、勇に否やは無い。

「フフ、私も登場するのね」

「う、美しい娘……、結婚……」

むしろ妻と義母が何やらとても嬉しそうなので、断る勇気は無かった。

問題は織姫コインのほうだった。

「叙爵記念の限定コインですかぁ……」

そのあまりにも聞いた事があるパターンに、勇が顔を顰める。

地球でも、記念○○というのは星の数ほど作られてきたが、その中でも記念コインは王道中の王道だろう。

紀元前、古代ローマ時代からあったと言うのだから驚きだ。

そしてそれだけ長く続いているという事は、ある程度の人気や効果がある事の裏付けでもある。

「長年叙爵者は出ておりませんし、何より女神様の覚えめでたきお方が叙爵されることなど、今後まず無い事。教会本部からも是非にと、伝言を預かってございます」

まさかの教会本部案件だった。

これまでも持ちつ持たれつ、良い距離感で関係を築いてきているだけに、断るのは得策ではない。

勇はしぶしぶながら応諾を決める。

「分かりました。一種類であれば認めます」

「ありがとうございます。それでは早速――」

「ただし!」

話をまとめにかかろうとするベネディクトの言葉を遮り、勇が条件を付きつける。

「ただし、枚数制限をしない事と、販売期間は最低半年間設ける事。この二点を守れるのであれば、です」

「…………」

「よいですね?」

「……御意にて」

勇から出てきた条件に、一瞬沈黙するベネディクトだったが、結局笑顔で了承する。

こうした記念コインは、枚数や販売期間を限定することでプレミア感を出すのが常道だ。

行き過ぎると厄介ごとの種になるため、事前に釘を刺しにいった形である。

「やれやれ、相変わらず油断も隙もあったもんじゃないわね」

「あはは、ホントに商売人ですよねぇ」

ベネディクトが帰った後の応接室で、勇とアンネマリー、ニコレットは、入れ直したお茶を飲みながら苦笑するのであった。