作品タイトル不明
第七十五話 信用創造の再出発
赤壁での敗北は、単なる兵力の損失以上に、
曹操軍が発行していた「軍票」や「手形」の、
価値を暴落させていた。
許都の市場では、
商使たちが曹操軍との取引を渋り、
物価は不安定に揺れている。
「……峻殿、やはり『赤字』の影響は深刻です。
誰も我々の約束(手形)を信じてくれません」
韓恢(かんかい) が、
市中から回収した紙屑同然の手形を、
机に積んで嘆く。
峻は、
その紙屑を一枚手に取り、
光に透かして眺めた。
「……信じられないのは、
我々に『返済能力』がないと、
思われているからです。
ならば、目に見える形で、
『利益』を証明するしかありません」
峻が打ち出した復興策の目玉は、
「塩鉄専売制の透明化」と、
「徴税のキャッシュレス化」だった。
----
「――本日より、税は現物(米)ではなく、
私が発行する新しい、
『 新魏通宝(しんぎつうほう) 』、
での納入を推奨します」
峻の宣言に、許都の豪商たちは鼻で笑った。
「峻殿、
価値の落ちた曹操軍の金など、
誰が受け取りますか。
米の方がよほど信用できる」
「……そうでしょうか」
峻は冷徹に、一通の布告を広げた。
「本日から、
曹操軍が管理する『塩』と『鉄』の購入は、
この新貨幣でしか行えません。
……そして、この貨幣の価値は、
私が管理する『中央備蓄蔵』にある、
米の総量と完全に 連動(ペッグ) させます。
……つまり、この紙を一枚持っていれば、
いつでも規定量の米と交換できることを、
私が『命の帳簿』にかけて保証する」
それは、古代中国における、
「金本位制(米本位制)」の先駆けとも言える、
峻の信用創造だった。
彼は、赤壁で生き残ったわずかな物資を、
「すべて」この新貨幣の、
裏付け資産として公開したのだ。
----
「……峻、お前、全財産を賭けるつもりか?」
曹操が、峻の執務室の窓から、
新貨幣を求めて列を作る商人たちを眺めて呟く。
「……賭けではありません。
……赤字を埋めるには、
市場に流動性を取り戻すのが最短ルートです。
……商人たちがこの貨幣を使い始めれば、
彼らは間接的に、
『曹操軍の存続』に投資していることになります。
……我々が潰れれば、彼らの手元の金も紙屑になる。
……これで、彼らは必死に我々を支える、
『共犯者』となりました」
「……ははは! 敵を味方に変えるのではない、
敵を『株主』に変えたか!」
曹操の笑い声が、
活気を取り戻し始めた許都に響く。
峻は、新しく書き始めた帳簿の冒頭に、
力強く一文字を記した。
【再起】
赤字はまだ消えていない。
だが、峻の算盤が弾き出す「未来の収益」は、
すでに赤壁の炎を超え、
さらなる巨万の富を描き出していた。