作品タイトル不明
第七十四話 再建の第一計
許都に辿り着いた曹操軍を待っていたのは、
赤壁での大敗を知った者たちの冷ややかな視線と、
崩壊寸前の経済指標だった。
「もはや曹操の命運は尽きた」
――そんな噂が市場を駆け巡り、
軍票の価値は暴落。
地方の豪族たちは、
預けていた「投資(忠誠)」を、
引き揚げようと画策し始めている。
「……峻殿、見ていられません。
かつての威光はどこへ行ったのか……」
韓恢(かんかい) が、
空っぽになった軍の兵糧蔵を眺めて、
力なく肩を落とす。
峻は、疲れ切った体に鞭打ち、
山積みになった「負債の記録」を睨みつけていた。
「……嘆いている暇はありません。
……赤字が確定した以上、
次に行うべきは『清算』と、
『筋肉質な組織への転換』です」
峻は、帰還してわずか三日で、
全軍の将官を招集した。
そこには、敗戦の責任を押し付け合う者、
再起を諦めた者たちの淀んだ空気が満ちていた。
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「――本日より、
全軍の『特別損失処理』を開始します」
峻の声は、
かつてないほど鋭く、
静まり返った広間に響いた。
「まず、旧袁紹領から無理に維持していた、
『非効率な前線基地』をすべて放棄します。
……土地を捨てるのではありません。
……維持コストが利益を上回る『赤字部門』を、
一時的に切り離し、
防衛線を許都周辺まで圧縮するのです」
「馬鹿な!
それでは天下を獲る夢を捨てるというのか!」
将軍の一人が激昂するが、
峻は算盤を弾く手を止めずに続けた。
「……夢を語る前に、明日の飯の話をしましょう。
……現在、我が軍のキャッシュフローは、
完全に枯渇しています。
……このまま広大な領土を守ろうとすれば、
半年以内に兵に支払う給与(糧食)が底を突く。
……そうなれば、
敵に攻められる前に『内部崩壊』という名の、
倒産が待っています」
峻が提示したのは、
栄光をかなぐり捨てた「徹底的な縮小均衡」だった。
さらに、彼は驚くべき次の一手を口にする。
「……そして、曹操様。
……本日より、軍の官職を、
『実力主義による 再編(リストラ) 』とします。
……敗戦の責任は問いませんが、
『数字を出せない役人』に支払う給与は、
一銭もありません。
……代わりに、余剰となった兵を農村へ返し、
『 屯田制(とんでんせい) 』をさらに加速させる。
……剣を鍬に変え、
まずは徹底的に『自己資本比率』を高めるのです」
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その夜、曹操は一人、峻の執務室を訪れた。
「……峻。お前のやり方は、
あまりにも夢がないな。
……天下を半分失った私に、次は鍬を握れと言うか」
「……曹操様。
……今は、夢を売る時ではありません。
……地に足のついた『信頼』を買い戻す時です」
峻は、新しく作り直した真っ白な帳簿を曹操に差し出した。
「赤字はすべて私が引き受けました。
……ここからは、一粒の米、一銭の金から、
再び『最強の会社』を築き上げるプロセスです。
……貴方はただ、その玉座に座り、
再建される国を眺めていてください」
曹操は、峻の煤けた算盤に触れ、
低く笑った。
「……最強の会社、か。……よかろう、事務屋。
……お前の描く『再建計画書』、
私が直々に判を押してやろう」
暗闇の中、峻の算盤が再び、
正確なリズムで時を刻み始めた。
事務屋の覇道。
それは、どん底の数字から、
「明日」をひねり出すことから始まるのだ。