軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第34話 旅立ち

それからフィルは、ユゴー伯爵邸とエイムズ公爵邸の後始末をし、亡くなった者たちを丁重に埋葬し、生き残った者たちの世話をして回った。エイムズ公爵家の生き残りには執事のヘインズもおり、怪我を押してフィルを助けた。

イザークは反対勢力の動きを警戒しながら、ミランからエシレーンへの帰還の準備を進めていた。

そうして2週間後、ついにエシレーンに帰る日となった。

「国境まではミランの兵士が護衛につく。国境から先はカルドナの部隊が王都まで送り届けるから安心してくれ」

「分かった」

「王妃様と奥方のことを考えて、途中休憩は取るつもりだが、それほど頻繁には止められない。大丈夫か?」

「ああ、心配ない」

フィルとイザークが話しているのを少し離れて見ていたエディーナは、馬車に棺が載せられているのを見て驚いた。

「あれは……」

「フォルトゥナだ。一人ミランに置いていっては寂しがるだろう? 一緒に連れて帰ろうと思ってな」

マリウスはそう言うと、目を細めて笑う。その穏やかな笑みに、エディーナも微笑んだ。

「お母様、きっと喜んでいるわ」

「そうだな……」

「エディ! ミラン国王に挨拶に行こう」

「今行くわ!」

フィルに呼ばれて返事をすると、マリウスがポンと背中を叩いた。

「もう大丈夫そうだな」

「ええ!」

エディーナは笑顔で頷くと、フィルに走り寄る。そのままフィルの腕に手を添えると、二人で歩きだした。

イザークとノアも共に謁見の広間に行くと、たくさんの貴族たちに出迎えられた。

「国王陛下、出立の準備が整いましたので、お暇のご挨拶に参りました」

「そうか。ついに帰国するか」

「大変お世話になり心から感謝しております。この御恩は必ずお返し致します」

フィルが頭を下げると、ミラン国王は笑って頷く。

「次に会う時は、エシレーン国王としてだな。国が落ち着いたら、また会おう」

「はい、陛下」

「カルドナからも感謝を申し上げます。我が国のいざこざで、国を荒らしてしまい申し訳ありませんでした。ミランに入り込んだ奴らは排除しましたが、もし万が一まだ隠れているようでしたら、引き渡しをお願い致します」

「分かった。エシレーンまでは長旅だ。ご婦人方もいるが、大丈夫か?」

フィルに続いてイザークが発言すると、国王はノアに視線を向けた。

「ミランがお貸し下さった心強い兵士もおりますし、ご心配には及びませんわ」

ノアが穏やかな声で答えると、国王はそれぞれに目を合わせた後、最後にエディーナを見た。

「エディーナ、そなたの身の上はラディウス王子から聞いた。育ての親を亡くして気落ちしているだろうが、そなたにはそなたの大きな役割がある。それを自覚してラディウス王子を支えるのだぞ」

「陛下のお言葉を深く胸に留め、精進致します」

エディーナは国王の言葉を素直に受け止めると、笑顔で答える。

今はもう圧し掛かる責任の重さに怯えることはない。フィルが隣にいれば乗り越えられると信じている。

「あまり引き留めても出立が遅れるな。そろそろ行くがいい」

「それでは陛下、またお会いできる日まで、しばしのお別れでございます」

フィルの言葉に4人は深く頭を下げると、謁見の広間を後にした。

前庭に戻ると、すでに出立の準備は整っており、兵士たちが馬と共に隊列を組んでいる。

「さぁ、行こうか」

フィルが促し、全員が馬車に乗り込むと、イザークの「出立!」という掛け声で、馬車が動き出す。

エディーナはそれまで落ち着いていたのだが、馬車が城門を出て、街の大通りを進むと、思わず窓の外へ視線を向けた。

(本当にミランを離れるのね……)

流れていく景色を見つめ、やっと実感が湧いてくる。王都から出たことがないエディーナは、このまま王都を出ていくのかと思うと胸がドキドキしてくる。

見知った風景が遠ざかり、王都をぐるりと囲む隔壁を出ると視界は突然開け、草原が広がる。

「わぁ……」

「エディは王都の外に出るのは初めてかい?」

「ええ……。すごい……、とても広いのね……」

「ここから北へ真っ直ぐに向かう。ほら、あの遠くに見える山、あの山を越えるんだ」

同じように窓の外を見たフィルが指を差す先には、遠く高い山が聳えている。深い森の向こうに見えるその山の頂上は白く雪に覆われていて、エディーナは驚いた。

「あんなところまで行くの!?」

「あの山の稜線がミランとの国境なんだ。エシレーンはその先にある」

「すごく遠いのね……」

あの山までどのくらいで着くのかなんてまったく想像できなかったけれど、とにかく遠く長い道のりなのは分かる。

エディーナは徐々に遠ざかりつつあるミランの王都にもう一度目を移すと、じっと見つめた。

(さよなら……)

もしかしたらもう二度と帰ってくることはないかもしれない。だからその姿を目に焼き付けておこうと思った。

「きっとまた来られるよ」

エディーナの思いを感じ取ったのか、フィルは優しくそう言うとエディーナの手をポンポンと叩いた。

こうして一行はミランの王都を離れると、北へ北へと街道を進んだ。

小さな村をいくつか通り過ぎ、広かった街道が徐々に狭くなると、景色は平原から深い森へと変わっていった。山道の途中からは雪が見えだし、夏だというのにひんやりとした空気に包まれた。

「殿下、まもなく国境です」

馬車の外から顔を覗かせたマリウスが言ってきて、うとうとしていたエディーナはハッと目を開けた。

「……もう国境なの?」

「そうみたいだ」

間もなく馬車が停車したので、フィルと共に外に出ると、こぢんまりとした砦があった。木でできた柵と門が目の前にあり、その前に兵士たちが集まっている。

「我々がお送りするのはここまでです」

「ここまで無事に送り届けてくれて感謝する。国王陛下にも感謝を伝えてほしい」

「分かりました。まだまだ山道は続きます。無事に王都まで到着するのをお祈りしております」

ミランの隊長にフィルが挨拶をしていると、ゆっくりと正面の門が開いていく。

(この先がエシレーンなのね……)

エディーナは門の先を見つめ、胸がドキドキしてくる。

ついにミラン王国を出てエシレーンに入るのだと思うと、高揚した気持ちと共に緊張感が増してくる。

「さ、門の先でカルドナの隊が待っている。行こう」

「ああ」

「あ、あの!」

「どうした?」

「私、歩いてここを越えたいのだけど、いいかしら?」

「歩いて?」

なぜそんなことを言ってしまったのか、自分でもよく分からなかったけれど、なんだか急に気が逸って仕方なかった。

フィルもイザークも驚いた顔をしたが、イザークはすぐに頷いてくれた。

「まぁ、向こうにも兵がいるから大丈夫だろう」

「じゃあ、俺も一緒に歩くよ」

「ありがとうございます!」

許可が下りると、エディーナは動き出した馬車を追うように歩きだす。

そうして大きな太い丸太で組まれた門を越えた瞬間、エディーナの体が突然重くなった。

(なに……?)

肩に重いものがズシリと乗ったような、そんな感覚に足が止まる。

「エディ?」

フィルが心配そうに声を掛けてくれるが、エディーナは自分の中の変化に戸惑っていてそれどころではない。

肩の重みが消えるとお腹が急に熱くなって、それが手足にまで広がる。突然発熱してしまったのかと思うほど、体が熱くて苦しい。

立っていられなくなってその場で膝を突いた。

「エディ!? どうした!?」

「フィル……」

フィルが隣に座って顔を覗き込んでくる。大丈夫だと言おうとしたが声が出ない。

その時、ノクスが飛び出してきた。赤い瞳をらんらんと輝かせて、エディーナの周囲をぐるりと飛んだ。

『エディ! エレン様の祝福だよ!!』

「エレン……?」

そう呟いた瞬間、エディーナの体の内側から光が溢れた。さっきまで感じていた苦しさが一気に体から抜けて、逆に爽快感が体に満ちる。

「エディ!?」

「なんだ!? どうした!?」

フィルやイザークの戸惑った声が遠くに聞こえる。エディーナはフィルのいた方に顔を向けるが、眩しい光に遮られて何も見えない。

ゆっくりと立ち上がって周囲を見てみるが、自分の周りは光に満ちていて、まるで一人でここにいるようだ。

『よく帰ってきましたね、ルシア』

ふいに近くで声がして振り返るが、どこにも人の姿はない。

けれど何か温かな気配がそばにあるのは分かって、エディーナはそちらに体を向けた。

「……エレン……様?」

『あなたに祝福を与えましょう』

エシレーン王国の民が信じる神は、エレンという女神だとフィルに聞いた。

豊穣を司る女神で、どの家にも女神をかたどった小さな木彫りの像を祀っている。そして聖女とはその女神エレンから祝福を受け、神殿で祈りを捧げる者であり、女神の力をこの世で行使できる唯一の存在なのだという。

『この力が、あなたとエシレーンの民を守る力にならんことを』

「エレン様! 私……!」

自分が聖女になって本当にいいのかと問い掛けようとしたが、突然視界が元に戻ってエディーナは言葉を途切れさせた。

「な、なに……、これ……」

目の前に広がっている景色に、エディーナは唖然とした。

それまで周囲は寒々とした雪と、葉を落とした木々だったはずだ。それが今、雪は無くなり、緑は生い茂り、地面には一面に花が咲き乱れている。

「エディ!」

「フィル! これ、どういうこと!?」

「どういうことって、これは君がやったんだぞ!」

「ええ!?」

フィルに言われて驚いたエディーナは、もう一度花に目をやった。道の先までずっと花は咲き乱れていて、なぜか不思議に寒さも無くなっている気がする。

『エレン様の祝福だよ。聖女がエシレーンに帰ってきて、土地の精霊たちも喜んでいるんだよ』

「精霊たち?」

『皆、エディの帰りをずっと待っていたんだよ』

ノクスの言葉に、エディーナはまったく知らない土地であるエシレーンが、とても身近に感じた。

それに今、自分の体が不思議に温かくて、なんだかすごく気分がいい。

「すごいな、これが聖女の力なのか……」

「フィル……」

「エディーナ、さ、行きましょう。民たちが待っているわ」

馬車から降りてきたノアが、エディーナの手を握り笑みを向ける。

エディーナはフィルとノアに晴れやかな笑みを向けると、大きく頷いた。