軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第33話 あなたのために

「聖女の娘がまさかラディウスの奥方とは……。聖女が亡くなっていたのは残念だが、これで帰国の算段は揃ったな。ラディウス、どうだ?」

イザークに話し掛けられ、フィルはそこにいる全員を見渡してから、はっきりと頷いた。

「ああ、帰ろう」

「フィル……」

「俺はずっとカルドナを信用できなかった。けれどそれ以上に自分に自信がなかった。幼い頃に国を離れて使用人として暮らしてきた俺が、王になれるなんて思えない。18年間、苦労して暮らしてきた民たちにどんな顔をして会えばいいか、誰も王などと認めてくれないんじゃないか。そんなことを考えてずっと前向きに考えられなかった。だがやっと心が決まった」

フィルはすっきりとした表情でそう言うと、イザークを真っ直ぐに見つめた。

「これ以上ここにいれば、ミランにも迷惑がかかる。すぐにでも帰国の準備をしようと思う」

「よし。諸々の準備はこちらに任せてもらいたい」

「頼む」

話し合いはそれで終了だった。全員が部屋を出た後、最後にエディーナはソファからやっと立ち上がった。

(足がふわふわする……)

夢の中にいるように足が覚束ない。

エディーナはぼんやりと歩くと、自室には戻らず中庭で足を止めた。

木陰にある石のベンチに腰を下ろすと、木々の隙間から見える空を見上げる。

「私が聖女の娘……」

言葉にしてもまだ信じられない。自分の中身は何も変わっていないのに、自分を取り巻くすべてが一瞬で変わってしまった。そんな気がする。

「お父様、お母様、お姉様……」

血の繋がりはまったくなかった。それでも18年間、一緒に暮らしてきた人たちともう会えないのだと思うと、悲しみが胸に広がった。

ケヴィンも屋敷の使用人たちも、思い出すとまた涙が溢れてくる。

「ルシア」

背後で声を掛けられて振り返ると、マリウスがゆっくり近付いてきた。

エディーナは慌てて涙を拭うと立ち上がる。

「マリウス様……」

「……大丈夫か?」

「はい……」

マリウスは目の前まで来ると、中庭をぐるりと見渡す。

「綺麗なところだな」

「そうですね……」

「その……、色々と知ってまだ混乱しているとは思うが、徐々に慣れていけばいいから」

「はい……。あの、お母様って……、どんな方だったのですか?」

母のことが知りたくて訊ねると、マリウスは目を細めて笑った。

「優しい人だったよ。姿は、そうだな……、君に似ているよ。明るい茶色の髪に緑色の瞳で、雰囲気がとても似ている……」

じっと見つめられて少し照れてしまったが、似ていると言われてエディーナは嬉しくなった。

ユゴーの家では誰にも似ていないといつも言われ、とても寂しかった。血の繋がりがなかったのだから当たり前だが、当時はどこか似ているところはないかと、よく鏡を見ていた。

「そうですか……」

「ルシアは国に帰るのは不安か?」

「私は……、何の取り柄もない人間だから、皆の足を引っ張らないか不安なんです……」

「取り柄がないなどと、ルシアはフォルトゥナの跡を継いで、聖女になるのだ。自信を持っていい」

「私が聖女に!? そんなの無理です!」

マリウスの言葉に驚き慌てて否定すると、マリウスは優しく肩を叩いた。

「心配しなくていい。ルシアはもうその力を持っている」

「力? 聖女の?」

「ああ。杖の力を使えただろう? あれが何よりの証明だ。聖女の力の使い方は、これからノクスに教わればいい」

「ノクスが……」

ポケットから取り出したノクスは、今は何の反応もない。

(聖女だなんて……、そんなすごい人に私がなれるのかしら……)

ノクスを見つめ考え込んでいると、マリウスがその手にそっと触れた。

「ルシア、私がそばにいる。必ずお前を守る。今度こそ……」

「お父様……」

おずおずとマリウスを『父』と呼ぶと、マリウスは驚いた顔をしてから、嬉しそうに微笑みエディーナを抱き寄せた。

「殿下との婚姻は、フォルトゥナがくれた幸運かもしれないな」

「お母様の?」

「ああ。フォルトゥナには分かっていたのかもしれない。お前がユゴー伯爵に育てられれば、いつか殿下に出会えると」

マリウスの言葉にエディーナは目を潤ませた。

(母はもしかしたら、私にいつか国に帰ってほしいと願っていたのかも……)

フィルと共に故郷に戻ることを願っていたのだとしたら、今はエシレーンに帰りたいと素直に思える。

「お父様、私、フィルと一緒にいていいと思う?」

「ルシア……」

マリウスは腕を緩めると、エディーナを見下ろす。

エディーナはずっと口にできなかった不安をやっと口に出すことができた。

「フィルに迷惑を掛けるのが、一番怖い……。もし役立たずだってフィルに言われたら……」

「それは、殿下とよく話し合うしかないな」

クスッと笑ったマリウスは、首を捻り背後を見る。釣られてエディーナもそちらを見ると、フィルがちょうど中庭に入ってきたところだった。

「二人とも、ここにいたのか」

「殿下。ルシアがお話があるそうですよ」

「エディが?」

マリウスはそう言うとエディーナから離れフィルに一礼した。

「ルシアのこと、よろしくお願い致します」

「ああ」

フィルと入れ替わりでマリウスが中庭を去っていく。その背中を見送ってからフィルに視線を移すと、フィルもまたマリウスを見ていた。

「フィル?」

「こうして見ると、マリウスとエディ、似てるな」

「そう? どこら辺が似てる?」

「口元かな。笑った口の形がそっくりだ」

「本当?」

自分ではよく分からず首を傾げるが、フィルは笑ってもう一度「似てるよ」と言った。

「あ、そうだ。エディのこと、ルシアって呼んだ方がいいかな。マリウスはルシアって呼んでいたけど」

フィルにそう言われて、エディは少し考えると首を振った。

「エディがいいかな……。ずっとそう呼ばれてきたし、なんだかルシアって呼ばれても自分じゃないみたい。それに……」

「それに?」

「エディーナって名前はお父様……、育ててくれたお父様が付けてくれた名前なの。あんまり良い思い出なんてないけど、それでも私の親だから、大切にしたい……。だめかな?」

「いいや、いいと思う。エシレーンは正式な名前と、親しい人との間で呼び合う名が別なんだ。俺がフィルで、母上がノアなのはそういう理由なんだよ」

「そうだったのね……」

「ルシア・エシレーンは正式名で、呼び名はエディ、これでいいと思う」

「ルシア・エシレーン……」

国名が自分の名前に入っているのがなんだか恐れ多く感じる。

「マリウスとは何を話していたんだい?」

「本当のお母様のこととか、色々……」

「エディがマリウスと聖女の娘だったなんて、本当に驚いたよ」

「そういえば、フィルはなぜノクスのことを知っていたの?」

よくよく考えてみればフィルはノクスのことを変に思っていないようだった。それは最初から猫の人形の中に、守護精霊であるノクスがいると分かっていたということだ。

「エディが人形を見せてくれた時、強い魔力を感じたんだ。それが何なのかは随分後になって分かったけど、何かエディを守る者がいるって分かっていたよ」

「フィルは魔法使いなの?」

「いや、魔法は使えない。でも魔力を感じることはできる。ノクスは特に強い気配だから、母上も感じていたんじゃないかな」

「そうだったの……」

ノクスのことを自分よりもフィルの方が分かっていただなんて、なんだか不思議な感覚だった。

「フォルトゥナ様のことは残念だったけれど、マリウスにとっては何よりエディが生きていたことが嬉しかっただろうな」

「お父様は、聖騎士、だったのよね?」

「うん。聖女を守る特別な騎士だった。聖騎士として誰もが憧れる存在だったよ」

「フィルも?」

「もちろん。俺はまだ小さかったけど、マリウスみたいな騎士になるって思っていたよ」

「そっか……」

フィルの言葉を微笑ましく思いエディーナが笑うと、フィルは安堵したような笑みをエディーナに向ける。

「なに?」

「エディが笑ってくれてホッとした」

エディーナの頬に触れる優しいフィルの手の温もりに、エディーナもまた微笑む。

「私、ずっと不安だった」

「ん?」

「フィルがエシレーンの王子様だって知って、とても不安だったの。私はただ両親の命令であなたと結婚させられただけ。国王になるような人の妻になんてなれないって……」

「エディ……」

今までずっと胸にわだかまっていたことがやっと口に出せて、エディーナはどこか安堵した。

肩の力が抜けて、言葉は淀みなく出てきた。

「ずっと姉のお世話だけをしてきて、人前に出るのも苦手で、下ばかり向いて生きてきた。そんな私がフィルの隣にいていい訳ないって……」

「俺も同じだよ」

「フィルも?」

「さっき皆にも言ったけど、俺も自信なんてないんだ。今だって不安でしょうがない」

フィルの言葉に驚いて見上げると、フィルは苦笑して肩を竦める。

「国の思い出なんてほんの少しだ。戦争の辛さだって知らない。それでも君を守るためには国に帰るしかないと思った」

「私を守る?」

「うん。君が聖女の娘なら、きっとまた命を狙う者が現れるだろう。ミランにいる限り、俺はただの使用人だ。それじゃ君を守れない。だから国に帰るんだ」

(私のため……)

フィルはエディーナの手を両手で包み、真っ直ぐに見つめてきた。

「俺は君を守る。そのためなら何にだってなれる」

「フィル……。私も……、私もあなたの役に立ちたい。あなたのそばであなたをずっと支えていきたい!」

「エディ……」

これが本当の本心だ。本当はどんなに邪魔だと思われても、フィルとそばにいたかった。国王だからとか、責任とか、そんなことは関係なくて、ただそばにいたいのだ。

誰かにだめだと言われても、無理だと言われても、捨て去ることができなかった思い。

それを初めて口にできて、エディはなんだかとても心が軽くなった。

「エディ、エディは自分のことを役に立たないとか言うけど、そんなことはないよ。エディはいつだって俺に勇気をくれる。たぶん君がいて、初めて俺は国王になれる。だからずっとそばにいてくれ」

「うん……。フィル、ありがとう……」

フィルの言葉に嬉しくなって目を潤ませたエディーナに、フィルが顔をゆっくりと近付けた。少しだけ緊張しながら目を閉じると、柔らかく唇が重なる。

エディーナは、今まで心を縛り付けていた不安や緊張が解けて、ただただ幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。