作品タイトル不明
【9】テオ、大人の苦味を知る
テオ達がティンバーガム小宮殿に到着した時、既に聖騎士団は周囲の道路の封鎖と小宮殿の包囲を完了していた。
つまりは聖騎士だらけの厳戒態勢である。分かってはいたが、もはや事件の隠蔽など不可能な大騒ぎだ。
屋根の上から小宮殿を見下ろしたテオは、目を凝らして辺りを観察する。
政治の中心でもあるヴァルガン宮殿と比べると、ティンバーガム小宮殿は遥かにこじんまりしているが、それでもそこらの屋敷に比べたらずっと大きいし、庭園も広い。
(確か、病気のジェームズ殿下がここで療養中なんだっけ……)
第二王子ジェームズはもう随分と長いこと──それこそ、テオがローレンス家に拾われるより前から病気で公の場には出ていない。
そんな辛い境遇の人が、 呪魔(テルメア) に襲われるなんて、想像するだけで胸が潰れる思いだ。
(絶対に、助けるんだ)
改めて胸に誓うテオは、小宮殿南側の門のそばに見覚えのある人物を見つけた。
真っ直ぐな栗毛に意志の強そうな顔立ちの女性──第四騎士団長ステラ・ガーネットだ。そばには、カルラもいる。
「南門に、ガーネット団長とカルラがいます。僕達も合流しましょう」
「んー、どーしよっか。合流せず、こっそり入っちゃうってのも手ではあるんだよなぁ」
ベリルの発言にテオはギョッとした。
灰色騎士は基本的に、聖騎士団に従うものである。つまり、独断行動は駄目なのだ。
「お、怒られませんか……?」
「ステラはテオみたいでさぁ」
「はい?」
困惑するテオの頭を、ベリルが揉む。
「頭カチカチの真面目ちゃんだから、馬鹿正直に協力を申し出ても、私達を中に入れてくんないと思うんだよ」
頭を揉むベリルの指は、大変心地良い強さである。頭皮マッサージとして実に気持ち良い。
ついうっとりしているテオに、ハルクが提案した。
「なら、二手に分かれるか。俺とテオ坊が人の少ない北側からこっそり入り込む」
「じゃあ、おねーさんはステラを説得するからさ。その間に、テオとハルクで 呪魔(テルメア) 片付けちゃってくれよ」
小宮殿に逃げ込んだ 呪魔(テルメア) はカルラの体に呪いを植え付けたもので、高い再生能力を持つという。
つまり、 呪魔(テルメア) の特徴から、それがカルラの体だと聖騎士達にバレる前に、倒してしまわないといけない、というわけだ。
(そうか、こういう時は「誰が 呪魔(テルメア) を倒したか」が大事なんだ……)
基本的に 呪魔(テルメア) は倒した者が回収して、南方の処理施設に送るものと定められている。
聖騎士が倒せば聖騎士が、軍が倒せば軍が 呪魔(テルメア) の亡骸を回収して南方に送るのだ。
ただし、 中央(エリントン) 軍の所属で、聖騎士と行動を共にする灰色騎士の場合は特殊で、聖騎士と行動を共にしているなら、 呪魔(テルメア) の亡骸の回収権を聖騎士に 譲渡できる(、、、、、) と定められている。
灰色騎士は回収した 呪魔(テルメア) を、南方に運ぶ手段を持たない。なので、聖騎士団に 呪魔(テルメア) の亡骸を譲渡するのが普通だ──が、生け捕りに成功した 呪魔(テルメア) を研究所に送りたいなら話が別だ。
(灰色騎士が 呪魔(テルメア) を倒せば、 呪魔(テルメア) の亡骸を僕達が回収して、アドコック研究所送りにできる。でも、聖騎士が倒したら、聖騎士団に回収されてしまうんだ)
ベリルはテオの頭をマッサージから解放し、「無理に生け捕りにしなくていいよ」と釘を刺した。
「元はカルラの体だから、倒すことに抵抗あるだろうけど、 呪魔(テルメア) なんて簡単に生け捕りにできるもんじゃないんだ。サクッと倒して、適当に言い訳して、亡骸回収しちゃうのが一番だよ」
「うぅ、『適当に言い訳』の部分が一番難しい気がします……」
眉間に皺を寄せてボヤくテオに、ハルクがもっともらしい顔で言う。
「それを考えるのが大人の仕事だぜ、テオ坊」
「おねーさんが、アドバイスしてあげよう。こういう時、面倒な言い訳を丸投げするために、上司ってのがいるんだぞー」
違いねぇ、とハルクが笑った。
JJの苦労が垣間見えるやりとりである。
「そんじゃ、おねーさんは東門に行ってくるなー」
「あ、待ってください、ベリルさん」
テオはポケットから、薄汚れた毛玉──もといレニーを取り出し、ベリルに差し出した。
「レニーを預かっててください。僕、レニーの居場所が分かるようになったんです」
ベリルがレニーを預かっていれば、別行動をしていても彼女の位置が分かる。それだけで、合流がかなり容易になるはずだ。
テオの提案に、ベリルは感心した様子でレニーを受け取った。
「そりゃ便利だ。レニー、おねーさんのポケットでおとなしくできるか〜?」
「めう」
「良い子、良い子。ありゃ、随分汚れちゃって。後でお風呂入れて、ブラッシングしてやるからな〜」
「めあー」
ベリルはレニーを上着のポケットにしまうと、ヒラヒラと片手を振った。
「カルラもおねーさんも、移動速度は灰色騎士団随一だから。ステラを説得したら、すぐ駆けつけるよ。それじゃ、また後で!」
それだけ言い残して、ベリルはピョンピョンと身軽に屋根を飛び移り、南門の方へ向かう。
ハルクが「俺達は北だ」とテオを促した。
テオはハルクと共に、聖騎士の包囲が比較的薄い北側に回り込む。庭園には背の高い木が幾つもあるから、飛び移れば敷地内に侵入できるだろう。
ハルクと並走しながら、テオはずっと胸の奥でモヤモヤしていた気持ちを吐き出した。
「……正直、そこまでして、アドコック研究所の所業を隠す必要があるのかと、思います」
呪魔(テルメア) の研究をするまでは、まだ分かる。
だが、カルラの体を実験体にするなんて、悍ましい所業だ。即刻やめさせるべきだとすら思う。
「そうだな、クソみたいな話だ。だがな、テオ坊。今回の件が公になった時、一番立場が悪くなるのは誰だと思う?」
「国王陛下、ですよね?」
「違うな。リチャード王太子だ」
テオはハッとした。そうだ、たとえアドコック研究所が国王の命令で作られたものだとしても、アドコック研究所は 中央(エリントン) 軍の管轄。
そして、 中央(エリントン) 軍の責任者はリチャード王太子なのだ。
国王は自分の息子を切り捨てれば、責任逃れができる。
「リチャード王太子が失脚すると、 中央(エリントン) 軍の在り方も変わる。灰色騎士団も今まで通りとはいかねぇ。リチャード王太子はうちの団長に寛大。団長は俺らに寛大。だから比較的マシな今があるのを忘れるな」
歩く呪い(マッドウォーカー) は、いつ 呪魔(テルメア) 化してもおかしくない危険な存在だ。 呪魔(テルメア) 化する前に処刑した方が良いと考える者も少なからずいる。
それこそ、JJが団長に就任する前の灰色騎士団は、もっと酷い扱いだったのだ。
申請をすれば外出ができ、人間として扱われている現状は、かなり恵まれている。
「リチャード王太子に失脚されると、俺らも困る。だから、この件は全力で隠蔽する。分かったな?」
「……はい」
首肯しつつ、テオは大人の苦味を噛み締めた。