作品タイトル不明
【10】夜を行く獣は軽やかに
聖騎士団の第四騎士団長ステラ・ガーネットは、目の前の白髪の少女の対応に困っていた。
「助力の申し出はありがたいが、ここは我ら聖騎士団だけで充分に対応できる」
「……灰色騎士は、 呪魔(テルメア) と戦うのが、仕事」
「ならば、 西の最果て(ウェスト・エンド) に行くがいい」
素っ気なく言い返して、ステラは後悔した。
(いや、子ども相手に 西の最果て(ウェスト・エンド) に行けは酷だろう……!)
目の前にいる仮面の少女が灰色騎士団の切り裂き人形、羽持ちのカルラだということは知っている。
この華奢な少女が不老不死の呪いの持ち主で、ステラが生まれる前から 呪魔(テルメア) と戦い続けてきたことも。
だが、見た目は子どもなのだ。子どもに優しくありたいステラとしては、非常に扱いに困る相手である。
( 羽持ち(カルラ) の強みは、飛行能力による機動力。武器は大鎌。これらは建物の中では本領を発揮しづらい。よって作戦には不適格……よし、これで行こう)
ステラがカルラを導入しない言い訳を思いついたその時、耳元で誰かが囁いた。
「カルラの飛行能力があれば、中にいる人を窓から避難させられるよん」
フゥッと耳に息を吹きかけられ、ステラはギョッとした。
耳を押さえ振り向いた先でニコニコしているのは、砂色の髪に褐色の肌の女──かつての戦友。
「ベリルっ!」
「ステラ、おひさー。近くにいたから、ベリルさんが応援に来たぞー」
かつて聖騎士だったベリルが、今は灰色騎士の制服を着てニコニコしている。
ステラは咄嗟にベリルから目を逸らした。
「お前の助けは必要ないっ」
「まぁまぁまぁ」
ベリルはステラの肩に腕を回し、流し目を送る。
「聖騎士なら、上手に 灰色騎士(わたしたち) を使ってくれよ」
その言葉に、カチンときた。
ステラはベリルの腕を振り解き、声を荒らげる。
「私は! お前達を奴隷扱いしたいわけでは……っ」
「 まだ(、、) 、肩を並べて戦う戦友と思ってくれるんだ? 嬉しいねー」
「調子に乗るな、馬鹿っ!」
ステラとベリルのやり取りに、周りの聖騎士達がざわつき始めた。
中にはベリルの顔を覚えている者もいるだろう。そういう連中にベリルがヒラヒラと片手を振る。
「ガーネット団長」
副団長のワイマンが険しい顔になる。
ワイマンは濃い金髪の細身の男で、ステラより年上の副団長だ。名家の出身であり、ベリルのような軽薄さを嫌う。
ステラは咳払いをし、団長に相応しい威厳を取り繕った。
「小宮殿に現れた 呪魔(テルメア) は推定三等級。呪いの侵食速度は不明。避難が完了した者は半分程度。病でふせっておられるジェームズ殿下の避難が、まだ完了していない」
ステラが手短に状況を伝えると、ベリルが自身の唇に指を当て、うふっと笑う。
「指示がないなら、勝手しちゃうぞ。私の性格は分かってるだろ?」
「…………」
「『我ら境界を揺蕩う者。黒に染まる前の灰色の猟犬』──上手に手綱を握ってくれよ。ステラ」
ステラは灰色騎士の指揮を執ったことがない。
ステラ率いる第四騎士団は良家の子女の集まりで、激戦区である 西の最果て(ウェスト・エンド) の戦線に赴くことが滅多にないからだ。任務は大抵 中央部(エリントン) の 首都(グランリウム) 周辺のものが多い。
逆に灰色騎士は 西の最果て(ウェスト・エンド) や地方の任務にあたることが多く、ステラ達第四騎士団員が灰色騎士の戦いぶりを目にする機会は少なかった。
(そういえば、以前、ファルケ団長に言われたな)
元傭兵でもある第五騎士団長のディエゴ・ファルケは、揶揄いまじりにこう言った。
『あぁ、ステラちゃんは灰色騎士の戦いぶりを、あまり見たことがないんだっけか?』
あれは、ステラを含む第四騎士団を 首都(グランリウム) から出たことがない、坊ちゃんお嬢ちゃんの集まりだと、暗に言っていたのだ。
(私は白き卓の五番目、第四騎士団長ステラ・ガーネット。灰色騎士を従えて、ジェームズ殿下をお救いするのが我が使命)
生来の負けん気の強さで、ステラは顔を上げて小宮殿を睨んだ。
「ジェームズ殿下の寝室は二階の東端だ。ベリル、回り込んでバルコニーから入り込めるか」
「余裕」
「既に部下の聖騎士が十五名ほど中にいる。 呪い憑き(カースド) 化した者がいたら外に運んでくれ。 羽持ち(カルラ) は窓から避難の手伝いをしてくれ」
カルラは「了解」と短く応じて、赤黒い羽根を広げる。
羽十字教では羽は神聖な物の象徴だが、コウモリに似た黒い羽は不吉の象徴だ──それなのに、頼もしい。
カルラは禍々しい黒い翼をはためかせ、少女の体は柵を軽々と乗り越える。続いてベリルも小宮殿を見上げて口を開いた。
「『呪装顕現』」
ベリルの声に応じるように、彼女の両脚の呪印から赤黒い闇が溢れ出した。それをステラは苦々しい気持ちで見守る。
(あの時の、呪い……)
ステラにとっては苦い記憶だ。
それなのに、その呪いを力に変えたベリルは晴々とした表情をしている。
「『夜を喰らう獣は駆ける』」
ベリルの両手両足を赤黒い闇が覆う。それは、ふさふさの毛並みを持つ獣の手足になった。
禍々しい姿だ。かつてのベリルは神様に愛された 祝福二つ(ダブル) で、嫉妬するほど美しい剣技の使い手だったのに。
呪われ、灰色騎士に堕ちた彼女は、獣の手足で戦うことを強いられている。それが悔しい。
そんなステラに、ベリルは獣の両腕を広げて軽やかに笑った。
「かっこいーだろ、私の呪装顕現」
「…………」
「結構、気に入ってんだ」
昔からこうなのだ。
生真面目なステラの葛藤などお見通しとばかりにベリルは笑う。快活に。軽やかに。
ステラは込み上げてくる苦味を飲み込み、告げる。
「小宮殿の包囲はこちらに任せろ。奴を街に逃したりはしない」
「それなら、小宮殿の中は任せろ。みんな助けてくるよ」
そう言ってベリルが地を蹴る。彼女の体もまた、カルラと同じように高い柵を軽々と飛び越えて行った。
一人で戦わせてなど、なるものか。
ステラは剣を取り、声を張り上げる。
「第四騎士団に告ぐ! 灰色騎士二名がそちらに向かった。小宮殿内の者は灰色騎士を援護しろ! 呪魔(テルメア) を絶対に逃すな!」
* * *
北側の窓から小宮殿内に入り込んだテオは、廊下に倒れている人影を見つけ、すぐさま駆け寄った。
「大丈夫ですか!? 意識はありますか!?」
倒れているのは中年の女だ。小宮殿の使用人だろうか。両目を瞑ってグッタリとしている彼女の左半身は、ところどころ斑らに黒く染まっている。 呪い憑き(カースド) だ。
「失礼、レディ」
ハルクがそう断って女の服の裾を捲り、両手両足の呪痕の広がり具合を確かめる。
女が 尾刺棘(ブラッド・テール) で攻撃を受けたのは左腕のあたりだろう。服に穴が空いて、血が飛び散っている。
ティンバーガム小宮殿が 呪魔(テルメア) の襲撃を受けて、それほど経っていないが、女の呪痕は既にだいぶ広がっているように見えた。
ハルクは、ハンカチで腕の傷を止血してやりながら言う。
「こいつはまずいな……刺された箇所が左腕なのに、もう左足まで黒くなり始めてる。侵食速度が速い。おそらく七以上だ」
テオは息を呑んだ。
侵食速度とは、呪いを植え付けられた 呪い憑き(カースド) が 呪魔(テルメア) 化するまでのリミットだ。全十段階で、数字が大きいほど侵食が早く危険とされている。
侵食速度七は「かなり速い」だ。呪いを植え付けられてから、およそ六時間から一時間強で 呪魔(テルメア) 化する。
急いで 呪魔(テルメア) を倒さないと、 呪い憑き(カースド) 化した者達が助からないのだ。
その時、女が呻き声をあげた。顔いっぱいに脂汗を滲ませ、苦痛に顔を歪めながら、それでも彼女は必死で声を絞り出す。
「殿下……東、ティーサロンに、立てこもって……あぐぅぅぅぅぁあ、ああああっ、ああ……!」
女が両手を彷徨わせる。テオは無我夢中でその手を握った。
「大丈夫です、助けます! ジェームズ殿下も、貴女も!」
「うー……うぅー……うー……あぁ……あ」
だんだんと女の声が弱くなっていく。彼女の左半身を蝕む呪痕は明らかに大きくなっていた。ついさっきまでは左肩のあたりだったのに、既に鎖骨に届き始めている。
ハルクが女を抱き上げ、廊下の端に寝かせた。
「急ぐぞ、テオ坊」
「はい」