作品タイトル不明
【8】おかえりの約束/おねーさんの事情
テオ達は話し合いの末、二手に分かれることにした。
ティンバーガム小宮殿に向かうのはテオ、カルラ、ベリル、ハルクの四人。
ガートルードとロゼは、 呪魔(テルメア) Aの残骸を回収し、 燃え滓邸(シンダー・ハウス) に一時帰還。ついでに、置いてけぼりにしたヒューゴを見つけたら回収してもらう。
まだ暴れ足りないロゼは不満そうだった。だが、怪力で破壊魔のロゼを小宮殿に送り込むのはあまりにリスクが大きすぎるのだ。
なので、ハルクとベリルが二人がかりで、ロゼは 燃え滓邸(シンダー・ハウス) に戻るよう説得した。
(ロゼさん、大丈夫かな……)
精神汚染の幻覚に縋るロゼのことだ。帰還したら今度は酒に縋りかねない。
とはいえ、事情を知らないテオが説教まがいの忠告をするのも違う気がする。
ロゼは先ほどまで軽々と振り回していた戦斧に縋りつき、消沈した様子で俯いていた。
「あのっ、ロゼさん!」
テオが声をかけると、ロゼが気怠げに顔を上げる。
戦闘中にギラギラしていた目も、今はどんよりと澱んでいた。
事情を知らない自分が、励ましの言葉をしたところで心に届くとは思えない。
それでもロゼを現実に繋ぎ止めるべく、テオは勇気と言葉を振り絞った。
「僕、これから 呪魔(テルメア) と戦ってくるので……帰ってきたら、おかえりと言って欲しいです!」
「…………?」
「だから、お酒飲まないで、待っててくださいね!」
ロゼの目が丸くなる。
もしかして呆れられただろうか。だんだん恥ずかしくなってきたテオが俯くと、小さな返事が聞こえた。
「……うん」
テオはロゼを見る。ロゼはやっぱりぼんやりした表情で、だけどその目の澱みが少しだけ薄れたように見えた。
「約束ですよ!」
テオはしっかりと念を押して、小宮殿に向かうカルラ、ベリル、ハルク達のもとに駆け寄った。
小宮殿に向かう四人を見送り、ロゼはボンヤリした頭でテオに言われた言葉を反芻する。
──帰ってきたら、おかえりと言って欲しいです!
──帰ってきたら、おかえりと言ってくれるかい?
少年の声に、懐かしい声が重なる。戻らない日を思い出し、泣きそうになる。
(……シャルル…………シャルル……)
思い出に浸るロゼの肩を、ガートルードが軽く叩く。
「さぁ、ロゼ君。我々にはまだ仕事がある」
「残骸……運ぶ……」
地面に散らばる 呪魔(テルメア) の残骸はそれなりの量だ。
怪力のロゼが持ち運ぶのは容易いが、こうもバラバラに散らばっていると、一回で運ぶのは難しい。
何かちょうど良い容れ物はないだろうか、と辺りを見回していると、ガートルードは「いいや」と首を横に振る。
「ここの残骸は、見つからないよう隠しておけばいい。回収は後だ」
「……?」
「その前に、急ぎで向かいたい場所があるのだよ。ここに来る前、私はアドコック研究所に行っていただろう?」
アドコック研究所──今回の騒動の元凶。 呪魔(テルメア) を研究している施設。
ガートルードにとって馴染みの場所でもある。
ガートルードはロゼに顔を寄せ、小声で告げた。
「研究所の職員が一人、失踪している。今回の 呪魔(テルメア) の脱走は、人為的な事件かもしれない」
* * *
テオ、ハルク、ベリルの三人はそれぞれ屋根の上を飛び移りながら、最短ルートでティンバーガム小宮殿を目指していた。
唯一飛行能力のあるカルラだけは、最速で現場に先行させ、聖騎士と合流してもらうことになる。
首都(グランリウム) の空は、いつも赤みがかった灰の煙に覆われていて、星が綺麗に見えない。月明かりすらくすんでいる夜空の下、テオは屋根の上を駆けながら、ベリルとハルクの先輩二人に訊ねた。
「カルラだけ先に行かせて大丈夫でしょうか? 最悪の場合、一人で 呪魔(テルメア) と……」
灰色騎士は、必ずしも聖騎士から良く思われているわけではない。
中には対 呪魔(テルメア) 戦の捨て駒として扱う者もいるという。特に、不老不死の呪いを持つカルラなら尚のこと、「死なないのだから良いだろう」とぞんざいな扱いを受けかねない。
テオの不安を払拭するように、ベリルが言った。
「大丈夫、大丈夫。小宮殿なら、ほぼ間違いなく、出動するのは第四騎士団。でもって、この事態なら団長クラスが出てくる」
それを聞いたハルクが、「ステラ・ガーネット団長か」と呟く。
ベリルは「そゆこと」と朗らかに言った。
「ステラがいるなら、カルラを捨て駒にするような戦い方はさせないよ。寧ろ灰色騎士の干渉を嫌がるから、現場に入れて貰えるかの方が心配だなー」
第四騎士団長ステラ・ガーネット。聖騎士団本部でテオとヒューゴを案内してくれた、栗毛のお姉さんだ。
彼女が言うには、ベリルは元聖騎士でステラと面識があるらしい。
「ベリルさん、僕、聖騎士団本部でステラ・ガーネット団長に会いました。案内をしてもらったんです」
「ふーん、もしかして、私のこと何か言ってた?」
ベリルが意味深に笑いながら、テオに流し目を向ける。月明かりの下だと、殊更彼女は蠱惑的だ。
テオはドギマギしながら、言葉を濁した。
「……息災か、と」
「ステラのことだから、『灰色騎士団で男漁りしてないか?』ぐらい言ってたんじゃないか〜?」
「え、えぇと…………ギャッ!」
テオは目を泳がせだ拍子に、屋根に爪先を引っ掛けて転びそうになった。
慌ててバランスを立て直すテオに、ベリルが「ごめんごめん」と謝る。
「言いづらいこと言わせちゃったな~。おねーさん、反省」
「……ベリルさんはそんな人じゃありません、と言い返しました」
ベリルは少し驚いたような顔をし、そして眉尻を下げて笑った。
「実際、昔はそうだったんだよ。おねーさん、同僚の聖騎士達を誘惑しまくっててさぁ」
「テオ坊。ベリルは元 祝福二つ(ダブル) だ」
ハルクの言葉に、テオは思わず「えっ」と声を漏らした。
加護を二つ持つ 祝福二つ(ダブル) は、十人といない貴重な存在。それこそ、アレンやキース少年と同じではないか。
「そうそう、ハルクの言う通り、私は〈破壊〉と〈創造〉の 祝福二つ(ダブル) だったんだよ。と言っても、〈創造〉はかなり弱かったけど」
驚くテオに、ベリルは何でもないことのように語る。
「 祝福二つ(ダブル) の力に目覚めた奴って、どうも衝動的になるみたいでさ。色々我慢が効かないんだ。〈再生〉の加護が強いと、ある程度抑えられるんだけど、おねーさん、〈再生〉の加護は持ってなかったし」
テオにとって身近な例はアレンだ。アレンは〈破壊〉と〈再生〉の 祝福二つ(ダブル) で、〈再生〉の加護はあまり強くない。
そして、ちょっと引くほど食いしんぼうだ。
(アレンの食いしんぼうは、 祝福二つ(ダブル) だからなのか……!)
どうやら、その衝動というのは個人によって異なるらしい。
ハルクが皮肉気に言った。
「テオ坊が知らないのも当然だ。教皇庁は 加護持ち(ブレスド) をお綺麗なものとして扱いたがるからな。加護が強いほど衝動が我慢できません、なんて公表するわけがねぇ」
テオはふと気になった。
ベリルのように、 加護持ち(ブレスド) が 歩く呪い(マッドウォーカー) になった時、加護の力はどうなるのだろう?
「ベリルさんは、今でも加護の力が使えるんですか?」
「うんにゃ、 歩く呪い(マッドウォーカー) になった時に、加護の力は使えなくなったよ。完全に消えたのか、一時的に使えなくなったのかは分からないけど……」
天使様の加護は祝福だ。
それなのに、夜の闇を獣の足で駆けるベリルは、晴々とした表情をしていた。
「加護の力が使えなくなったら、不思議と衝動がスーッと消えてさ。あんましムラムラしなくなったんだ」
歩く呪い(マッドウォーカー) になっても悲壮感がないのは、ベリルの性格によるものと思っていたが、そういった事情もあるらしい。
(加護の力があることは、必ずしも幸せではないのかもしれない……なんて、こんなことを考えたら、罰当たりかな)
テオが考え込んでいると、先を走るベリルが首だけで振り向いた。
「だから、男漁りはもうやめたんだけどさ。テオがカッコ良すぎたら、おねーさん好きになっちゃうかも」
チュッ、と投げキスを飛ばされて、テオは足を踏み外す。
これでは、五チラ(聖女様を五回チラ見案件)のアレンを叱れない。