作品タイトル不明
第九百十九話 脅威と遭遇しよう
◎ 金翅鳥(こんじちょう) 神殿 第九十五階層 深淵迷宮
「おお、すげえデカい宝石だな。こりゃ」
ギャオがミミックの死骸が消失した穴だらけの宝箱から小さな樽ほどの宝石を取り出して呟いた。その手の中にあるものを周囲にいた面々が目を丸くして見ている。それはこの世界でも早々見ることのないサイズの宝石であった。
『むむ。以前に見たことがあるが、なんであったか?』
「それは最高の宝玉である至宝十二選のひとつ、神話巨人の涙だな」
『おお、それであるな』
オロチの言葉にメフィルスが頷いている。それはゲーム内では、ミソロジージャイアントと呼ばれる魔物より得られるレアアイテムであった。
「ええと、確かハンマーに加工して使うヤツだったよね? 親方に頼めば武器に加工してくれるとは思うけど、今は使えないね」
風音が残念そうな顔をする。
アダマンチウムをゴーレム操作で加工してグリップを用意すればハンマーとして使うことはできる。だが、加工なしでは秘められた付与効果を得ることはできない。風音の友人であるやすならば可能だろうが、この場に鍛冶スキルを持っているプレイヤーはいなかった。
その会話を聞いていたギャオがグッと神話巨人の涙を風音たちに向ける。
「で、分け前どうするよ? やべえ金額になりそうじゃあねえか?」
「そうだねえ。お金にするつもりなら私が買い取るよ。相場も鑑定メガネである程度は分かるし、これでイライザの武器を作りたいんだよね」
『ほぉ、イライザへの褒美というわけか。イライザは武芸百般の才女だからな。容易に使いこなすだろう。それに確かにイライザに相応しい美しい輝きをしている』
幼鳥カルラ王がポンッとその場に出現して、一気にまくし立てる。それに風音が渋い顔をした。
「あのーカルラ王。魔力温存しておきたいんだけど、勝手に出てこないでくれる?」
『退屈なのだ。それにある程度のアドバイスならできると思うぞ』
「むう。だったら、いいけどさ。ローランとイライザは呼べないからね。どっちもアンタよりかなり魔力食うんだし」
イライザもそうだが、十騎士ローランはサイズこそ幼鳥カルラ王と同じだが、本来は知力の高さと補助魔術も扱える補助系魔術師タイプなのだ。そのため、召喚に必要な魔力コストは高かった。
それからギャオが目を輝かせながら神話巨人の涙を風音に手渡す。
「んー、とりあえずおれっちは金がもらえるんなら問題ないぜ。リーダー、いいよな?」
「それが武器になるのか。強力なんだろうが、さすがにうちで買い取るのは無理だしな。適正価格なら構わないぞ」
ガーラの言葉には、他のパーティのメンツも頷き合う。風音の資産は、今も天井上がりであり、それを彼らも知っていたのだ。
それから風音は受け取った神話巨人の涙をアイテムボックスに仕舞うと、続けてマップウィンドウを開いて自分たちの周囲を観察する。
そこは、極めてオーソドックスなダンジョンだ。迷路のように入り組んではいるが、奇をてらった構造をしていない。
「それにしても深淵迷宮は階層があるけど、思ったよりは狭いんだよね。その分、魔物や罠の数がハンパないからあんま進まないけど。どっかで定期的にモンスターハウスが起きてるのかな?」
風音の言葉に、うんざりとした顔の弓花が頷く。
「そうじゃないかしらね。宝箱はあるけどミミックも今回で三回目でしょ。それに手に入っても宝石とか換金素材っぽいのばっかだし、色々と制限されてる感じもするわね」
「それは別にいいんじゃねえの?」
すでにダンジョンを出て換金が完了すれば小金持ちは確定しているギャオの言葉に、風音が肩をすくめて言葉を返す。
「そりゃお金になるのはいいけどさ。もう最深層近くなんだよ。この階層で入手できるクラスの武器ならかなりの戦力アップになるはずだし、換金素材ばかりじゃダンジョンから出ないと意味ないじゃん。そもそも、ただの宝石よりもレア武器の方が高く売れるし」
風音の言葉に周囲が頷くと、ギャオも「確かに高く売れる方がいいよな」と答える。何はともあれ、お金が欲しいのである。
「それにカザネの能力対策がされておりますわね。ここまでに手に入れたスキルはミラーミノタウロスの『ミラーシールド』だけでしたわよね?」
ティアラの指摘には風音が渋い顔をして「そうなんだよねえ」と返す。スキルが重複しているのか、初めて戦う魔物でも今のところスキルを奪えてはいない。
ミラーミノタウロスから『ミラーシールド』のスキルを手に入れはしたが、元から覚えていたスペルの『ミラーシールド』と同じ効果しかなかった。
その話には、風音の頭の上にいる幼鳥カルラ王も口を挟んできた。
『それだけお前を警戒しているということだろう。私らしくもない嫌らしい対応だがな。まったく、補給を絶ち、消耗を狙うとは……卑劣極まりない』
「いや……このダンジョン自体あんま正攻法ではないっぽいし、ここまでの傾向から考えれば、らしくないか微妙だと思うんだけど。で、そういうあんたらしいってのはどういうもんなの?」
その問いには、カルラ王が羽を下クチバシに当てながら『そうだな』と答えた。
『本来、私はこの第九十階層には階ごとに強力な戦士を配置し、階層の維持に使う魔力をすべて結集させて一対一で戦わせる予定であったのだ。そして勝つことで塔を一階ずつ登らせていく。武人であれば胸躍る展開であろう』
「……なんか、少年マンガみたいだね」
風音がそう呟いた。それから気になっていたことも尋ねる。
「じゃあ、あんたの方針とは違うにしても……結局ダンジョンマスターの方のカルラ王って今どうなってるわけ? あんたがらしくないって言うからには、なんかおかしいんだよね?」
この塔の門の前でのやり取りにしても、ダンジョンマスターのカルラ王に何か変化があるような問いかけを幼鳥カルラ王はしていた。その様子から、何かしらの事態が起きてはいるようだとは風音も当然気付いている。
『そうだな。私にも原因は分からん。が……心臓球の方針に変更があったのかもしれん。少なくとも本人の意思ではない臭いを感じた』
「そんなことあるの?」
『あるな。所詮、我らは心臓球を護るために配置された駒に過ぎん。ダンジョンマスターというのも名ばかりのただ管理をしているだけの者だ。本体は心臓球だからな』
「そういえば、倒してスキルを手に入れたこともあったね」
風音が多用している大型格納スペースも心臓球を破壊して得た『真・空間拡張』の能力である。
『そういうことだ。心臓球も魔物なのだ。正確には心臓球をコアとしたダンジョンというゴーレムのようだがな。それがお前たちの能力を察知して対策を練ったのだと考えれば、今の状況も説明は一応つく。実際のところは分からないが……な』
「カザネ。来たようだぞ」
話し合っていた風音たちに、ジンライが声をかける。
すでに深淵迷宮に入ってから一日以上が経過していた。その間に神経を研ぎ澄ましたジンライの感知能力は、すでに風音やトールの能力に匹敵していた。そのジンライが察知した通りに離れた場所から魔物が迫ってきているのが風音も臭いで察するとため息をついた。
「ハァ。休む暇もないんだから……そんじゃあ行こう。長居は無用だよ」
そして、彼らはすぐさま先へと進み始める。
ひっきりなしに続く魔物の襲来と罠の数々に次第に風音たちの精神は消耗していた。それでも一歩一歩目的地には近付いている。しかし、この場よりさらに二階層を下ったところで、風音たちの足は止まった。
◎ 金翅鳥(こんじちょう) 神殿 第九十七階層 深淵迷宮
「不味くない、これ?」
「一本道だよ。どうしようもないじゃん」
そこは、第九十六階層の階段を下りたすぐ先だった。大部屋の手前の通路で、風音と弓花が難しい顔をしてその先を睨みつけていた。
その様子に、サンダーチャリオットトレインの中から顔を出したギャオが眉をひそめながら尋ねてくる。
「なんだよ、お前ら。難しい顔してよ。先に進まねえのか?」
ギャオが首を傾げるが、その先を見てギャオの体毛が逆立った。その先にある嫌な予感をギャオもなんとなしに理解できたのだ。
「えーと、他に道ねえの?」
「ないから困ってるんじゃん。一本道だよ、一本道」
そのやり取りの間に、サンダーチャリオットトレインから休憩していたメンバーも全員が下りてくる。
「これは、恐らくはモンスターハウス……だな」
ジンライのボソリとした言葉に、その場にいた全員が「言っちゃった」という顔をしたが、誰もがそれは予測できたことだった。部屋に入れば、確実に発動する予感がしていた。ただ、それはあまり口にはしたくはないことではあった。
「やっぱり、そうかなぁ。けど、他に考えにくいもんね」
風音が諦めたように呟く。
正面の大部屋はかなりの広さで天井も高い。すでにその天井部分で何かが待機している気配がしていた。それは仲間たちのほとんどが感じていることだった。あからさまではあるが、回避ルートがないのも確かだ。
「どうする風音?」
「まあ……後ろは上がる階段があるだけだし、進むしかないよ。インビジブルナイツと空身で気配を消しつつ、突っ切ろう。ユズさんのゴーレムとティアラの 炎の騎士団(フレイムナイツ) 、それに私のダークオーガ軍団を散開させて囮に使って、その間に一気に抜けちゃおう」
その言葉に反対する者もなく、召喚体とゴーレムがすぐさま喚び出されると、それらが一斉に部屋の中へと入っていった。続けて風音たちも突撃しようとした……そのときである。
「待てカザネ。罠だッ!」
ジンライの叫びに全員が部屋に入る前に立ち止まり、同時に大部屋の天井全体が落ちてきて、召喚軍団とゴーレムが一気に潰された。
「ッァアアアア!?」
召喚体が一瞬で消滅したフィードバックでダメージを受けたティアラが悲鳴を上げて崩れ落ちる。ダークオーガ軍団は狂い鬼を介しているので風音にダメージはないが、ユズも苦痛に顔を歪めていた。
また落ちた天井は砕けて大部屋を瓦礫の山と化し、さらには上空の空間に無数の魔法陣が生まれ始めてもいた。
「姉貴、不味い。後ろの道が壁で閉じられてる」
「ああ、もう。完っ全にやられたね」
そう言って正面を睨みつける風音の左右から、ジンライと 炎の王騎士(フレイムキングナイト) となったメフィルスが一歩前に出る。
「はっはっは、やってくれるわ」
『うむ。なかなかの窮地。これこそがダンジョンであるな』
仲間たちがそれぞれに構えて覚悟を決める中、魔法陣の中より魔物が出現し続ける。その姿にほとんどのメンバーの顔が青ざめた。
「あーもう、本当にやってくれるね」
風音が悲鳴のような声を上げて、それらを睨みつける。
大部屋に現れたのは十を超えるクリスタルドラゴンと百近いアダマンスカルアシュラの群れだったのだ。そして、物量の脅威が風音たちへと一気に襲いかかろうとしていた。