作品タイトル不明
第九百十五話 半月を振り返ろう
◎ゴルディオスの街 白の館
「よし、着るものも用意した。お父さんやお母さんへのお土産も用意した。えーと、後はなんだ? 忘れてないかな?」
「というか姉貴、まだやってたのかよ。もうみんな外に出てるぞ。それに家ごと持ってくんだから問題ないっての。食料だって余裕で一年分以上はあるんだぞ」
すでに己の準備を終えた直樹が風音を呼びにやってきていた。他のメンバーもすでに準備を完了し、今白の館に残っているのは風音だけだったのだ。
それから風音も「そうだねえ」と言ってひとまずは頷きながら、まだ周囲をキョロキョロとしていた。これから大仕事となるため、どうにも落ち着かないようである。
そして今は、倶利伽羅竜王の塔の門前から地上に戻って半月後であった。風音たちはともかく、クラン青の明星とクラン黒き牙の面々は最後の攻略に向けての準備期間を必要としており、その区切りを今日と定めて、各自それぞれに行動していた。
「後はアイテム類だけど、まあ問題はないかな。うん、完璧」
風音がアイテムウィンドウのリストを見て、ようやく納得したのかウンウンと頷いて、立ち上がった。
この半月は、風音たちも精力的に攻略の準備に奔走していた。マナポーションや各種毒消し等の消費アイテムをゴルディオスの街のみならず、転移で過去に立ち寄った街々を巡って揃えていた。
「もう明らかに商売する量分ぐらい、仕入れてるよな姉貴」
「一応商人です故。そういう扱いで安く購入したものもあるよ。ま、色々と回ったし、久々に会った人も多かったよ。うん、ここ最近は充実してた」
「そりゃ、良かったな。俺はいなかったけど」
直樹は己が仲間外れだったことに少しだけ頬を膨らませた。そして風音の言葉は決して偽りではなく、事実として風音たちは今日まで様々なところを巡っていた。
まず最初に風音が向かったのは、カザネ魔法温泉街だった。
風音はそこで宿屋の女将のリンリーから特製スープを大量に造ってもらった。都合により来れなかった弓花に代わり挨拶をした風音は、それから領主代行のマッカや警護団団長のキンバリー、それにカザネパレスの護りである鷲獅子竜グリグリとも顔を合わせていた。
なおマッカは以前の約束通り、直樹が風音に変わって適切な指示を出しているため、精神的には落ち着きを取り戻しているようだった。イケメンのコミュ力の高さは並ではないのだ。
一方でグリグリがカルラ王経由の翻訳によって『 魔力の川(ナーガライン) の様子がおかしい』という感じの話をしてきたので、風音もゆっこ姉にその件の報告は飛ばしていた。
続いて訪れたのは交易都市ウーミンだ。大商人のアングレーから格安で消費アイテムを融通してもらうと、プレイヤーのオウギにも会い、元の世界への帰還の話を告げた。
ゆっこ姉経由でアングレーが複数人のプレイヤーを従えていることをすでに風音たちは知っていたのだ。
対してオウギは己は戻らぬが、戻れることが確定したら他の仲間のプレイヤーには伝えておくとだけ返してきた。すでにオウギはこの世界に骨を埋めるつもりのようであった。
それから風音たちは、オルドロックの街にあるカザネ双竜御殿に向かった。
かつては市場しかなかったオルドロックの洞窟前ももう随分と街らしい姿になっていて、風音が驚きの顔で周囲を見回していた。
出迎えた商人のザクロは「すべてはカザネさんのおかげです」と笑いながら伝えると、部下に指示をしてからまたすぐに街を奔走していった。
周囲の感謝っぷりは逆に居心地が悪いくらいであったが、実際に風音のネームバリューによって人が集まったのは間違いない。双竜御殿は今やツヴァーラの中でも有数の高級旅館と化しており、その日の夜、風音たちはツヴァーラの海の幸と山の幸に舌鼓を打つこととなり、温泉にも入って、ゆっくりと眠りについていた。
翌日に風音たちが向かったのはツヴァーラ王都である。
風音は街で、特に意味もなく在庫のあった真白銀や白銀を買えるだけ買い占めていた。
王城グリフォニアスでは、ティアラの両親であるアウディーン王や第一夫人ケイランが出迎えてくれた。
ティアラの乗るサポートスパイダーにふたりは驚きの顔を見せていたが、以前と変わらぬどころか明らかに全盛期よりも元気そうなメフィルスを見て目を丸くしていた。
炎の魔人化したメフィルスは、ティアラの魔力供給により生前とほとんど変わらぬ姿でありながら、生前よりも健康そのものであったのだ。
また、ティアラの従姉妹であるユーイが妙にギラギラとした目で風音たちを見てきて怖かったこともあり、急いで次の目的地に向かった。
ハイヴァーン首都に行ったときには、ライノクスはまだベッドから降りられない状態であった。だが容態は落ち着いていて命の別状もないと主治医のお墨付きがあった。
そしてライノクスが動けぬ今、公城では次期王の父としてジライドが忙しく動き回っていた。ライルにヘルプの視線を送っていたが、ライルが戻るのはダンジョン攻略後と決まっている。ライルも今後の己の状況に頭を抱えながらその場を後にすることとなった。
なお、宮廷建築士のマーベリットから風音に建築特許の話があり、ひとまずの纏め払いとして金塊の山をその場で手渡された。想像以上の量に風音もちょっと引かれていたが、正当な報酬であるため、受け取らざるを得なかったのだ。
そして風音たちが次に向かったのは、エルスタの浮遊王国こと浮遊島だ。そこで風音たちは鳥人族の村長であるモーフィアとも久方ぶりに再会を果たした。
天帝の塔は未だに見つかってはいないが、ひとまずはまだ浮遊島に変化はないとのことだった。
もっともここでもやはり、 魔力の川(ナーガライン) の変化が起きていることをモーフィアが懸念していた。原因は不明。活性化が進んでいるのかもしれないとのことであった。
また、ヴォード遺跡でリポップしていた覇王の仮面を再び入手し、ロクテンくんが覇王龍の仮面へと変えていた。アダマンスカルアシュラもかなりの数が復活しており、アダマンチウム武器や素材が再びたくさん手に入ったことは大きな成果だった。
ついでにジンライの故郷に向かおうかという話もあったが、それにはジンライが固く拒否した。若返った姿を見て、幼なじみと姉に絶対に弄られると震えていた。
ともあれ、肉親である。元の世界への帰還に現実味が出で里心ついていた風音から「会った方が良いよ」と説得され、ひとまずはダンジョン攻略後に改めてシンディと向かうことをジンライは約束して次へと向かうこととなった。
東の竜の里ゼーガンでは、神竜帝ナーガを始め、スザ、ビャク、セイに新たに加わった木竜ヴァラオンの護剣の四竜が出迎えていた。蒼穹竜パイモンはすでに東方へと帰ったそうで、いずれジャパネスを訪ねたならば歓迎すると伝言を残して去ったとのことだった。
その日はタツオが一晩中、里のドラゴンたちにここまでの旅の話をして大いに彼らを湧かせた。神気を宿らせ、すでに一人前に戦える幼竜の姿はドラゴンという種にとって新たなる希望であった。
トゥーレ王国では、ゴーレムメーカー協会のトップであるベネットがやつれた顔で出迎えてくれていた。
共和制の準備のために色々と忙しいらしく、すぐさまクーロに連れて行かれて涙目になっていた。
なお、天空都市とクリスタルレームパレスは住民にとっても観光地として機能しているようである。荒ぶる鷹のポーズの像を見てレームがとっさにゴレムスキャノンで破壊しようとしたが、それはクーロに止められた。すでに観光名所となっていて、なんだか人気らしかった。
魔道大国アモリアに立ち寄ったときには、あいにくルイーズはローア・キャンサーとともに国外に出かけていて留守であった。
弟のヨーシュアが代わりに出迎えてくれたのだが、最近は悪魔の動きが活発で忙しいとの話であった。
ここでもやはり、 魔力の川(ナーガライン) の異常は把握されていたようで、宮廷魔術師長であるミサリが少し不安そうな顔にしていた。
そして、最後に立ち寄ったのは王都シュバインだ。
マジリア魔具工房のアガトや、マッスルクレイ研究のミンシアナ代表であるガルアと会い、風音は最新型の蓄魔器を譲り受けることとなった。
なお、ジーク王子は直樹がいなかったため、今回は邪魔が入らず風音と会うことができたのだが、タツオと白竜カーザが会話に終始していたため、ふたりきりというわけにもいかず、風音たちが去った後に少しブンむくれてカーザに愚痴をこぼしていた。
そうしている間に半月が経ち、本日に風音たちは 金翅鳥(こんじちょう) 神殿へと入ることとなった。
「まあ、後は移動要塞の整備ができなかったのは残念だったけど……これはダンジョン攻略後に回すしかないね」
「どうせあの大きさじゃダンジョン内だと使えないだろうし、別に問題ないんじゃないのか?」
そのもっともな言葉には風音も頷くと、それから直樹の腰の方へと視線を向けながら尋ねた。
「で、そっちはどうだったの? 成果はあったみたいだけど」
「ばっちりだよ。ほら」
直樹の腰には狂骨の闇魔王剣エクスとともに大翼の剣リーンが並んでいた。それがこの一週間、弓花のサポートの元、レイサンの街で達良の譲渡クエストを受け続けた直樹の成果であった。
直樹、というよりも名指しじゃない知り合いの男性用譲渡アイテムが大翼の剣リーンだったようである。
『魔剣の支配者』のスキル持ちの直樹にとって、その可変型武具の扱いは未知の領域だ。それは同時に、今後の直樹の成長が楽しみだ……ということでもあった。
「そんじゃあ姉貴、行こうぜ。みんな待ってる」
「うん。そだね」
風音コテージも、すでに大型格納スペースに仕舞ってある。もう忘れ物も特にはない。
そうして、いつも通りの準備を終え、風音は白の館の扉をくぐって外に出た。もう何も心配はないはずだった。
「あれ?」
そのとき、ふと直感が働いた気がした。スキルではない己の予感が脳裏をよぎり、風音は言いようのない不安を感じて後ろに振り向いた。それを見て、直樹が首を傾げる。
「どうした、姉貴?」
「え? ううん。何でもない」
今感じたものがなんなのか、それは風音にも分からない。もう二度と戻って来れないような、そんな不吉な予感が何故だかあったのだが、今は何も感じなかった。そのことに風音は少しだけ難しい顔をしてから、不安を振り払うようにブルブルと首を横に振って再び一歩を踏み出した。
「行こう直樹。これでお終いにしてお父さんたちに会おう」
その言葉に頷く直樹とともに、風音は笑顔で進んでいく。仲間たちの元へと向かっていく。そして、風音は元の世界へ戻るための最後の冒険を開始したのである。