作品タイトル不明
第九百十四話 未来を語ろう
「なんか……嫌な文章」
弓花が門に刻まれている一文を見て呟いた。
門を潜りこの先に進むのであれば希望を捨てなさい……と、そう書かれていたのだ。それを横にいて一緒に見ていた風音が目を細めて、口を開いた。
「聞いたことがあるね。確かダビデとか言うおっさんが言った有名な言葉だよ。まあ、分かる人にしか分からないものだから、弓花が知らなくても恥ずかしいことじゃないけど」
「へぇ。博識じゃない、風音」
弓花の感心した声に風音が「フッ」と大人びた笑みを見せた。
伊達に達良くんの無駄ウンチクを聞いているわけではないのだ……と風音が思ったときだった。
「ダビデじゃない。ダンテだ」
「話した言葉じゃなくて、門に書かれてた文字だからね」
後ろから同じプレイヤーであるオロチとカンナがツッコミを入れてきた。そして風音は弓花の視線から顔を背けた。泣いてはいない。頬を流れ落ちたのは心の汗である。
なお、直樹は弓花と同じく感心していた方で、トールは空気を読んでツッコまなかっただけである。
そして、そんなやり取りが終わったのを見計らってからカルラ王が無表情なのに呆れた風な空気を出しながら再び口を開く。
「誰の言葉かなどはどうでも良い。少なくとも私が知る限り、それはこの迷宮内で意味のある言葉ではないし、言ってしまえばただの飾りだ」
非常に面倒くさそうにブッチャケられた。
それからカルラ王が一同を見回してから話を続ける。
「ともかくだ。忠告はしておく。この門の中に入れば、心臓球を攻略するまで外に出ることは叶わない。それがここから先のダンジョンのルールだ。戻る努力をしても構わないが、次元の狭間に落ちて二度と戻れぬかもしれないことは覚悟しておけ」
「戻れないだって?」
オーリが眉をひそめると、一緒に並んでいたガーラが難しそうな顔をして「聞いたことがあるな」と口にした。
「一度入ると出ることができないダンジョン。未帰還率が高く、場合によっては到達間近でダンジョン自体が閉鎖されることもある……と以前に北の出身のヤツが話していた。おそらくは同じ類のものなのだろう」
実際に戻れないか否かはともかく、そうしたダンジョンが存在していたのは確かなようだった。その話を聞いた後で風音が挙手してカルラ王に尋ねた。
「あんのー。まだチャイルドストーン持ちを全部倒しきってないと思うんだけど。このまま先に進んだら封印門の前で立ち往生するんじゃないの?」
その問いに、カルラ王は首を横に振る。
「現在、ダンジョン内の活性化しているチャイルドストーンの数は九だ」
それを多いと考えるべきか、少ないと考えるべきなのか。この場にいるメンバーの間でも認識は分かれているようだったが、次に見た光景にはみな目を見開くこととなった。
カルラ王が手をスッと上げると、その場に九つのチャイルドストーンが出現して浮かび上がったのだ。
「それって……全部チャイルドストーン?」
「そうだ。すべて、ここに集結させてある。故に先に進んでも問題はない」
その言葉とともにチャイルドストーンが空中で輪を描いて回転していく。その様子に風音たちが緊張した面もちでそれぞれ構えたが、カルラ王は特に何をするでもなくそれらをすぐさま消した。
「ここではやらんさ。すべては門の先。それと第一階層のポータルからここまで来られるようにも繋いでおいた。すべての準備が整い次第、この先へと入るが良い」
「そりゃあ……ずいぶんと用意がいいよね?」
風音の問いにカルラ王が、無表情のまま頷く。
「ダンジョンというのは、そういうものだと聞いている。最後の戦いを前に全回復をさせてやるような酔狂な真似をするつもりはさすがにないがな」
そう口にして一歩下がって立ち去りそうな気配を見せたカルラ王に『待て』と声が響いた。
「クケー」「ピヨッ」
その声の方にカルラ王が視線を向けると、風音の後ろにたった今召喚されて出てきたイライザと、それに乗った幼鳥カルラ王とローランの姿があった。
「私の分け身と……我が愛しき妻、それに義弟か。予想を超えたことが起きたようだが、みな壮健そうで何よりだ」
「クケーー」
イライザが鳴いた。それから幼鳥カルラ王がクチバシを開く。
『私よ。まずは謝ろう。計画は失敗だ。お前の席は今、妻と義弟によって埋められた』
「謝罪の必要はない。元より保険だ。イライザたちの愛らしき姿を見れて私も満足はしているし、祝福もしよう。そこにいるのが私ではない……ということは悲しいことだがな」
そのカルラ王の言葉に幼鳥カルラ王が頷き、さらに話を続けていく。
『ああ、そうだ。我々は新たなる命を得た。祝福には感謝を……そして、私が現れた理由がその顔見せだけではないことはお前も理解しているだろう?』
「ああ、理解しているとも私よ。『らしくない』と考えているな。十騎士の意志を剥奪していれば、さすがに気付くか」
リーヴレント以降の十騎士の様子がおかしかったことを幼鳥カルラ王は気にしていた。それは元からその状態の十騎士としか戦っていない両クランには分からないが、実際にリーヴレントと対峙した風音には理解できていた。
だが、その原因が幼鳥カルラ王には分からなかった。それはつまり、幼鳥カルラ王の知らない『何か』がカルラ王の身に起きているということだった。
『私が分かれた後で何があった?』
「すでに道は違えたお前に答える義理はない」
カルラ王は己の分身にそう言いきる。
今の彼らはもはや別の存在だ。その言葉に幼鳥カルラ王が、目を細めつつも言い返すことはしなかった。イライザとローランを受け入れた以上は予想できた答えだった。
「だが、私は私だ。何者の束縛を受けようとも、望んだ未来を違えていない」
『そうか。ならば何も言うまい』
幼鳥カルラ王が頷き、そしてその場でイライザとローランとともに消失していく。もっとも、そのやり取りの意味までは、風音たちには分からない。だからどう動くかと風音たちがカルラ王を警戒していると、カルラ王は無表情のまま肩をすくめて再び口を開いた。
「さて、私事で話が逸れたな。白き一団、蒼の明星、黒の牙。お前たちはいずれも強力な冒険者たちの集まりだ。ここから先はお前たちの実力を前提に、対等以上の戦いになるように調整したダンジョンとなっている。或いは、このまま先に進むのも良いが、それにはよほどの覚悟が必要だろう」
そこまで口にして、カルラ王のみが崩れ始め、黄金の炎となっていく。
「私は最奥にある心臓球の間で待っている。次に会えるのを、楽しみにしているぞ冒険者たちよ」
そしてカルラ王がそのまま消えていった。それから風音たちはカルラ王の気配が完全になくなってから、ようやく構えを解いて互いに顔を見合わせた。
「と、いうことだが……どうする?」
ガーラの問いにはギャオが「おれっちならいいぜ」と返した。このまま先に進む気満々のようだが、他のメンバーが慌てて首を横に振る。その中で代表してオロチが口を開いた。
「場合によっては十階層分を戻りなしで踏破する必要がある。食料などの備蓄を揃えてから入るべきだろう」
白き一団は住居ごと移動しているが、他のメンバーはそうではないのだ。また風音たちにしても準備期間があるならば、その方がありがたくはあった。
だからオロチの提案に風音は素直に頷いて同意した。
「うん。一度戻って準備した方がいいね。それからはどうしよう? また分けて行動する?」
「いえ、もはやゴールは近い。ここから先は協力し合った方が良いでしょうね。私たちプレイヤーにとっての目的はダンジョン攻略そのものではありません。白き一団をあちらの世界に送り届けることにより、私たちは私たちの世界に戻れるのです。誰かが抜け駆けして穴が閉じるようなことになっても困ります」
トールの言葉にはプレイヤーである面々のみならず、その他のメンツも同意の頷きを返した。
現在この場にいる者たちは、正確に理解しているかはともかく、すでに風音たちの素性が 異邦人(プレイヤー) であることを知っている。
或いは向かう先が妖精郷のような隠れ里だと考えているのかもしれないが、ともあれ彼らはダンジョンの先に風音たちの故郷があると聞かされていた。
その中で複雑な顔をしているのはパーティ・オーリングのメンバーだ。彼らの視線の先にあるのはリーダーであるオーリだ。その仲間たちに対し、オーリは覚悟を決めた顔をして頭を下げる。
「俺たちの最後の冒険だ。みんなの力を貸してくれ」
プレイヤーの子供であるオーリにとって、この 金翅鳥(こんじちょう) 神殿の攻略は己の夢を目指す戦いだった。オーリは父親のいた世界に憧れ、そこで生きることを望んでいた。だから、オーリはこの先の己の未来をすでに決めていた。
「ああ、パーティは解散。ま、妥当だな。ユズやオルトヴァもやるこたぁ、決まったみたいだしな。ホント、よくこのメンツでここまで来れたもんだって思うぜ」
オーリングの前衛組であるバックスの言葉に、ユズとオルトヴァも申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
ゴーレム使いのユズは弟であるクーロの補佐をするため祖国のトゥーレ王国に戻る決意を固めているし、今後は転移魔術の研究一本で考えている魔術師のオルトヴァもミンシアナ王国からスカウトを受けていて、それを受けるつもりであった。
そのすでに解散ムード漂うオーリにライルが少し眉をひそめながら声をかける。
「つかよ。まだ、戻れるって確定してるわけでもないんだぜ。決めちまっていいのかよ?」
「そうだな。その可能性もある。だけど、そのときはカザネ」
オーリの視線が風音に向けられ、それには風音も頷いた。すでに目的が叶わなかった場合については風音も相談を受けていて、それを了承していた。
「白き一団に入るのであれば歓迎するよ。ここが駄目でもダンジョンは他にもあるし、あっちに戻るまで一緒に行くっていうんならそれも構わない」
「お、俺の後釜かよ」
すでにハイヴァーン公国に戻ることが決まっているライルがそう返すが、 金翅鳥(こんじちょう) 神殿が駄目でもオーリはあきらめる気がなかった。そして目的達成の一番の近道が同じ目的を持つ白き一団に入ることだとオーリ判断していた。
それにオーリの技量は、白き一団の水準に十分に達しており、足手纏いになることもない。その話には直樹も少しだけ嬉しそうな顔をしていた。不埒な虫になろうものならば殺らざるを得ないとも思ってたが、今はその心配もない。
「で、私はオーリと一緒かな」
それからオーリと『付き合っている』カンナが続けてそう口にした。
「父さんたちにどう話そうかってのはあるんだけどね。まあ、どうとでもなるでしょ」
カンナが笑う。それにオーリは真面目そうな顔で「頼む」と頭を下げていた。オーリはあちらの世界に辿り着いたらカンナの実家に居候する予定となっていたのであった。
それから風音がオロチとトールを見る。
「そういえば聞いたことなかったけど、ふたりはどうするの?」
その問いには、オロチは特に間もおかずに口を開いた。
「私は両親に会えるのであれば会いたいとは思うが、その後はこちらに戻るつもりだ。もう長いこと、この世界で生きてきたし、今更あの生活には戻れないしな」
「私は保留です。もう一生分は遊んで暮らせる金も持ってますが、こっちにも馴染んでしまいましたからねぇ」
オロチとトールの返しに、風音はなるほどと頷いた。
その後ろでジローが「あ、そういえば……」と声を上げる。
「俺の実家も……確か異邦人が先祖にいるらしいんだよ。名前が異邦人の先祖のものを受け継いでるんだけどな。まあ、俺のことを誰も知らないあっちの世界で冒険者家業するってのもいいかもしれないな」
「んー、いきなりのカミングアウトだけどさ。ジローくん……あっちにはジローくんの想像する冒険者家業ってないからね」
「え? まあ、仕事は多少違ってくるかもしれないけどさ。いや、ゴブリン退治ぐらいはあるだろ?」
ジローがそう口にしたが、風音の知る限りゴブリンはいなかった。害獣駆除はあるが、専門に行って生計を立てるのも難しい。
そして、ゴブリンがいないことを風音が説明をすると、ジローのみならずプレイヤー以外の全員が驚いていた。
「あー、そういう環境の違いも話しとかないと不味いよねえ」
風音がそう言って仲間たちを見た。鎧に槍に剣や矢や狙撃銃等々。そこにいるのは、間違いなく職質は免れない格好のメンツばかりである。対策は必要であると思われた。