作品タイトル不明
第八百六十九話 子供に負けよう
◎ゴルディオスの街 白の館
『私はどうしていたのだ……』
カルラ王は気が付けば、青空の下にいた。周囲を見回せば白の館の縁側で眠っていたようだった。
一体どのような経緯で己がこの場にいるのかについてカルラ王は記憶がなかい。いつも通りに温泉に入って、気が付けばこうなっていた。それからここにいたるまでの過程がカルラ王には分からない。そして、カルラ王の横にはタツオが立っていた。バサーバサーと翼をはためかせてカルラ王へと風を送っていたようである。
『おや、お気付きになりましたねカルラ王』
『タツオか。私は一体どうなったのだ?』
訳が分からぬという顔のカルラ王にタツオはあっさりと『どうやらのぼせたようですよ』と理由を口にした。
『そんな鳥の姿で長時間お風呂に入っていれば、当然の結果だろうとユミカが言っていました』
そう言ってタツオがくわーっと鳴いて、カルラ王がくわーっと鳴いて驚いた。
『のぼせた? なるほど、この小さな身では長時間湯に浸かるのも耐えられないということか。ままならぬものだな。まったく』
『まだその身体には慣れていないのですから、気を付けた方が良いですよ』
『ああ、そうだな。その忠告、感謝しよう』
そう言いあってタツオとカルラ王がバッサバッサと翼をはためかせてくわーくわーと鳴き合っていた。あまり人見知りしないタツオと、子供だろうと気にしないカルラ王はそこそこ相性が良いようだった。
(何を話してるんだか)
そして、離れた位置では、弓花がタツオとカルラ王の様子を眺めていた。
どうやらのぼせて意識を失っていたカルラ王はひとまず復活したようである。召喚鳥なのだから一度死ぬか解除されてから復活すれば治るので、特に心配することでもなかったのだが、ともあれカルラ王は無事起きたようだった。
その様子を眺めていた弓花本人は、中断していた練習を再開する。それは槍術の型の練習であった。
弓花は、早朝訓練などの通常の鍛錬の他に、ジンライやジライドなどより学んだ槍の型をすべてなぞっていることを日課としていた。
弓花の持つスキル『天賦の才:槍』は、修行や戦いの中で覚えた槍の技を忘れることはない。スキルとして保管し、いつでも使うことができるようになるのだ。
弓花はスキルが記憶したものを身体になじませるために日々型を繰り返し、ゲームとしてのスキルではなく 本当の己の力(スキル) へと昇華させるための努力を続けていた。
それこそが弓花がレベルを超えた強さを持つ理由であり、文字通り才能を持っている者の強みを生かした訓練でもあった。
そして、弓花が今日もいつも通りに鍛錬を行っていると、正門前から少女の声が聞こえてきたのである。
「頼もー」
まだ幼さの残る響きに弓花が首を傾げながら近付いていくと、門の外にはチョコンと少女がひとり立っていた。
「はあ、どちら様で」
かいた汗をタオルで拭いながら、弓花が少女へと尋ねる。その顔に弓花は覚えがなかった。
(風音ぐらいの身長……十歳ぐらいかなぁ。ジンライキッズの子ではないようだけど)
ジンライキッズとは、白き一団の良心と呼ばれているジンライ・バーンズに憧れている少年少女の集まりだ。
十代の若さと落ち着いた佇まいで、時折子供たちに槍術の指導もしているジンライだ。 外面(そとづら) の良さは直樹と並んで白き一団の中でもトップクラスであり、ジンライは街のマダムたちにも大人気であった。
後、ジンライキッズの間では猫を飼うのが流行っていた。いつかシップーぐらいまで育てるのが少年たちの夢なのだという。
ともあれ、その少女はそうした類の相手ではなさそうだった。
その出で立ちは軽鎧に剣を一振りといった姿であり、明らかにただの子供ではなかった。そして訝しげな視線を弓花が少女に向けていると、少女の方も「槍使いの女。これが」とボソリと呟き、それから弓花を睨み付けて声を上げた。
「あなたがジンライ・バーンズの弟子、ユミカね。私と尋常に勝負しなさい」
「嫌よ」
弓花はあっさりと拒否した。その返しには少女は目を丸くして二の句が継げなかったが、すぐさま気を取り直して口を開いた。
「さ、さすが、あのジンライ・バーンズの弟子ね。挑まれて拒否をするだなんて……戦士としての矜持はないの?」
「いや、名前も名乗らない失礼な相手に対して特には……」
その言葉に少女が己の言動を振り返って、名乗りを上げてないことに気付いてガーンとした顔をしていたが、弓花はあっさりと背を向けて言葉を返した。
「まあ、そういうことなんで。私はまだ日課が残ってるし、それじゃ!」
「ま、待ちなさいってばー」
少女が少し涙ぐんで声を張り上げている後ろで、別の人物の声が響いた。
「なんだよ。弓花、お前子供泣かせんのか?」
その声の主は白の館に帰ってきた直樹であった。買い物を終えて戻ってきたところのようだが、その一言に弓花は口を尖らせた。
「泣かせてるって……誤解を招くこと言わないでよ。む、そうだ。直樹、あんた私より弱いわよね」
「いきなり、なんだよ?」
「私はあんたより強いわよね!」
「うるせえよ。そうだよ。今更言うな。気にしてるんだから」
その言葉に少女が弓花と直樹をキョロキョロと見て、やり取りの意味が分からず首を傾げている。その少女に弓花は直樹を指差しながら口を開いた。
「というわけで、お嬢ちゃん」
「お、お嬢ちゃん!? 私にはリサ・ニールセンという名がありますわ」
「じゃあ、リサちゃん。私と戦いたければ、これとやりなさいよ。この男に勝てたら考えてあげるわ」
「おいおい、こんな子供相手にさすがに……」
「こ、子供。分かりましたわ。だったらまずはそこのホスト面を倒して差し上げますわ」
「ホストづ……マジかよ」
子供に憎まれ口を叩かれた直樹は地味に精神ダメージを受けていた。このイケメンは老若男女全方位にモテるため、初っぱなから子供に敵意を持たれるような経験は少ないのである。それから弓花が門を開けて誘い、リサがフンスッと意気込んで中に入ると、直樹が弓花の元へと駆け寄った。
「どういうつもりだよ弓花。いくら俺でも、あんな小さな子と戦うってのは……さすがに大人げが」
「あ、直樹」
直樹の肩に弓花がポンッと手を置く。
「んだよ?」
「一応言っておくと、あのリサって娘。剣だけで戦ったらあんたより強いから」
「は?」
「行きますわよー」
中庭から剣を抜いてブンブンと振る少女の姿が見えた。それは直樹にはやはり少し変わった女の子……程度にしか見えなかった。
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「で、直樹。負けちゃったの?」
リーダー会議も終えて戻ってきた風音が、中庭の惨状を見て「うわー」という顔をしていた。
「姉貴。俺をそんな目で見ないでくれ。違うんだ。油断を……少しだけ油断をしていたんだ。ていうか、その男は誰なんだ?」
そこには直樹が正座をして座っていた。その横にはリサという少女が一緒に正座をしていた。そこは負け犬の集まりであった。その様子に、風音と共に白の館に来ていたヴァリオが眉をひそめる。
「リサは、それで勝手に挑んでユミカさんに負けたのか?」
「お兄さま。あ、あのホスト面のせいですわ。あれがやたらしつこかったから疲れてしまったし、手の内もみんな見られてしまったのですわ」
「まあ、作戦勝ちよね」
あっさり言う弓花に「くやしいですわー」とリサが泣いていた。その様子に風音が「大人げない」と呟くと、弓花が肩をすくめる。
「よく相手を見て戦えという師匠の教えを実践したまでよ」
弓花は勝負の行程には拘らない。勝てれば良い主義である。そして弓花は、子供の姿であろうとも相手の実力をある程度は見極められるほどに成長もしていた。
「最初に戦ったところだと、怪我させずに勝てるか分からないぐらいの実力がリサちゃんにはあったからね。だから一応、手の内は見せてもらって、怪我させないように抑えて勝ったのよ」
そうあっさりと口にする。直樹を当てて相手の動きを観察し、疲れたところを一気に叩く。弓花は子供を侮るどころか、まったく容赦がなかったのである。
「凄いな。さすがジンライ・バーンズの一番弟子だ」
そう言って感心しているヴァリオにリサがぐぬぬ顔になり、そのやり取りを見ている弓花が風音に尋ねる。
「風音。そちらの人はどなた?」
とは口にしたものの弓花も見当は付いていた。
パーティライトニングの噂は後援組織ムータンを通じて弓花の耳にも入っているのだ。弓花に衝突する可能性がある相手をムータンが見逃すはずはなかった。
「ヴァリオ・ニールセンさん。パーティライトニングのリーダーだよ。で、そっちはリサ・ニールセンちゃんかな。どっちもヴァール・ニールセンさんのお孫さん」
その風音の言葉に「なるほど」と弓花が頷く。弓花も風音同様に、ジンライよりヴァール・ニールセンとの因縁は聞いていた。それから弓花はヴァリオへと視線を向けて、率直に尋ねた。
「師匠に仇討ちですか?」
「そうですわっ」
「それは違うッ」
とっさに出たリサの言葉をヴァリオが否定する。それにリサがムッとした顔をするが、ヴァリオは構わず話を続ける。
「お爺さまは、最後まで戦士として生き、そして天空の草原へと旅立たれた。ベッドの上でその命を尽きるときを待ち続けるよりもお爺さまらしい終わりであったはずだ……と僕は考えている」
そう言って、それからヴァリオは弓花を見た。
「僕はお爺さまの最後を看取ったジンライ殿にお会いしたく、この場に来た。ジンライ殿はいずこにいらっしゃられるのか?」