作品タイトル不明
第八百六十四話 渇望を知ろう
「お前は……悪魔によって右腕から生み出されたものだな?」
ライノクスが神槍グングニルを握りながら、尋ねる。それに老人の姿のままのオールドジンライが「ふっ」と笑いながら、両腕の槍を構えた。
「ワシはジンライ・バーンズだよ。友よ」
「俺の友は、つい先ほど別れたばかりなんだがな」
ライノクスの言葉に、オールドジンライは笑みは崩さず言葉を重ねる。
「クックック。あの腑抜けの方がお前の友だと? あちらこそがまがい物だとは思わないかライノクス。今のワシは 余分なもの(人としての心や身体) をそぎ落とし、戦いだけを追求してきた。戦いのためだけにようやく生きることができるようになった。ワシはようやく強者となれた」
その言葉にライノクスが眉をひそめる。それはジンライに対しての侮辱だと感じ取ったのだ。だからこそ、牙を剥いて叫んだ。
「己を強者というか。それは驕りだぞ、まがい物。そぎ落とさずとも強くはなれる。あいつはそれを証明していた。捨てて強くなれたなどという 言(げん) はな。弱者の言葉でしかないのだ」
「であれば、己が言葉を力で以て証明するまで。そのためには……ハガス、それを落とせッ!」
ジンライの言葉に上空から咆哮が響き渡り、そして二十メートルはある黒いドラゴンが中庭に近付くと、足の爪で掴んでいた十メートルほどの白いドラゴンを地面に落としていった。
「ゴード!?」
そのドラゴンを見てライノクスが叫んだ。落ちてきたのは閃輝竜ゴード。それはライノクスの騎竜であった。そして、中庭に落とされたゴードが血を吐きながらライノクスを見て口を開く。
『ぐ、主か。醜態を……さらして、すまん』
「良い。あれが伝説の黒竜ハガスであれば止むを得まい」
そう言いながらも、ライノクスの視線はオールドジンライから離れない。オールドジンライから己に対しての明確な闘気と殺気を感じるのだから、その挙動を無視できないのは当然のこと。だが、目の前の男の目的をライノクスは未だに把握できないでいた。何をしにここにきたのかが、ライノクスには理解できない。
その様子を見ていたオールドジンライがフッと笑った。
「何が目的か? という顔をしているな友よ」
己の心の内を除かれたかのような言葉に、ライノクスが目を細める。その様子を特に気にせず、オールドジンライは言葉を重ねていく。
「別に悪魔どものために今日はきたわけではないのだ。実はな。ワシは、ここしばらく闇の森に滞在して力を付けてきたのだ。で、ようやく修行も終えた。今の自分の力がどれほどのものなのか……と興味が湧いたのだ」
その言葉にライノクスの目が見開かれる。闇の森の魔物の強さは風音たちと共にいたライノクスにも理解できている。だが、そのことへの驚き以上にライノクスには憤っていた。ようやくオールドジンライの意図を悟り、怒りが湧き上がってきた。
「カザネたちと戦うことを禁じられている今、比較としてもっとも分かりやすい相手がここだった。それだけだ。まさか、お前が留守だったとは知らなかったがな。まあ、戻ってきたのだから良しとしようか」
「それで襲ったか。己の故郷を!」
ライノクスの叫びに、ジンライの笑みは崩れない。
「悪いとは思っている。だが、分かるであろうライノクス。我が親友よ。ワシがもっとも戦いたい相手が誰だ? もうひとりのワシか? いいや、違うぞ。ワシはな。出会ってこの方、考えなかった日はない。老いさらばえた身では届かぬと悟り、一時は我が命を吸わせた弟子にソレを託そうかとも思った……が、こうして己の力で辿り着いたのだぞライノクス」
ギシリと、オールドジンライの槍を握る手が震えた。
「もうひとりのワシはお前に勝ったそうだが、所詮は命のやり取りではない。本来の、竜騎士のお前と殺し合うことこそが我が望み。我が渇望だ。さあ、お膳立ては整えたぞ。遠慮はいらん」
そう口にするオールドジンライの漆黒の鎧が、篭手が、具足が、胸部のプレートが、キリキリと動きだし、その中身をさらすかのように開かれていく。
その内側からは赤い光が漏れ、オールドジンライの顔も黒色から赤い透明な水晶へと変わっていく。現在のオールドジンライの身体は生身の腕を抜かせば魔生石でできているのだ。発せられる魔力を全解放したオールドジンライはライノクスへと槍を向けた。
「殺しあえ……ということか」
それを見たライノクスは、恐らくは本人も無意識のうちに笑みを浮かべていた。後ろにいる閃輝竜ゴードは、その意図を指摘せぬままにライノクスへと竜気を注いでいく。それこそが竜騎士の本気。竜気を得ることで能力を高めた竜人と化す、弓花が竜結の腕輪で変化するのと同じ竜人化であった。
『行けるぞ主よ』
「ああ、行ってくる!」
「くく、行くぞライノクス!」
そして赤黒い闘気を纏ったオールドジンライと、白き竜気を纏った竜人化牙ライノクスが同時に駆け出した。
「喰らえぃっ!」
「遅いッ!」
干渉し合う闘気と竜気によって空中で魔力の暴風が発生し、その中で両者は打ち合いを始める。手数では二槍のオールドジンライの方が上。だがライノクスの槍の精緻な動きは、今のオールドジンライの攻撃すらも耐え抜く。一瞬の攻防の後、どちらも離れて壁と壁とを跳び、激突し合いながら駆け上がっていく。
「くっ。まさか、ここまでやるとはな!?」
「はははは、さすが生きた伝説。そこまでの力、今までワシにも見せたこともなかったなライノクス!」
叫びながらオールドジンライが放ったのは、左右両方からの同時攻撃『双閃』。最速の二槍の軌道を読み、杖の柄でライノクスはその攻撃を受け止める。
「少し荒いなジンライ」
のみならず、ライノクスは一歩踏み込んで、オールドジンライの懐へと飛び込み掌底を放った。
「甘いわッ!」
だがそれをオールドジンライは自らの頭突きをぶつけることで、練られた竜気が体内に浸透される前に防ぎ通した。
「忘れたかライノクス。それはワシが教えたものだ」
「役には立っているんだがな。だが、やはりお前には効かぬか」
次の瞬間には同時に槍を振るい合い、刃先がぶつかり合ってどちらもが衝撃で左右へと弾き飛ばされる。
「っと、ここまで来てたか」
そのまま城の屋根の上へと着地したライノクスがそう口にする。両者は戦い続けながら、いつの間にやら城の屋根の上にまで登ってきていたのである。
(街に被害はない。なるほど、城だけを狙ったのか……)
ライノクスが周囲を見回して、状況を確認する。城門前から崩れ落ちた兵たちの姿が見えた。城の上空では今も竜騎士たちと黒竜ハガスが飛び回って戦っていた。見れば、劣勢ではあるものの、ハイヴァーン三騎竜の一体である牙炎竜フォルネシアとその乗り手ネイベルを中心として一方的ではない戦いを続けているようだった。飛雷竜モルドの姿はないが、乗り手であるジライドが倒されている以上、すでにモルドも倒されているのだろうとライノクスは考える。
その様子をオールドジンライも見ていて、目を細めた。
「ふむ。ハガスめ。遊んでおるようだわい。仕方のないヤツだ」
「召喚竜か。力はオリジナルには及ばぬようだが」
さすがに、かつての人竜戦争を戦った本物の黒竜ハガスが相手では、一国の戦力でここまで保つとはライノクスにも思えなかった。その言葉にオールドジンライは笑みを浮かべた。
「さあて、どうかな。ともあれ、こちらはこちらで楽しもうじゃあないかライノクス」
そう言ってオールドジンライが両槍を構え、全身からさらに赤黒い闘気を輝かせるとライノクスに向かって飛びかかっていく。
「グゥッ!?」
先ほどよりも重い一撃がライノクスを襲う。どれだけ受け流そうにしても限度はある。特に力の拮抗している相手ならばなおさらだ。そして、それは竜人化しているライノクスであっても抗しきれない力をオールドジンライは有しているということでもあった。
「うぉおおおっ!」
「ははははは。見える。見えるぞライノクス。これがお前の見ていた世界か!」
ライノクスが避けたオールドジンライの突きから放たれた闘気が城の塔のひとつを崩し、その隙を縫ってライノクスが突こうとすれば、もう一本のオールドジンライの槍がそれを防ぐ。そこから槍術『転』へと繋ごうとライノクスが一歩を踏み出したが、すぐさま放たれた気圧によってライノクスは身体ごと吹き飛ばされた。
「まったく、魔力が有り余っているようだな」
そう言いながら空中で回転して、ライノクスが屋根へと着地する。
「ああ、そうだ。このようになッ!」
そこに先ほどと同じ槍術『雷雨』が放たれた。それは『雷神槍』からの派生技である『雷走り』をさらに無数に放つ大技。かつてのジンライであれば、例え一度であっても放つことは不可能なものであった。それを避けたライノクスを見ながらオールドジンライが叫ぶ。
「分かるか、ライノクス。ワシは、ようやく求めていたものに手が届いた。人並みの身体。並以下の魔力。それらを克服し、ここまでのワシの技術と今ここで融合した」
そう告げるオールドジンライの顔は、まるで子供であった。オールドジンライは戦いの中で涙を流し、心から喜びを感じていた。そこに驕りがあるようにはライノクスには見えない。ただ、長い時を経て求めていたものにやっと出会えた喜びを噛みしめている、子供のような老人の姿がそこにはあった。
(ああ、そうか。そうだな)
その姿にライノクスは、考えずにはいられない。恵まれた環境。恵まれた肉体。恐らくは才覚すらもライノクスはジンライを大きく凌駕していた。
ライノクスという天才を前にすれば、ジンライなど本来は路傍の石ころのような存在だったはずだ。であるというのに、ジンライがライノクスの親友となったのは、その食らいつこうとする精神を見たからだ。己にはない、どこまでも純粋な強さを求める意志にライノクスは惹かれていた。だが、同時にジンライの心の内にある渇望もライノクスは当然察していた。
誰よりも恵まれなかったジンライだからこそ、愚直に鍛え、強くあり続けられたのだと。そして今、それらすべてが結実したとオールドジンライは言っているのだ。
(ならば、勝てぬのも道理か)
すでにライノクスの中で結論は出ている。この勝負の行く末を天才であるが故に見えていた。勝ちの目はある。だが、ここが分水嶺だと理解していた。だから、ライノクスは目の前の男に謝罪する。
「すまんなジンライ。これで終わりだ」
「もう勝ったつもりかライノクス。させんよ!」
そして、両者は同時に最後の技を放った。
オールドジンライの放った技は、槍術『閃』をさらに後ろから柄を『閃』で突いて加速させる神速の『神閃』。対してライノクスの技は、
「グギャァアアアアアアアアアアアッ!?」
竜騎士槍術『竜殺』。それはすでに失伝している『森羅万象』という槍術の流れを汲んだもの。対象の竜気と己の纏う竜気を共鳴させ、ドラゴンの持つ防御力をほぼゼロにした一撃を放つ投擲技だ。それが空を飛ぶ『黒竜ハガス』に命中していたのだ。
「ライノクス、貴様ッ!?」
その状況にオールドジンライが叫び声を上げて、ライノクスを見ていた。己の槍がライノクスの胸を突き刺しているのを確認し、それからライノクスの顔を見て絶句した。
「勝ちは譲る。だが、ハイヴァーンは……負けぬ」
そう言って、血を吐きながら倒れるライノクスの姿と重なるように、黒竜ハガスのコアを貫いた神槍グングニルは中庭へと落下していき、そして何かが砕ける音がした。