作品タイトル不明
第八百六十三話 強襲を受けよう
◎ミンシアナ王国 白き一団 訓練場
「ぬぉぉおお」『ぬぉぉおお』
「チィッ」
ミンシアナ王国の山脈のいずれかにある白き一団専用の訓練場の闘技場エリアの中で、三つの影が交差し戦い合っていた。
迫るふたりの槍使いに挑むのはライノクスだ。ライノクスは対峙するそのふたりの攻撃を一方的に受けるだけの状態となっていた。
「切れ目がないか」
刺突に次ぐ刺突。ライノクスが戦っているふたりの連携が止むことはない。ひとりでも恐るべき手練れ。であるというのに、まったく同じレベルの相手がもうひとり、その場にいるのだ。
『ふんっ』
「くっ」
槍と槍が交差する。ライノクスの槍はオーディン・ケンタウロスと呼ばれる闇の森の魔物の素材を加工して造られた神槍グングニルだ。対する相手の槍はアダマンチウム素材の槍の先に神聖銀の刃を取り付けただけのもの。
槍の格で言えば、グングニルが上回る。だが、両者の腕力には決定的な差があった。
「浮く?」
『くっくっく』
金属製ボディの相手が笑い、そしてもうひとりが動き出した。
「槍術『風神槍』」
「舐めるなよ」
ライノクスは一瞬の判断で槍を手放し、その場を離れて生身の男の攻撃を避けた。そして神槍グングニルは、金属ボディの男の槍によって弾かれたが、空中で弧を描きながらライノクスの手元へと戻っていった。そしてライノクスが再び槍を構える。
「神槍グングニル。確かお前の意志に従って自在に動くのだったな」『神槍グングニル。確かお前の意志に従って自在に動くのだったな』
「そこまで自在ではないが、まあ雷神槍を撃った後に操作することも可能だな」
ライノクスの言葉通り、守護兵装でもあるその槍は主の意志に従って投擲後に操作することが可能だ。 魔力の川(ナーガライン) の 自然魔力(マナ) を圧縮したグングニルを縦横無尽に飛ばして敵を倒すのがハイヴァーン公国の守護兵装なのである。
その言葉にふたりの男が「ほぉ」『ほぉ』と感心した顔をしている。
そんな男たちをライノクスが目を細めて観察する。どちらも隻腕。片方は親友のジンライで、もう片方の金属でできた男もジンライ本人だ。その名はメカジンライ。ジンライのアストラル体が憑依して操作しているゴーレム兵ということだった。
このメカジンライは完全にジンライと同期させるために余計なギミックは付けていないのだが、状況に応じて高出力で動かせるような設計もされている。そのため、先ほどのように打ち合った後に出力を上げてライノクスを浮かせるなどという芸当も可能だった。
またメカジンライは闘気を練った槍術が使えないが、生身の方は残存魔力を用いて槍術を使うことができる。
技のジンライと力のメカジンライ。同一人物にして最強のコンビがここに誕生していた。
「ふんっ」『ふんっ』
ライノクスの前で、ふたりのジンライがチンッと神聖銀の槍と 聖一角獣(セントユニコーン) の槍を合わせると接触した刃先を通して魔力の流れがあった。そうして槍と槍を合わせることで、アストラル体から魔力を供給されたジンライは再び槍術を放つことが可能となるのだ。
「くっくっく、ワシはシップーに乗ることでさらにメカジンライの高速移動とも連携して戦うことができる。うらやましかろう?」
「抜かせ。もう底は見えたぞジンライ」
『ふん。では、ゆくぞライノクス!』
一斉に駆け出した三者がぶつかり合う。そして、戦いはさらに激化すると見ていた誰もが思っていたのだが、意外なことに勝敗は次の瞬間には決していた。
「ぬあっ」『うがっ』
ドサドサと地面に激突した音がふたつ響き、その場に立っているのはひとりであった。
「ふん。まだ慣れの段階で決着を急ぎ過ぎだ。だから、こうなるのさ」
「む、やはり」『やられたか』
倒れ込んだふたりのジンライから、残念そうな声が漏れた。勝者はライノクス。わずか一瞬の内に振るわれた槍さばきによってジンライもメカジンライも、その場の地面に叩きつけられていたのだ。
「槍術『転』。迫るふたりの師匠を一瞬で……そんなことが可能なんだ」
それを見ていた弓花が、冷や汗を流しながら戦慄を覚えていた。
本日の早朝訓練で、ジンライの憑依用ボディとして風音が用意したメカジンライのテストにライノクスが模擬試合を買って出たのだ。
そして始まった戦いはライノクスの勝利に終わった。ライノクスにしても途中、戸惑っている部分もあったのだが、すぐに慣れたようで、逆に連携の隙をついて一気に決着がついたようだった。
「ブンブンッて槍の柄が振るわれたのは見えたけど、まさか爺さんたちが避けられないとはなぁさすが槍聖王だけはあるな」
ライルが「すげー」という顔をしながら感心している。
ライルの口にした槍聖王の名は、ライノクスの強さを讃えて付けられたふたつ名のひとつだ。槍を持たせれば叶うものなしと謡われているハイヴァーンの生きた伝説を前に、同じ槍使いとして弓花もライルも打ち震えるしかなかった。
「勝ち越しだ。はは、これで気持ち良く帰れるな」
『ぐぬぬ』「普通に戦った方が良かったかもしれん」
笑うライノクスにジンライたちが悔しそうに呻いていた。拮抗する達人同士の戦いでは、わずかな隙を突けたものこそが勝ちを拾うこととなる。
ジンライとメカジンライのコンビ攻撃は強力ではあったが、例え同一人物同士といえども慣れてない状態では隙が大きかったのだ。とはいえ、それも相手がライノクスだったからこその結果ではあるのだが。
「ま、課題は連携の練習だろうね。ジンライさんはまだメカジンライの特性を掴めるわけではないし。まあ、次だよ次」
「負け惜しみに聞こえるぞ?」
「むきー」
ライノクスの挑発にメカジンライを用意した風音が頬を膨らませていた。風音も煽り耐性はあまりないのだ。
その風音の姿を見て、少しばかり冷静になったジンライがアストラル体を生身に戻し、ゆっくりと起き上がる。
それからメカジンライの隻腕部分へと義手シンディが近付いて合体すると、隻腕ではなくなったメカジンライも立ち上がった。メカジンライは、憑依されていない状態だと義手シンディ操作による移動砲台となるように造られていた。
「もう一戦……と行きたいところだが、もう時間か。仕方ないな」
ジンライの言葉にライノクスが頷く。
ライノクスもハイヴァーン公国を治める身だ。休暇の時間をそう取れるわけではない。ダンジョン探索を終えれば、もう戻らなければならなかった。
「ま、ポータルがあればいつでも会えるんだ。機会を設けてまたやり合えるさ」
そう言ってライノクスが笑う。
ハイヴァーン公国からハイヴァーン王国への回帰。先祖が望んだ時代を作り出すために、本日ライノクスはハイヴァーン公国へと帰還することになっていた。
そして早朝訓練を終えて朝食を摂ると、ライノクスと護衛の兵たちは昼前にはポータルで転移して、ハイヴァーン公国へと帰っていったのである。
◎ハイヴァーン公国 大公城マルフォイ
そして場所は変わって、ハイヴァーン公国首都ディアサウスの中心にある大公城マルフォイ。
その中庭に設置してあった距離転移用ポータルが輝き始め、しばらくしてその光が消えると、その場にはライノクスと五人の護衛たちが立っていた。
「ポータルか。便利なものだな」
ライノクスは背後にあった、己を転移させたポータルという魔法具を見て呟く。それはミンシアナ王国の辺境にあるゴルディオスの街から、ハイヴァーン公国の首都までの移動を一瞬で可能とする恐るべき魔法具だ。
そして、今回ライノクスと共に帰還したのは五人の護衛のみであった。ジライドはすでに戻って公務に就いており、シンディは育児中であるため白の館に滞在中だ。
だからその場にいるのは六人のみ。だが、それはおかしなことだった。ライノクスもすでに帰りの時間をジライドに伝えてあった。出迎えがあって然るべきであり、そもそもポータルに警護の兵が付いていないというのはありえないことであった。
それからライノクスは周囲を眺めて、その異常に気付く。
「どういうことだ、これは?」
静かだった。あまりにも、大公城の中が静まり返っていた。
(いや、そうではない……のか?)
ライノクスは気付いた。静かなのは中庭の周囲だけだ。城の外では何かしら騒がしい音が響いていた。そして急に何かの影が横切って暗くなったのを感じて、ライノクスたちが上空を眺めると、その顔が驚愕に染まった。
「黒……竜だと?」
空を巨大な黒いドラゴンが飛んでいた。それを竜騎士が乗った騎竜が応戦している。いや、竜騎士たちは黒竜に追い立てられている状況だと言った方が正しかった。
そのことに驚きを露わにしているライノクスに、護衛の兵のひとりが声を上げた。
「た、大公陛下。あれを!?」
何かに気付いた護衛の兵のひとりが指差している城内へと、ライノクスは視線を向ける。
「な……!?」
そして、今度こそライノクスは絶句した。建物の影の中に兵たちが倒れているのが見えたのだ。それからライノクスが周囲の気配を感じ取ってみれば、ただ立っていないだけで、周囲にはかなりの人数がいるのが分かった。
わずかな呼吸音。うめき声。周囲に誰もいないのではなかった。ただ、誰もが『倒されて』いただけだったのだ。
「一体誰がこんなことを……ッ!?」
だが、その答えを導き出す前に、ライノクスは危機を感じ取ってすぐさまその場を跳び下がった。
「これはっ」
「グワァアアアアッ」
直後に、その場に突如として雷の雨が降り注ぎ、避けたライノクスを除いた全員が喰らって、その場に崩れ落ちていった。
「槍術『雷雨』か。だが、これほどのものを誰が?」
そう口にしながらライノクスが攻撃が放たれた方へと視線を向けると、そこにはバルコニーから中庭を見下ろすひとりの老人の姿があった。そして、老人の足元には血塗れの男がひとり倒れていた。
「ジライドッ!」
ライノクスが叫ぶ。血塗れの男はジライドであった。その声を聞いて意識を取り戻したのか、ジライドは顔を上げると必死な形相でライノクスに向かって叫んだ。
「大公陛下、お逃げください。この男は危険でッ」
だが、すぐさま老人が槍の柄でジライドの頭を叩きつけ、その言葉を止める。それから冷たい眼差しでジライドを見た。
「実の父に対して危険とはな。何を言うのだ。先ほどの児戯にも等しい槍使いといい……ほとほとお前には失望したぞジライド」
「お、お前は……」
ライノクスが、見知ったその人物を見て声を震わせる。
その老人のことをライノクスは知っていた。話には聞いていたのだ。出会う可能性は低いだろうが、耳には入れておくべきだと……要注意人物であると親友からは聞かされていた。
そこにいたのは、黒き鎧を纏う二槍使いの老人だ。そして、その名を……
「ジンライ」
そこにいたのは悪魔エイジによって生み出された魔造人間。強さのみを求める修羅となった、もうひとりのジンライであった。