作品タイトル不明
茹で鳥
◎ゴルディオスの街 白の館 大浴場 男湯
温泉である。
今日も今日とてぺたぺたと駆けながら、幼鳥姿のカルラ王がくわーっと鳴きながら湯船に飛び込んでいた。とはいえ、幼鳥とは言っても魔物の鳥基準での話である。普通の鳥として見れば十分に大きな身体のカルラ王が飛び込んだのだから、それなりに大きな水柱が上がっていた。
それからお湯に浮かび上がったカルラ王はお腹を上にしてプカプカとしながらくわーっと鳴いていた。天井を見上げながら至福の顔を浮かべている。非常に満足そうであった。だが、そのだれきった鳥に声をかける者がその場にはいた。
『少々騒がしいのではないですかな』
それは先に湯船に浸かっていたゴブリンだ。そのゴブリンは当然野性のゴブリンではなく、弓花の龍神の斧から召喚されるゴブリンゴッドキングのキングであった。
いつも着ている妙に装飾めいた軽鎧を脱いだその身体は、細身で白く、顔立ちはビジュアル系の耽美なものだが妙な麿っぽさもあった。ゴブリン基準ではあるが。
そのキングとカルラ王は直接話をしたことはない。だが、カルラ王はキングのことをよく知っている。その戦闘能力はプレイヤーの英霊に近いものがあり、白き一団の召喚体の中で、もっとも警戒すべき恐るべき存在だとカルラ王は認識していた。だが、カルラ王の脳裏に同時に疑問もよぎった。
『ふむ、すまない。つい、はしゃいでしまったようだ。ところでお前は……はユミカの下僕だな。確か一分ほどしか出てこられないと聞いていたが? それで堪能できるほど湯に浸かっていられるのか?』
『その点は心配ご無用です。戦闘を考えずに、とりあえず顕現するだけであれば、一時間程度は出ていられますので』
そのキングの言葉通り、今のキングには戦う力はない。魔力体としても物質化しているだけの弱々しいものであり、戦闘能力は並のゴブリン程度である。それは、いわゆる省エネモードであった。
『斧の神力で出てこられるので主の負担にもなりませぬし、時折こうして温泉に浸かったり、読書をしたりと好きにさせてもらっています。我が主は非常に寛大なお方ですので』
『なるほどな。私も実は必要魔力量を極力減らした上で、持続力を大幅に上げて顕現している身だ。主の負担にならぬようにな』
『なるほど。今の私と同じですな』
人の良さそうな顔で頷くキングだが、カルラ王はキングと違ってそれ以外の形では召喚されることはない。最初の段階でそう言う風に仕込んでおいたのだ。
(まあ、私の場合は自由に動くためにそうしているだけなのだがな)
カルラ王は温泉に浸かりながらそう考える。
現在のカルラ王は、風音のスキル『カルラ王召喚』によって喚び出された身だ。
所持スキルは炎の剣を生み出す『クリカラ剣召喚』、目眩ましの『太陽身』、防御の『神速の守護翼』、転移移動の『炎転身』と風音たちとの戦闘で使ったもののみであり、それらを用いても幼鳥の身であるために直接的な戦闘能力は高くはない。
(戦闘能力は著しく低下しているな。まあ、我が目的を考えれば悲観することでもないが)
ここまでの風音たちの行動を観察していたカルラ王は、すでに風音のスキルを奪う力をある程度把握していた。
(同一種の魔物から手に入れられるのは原則的にひとつのスキルのみ。そのスキルは魔物の能力から選ばれる……が、発現するのは所持していたスキルとは限らない……か)
カルラ王は実際に魔物を選別してダンジョンに配置できたのだから、それらの魂を吸収した風音のスキルも大体把握していた。そのため、発現するスキルの傾向も風音たち以上に見えていた。
(あれはイシュタリアの生体兵器技術……各兵器の規格を統一する習性を利用したものか。忌々しいことだが)
基本的に魔物の魂に個体差は少ない。人間や、それ以外の生物と比べても魔物の同種においての差違はあまりにもないことが、魔物の管理をしているダンジョンマスターたるカルラ王には分かっている。
上位種、あるいは変異種、異常種などへの変質した場合には変わるが、それらは異常種を除き、またその他の上位種や変異種と近しい魂の構成に変わるのだ。それらはかつて魔物を生み出した古イシュタリア文明の生体兵器技術の名残なのである。
以前に放浪していたイシュタリアの賢人のひとりと話した際に、カルラ王はそのように聞いていた。自身にもその因子は含まれている。己の種族、カルラ族内で似通ったものが多く生まれるのもそのためだと理解している。
そしてカルラ王は、風音が魂を吸収する際、統一された規格である同一種からひとつのスキルを得ているのだろうと予測していた。当初の段階ではその原則に従ってはいなかったのだが、カルラ王も当然その事実までは知らない。
(だが、まあ上手くはいった。この鳥の身体は予想外だったがな)
カルラ王はくわーっと鳴きながら、己の黄金の翼を天井に伸ばして眺めた。
別にカルラ王は子供の頃にこうした鳥だったわけではない。
カルラ王とは、ガルーダ族の最上位変異種。魔物としてではなくカルラ族という人種に属する種族のひとつとして形成されつつあったものの頂点として産まれるべくして産まれた存在だ。
実のところ、風音たちがガルーダ族と呼ぶ魔物は知性のない魔物の側となったカルラ族のことなのだ。カルラ王は己らの仲間をカルラ族と呼ぶが、自ら同胞の知性を取り除いて階層に生み出しているために、ガルーダ族と呼ぶ風音たちを咎めようとは思っていなかった。
(おそらくはカルラ王のこの幼鳥の姿は、私に至るまでの何かの魔物の因子が発現した結果なのだろうが……こうしたイレギュラーもあったにせよ、仮初めの召喚体に持続力を上げた形で魂を込めた結果は、成功だ。これで保険は用意できた)
賭けではあったが、風音に取り込まれる際のスキルの形を自らの力で確定させ、己を再生させることには成功したのだ。それはこれからカルラ王が挑もうとしていることに対しての保険でもあった。
(これが最低ライン。私は死ぬ気はない。仮に本体が死んでも、ひとまず十分の一はこの世に残れるということだし、本体がカザネに倒された場合でも……同一種であると認識されれば、おそらくは現在のカルラ王召喚というスキルに残りの魂も吸収されるはずだ。あのチンチクリンな娘の従属ではあるが、まあ、あの主であれば毎日温泉ざんまいも夢ではあるまい)
現時点でもそれは叶っている。魂を完全なものにして力さえ取り戻せば、さらに風音の力にもなれるのだから、より己の待遇も良くなるだろうとカルラ王は考える。
(まあ、ともあれそれらは保険。 この私(十分の一の魂) の回収は無理としても、残りが心臓球の支配から逃れられれば、それはそれで良しとすべきだ。後は本体次第となるが……な)
そこまで考えてくわーっと鳴いたカルラ王をキングが訝しげな目で見たが、カルラ王は気にせず湯船をプカーと浮きながらゆっくり流れていった。難しいことを考えることを止めたカルラ王は、それから至福の時間を思う存分に満喫していたのであった。
「なー」「ウォンッ」
ちなみに離れた場所ではクロマルとシップーも一緒にゆったりと湯船に浸かっていた。ちなみにユッコネエはメスなので女湯にいる。
それは白き一団のアニマルズの、主不在時の休息のひとときであった。