作品タイトル不明
第八百四十七話 斧を受け取ろう
◎ミンシアナ王国 王都シュバイン マジリア魔具工房
「まさか、ユウコ女王陛下もいらっしゃるとは……」
その日、王都にあるマジリア魔具工房のオーナーであるアガトは、店に来た珍しい客を前に目を丸くしていた。何しろ、彼の前にいるのはミンシアナ王国女王であった。
「あれ、ユウコ女王陛下も見たいんだって」
ゆっこ姉の横で風音がアガトの驚きように少しだけ苦笑いしながらそう口にする。その風音たちの後ろにいるのは弓花とタツヨシくんツインソードに乗ったタツオ、それに護衛のロジャーである。
今朝方に王城デルグーラに転移してやってきた風音たちは、ゆっこ姉と合流し、用を済ませてからこのマジリア魔具工房にやってきていた。その目的は龍神の斧の引き取りであった。
「しかし、お供もロジャー様だけとは……少々不用心では?」
「一応、対策は取ってあるから問題ないわよ」
その会話に後ろで控えていたロジャーが苦い顔をするが、彼女たちはここまでを風音のスキル『インビジブルナイツ』と『空身』によって隠れて来ているのだ。この場にいるメンバー以外には、ユウコ女王は城にいると認識されていた。それから弓花が一歩前に出てアガトに尋ねる。
「アガトさん。龍神の斧を今日渡してもらえるって話だと聞いたんですけど……できあがってます?」
「ええ、仕上げは昨晩のうちにできておりますよ。わざわざ、来ていただかなくても、こちらからお渡しに参りましたのに」
「まあ。風音の用事もありましたし、ついでですよ」
弓花はそう言って笑う。
アガトには言えないが、風音は本日、長距離ポータルを転移魔術で持ってきて、つい先ほど王城デルグーラに設置したところであった。
実のところ、長距離ポータル自体はとうの昔に完成していたのだが、各国の意見調整に手間取っていて先日まで保留となっていた。それが話がまとまったため、ようやく風音が長距離ポータルを運んで設置することとなったのである。
この後はツヴァーラ王城グリフォニアス、ハイヴァーン公国大公城マルフォイ、カザネ魔法温泉街、東の竜の里近くにそれぞれ長距離ポータルを繋ぐ予定であった。
なお、予定されていたオルドロックの街のカザネ双竜温泉近くへの開通は警護の準備が整っていないために見送られていた。
「ついでですか。まあ、それでは今からお渡ししましょうか。ただ……その、女王陛下も一緒に確認なさるのですか?」
「ええ、何か問題がありますか?」
女王猫を被ったゆっこ姉がキリッとした顔で尋ねる。
そのゆっこ姉の言葉にアガトが眉間にしわを寄せて「危険です」と口にする。
「どういうことかしら?」
「カザネやユミカのような冒険者の中でも実力のある者ならばともかく、あの斧は相当に強力なものでして」
「問題はないわ。私も元ランクA冒険者ですもの」
「ですが……」
「というよりも、それだけ危険視されるものだから見に来たのよ。アレの製法についてはあなたも聞いているわね」
ゆっこ姉の言葉にアガトが頷く。龍神の斧そのものはともかく、神々の雷炎については現在もトップシークレットとなっている。
今後、ミンシアナ王国とボンゴ帝国間で交渉をしながら、その取り扱いについては決めていくとのことであった。
そして、ゆっこ姉の言葉にアガトが渋々ながら頷き「重々にお気を付けください」とだけ言うと、風音たちを案内し始めたのである。
*********
それから風音たちが通されたのは、工房の奥にある厳重に封印が施されている部屋の前だった。周囲に施された呪印や魔法具の数々を見て風音が、眉をひそめる。
「ずいぶんと厳重だね?」
「そうでしょうか。あのクラスの、それも召喚体憑きの武器を扱うんですから、これでも足りないと思いますが。油断して召喚体に殺される術師も少なくはありませんし」
その言葉に風音が少し目をそらした。
その様子にアガトは以前にこの工房で風音が狂い鬼たちと戦ったことを思い出したが、風音はそれ以前に狂い鬼に殺されたときのことを思い出していた。
それからアガトが魔法具の鍵を取り出して部屋の封印を解き始めると、タツオがくわーっと鳴いて風音の頭に乗った。
『母上。あの部屋の中から、ムータンのような研ぎ澄まされたものを感じます』
「むぅ。私には分からないけど……警戒した方がいいかな」
風音の『犬の嗅覚』でも異常は感じない。だが、同じ神力を持つ故かタツオは何かを感じているようだった。そして、その気配の裏を取る間もなくアガトがガチャリと部屋の鍵を外した。
「それじゃあ、心を強く持ってくださいね。うちの職員が何人か当てられて気を失っていますから」
アガトがそう言って扉を開くと、開いた先から凍えるような鋭い気配が外へと漏れだしていく。
「うぉっ」
それに当てられたロジャーが思わず尻餅を付いた。だが、それを咎めるものは誰もいない。部屋の中からの気配に、全員の視線が集中していた。
「気配が強い? これは、斧が活性化してます。みなさんッ、気を付け……」
そして、風音たちに声をかけようとしたアガトの頭上を何かの影が通り過ぎた。それに最初に反応したのは風音だ。
「ナビッ、お願い」
『了解しました』
腰に下げた風音の虹杖が反応し、 金剛石(マナダイヤ) が変形してジュエルカザネが飛び出していく。だが、影はジュエルカザネを空中で弾き、そのままジュエルカザネは地面に転げていった。
「スペル・フレイムバーストウェブ」
「わ、我が輩も!」
続けてゆっこ姉が強力な炎の網を空中に生み出し、慌てて立ち上がったロジャーが槍を構えて突き出すが、影は空中で回転して炎の網を断ち切り、ロジャーの槍の先も同時に破壊した。そして、影は風音たちを飛び越して弓花の方へと向かっていく。
「弓花ッ」
「大丈夫!」
風音の言葉に、弓花は特に構えることもなく立っていた。
そして、影はその前に着地すると、弓花の前に跪いたのだ。それに風音たちが目を丸くしたが、その行為は影の正体を考えれば当然のことであった。
『お久しぶりです。我が主』
「ずいぶんと耽美になったわね、キング。そこまで畏まらなくてもいいわよ」
弓花の言葉に顔を上げたのはゴブリンゴッドキングのキングだ。
手に持つ斧のデザインに合わせられた立派な軽鎧を身に纏い、顔付きはまるで演劇で華美の化粧をしているかのような耽美なものとなっていた。
もっともそれは背の小さい美しい麻呂という感じで、弓花の想定するイケメンではなかった。そのキングを見て、風音がハァッと安堵のため息をついた。
「いきなり飛び出してきたから何かと思ったけど」
「気配を見れば攻撃の意志がないことぐらい分かるわよ、自分の召喚体なんだし」
『ハッ。主の気配を感じ、居ても立っても居られず、つい出てきてしまいました。皆様方にはいささか驚かせてしまい、申し訳なく思いますが……む?』
「どうしたの?」
弓花の問いに、キングは『姿を保てる時間がかなり短くなっております』と返した。その様子を見ていたゆっこ姉が、少しばかり目を細めて口を挟む。
「どうもそのゴブリン、力が強すぎるみたいね。レベル100クラスの魔物でも足止めできるフレイムバーストネットを簡単に引き裂いてくれたわけだし、多分活動時間がかなり短いと思うわよ」
『なるほど……そういうことでしたか』
「というか、話せるのね。そのゴブリン」
「キングは、二日目辺りで会話できるようになってたよ」
風音の言葉に「頭いいってレベルじゃないわね」とゆっこ姉が呟いた。そうしたやりとりの中、アガトが前に出て尋ねる。
「なるほど。そのゴブリンが斧に宿っていた召喚体だったのですね。これはまた、興味深い。見たこともないゴブリンだ」
「キングはかなり特殊な種ですから。それでこのキングの持っている斧がそうですね?」
弓花の言葉に反応してキングが斧を弓花に差し出した。
「はい。オーダー通りにジョーンズたちの造った斧の柄を加工してあります。神殿の神具を応用し、神力が余り伝わらないような構造になっています」
その言葉を聞いて弓花がキングに「どれぐらい保ちそう?」と尋ねると『もうしばらく』という返事が返ってきた。
それからキングが消えたのは時間にして一分を超えたところであった。そして、残された龍神の斧を弓花が拾うとじっと眺める。
「キングが消えてから、回復がもう始まってる。この様子だと再び呼び出せるのにそんなにはかからないだろうけど、出せるのは一戦に一回ってところか。神力が貯まったら、練習場で試そうかな」
そう呟く弓花の横で風音が深刻な顔をしていた。そのことに気付いた弓花が眉をひそめて尋ねる。
「どうしたのよ風音?」
「いやさ。私の龍神の大剣、今造ってもらってるんだけど……弓花のそれもずいぶんとピーキーに改造されてたし、大剣……大丈夫かなあと?」
その言葉に弓花がムータンを、それから龍神の斧を風音に見せる。
「風音、大丈夫なわけないでしょ?」
「ですよねー」