作品タイトル不明
第八百四十三話 三度目を防ごう
そして、弓花の頭の中は真っ白になった。
己の身体が呆気なく吹き飛ぶ感覚。それは胴が裂けたかと思うほどの衝撃だったが、神狼の甲冑は己の役割を正しく果たし、リトルバグモーフの爪を止めていた。だが、さすがにその衝撃までは防ぎ切れていなかった。
「ッア!?」
弓花の吹き飛んだ身体は鋼鉄の壁へと打ち付けられる。口から血が吐き出され、激突した反動でその身は宙を舞った。だが、弓花は全身の痛みにも意識を失わず、体勢を立て直して槍を支えに着地した。
(アバラが逝ってるかも……けど)
口元からこぼれた血を拭いながら、弓花が敵を睨む。その瞳には、緑の体液で全身散らしながら白きバグモーフが迫ってきているのが見えていた。
「へぇ、やるじゃない」
実戦の場で弓花がここまで手痛い目に遭うのは久方ぶりだったが、ジンライ相手の模擬試合を考えれば耐えられないほどではない。血反吐を吐いたのも、骨が折れたのも初めてのことではないのだ。そのほとんどが実戦ではなく、ジンライとの訓練によるものだが。
(風音たちはこっちにこれないしひとりでやるしかないか。ま、来てもらう必要もないけど)
風音とジンライ、それにタツヨシくんケイローンとツインソードは今、ハイバグモーフと戦っていて助けにはこれない。風音たちの苦戦は想定外であったが、それでも今の弓花にはまだ余裕があった。己の師匠を超えるような相手でもない限り、その余裕は消えることはない。
「そんじゃあ、巻き返しますか!」
腕にはめた 神狼の腕輪(フェンリルリング) が輝き出した。同時に神槍ムータンから蛇蝎銀の鎖が外されると、その場に二メートル半の筋肉隆々とした銀狼が出現したのだ。
『ォォオオオオオオオオンッ!』
そして、裂けきった口から恐るべき咆哮が放たれ、リトルバグモーフの動きが一瞬止まる。対して完全神狼化した弓花は一気に駆け出していった。
折れたアバラはすぐさま再生され始めた。湧き上がったアドレナリンは全身の痛みを消し去り、高まった集中力は弓花をゾーンへと誘っていく。
『ハッ』
そうして完全神狼化弓花が渾身の一撃をリトルバグモーフへと放つ。だが、リトルバグモーフの爪はそのムータンの刃をも弾いた。
(なるほど……驚異的な反応速度。それがこいつの力か)
それを見て弓花が獰猛な笑みを見せた。それは久しくなかった感覚だ。日々、模擬試合をしているジンライは技巧で弓花を上回っているが、リトルバグモーフは反射だけで完全神狼化弓花の攻撃を防ぎきってた。
(ま、隙も多いけど)
その次の瞬間に、弓花は爪を振るったために開いたリトルバグモーフの腹へと蹴りを放った。それにリトルバグモーフが悲鳴を上げながら、緑の血を吐き出して転がっていく。
『そこぉッ!』
そこに完全神狼化弓花が力を込めて神槍ムータンを投擲した。
「ギィィイッ」
それをリトルバグモーフはどうにか体勢を立て直して弾き飛ばす。だが、弾かれた槍の先に完全神狼化弓花はすでに飛んでいた。弾くところまでを読んでの行動だったのだ。
「キィッ!?」
その状況にリトルバグモーフが目を見開いて驚いていたが、完全神狼化弓花は気にせず空中で槍を掴むと、シルフィンブーツの力で空中を飛び蹴ってリトルバグモーフへと飛びかかった。
リトルバグモーフは反射的にソレを爪で弾いたが、弓花はその勢いを利用して回転した槍の柄をリトルバグモーフの脇腹へと直撃させる。
「ギィッ!?」
『っせい!』
そして、そのまま打ち上げられて宙を舞ったリトルバグモーフを、完璧なタイミングで完全神狼化弓花が突こうとしたとき、唐突にリトルバグモーフが輝いた。
『あ、消えた?』
弓花は槍で貫いた……と感じたが、次の瞬間にはリトルバグモーフの身体はブレてその場から消えさった。
『まさか転移?』
そう口にして完全神狼化弓花が驚き周囲を見回すが、リトルバグモーフの姿はもうどこにもない。そして……
**********
「瞬間移動?」
その様子をハイバグモ-フと戦っていた風音も目撃していた。
『転移魔術か? 厄介な』
同様に見ていたジンライ(生き霊)がそう口にする。そのジンライもハイバグモーフとの戦闘には手を焼いていた。
敵に特別な能力はないが、リトルバグモーフ同様に反応速度が異常に速い。壁を破壊しないように高出力の技を使えない風音と、力を出し切れない義手状態のジンライでは決め手に欠いていた。
「けど、アイツ。どこに……あ!?」
そして、次の瞬間に風音のスキル『直感』が、とある場所を示していた。その意味をすぐさま理解した風音が慌てて、風音の虹杖を持ち上げる。
「またか。ケイローン、ツインソード、ガードお願い。ていやっ」
風音が虹杖を振るい、その先にある 金剛石(マナダイヤ) が人型となって駆けていく。向かう先は部屋の中央だ。
ハイバグモーフは、虹杖を振るって無防備となった風音に襲いかかったが、それをタツヨシくんケイローンが盾で防ぎ、ツインソードが飛びかかってそれを切り裂いた。
『カザネ?』
ジンライ(生き霊)がその行動に眉をひそめたが、ジュエルカザネの向かう先を見て、その意図に気付いた。
『ぬぅ。また、宇宙に放り出そうということか!?』
ジンライ(生き霊)の目にも部屋の床の中央が開き始めていたのが見えたのだ。それはここまでの戦闘でマザーバグモーフが行ったことと同じ、宇宙空間への開放であった。
「ジュエルカザネ。床を開かせないで」
『了解しました』
風音の指示にナビが従い、ジュエルカザネが広がって開きかけた床を押さえつけていく。わずかに開いた隙間から空気が吸い込まれていくが、床はそれ以上広がらず、隙間もジュエルカザネが広がって塞いでいく。
「こんなもん三度も喰らってらんないっての。それと弓花、上だよっ!」
『あんなとこにッ』
弓花が上を見上げると先ほど消えたリトルバグモーフが部屋の天井にへばりついているのが見えた。その手がスイッチパネルを押していたが、それで宇宙空間へと開かれようとした床は風音の力によって防がれている。
そのことが予想外だったのか、リトルバグモーフは凄まじい怒気をはらんだ顔をして風音たちを睨みつけていた。
「うわぁ、裂けそうな顔っていうか……裂けた」
リトルバグモーフの口元がバクンと開いたのが見えたのだ。同時に敵の纏う空気が変わったことにも風音は気付いた。また、その変化はリトルバグモーフだけではなかった。
「ハイバグモーフたちの表面も赤色に変わった?」
『来るぞ、カザネ。あれはユミカに任せよ』
「了解。こっちも戦力は割けないしね」
風音はそう言って、赤くなったハイバグモーフの攻撃を避けて、反撃に出る。高出力の攻撃は壁を破壊し宇宙への穴を開けかねず、ロクテンくんはメンテに出している途中ではあるが、『白金体化』に『知恵の実』など風音も戦う手段はいくつも持っている。ジンライ(生き霊)も、義手シンディでは闘気を上手く扱えないが、槍で戦う分には支障はない。赤ハイバグモーフ相手でも十二分に戦うことは可能だ。
そうして、風音たちが直実に赤ハイバグモーフを仕留めている間に、唯一全力で戦える完全神狼化弓花は銀の光を放ちながらリトルバグモーフと戦い続ける。
リトルバグモーフも驚くべき反応速度で攻撃をさばいていたが、瞬間移動前に突き刺さった槍の傷は癒えてはいない。
拮抗しているように見えた戦いは徐々に完全神狼化弓花が押し始めることとなり、風音たちはハイバグモーフを倒しきった頃には、部屋の中心では勝利の咆哮をしている銀狼の姿があったのだった。