作品タイトル不明
第八百三十六話 合流をしよう
◎ 金翅鳥(こんじちょう) 神殿 第七十八階層
(……不覚。なんたる失態か)
発光している卵たちを前に、幾度となく口にされた後悔の言葉が再び呟かれた。それを口にしたのはジンライだった。
この場がどこなのかは今のジンライには分からない。だが、あまり良くはない場所であることは理解できていた。ジンライたちはそこに捕らえられていた。
(逃げ出すこともできぬ。まったくもって不覚であった)
そして、ジンライの目の前には直樹、ジンライ、ガーラにシップーが横たわっている姿が見えていた。その背には無数の卵が付けられていて、その光景を見てジンライが眉をひそめる。だが、どうすることもできない。直樹、シップー、ガーラの意識はなく、現在多少なりにも活動可能なのはジンライだけなのだ。
(あのとき、ナオキがいなければワシらは死んでいたな)
それからジンライは二日前のことを思い出す。
マザーバグモーフとの戦闘中、唐突に大広間の床が開いたのだ。ジンライとガーラ、それにふたりを乗せていたシップーが開いた穴に吸い込まれた。シップーも短時間ならば風の力で飛ぶこともできるのだが、流れる空気の勢いが強すぎてどうすることもできなかった。
そうした絶体絶命のピンチを救ったのはドクロ魔人化した直樹だった。魔力体となった己の体を伸ばして壁を掴みつ、マントを広げてジンライ達を包み込んで、宇宙空間に投げ出されるのを防いだのだ。
もっとも直樹にできたのはそこまでだ。大広間に繋がったハッチはすぐさま閉じられた。宇宙基地の外壁にへばりつけはしたが、直樹では壁を破壊することはできない。そこでジンライとガーラは空気がなくなるギリギリまで壁を攻撃し続け、どうにか穴を開けて再び宇宙基地の中に入れたのである。
(だが、その後がどうしようもなかったな)
その結果が現在の状況だ。酸欠で限界だったジンライたちは待ちかまえていたバグモーフに襲いかかられて、抵抗らしい抵抗もできぬままに捕らえられた。死にはしなかったが、虜囚の身となってしまった。それからもう二日ほどが経っていた。
(逃げ出せぬ。この身では力が……出せぬ)
ジンライが眼下に転がっている己の身体を見る。ジンライが指に力を込めると、その身体もわずかにだが反応した。
(ふむ。アストラル体と肉体は繋がったままだ。痺れさせられただけで消耗はないようだな。むしろ仮死状態である分、力そのものは蓄えられたままと見て良いか)
恐らくは背に植え付けられた卵が孵ったときの餌として用意されたのであろうジンライの肉体を、ジンライのアストラル体が眺めている。
そう、今のジンライはアストラル体、いわば生き霊の状態であった。そもそも闘気も魔力も己のウチにあるアストラル体、あるいは 魂力(プラーナ) と呼ばれるものより湧き出ているもの。槍術『 一角獣(ユニコーン) 』によって、闘気を極限まで制御できるよう鍛え続けているジンライにとって、アストラル体の制御も同様に可能であったのだ。
それを知ったのは、捕らえられた身体をどうにか動かせないかと試行錯誤した過程で……ではあったが。
(肉体とアストラル体。我々はふたりの己が重なり合ってできているというのが、魔術師たちの説であったか。離れたままでは思考がズレて戻れなくなるともいうが……しかし、このまま座して待つわけにもいかん)
幾たびの若返りの結果、魔力については常人に近いレベルにまで上昇したジンライだが、アストラル体の状態で戦うには魔力がまったく足りていない。
だがジンライの生き霊姿は、その場にいるバグモーフたちには見えてはいないようだった。ジンライはそれらを吟味しながら思案する。これから己がどう動くべきかを……そして、仲間たちをどう助けるべきかを。
卵の中身が徐々に動き始めているのがジンライには分かる。残された時間はもうわずかであった。
◎ 金翅鳥(こんじちょう) 神殿 第七十七階層 隠し部屋
「カザネー。来てくれたんだなーーー」
風音たちが第七十七階層の隠し部屋に入ると、大粒の涙をこぼしながらレームが風音に抱きついてきた。
「うおっと。勢い良いねレーム」
風音が苦笑してレームを抱き止めた。
レームもここまで追いつめられる経験はなかったので、相当に参っているようである。それを震える身体を感じながら風音は実感していた。
その後ろでは、レームほどではないにしても他の面々も安堵の顔をしている。その全員がボロボロの状態であった。
『まるで野戦病院ねえ』
そう口にしたJINJINの指摘はかなり的確なモノだ。疲労困憊に、治り切れていない傷。グッタリと疲れた表情に目の下の隈。死者が出ていないのはほとんど奇跡のような状態であった。
その中で血塗れのカンナが一歩前に出て、風音に対して声をかける。
「ほんと、まさか三日と経たずに来てくれるなんてね。随分と無茶してくれたみたいだね」
その言葉通りに風音たちは二日と半日かからずにこの第七十七階層まで到達していた。それはプレイヤーであるカンナからしてみても恐るべき記録である。むしろ、転移を成功させてきたと言われた方が納得いくものであった。
「こっちはまだ余裕あるよ。無茶をしたのはそっちの方だと思うけど」
風音の言葉にカンナが苦笑する。それから肩をすくめて自嘲の笑みを浮かべた。
「何度か救出を挑んではみたんだけど、この有り様だよ。オーリとギュネスは自力で戻ってきたんだけど、直樹たちは結局見つけることもできなかった」
その言葉に、後ろにいたオーリが頭を下げて「すまない」と口にする。依頼主であり、クラン『蒼の明星』のリーダーでもあるオーリにとって、今回の件は完全に己の失態として考えているようであった。
その横で座っているギュネスが続けて口を開く。
「すまないなカザネ、ユミカ。俺たちも自分達で逃げるのだけで限界だったんだ」
「うん、分かってるよギュネスさん。生きてるなら十分。情報まで持ち帰ってるなら尚更だよ。それで、あっちの様子はどうなってるの?」
風音がそう尋ねると、ギュネスは口に手を当てながら、慎重に言葉を返す。
「俺たちが捕まっていた場所は恐らく第七十八階層の中心地点……で、その場にいるのはライル、バックス、アグイ、ジローに……ギャオだった。ジンライさんたちの姿は見えなかったが、部屋はひとつじゃない。見落としていた可能性はあると思う」
「アグイさんが捕まったのは痛かったね」
「けど、あの人がいなかったら私らが逃げ切れたかも分かんねえ。アグイは最後に魔法障壁を自分に張って、囮になってくれたんだよ」
レームの言葉に、他の仲間たちも頷く。
アグイはオーリングのメンバーで神官職であるために回復用の魔術が使える。同時に防御用の魔術にも長けており、後衛の盾役でもあったのだ。
それからギュネスが、風音の造った義手を前に出して口を開いた。
「俺はお前の義手のおかげでどうにか脱出できた。身体を痺れさせられるような毒をもらったんだが、義手には効果がないからな。締め付けが緩んだのを狙ってコイツでバグモーフとやらをぶっ潰したのさ」
ギュネスが拳を握ってブンッと義手を振った。それにオーリが言葉を重ねる。
「俺はまだ拘束されたままで毒を喰らってなかったから……ギュネスに助けられて、それでふたりで逃げてこられたんだ。ライルたちは……もう毒にやられてたから、置いていくしかなかった」
オーリが悔しそうな顔をするが、風音は首を横に振りながら口を開く。
「時間は残り半日ある。まだ間に合うよ」
その風音の言葉にオーリが立ち上がる。
「ああ、そうだな。では行こうか。この中で俺だけはまだ余裕がある。道案内もできる」
それはつまり、オーリ以外には肉体的余裕はないということでもあった。対してレームが「私はまだやれるぜ」と言って立ち上がったが、その身体はふらついている。他の仲間、エミリィやカンナたちも同様であった。
「ボロボロじゃないレーム」
「うるせえ。私だって、ライルたちを助けてぇんだよ。
仲間なんだ」
弓花の言葉にレームがそう返す。だが、レームたちの体力は限界に近い。それは風音たちが来るまでの間、三度の救出作戦を行った結果だった。最低でも回復役のアグイを救出できれば……と考えていたようだが、失敗に終わっていた。
「レーム。止めとけ。俺もお前も邪魔にしかなんねーよ」
仁王立ちするレームに、座っているギュネスがそう口にした。そのギュネスはよく見れば身体がプルプルと震えていた。バグモーフに注入された毒がまだ効いたままなのだ。
その言葉に、レームは「クソッ」と悪態づきながら、その場に座り込んだ。その様子を見てから風音が口を開く。
「悪いけど、戦えないなら待ってもらうしかないよ。後、カンナさんもここで待機してて。連絡係がいないとマズいし」
「了解。どのみち私も足手まといだろうしね」
そう言うカンナの疲労はこの中では一番大きかった。カンナはソロで活動していたこともあり、ヒールも使用できるのだが、魔術師ではないために仲間たちを全快させられるほどの魔力はない。ウィンドウマップが見れる唯一の人物ということもあり、魔力切れの精神的疲労も相まって、今も疲れ切った顔をしていた。
だからカンナは気力を振り絞って風音に顔を向けて、己の為すべきことを為そうとする。それは情報の共有。ここまでに得たバグモーフの情報を風音たちに伝えることだ。
「それじゃあ、私たちが掴んだことを詳しく説明するよ。まずはライルたちの居場所だけど……」
マップウィンドウを開きながらカンナが話を続けていく。マザーバグモーフやライルたちの居場所、それに直樹たちのいるかもしれない予測地点等々。
そうした簡単なミーティングを終えると、風音たちは戦力としてオーリを加え、バグモーフの群れの巣がある第七十八階層へと向かい始めたのであった。