作品タイトル不明
第八百三十七話 宇宙に出よう
◎ 金翅鳥(こんじちょう) 神殿 第七十七階層
「カンナたちが言うには、その壁に近付くとバレるらしい。次々とバグモーフが襲いかかってきて、撤退せざるを得なくなったと言っていたな」
そう口にしたオーリの視線の先にあるのは、血管かツタのような形の光沢のある紫の物体がへばりついている壁だった。それは脈打ち、明らかに生きているようであった。
その生きている壁と風音たちが遭遇したのは、隠し部屋から出てしばらく進んだ先でのことだった。もっともカンナからすでにその存在は聞いていた。風音は叡智のサークレットの遠隔視を使って、その壁を遠くから眺めつつ口を開く。
「えーと。あれが何かしらのセンサーになってるってことかな。でも、オーリさんたちは脱出して逃られたんだよね。そのときはどうだったの?」
「逃げてる最中は必ずしも、あの肉壁があったわけでもないし、壁のそばに近付いても敵は来なかったな。背に割った卵の体液がついてたし、同種の臭いだと認識しないんじゃないかとカンナは考えているようだった」
「なるほど……」
風音は頷きながら、再度肉壁へと視線を向ける。
(どうも、カンナさんがチェックした場所よりも少しこっち側に近いなあ。あれって、少しずつ基地内を浸食してるってことだよね)
風音はマップウィンドウと、カンナがチェックしたポイントと現在の肉壁の場所を比較しながら目を細める。確かに肉壁は面倒な存在ではあるが、今はそれにゆっくりと対処している余裕もない。
「まあ……このまま先に進むとして、インビジブルナイツと空身をかけた状態なら気付かれずに済むかな?」
『上の階層ではバレたし、それは分からないわね』
すかさず入ったJINJINの指摘に風音が考え込む。
「確かにフューチャーズウォーの敵は、魔物と違う動きをするからねえ。空身は強力だけど、場合によっては気付かれる可能性もあるかもしれないか」
「まあ、駄目なら正面突破しかないし、どのみち行くっきゃないんじゃないの?」
弓花の言葉に、風音が再度唸る。それから窓の外にある宇宙空間を見て、少し思案してから口を開いた。
「よし、ショートカットしよう。宇宙空間内を移動すれば多分さっさと第七十八階層にも行けると思う」
『え、外に出れるの?』
それに真っ先に反応したのはJINJINであった。宇宙に興味があるらしい。
「パッと外に出ないとジェルで固められて閉じちゃうけど、可能だと思う」
「外は死の空間だと聞いているが、大丈夫なのかカザネ?」
そう言って懸念を示したのはオーリだ。宇宙空間というものは入っただけでどれだけの強者でも呆気なく死ぬとオーリはここにくるまでに教えられていた。イメージ的には毒の霧が充満している空間のように感じていたのである。
対して風音は「うん。問題はないよ」と返す。
「周囲はこれを膜にして覆うつもりだしね」
そして風音が取り出したのは、風音の虹杖だ。
「以前よりも大きくなってないか?」
「増量したからね」
そいふたりが言い合う通り、虹杖の先にある 魔金剛石(マナダイヤ) は以前よりも大きくなっていた。
それはメゾトルの森でゴブリンゴッドクィーンの神の雷を受けたことでアダマンチウムが蒸発して抽出できた 魔金剛石(マナダイヤ) が追加されたためである。
風音は 魔金剛石(マナダイヤ) を薄く膜のように伸ばして、自分達の周囲を覆うつもりだった。
「風音。それでガードすれば、確かに外気にはさらされないだろうけど。肝心の空気はどうするの?」
その弓花の言葉に対し、風音はアイテムボックスからあるものを取り出して見せた。それは、以前にこのダンジョン内で手に入れた宇宙用作業着であった。
「レームに預けていたコイツをさっき受け取ったからね。こいつは水を分解して酸素を生成できるし、その水も水珠で出せるから、まったく問題はないよ」
その言葉に弓花が「なるほど」と頷く。だが、それから何かに気付いたようで、首を傾げながら風音に尋ねた。
「ねえ風音。水珠って確か転移で水を出してるのよね?」
「そうだけど……あれ、そういやなんで出てくるんだろ?」
その問いには、風音も答えられずに首を傾げた。
六十階層以降はポータルだけではなく、直樹の 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) ですらも転移は不可能なのだ。にも関わらず水珠は今でも水を転移させてくることが可能であった。
「うーん。まあ、ダンジョンポータルも動いてはいるわけだし、私たちの知らないありなし判定があるのかもしれないね」
風音はそう言ってひとり頷くと、続けてJINJINが風音に質問をする。
『で、風音。宇宙に出るのよね?』
「出るよ。カンナさんたちも物量に圧されてライルたちに届かなかったみたいだから正面突破は時間がかかると思う。できれば見つからずに接近したいし」
最良なのはバグモーフたちに知られずに直樹たちを救出することだ。ギュネスの状態を見る限り、例え救出に成功しても直樹たちがマトモに動けるようになるには時間がかかりそうだった。そして動けない直樹たちを抱えたまま、戦闘を行うのはリスクが高過ぎる。
それから風音は外に出る準備を始めた。 魔金剛石(マナダイヤ) を広げて自分たちを覆い、宇宙用作業着に水を補給していく。そして窓ガラスをJINJINに破壊させると、風音たちの乗った金魚鉢型ジュエルカザネは一気に宇宙空間へと飛び出したのである。
◎ 金翅鳥(こんじちょう) 神殿 第七十七階層 エリア外
『こりゃあ、怖いわー』
鉄で覆われた回廊から一気に暗黒の空間へと視界に映る景色が変わった。そこでJINJINが見たものは、巨大な宇宙基地の外側であった。そしてJINJINを含む風音たちの周囲には 魔金剛石(マナダイヤ) の膜が存在していて、足下のアダマンチウム台の下からは無数のアダマンチウムの触手が伸びて、宇宙基地の外壁を掴んで移動し始めていた。
「ナビ、地図のここまでだからよろしくね」
『了解ですマスター』
風音の指示に、金魚鉢状となったジュエルカザネを操作するナビが返事をする。
「それとJINJIN、感動するのは良いけど周りをべたべた触らないでね。割れたらマジヤバいから」
『ラジャー』
無重力で浮かぶJINJINが姿勢を整えてビシッとする。薄くなったとはいえ、 魔金剛石(マナダイヤ) でできた膜である。普通はうっかり破壊することなどないはずだが、JINJINは悪魔で、その腕力は常人を凌駕する。興奮してウッカリがあるかもしれないと思うと、風音も気が気ではなかった
一方で弓花も不安げな表情で周囲を見回している。
「風音、この状態ってかなり危険じゃない? 敵が来たらこっちから攻撃できないし」
「ああ、だからそのために……」
その風音の言葉の途中で、離れた場所で何かの爆発の光が見えた。
「ツインソードが敵がこっちに近付く前に片付けてくれてるんだよ」
「ああ、さっき出してたと思ったら、あっちに行ってたのね」
弓花が目を細めて、その爆発の方を見た。
そして、宇宙空間を飛んでいるタツヨシくんツインソードの姿が弓花の視界に入った。タツヨシくんツインソードは二本の刀を振りながら宙を舞って、マシンナーズソルジャーを攻撃していたのである。
「今のツインソードは、付与魔術をフライに変更したから無重力空間でも自在に移動できるんだよね。どうも敵は宇宙戦仕様のマシンナーズソルジャーみたいだけど、足が磁石になって壁に貼り付けるだけで武器もヒートナイフオンリーじゃあ相手にならないよ。無反動銃とかあれば良かったのに」
この無重力空間では反動の大きな電子式ライフルは使用できないため、マシンナーズソルジャーはヒートナイフのみで戦っていた。もっとも、今の爆発は高火力型手榴弾のようで、それは装備しているようだった。
「あ、バグモーフが外に流されてる」
爆発により穴が開いた場所から、宇宙空間へと紫の虫っぽいのが飛び出していくのが風音には見えた。
どうやら宇宙空間を移動できる手段はないようで、もがきながらあらぬ方へと流されていた。
「ふーむ。こっちに気が付いた風でもないし、そのまま先に進もうか。第七十八階層分の宇宙基地も見えてきたしね」
そう口にした風音の視線の先にあるのは、第七十七階層の宇宙基地と連結している、もうひとつの宇宙基地であった。さらにその先には第七十九階層のものと思わしき宇宙基地の姿も遠目に見えていた。
「あのどこかに直樹たちがいるはず……早く見つけないと」
タイムリミットは迫っている。風音はジュエルカザネ金魚鉢型を急ぎ移動させ、外から第七十八階層の中へと入ったのであった。