作品タイトル不明
第八百三十四話 かしましく行こう
「なるほど……三日か」
『あくまで捕まった場合に限るからね。別の理由なら分からないわよ』
唸る風音にJINJINがそう返す。
直樹たちが宇宙空間に放り出されたというメールを受け取ってから五分が経過している。風音はJINJINに先ほど聞いたマザーバグモーフの特徴を再度確認し終えると、今後のことを考え込む。カンナからは二通目の詳細な情報が書かれたメールも届いている。どうも、あちらもかなり混乱しているようだと文面からは読みとれた。
逃げ回って、つい先ほど一息つけたらしく、現在も相当な修羅場となっていたようである。
それらのすべての情報を収集し終えた風音が目を細めて、口を開いた。
「まず、前提として直樹は生きてる」
その言葉は希望的観測ではない。ウィンドウでパーティ登録した相手ならば生存しているか否かはすぐに分かる。状態までは不明だが、少なくとも直樹が生きているのは確実であった。
「カンナさんのメールによると、直樹は外に投げ出されたジンライさんの元へと走っていった……らしい。その後は空気が流されて、しっちゃかめっちゃかになって見る暇もなかったらしいけど、直樹はジンライさんを助けるべく動いていた。それから」
「にゃー」
横にいるユッコネエが鳴いた。そのユッコネエの頭を撫でながら、風音が周囲を見回す。
「ユッコネエはシップーを微弱にだけどまだ感じてるみたい。眷族としてのパスが繋がってるからね。意識はないっぽいけど、生きてはいるって言ってる」
「にゃにゃー」
ユッコネエが前足をフリフリしながら頷く。シップーはユッコネエの眷族だ。その繋がりは今でも健在であった。
「直樹はドクロ魔人化で変化が解除されるまでは宇宙でも生き続けられるけど、シップーは宇宙空間では息ができないから……放り出されたままなら生きてはいられない。で、そのシップーが生きているってことはジンライさんとガーラさんも救出されている可能性は高いと思う」
「うん。師匠がそう簡単に死ぬわけ無いわよ」
弓花が目に涙をためながら頷く。タツオとティアラがその弓花の肩を叩いて慰めている。どうも弓花はジンライの安否が不明なことが相当に堪えているようである。
『ま、あ奴がそう簡単にくたばるわけもあるまい』
そして弓花の言葉に、メフィルスも同意の頷きを返す。その拳は強く握られていた。メフィルスにとってジンライは無二の友。辛いのは弓花だけではないのだ。
普通に考えれば、宇宙空間に投げ出されればただの人間であるジンライは死ぬのが道理。シップー生存から辛うじて生存の希望にすがるしかない。
そして、風音は風音で弓花に言葉をかける精神的な余裕はなかった。爆発してすぐにでも飛び出していきたい気持ちを抑えながら、風音は努めて冷静に話を続ける。
「それで、ライルたち前衛組なんだけどね。一応ハッチが閉まるまで投げ出されずにはいられたんだけど、酸欠と疲労でうまく動けないところをバグモーフに捕らえられたみたい。残ったカンナさんや、レーム、エミリィたちの後衛組はそこからどうにか逃げ切れたからメールが届いているわけだけど、どうも前衛組を捕らえたマザーは第七十八階層らしき場所に退いたみたいなんだよね」
『母上。らしき……というのはどういうことでしょうか?』
タツオがくわーっと鳴いて首を傾げる。それには風音も苦く笑って肩をすくめた。
「うーん。私にもよく分からないんだけど、階層出口っぽい門があったけど、それが空間として普通に繋がってたようにしか見えなかったらしいんだよ」
風音の言葉の通り、メールを送ったカンナにしても、あまりよくは分かっていないようである。そして、その事象の答えを出したのはJINJINであった。
『それは多分……連結型ダンジョンかも』
「連結型?」
風音が首を傾げる。その様子にJINJINが『そうよー』と返す。
『複数階層が連結されて構造が複雑化するダンジョンが時々あるの。少なくとも四百年前にはあったわ。ダンジョンマスターの知性が高いとそうした複雑なダンジョンが形成される傾向があるらしいんだけど、あんま頭の良いのがダンジョンマスターになることも少ないから、全体的には珍しいみたいね』
「そんなものが……マザーたちが退いたってことは、本来の巣はそっちにあるってことかな?」
『でしょうね。バグモーフは倒した相手を殺さずにハイバグモーフの卵の寝床にするのよ。多分産卵用の部屋がそっちにあるんだと思う』
「けれども、それってタイムリミットは三日ですわよね。エミリィたちも戦力を欠いている今の様子では……そこまで辿り着くには」
ティアラの顔が絶望的になる。前回急ぎで第七十四階層まで辿り着いたときにだって四日もかかったのだ。第七十八階層までを三日で踏破というのはあまりにも遠い話だと考えたのだ。だが、風音も、弓花もその瞳に諦めはなかった。
「風音、私は行くわよ。ひとりでも」
「うん。分かってる。ひとりで行かせるつもりも、置いてくつもりもないよ」
弓花の言葉に風音も頷き、言葉を返す。
それに対してティアラとタツオが何かを言おうとするが、風音が手を前に出して制止した。
「今回は時間制限があるから、後衛と連携は多分とれない。敵を殲滅するつもりもないから、速度重視で行く。だから……」
それから風音は「ふたりは連れていけない」と宣言する。戦力外通知。その言葉にタツオとティアラが目を見開き、それから何か言葉を返そうとして、返せる言葉がなくてうなだれた。
有り体に言って、タツオとティアラの実力が不足なわけではないのだ。ふたりの使うレールスナイパーライフルも 炎の騎士団(フレイムナイツ) も非常に優秀な戦力だ。直樹やライルよりも役に立っているのも事実である。
だが、それも普通に敵と戦う場合でのこと。今回の風音は速度を重視し、戦いを回避しながら、ひたすらに先に進むことを優先するつもりであった。足を止めて戦うつもりは一切ない。必要なのはそれを可能とする身体能力。そのために、風音はふたりを戦力外と考えるしかなかった。そして、風音の言葉にタツオは悔しそうな顔をしながらも、口を開く。
『は、母上。ならば、このツインソードは持って行ってください。私は駄目でも、これならば母上の力にはなれるはずです』
くわーっと鳴いたタツオの言葉に従って、待機していたタツヨシくんツインソードが前に出た。
それに風音が頷く。タツオの意を汲むということもあるが、実際に護衛に使うにはオーバースペック過ぎる身体性能をタツヨシくんツインソードは持っている。タツオの護衛として……というだけではなく、ツインソードはバックアタックを警戒しての後衛の切り札でもあるのだ。
「分かった。ここは人がいなくなるから、ふたりはクロフェさんとソルのいる地下のユッコネエグレートキャットカテドラルに待機していて。何かあったらオロチさんを経由して知らせるから、そっちも同じようにね」
風音の言葉に、タツオとティアラ、それにメフィルスが頷く。メフィルスも今は召喚体の身の上。ティアラのそばなくしては戦いに参加もできない。苦い顔をするが、付いていくことはできなかった。
そして、それらを見ていたJINJINが挙手をする。
『かーざね。私も参加するわー。直樹がいないとせっかく描いた原稿が悲しい思い出になっちゃうし』
直樹とライルをモデルにした単行本一冊分の漫画原稿を握りながらJINJINがそう口にする。なお、展開的には幼きドラゴンの少年が、ドラゴンだからという謎の理屈によって身ごもっているところである。
そのJINJINに風音は「うん。頭数に入れてあるよ」と返した。
風音もJINJINならばそう言う……と思っていた面もあるが、悪魔と化したJINJINは単純に見れば、この中でもっとも強い戦力だ。それを逃すつもりはなかった。
『ま、仕掛けて倒すのが私の流儀だから戦力的にはパワー半減ってとこだけどね』
たはは……とJINJINが肩をすくめて笑う。
罠師という職業を選択したJINJINの基本戦術は嵌め殺しである。元々ゲームでは爆弾使いであったこともあるし、漫画家に使えるスキルを得るために器用さを上げる職業に付いたのだが、それ故に自ら突撃する戦い方は得意としていない。パワー半減という言葉も決して大げさなものではなかった。
「となると、やすさんにも声をかける?」
それから続いた弓花の言葉に、JINJINが『それはダメ』と口を挟む。
『声かけたら付いてきそうだし、髭面で分かり辛いけど、やすももうお爺ちゃんの域に入ってるからね。A級ダンジョンはもう厳しいわよ。戦力外よ、戦力外』
「まあ、慣れてないと、モンスターよりも罠の方が危ないからねえ」
すでに幾度となくダンジョンの罠を回避してきた風音たちとは違い、今のやすはレベルこそ高いモノのダンジョン探索の戦力としては厳しいモノがある……というのは風音とJINJINの共通の判断だった。
『今は斧作りにかまけてるところだし、とっととガールズメンバーで行っちゃいましょう』
その言葉に風音と弓花も頷いて、すぐさま探索の準備にかかる。
タイムリミットは三日。もっともここはゲームではない。それが正しいかも分からない。だが、今はそれを希望として進むしか風音たちにできることはなかったのであった。