作品タイトル不明
第八百三十三話 メールを受け取ろう
親方とやすが、龍神の鱗(空)の加工を始めて二日が経った。
前日には必要なサイズに鱗を砕き終わり、今はそれと弓花からもらった神々の雷炎を炉に入れて、斧を造り始めているところであった。
そして、風音たちはと言えば……
◎ゴルディオスの街 白の館 屋上ラウンジ
『ふ、徹夜が怖くない身体。薄れない集中力。線ブレもしない確かな決断力。もはや今の私は神をも凌駕する存在になったと言っても過言ではないわね』
白の館の屋上ラウンジでは、メガネ巨乳女が満足げな顔をして、原稿を天にかざしながら勝利を宣言していた。
JINJINは、わずかに五日の間にベタ塗り、アミカケ等までひとりでこなし、単行本一冊分の原稿を完成させていた。
プレイヤーとして漫画描きに必要なスキルを集中的に拾得させてきた上に、今は悪魔の体力があるのだ。JINJINの生産能力はもはやひとりで週刊漫画誌を回せるほどのものであり、それは確かに神に近い存在であるとも言えた。描かれているものはすべて腐っていたが。
その様子を風音や弓花、ティアラとタツオが果汁炭酸水を飲みながら眺めていた。
風音たちは早朝の訓練を終え、朝食も食べ、今はお昼までのくつろぎタイム中であった。そこに奇妙な踊りをしながらJINJINがやってきて、ひとりで踊り続けていたのだから、とりあえず眺めるしかなかったのである。
「凄い方ですわね」
「まあねえ」
そうティアラと弓花がぼそぼそと話している横で、風音がJINJINに話しかけた。
「ねえ、JINJIN。その原稿って印刷はどうするの? 普通に描いちゃってるし、版画刷りとかそういうのもできないよね」
その風音の言葉通り、JINJINは漫画を、自ら作成したB4サイズの原稿用紙に描いていた。JINJINの目標は漫画を描くだけではなく、それを本にして出版することである。それをどうやって成すかが風音には分からなかった。
『それが昔、魔術を組み合わせて印刷機を造ったんだけどねえ。会社が潰れてから、借金のカタに流れちゃったみたいで。それを今、やすのツテで探してるところなのよ。百台ぐらいはあったはずだから、まだ何台かは残ってると思うんだけど』
ちなみに造ったのはディアボである。それはJINJINの無茶な要望に従って、様々な魔術を組み合わせたものだ。JINJINの要求に足り得る、スキャナーからプリンターまでをこなす複合魔法具。それがかつては存在していた。
「ええと、JINJINの会社潰れたのって四百年前だっけ? さすがにまだ残ってるかって気もするけど……ちなみにどんなの?」
首を傾げる風音にJINJINが紙にさらさらと描いて『こんなの』と口にした。
『現物が見つかれば、魔法式をコピーして量産だってできそうなのに。もう原稿も溜まっちゃうし、場合によっては他の方法を探すか、元の世界に戻って持ち込みするしかないわ。だからアンタたちには、ぜひとも元の世界に戻れるようにしてもらいたいのよ。頼んだわよっ!』
バンバンと肩を叩くJINJINに対し、そんな目的で戻りたくないな……と風音は思いつつ、紙に描かれた印刷機を見て首をひねった。それは刻印がいくつも刻まれた、四角い石をいくつか重ねたような姿の魔法具であったが、どこかで見た記憶があったのだ。
「んー。これ、どっかで見たことあるような?」
『マジで? いつ? どこで?』
風音の言葉にJINJINの目が血走り、発光し始めた。悪魔としての本性が目覚めたのだ。怖い。風音も引いていた。
「JINJIN、怖い。その目、怖いから」
『あ、徹夜明けだからかな?』
「いや、関係ないと思うけど……そうだね。多分、アモリアの魔法具オークションで見かけたような気がする。術式は複雑だけど扱い方が分からなくて使えないって評価のジャンク品も並んでて、その中にあったかも……しれない」
『ジャンク……馬鹿な』
己の英知の結晶(ディアボ作である)の現代の評価にJINJINはガックリとうな垂れた。
「まあ、だからあっちの人に問い合わせてみれば、もしかしたら見つかるかもしれないね」
『是非に。是非に!』
JINJINが必死な顔で土下座をしている。巨乳がブルンブルン揺れている。風音はそれを見て思いっきり蹴り飛ばしたい情動に駆られたが、堪えた。
なお、アモリアに要望すること自体は、風音としては難しい話ではない。
アモリア王国の宮廷魔術師長ミサリは、最近ではルイーズと共に長距離ポータルを使って白の館の温泉に通い詰めているため、今日にでも頼める可能性はあった。
そして、その横では別のことを弓花たちが話し込んでいた。それは弓花たちと別れてダンジョン探索をしている直樹やジンライたちのことである。
「あー、師匠はそろそろ第七十七階層の敵と戦闘かぁ」
「時間的に、急げば合流できたかもしれませんね」
『レームが少し心配です』
ティアラとタツオの心配げな言葉に、弓花が肩をすくめる。その気持ちは弓花にもあるが、すでに話し合って決めたことだ。それに今更間に合いもしない。
「まあ、師匠もこっちは任せて休んでろって言ってたし。今は信じて待つしかないわよ」
ジンライや直樹たちが第七十七階層に着いたのは昨日のことである。そして今日、恐らくは今まさに彼らは第七十七階層の強力なエネミーと戦っている……或いはすでに勝利を収めているはずだった。
弓花たちも予想以上に早く龍神の鱗探しを切り上げていたので、急げば追いついて一緒に戦えたのでは……という状況ではあったのだが、直樹たちも自分たちで請け負ったことは自分たちでカタを付けると返信してきたので、弓花たちはこうしてくつろいでいることにしたのだ。
「けど、まだ連絡ないなあ。師匠も素材取りに時間かかってるのかな?」
『バグモーフと言ったか。強力な敵ではあるのだろう?』
そばにいたメフィルスが、ワインをあおりながら尋ねると、弓花が「ええ」と頷く。
「そうですね。フューチャーズウォーってゲームだったっけ。それを実際に見たことがある達良経由での話ではありますけど。ま、その手のことに関してはあいつも信頼おけますし」
『ふぅむ。さすが英雄王様。博識ではあるな』
メフィルスが強く頷くが、ただのゲームマニアなだけであると弓花は正しく理解していた。そして、その弓花たちの会話にJINJINが『おや』という顔をして口を挟んだ。
『フューチャーズウォーなら私も知ってるよ。達良とコンビも組んでたし』
その言葉にメフィルスが「なんと!?」という顔をした。メフィルスは、JINJINが達良と知り合いであると知らなかった。考えれば分かりそうなものだが、JINJINのここまでの素行を見て、メフィルスは敢えて思考からは外していたのである。
「あ、そうなんだ。じゃあバグモーフのことも知ってるんですか?」
『うん。DLCのヤツでしょ。一応、バグモーフ自体は本編でもチョロッと出てたけどね。けど、あれには参ったなあ』
「あれって?」
風音が身を乗り出して尋ねる。
『オンラインモードだとそのマザーバグモーフって親玉が結構厄介な感じになっててさ。マザーに捕まると、逃げらんなくてねえ。仲間に助けに来てもらえないと自殺するか、卵がふ化して殺されるかの二択しか残されてないわけ』
「へぇ」
そりゃ嫌だなあ……と風音は思った。
『嫌らしいのが、制限時間が三日ってのがねえ。ゆっこはフューチャーズウォーやってないし、私が捕まったときにはたまたま立ち寄ったスク水ロリに助けられたのよね』
そのスク水ロリの中の人は、小太りの男であった。ロリ好きトークで盛り上がって、リアル住所が近いこともあって実際に会ってみたら、目の前に来たのは巨乳メガネJCであったのだ。それにより小太り童貞中学生は「あばば」となったのだが、ある意味ではそれこそがすべてのキッカケでもあった。
その途中で風音が空を見上げる。それにティアラが「おや」という顔をした。風音の動作がプレイヤーがメールを受け取ったときの反応だと理解したからだ。
「あ、メールだ」
「ナオキたちからのものですか?」
「私にも来たけど……直樹じゃなくてカンナさんからね」
弓花が首を傾げながら言う。弓花もカンナともパーティ登録はしているのだから、メールのやり取りは当然できるのだが、だからといって戦闘後に直樹ではなく、カンナからメールが来ることには違和感があった。
『カンナ? ああ、プレイヤーのひとりだったっけ?』
「そうだけど……報告が直樹じゃなくカンナさんからって、なんだろ?」
若干不安そうな顔でメールを広げた風音の目が見開いたのはすぐのことで、そして必死な形相で風音は立ち上がった。
「どうしたんですの?」
ティアラが眉をひそめて尋ねる。その問いに風音が少しばかり考えてから、口を開く。。
「直樹と……ジンライさんが宇宙に投げ出されたって。後シップーとガーラさんも」
「宇宙って……生身で行ったら死んじゃうって場所ですわよね」
ティアラが顔を青くして尋ねるが、弓花があせりながらも首を横に振る。
「いいや。ウィンドウではまだ直樹は死んでないことになってる。だから、無事なはず。風音。直樹からのメールは?」
「ちょっと待って。あーもう直樹のメールはゴミ箱に入ってて分かり辛い。っと、今朝起きて、隠し部屋を出たときのメールで止まってる。今返信してる。返ってくればいいけど。けどカンナさんのメールによればもう一時間は経ってるらしいし、投げ出されて死んではいないはずだけど……」
風音の顔が青くはなっていったが、一歩のところで堪えている。ウィンドウにより生存しているのは判明しているために、どうにか己の正気をつなぎ止めている……そんな様子であった。それから風音がJINJINを見た。
「JINJIN、さっきの話。聞かせて。今すぐに」