作品タイトル不明
マザーアタック
「これが第七十七階層の敵かよ」
ムチャッとした感触を感じながら槍を抜いたライルが、嫌そうな顔をしてそう呟いた。
『気持ちが悪いな。我よ、早く拭け』
「うぇー」
ジーヴェの槍が不平を漏らし、ライルも呻いた。
その刃の先は微妙に発光している緑の液体が付いている。それはまるでスライムのようで、ライルが槍を突いて倒したのは、表面が紫色でヌラリとした光沢を放っている、虫のような生物だった。
「こいつが達良さんの言っていた宇宙生物か。気持ちワリイ」
直樹が倒れているエネミーを見ながら、眉をひそめる。
そこに倒れている、直樹たちを襲いかかって返り討ちにあったエネミーは、第七十七階層から出現するバグモーフと呼ばれる類の宇宙生物であった。
「カルラ王もセンスの悪いヤツを仕込んだものだよね。まったく」
カンナが眉間にしわを寄せながら忌々しげに口にする。カサコソと動いて近付いてきた虫の姿は、例の奴を思い起こさせ、カンナの生理的嫌悪感を呼び起こしていた。
「達良さんの話だと、フューチャーズウォーでもダウンロードコンテンツのサブクエストの敵扱いだったらしいけどな。メインシナリオクリア後を前提としたサブクエストだから、相当に強いだろうとも言ってたな」
つまりは非常に厄介ということだった。
「それに、そもそも第七十五階層にもいた例の奴はコレの先兵だって話だからなあ……倒した数に合わせて警戒心が高まって強くなるって説明されてたし、この先のヤツって本当に大丈夫なのかって気がしてきたんだけど」
「カザネめ。相変わらずやり過ぎだっつーの」
「姉貴の悪口言うんじゃねえよ。クソ獣人」
「ああ?」
ギャオの言葉に直樹がピキピキとなって言葉を返し、そしてギャオも青筋を立てて凄んでいる。
それにジローが「まあまあ」と言って仲裁をする。どちらとも親しいジローにとって苦労のあるポジションであった。
そして現在、ジンライとシップーを中心とした直樹、エミリィ、ライル、レームの白き一団のダンジョン探索組は、ブレイブとオーリングのクラン『青の明星』の指名依頼を受けて、第七十七階層の強敵を倒すために 金翅鳥(こんじちょう) 神殿を進んでいるところであった。
オーリングのリーダーであるオーリとブレイブのリーダーであるガーラが、直樹とギャオのやり取りに苦笑しながら口を開く。
「ギャオ。お前もいちいちカザネのことを口にするな」
「ナオキも落ち着け」
「うるせえ。アイツとはダチなんだから、弟に文句言われる筋合いもねえんだよ」
ギャオが面白くなさそうに言い、直樹がムスッとした顔で視線を背ける。
風音がギャオとは良い友人関係であることは分かっているために、直樹も過度にギャオに突っかかることをするつもりはないのだが、やはり姉に寄り付く悪い虫という認識には変わりはない。
「ともかくだ。お前らがその例のヤツを倒す前でも十分に脅威だったんだ。その上に……というと、覚悟を決めないと不味いかもな」
オーリが冗談混じりとは言えない顔でそう口にして、それには直樹も「そうだろうな」と返す。それから直樹は期を取り直して、オーリに笑いかける。
「しかし、オーリたちとこうやって組むってのは懐かしい状況だな」
「ああ、お前らハイヴァーンにいたんだったっけか」
ジローの言葉にオーリと直樹が頷く。
「あの頃に比べてナオキたちも随分と強くなったな。今やっても以前のように勝てる自信はないよ」
「以前のように……な。言ってろよ。負ける気もないくせに」
直樹の言葉にオーリがハハハと笑う。
そのオーリの態度は決して増長したものではない。
オーリの剣士としての技量は非常に高く、『氷剣』と呼ばれるほどのふたつ名を持つ上に、今では幻創剣『カリバーン』を生み出すことができる。それは直樹の髑髏魔神化をも容易く斬り裂くことが可能だ。今でも正面切ってまともにやり合えば、直樹はオーリには勝てないだろうと考えていた。もちろん、まともにやり合えば……ではあるが。
「お前たち、じゃれ合ってないで進むぞ。ライルが倒したのは、恐らく斥候を目的としたタイプの魔物であろう。それが倒されたことに気付かれれば、連中はすぐにでも襲ってくるやもしれんぞ」
シップーに乗ったジンライの言葉に、全員の顔が引き締まる。そして、全員が静かにゆっくりと先へと進み始めた。
周囲の鉄の壁にはいつしか、妙な光沢のある有機質な何かに覆われ、周囲の空気も徐々に変化しつつあった。
「近いか」
直樹がそう口にし、通路の先を見た。その先に何かを感じたようだったが、そのことに先に反応したのはギャオであった。
「チッ、行くぞオラ」
直樹の背中をバンと叩いたギャオに、直樹が舌打ちしながら共に駆けていく。戦闘における二人の相性は妙に良いのだ。それにカンナ、ギュネス、ライルとジローが続き、ワラワラと迫ってくる有象無象のバグモーフへと攻撃を仕掛けていく。
「やはりバレたか。先ほどのヤツか、それともこの壁が探査の役割を果たしておるのか?」
「それは分かりませんが、ジンライさん、ガーラさん。手はず通りに。俺たちが雑魚を相手にしている間に頼みます」
それは当初から決めていたこと。最大戦力であるジンライと、それに次ぐ戦闘能力を持つガーラがシップーに乗って特攻しマザーバグモーフを叩く。シンプルだが、それを成すだけの実力がジンライにはあった。
「そんじゃあ、道は俺が作るぜ」
数に圧され始めた直樹とギャオを見て、ライルが全身から竜気を放ち突撃する。
「私は右を。レームは左を」
「あいよ。レーザーバルカンの力見せてやるよ」
さらには後衛組の追撃によって穴は広がり、それを見たジンライが猛り笑う。
「行くぞガーラ」
「応よ」
そして、ふたりを乗せたシップーが駆け抜けて、バグモーフたちを振り切って彼らの巣である大広間へと踊り出た。
「これは?」
「随分とこりゃあ、卵をこしらえたものだな」
大広間の周囲には、生理的嫌悪を催すほどの数の卵がビッシリと埋め尽くされていた。それらはすでに羽化を始め、白いバグモーフが次々と飛び出してきている。また、その大広間の中心には巨大なバグモーフが存在していた。それがギロリと大広間に入ってきた侵入者を睨みつける。その威圧感はなかなかのものだとジンライが感心する。
「数が多いぞジンライ殿」
「構わん。当たるつもりもないのでな。それ、雷神槍ッ!」
ジンライが取り出したアダマンチウムの槍を撃ち放ち、迫る敵を一気に葬る。さらにはシップーの背に設置された 雷神砲(レールガン) が周囲を連射していく。それには専用のマガジンが装着されていて、威力もこの宇宙基地エリア用にパワーダウンされていたが、羽化したばかりのバグモーフや卵を破壊するには十分な力があった。
そしてジンライたちはマザーバグモーフへと攻撃を仕掛けていく。巣の内側で暴れられ始めたバグモーフたちは戦力を分散させざるを得ず、結果として攻勢が弱まって直樹たちも大広間の中へと入っていく。
「シャァアアアアアアッ」
その大広間の中ではマザーバグモーフが唸りを上げ、ジンライたちへと攻撃を繰り出していた。しかし、それは届かない。
今のジンライは独自に生み出した槍術『 一角獣(ユニコーン) 』をマスターしつつあり、そこに 雷神砲(レールガン) を背負ったシップーと狂い鬼の力を得た『狂鬼腕』のガーラもいる。如何に敵が強かろうとも、接近を許した時点でもはやジンライたちの勝ちは揺るがない……はずであった。
「なんだと?」
次の瞬間に、搬出室の開閉ハッチが……彼らの立っている床が一気に開かれるまでは。
「ジンライ師匠ッ!?」
それを見て直樹が叫ぶ。そのハッチの先が見えた。それは本物か偽物かは分からぬが、星の瞬く漆黒の空間だった。そしてジンライとガーラ、それにシップーが宇宙空間に投げ出された。