作品タイトル不明
第八百九話 その義手を贈ろう
◎ゴルディオスの街 バトロイ工房
「うーむ」
風音が唸る。その様子を弓花や親方、モンドリーとギャオ、それに目の前にいるギュネスが緊張した顔で見ていた。それから風音がソレから手を下ろして、フゥッと息を吐くと、
「よし。会心の出来かな。ギュネスさん、動かしてみて」
そう言って風音がグッと親指を立てた。
それにはその場の全員がホッと息をつく。そして、ギュネスが慎重に自分の右腕に装着された黄金の腕に意思を込めると、まったくスムーズにその腕は曲がり、指の先まで自在に動き始めた。その姿を見ながら弓花が気遣わしげな顔をして声をかける。
「どうです、ギュネスさん?」
「あ、ああ。凄いな……これは。まるで自分の腕みたいだ」
驚きの顔のギュネスにギャオが「へっ」と笑う。
「そうだろう。テメェ、感謝しろよ」
「いや、なんであんたが自慢げ!?」
弓花がそう言うが、今回の件でのギャオの功績は大きい。
現在、竜牙衆を護送していたギュネスたちが襲撃されてからすでに十日が過ぎていた。
敵襲後、ギュネスたちは同日に通りかかった商人によって救助されていた。だが商人が運んだ近隣の町の癒術師の能力はあまり高いものではなく、再生魔術を受けることはおろか、どうにか命を取り留めるぐらいがせいぜいであったのだ。
そして、死の淵にあったギュネスたちの状況がゴルディオスの街に知らされ、ギュネスの大事を真っ先に知らされたギャオはすぐさま白き一団の聖乳天使の力を借りようと頼みに来ていた。
実のところ、それより数時間後にゆっこ姉からも兵士の救助の依頼が来ていたのだが、その頃にはギュネスのいる町まで風音たちは辿り着いており、直樹の英霊フーネによる治療が行われているところであった。
実際のところ、ゆっこ姉のメールのタイミングから向かったのではギュネスの命は保っていない可能性は高かった。それを英霊フーネより聞かされた時は、その場の全員がへたり込んだくらいである。
「まったくよぉ。話、聞いたときには肝が冷えたぜ。まあ、腕の方は間に合わなかったがな」
ギャオがそう言ってギュネスを見る。対してギュネスも首を横に振りながら、口を開いた。
「仕方ないさ。お前がカザネたちを呼んでくれて、治療を受けなければ俺もライザーも死んでいた。お前らには本当に感謝しているよ」
そう言いながらギュネスの目がぎゅっと閉じられた。
英霊フーネのできることには当然限界はある。すでに死んでいる者は元より、斬られて長時間放置されていたギュネスの腕などはもはや再生魔術でも治療不可能であった。
そして風音は、再びギャオに頭を下げられ、親方と共に義手造りを始めて、こうしてギュネス用のものを仕上げて今日渡したのであった。
それから義手の制作者の片棒である親方がギュネスに声をかけた。
「ま、ジンライのヤツと違って、そいつは基本的には腕としての機能しかねえ。ギミックもあるが、それは義手の元になった籠手のものだな」
「うん。ギャオの籠手をベースにしてるからね。まあ、内部をオリハルコンのフレームで固めて、周辺をジュエルコーティングしてあるから、ちょっとやそっとじゃ壊れないよ。雷獣とかいう魔物に斬られても、弾けるだろうし、雷も絶縁できるはず」
続いて風音が義手について説明していく。
よく見れば、籠手の表面は若干のガラスのようなもので覆われていた。それは一旦アダマンチウムで籠手を薄く覆った後に、宝石化でコーティングさせたもので、その籠手の強度は以前に比べて遙かに増していた。
「そのレベルになるともう、僕では手に負えませんね。まったく」
一方で見習いゴーレム魔術師であるモンドリーもその場で見学していて、その出来栄えを見て苦笑している。
現在のモンドリーはコアストーンシグマとマジッククレイを使用したゴーレム兵の製造に着手していた。
すでにトゥーリ王国から招いたゴーレム魔術師たちと協力し、工房を拡張して実験を行い続けているところだが、そのモンドリーから見て、ギュネスの装着している義手は自分たちの造っているモノと比べて余りにも遠い存在だった。
風音が生み出す精緻なゴーレム魔術は、モンドリーも他のゴーレム魔術師でも少なくとも一代で到着できるものではないとの結論がすでに出ている。ゴーレム魔術を使えるようになってモンドリーはそれを骨身に染みるほどに実感していた。
その設計をコピーして使うことはいずれできそうではあったが、応用することすら困難で、新規設計など夢のまた夢だとモンドリーは考えていた。
それらすべては、風音の……ではなく、ウィンドウの制御能力の高さにある。そうした背景により、モンドリーはギュネスの義手にはある種の畏怖すら覚えていた。数世代未来の技術を眺めているような、そんな風に感じていた。
「ま、盗めるところは盗みな。技術そのものは無理でも、原理についちゃあ多少は分かってるんだ。マッスルクレイと魔導線の構成だけでもしっかりと頭に叩き込んでおけよ」
「その魔導線も、ちょっと真似できないんですけどね」
モンドリーがトホホとため息をついて、親方も苦笑いしている。
今回ギュネスの義手、ギュネスアームの内部に仕込まれた魔導線は風音が『ゴーレムメーカー』で造り上げた極小半径の魔導線を束ねたものだ。親方たちでは、まだそこまで細かい魔導線は造ることはできない。
また、その義手は人体構造に見立てられており、骨をオリハルコン、筋肉をマッスルクレイ、神経を魔導線として組み上げられている。親方は腕の機能しかないとは言っていたが、出力においては人間のスペックを大きく上回っている。さらに、肘と手の甲には、ギュネスが所持していたチャイルドストーンを設置しており、それに付与された魔術ファイアドリルをパンチに乗せて放つことも可能となっていた。
その義手を見てから、ギュネスはギュッと目をつぶった。
「ああ、ありがとう。これで俺は……」
そう口にしてギュネスの瞳からは涙が一筋こぼれ落ちる。
ギュネスは襲撃によって、五人いたパーティの仲間を三人失っていた。生き残った仲間のライザーも命こそ取り留めたものの、戦線復帰は無理だろうと診断され、今は故郷に帰る準備をしている。そのギュネスにギャオが「バーカ」と笑いながら頭を小突いた。
「たくよー。湿っぽいぜ。うちの親父が見てたら、ゲンコツを落としてるところだぜ」
「ああ、そうだな。あの方なら『俺みてえに片方潰されてみるか?』ぐらいは言いそうだ」
そう言って笑い合うギャオとギュネスに、風音が首を傾げる。同郷であるギャオとギュネスの間には、風音の知らない話題がたびたび出てくることがあるのだ。
もっとも風音と弓花、直樹の会話も周囲から見れば似たようなところがあったりするので、どっちもどっちであったりする。
(まあ、良いけどね。それにしてもここしばらくは忙しかったな)
風音が少しばかりボーッとした顔で、窓の外を見た。
竜牙衆の襲撃からしばらくして、突然ギャオがやってきて、涙を流しながら頭を下げて救助を頼んできた。ギュネスの右腕がもう使い物にならないと知ってからも、自分の装備と有り金すべてを真っ先に差し出して風音に頼んできた。ギャオに引っ張られはしたが、結果良い仕事をしたと思っているし風音も悪くない気分である。
そのギャオが差し出した籠手は、 金翅鳥(こんじちょう) 神殿で手に入れた『金獅子の牙』という極めて強力な武具だ。
獅子の顔を模した形をしていて、闘気を通しやすく、牙の部分が変形して 爪状(クロー) にもなる。片方だけでも売ればひと財産になるソレを、まったく躊躇なく差し出した気っぷの良さには風音や、白き一団の仲間たちもある種の感動を覚えたほどである。
「いやー。本当にこれで女癖が悪くなければねえ」
「あん? なんだって?」
「なんでもないよー」
風音が棒読みでそう返す。ギャオはこれでいて、周囲からの人望は極めて高い男である。女癖を考えなければ、男気溢れる良いヤツのはずなのだ。ジンライの誹謗中傷を流した件はともかく……その他、色々な問題点も目立つが。
「つか、まあ助かったぜ。これでよ。ユミカにブン殴られた件はチャラにしてやるぜ」
ギャオがうんうんと頷きながら言い、その言葉に弓花がムッという顔をした。
「いや、それはそれ。これはこれだかかね。あれから大変だったんだから。護衛団の詰め所から出たら、ムータンの面々がズラリと取り囲んで一触即発って感じになってたのよ」
そう口にする弓花の脳裏には、そのときの光景がまざまざと浮かび上がっていた。
何しろ出てきた銀狼将軍姿の弓花を、ムータンメンバーやアウターファミリーたちが出迎えていて「姐さん、お勤めご苦労様です」と全員が頭を下げて道路までの道を作っていたのだ。それをその場にいた護衛団のメンバーやそばを歩いていた住人たちは青ざめた顔で眺めていた。
さらには、その男たちで作られた道の先では、タツヨシくんケイローンに牽かせたサンダーチャリオットで風音がお出迎えしていた。それも十分にインパクトがあり、ムータンメンバーもそれを見てヤベーッと思っていて、風音の方もムータンメンバーを見てヤベーと思っていて、双方共に引いていたのを弓花だけは気付いていた。なお、弓花はもうどうとでもなれーと思っていた。
「話には聞いたがユミカ、随分と大物になったみたいだな」
「止めてよギュネスさん。周りが勝手に盛り上がってるだけだから。ちょっとしたら元に戻るわよ」
ギュネスの言葉に弓花が「もうっ」と言って苦笑いをする。そのあまりの見立ての甘さに風音が絶句していたが、今回で天使伝説もまたひとつ追加されているので、風音も結構ドッコイドッコイである。
そうしたやりとりの間もギュネスは義手の動作を試していく。そのギュネスを見て風音が尋ねる。
「で、決めたのギュネスさん?」
風音の問いに、ギュネスが頷き、そして口を開いた。
「ああ、俺は悪魔狩りに入るよ。連中を叩きのめして、仲間の仇をとる」