軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八百話 攻略をされよう

クロフェが目を細めながら、周囲を見回す。

アカが倒されたことはやむを得ない。ジーヴェと呼ばれた黒い男がクロフェの想像通りの存在ならば、それはただ純粋にアカが実力で負けただけのことだ。それをクロフェは否定しない。

そしてジーヴェとライアンの背後には、先ほど降りてきて今は人化し待機している空竜と、その他にも何人かの竜気を纏っている戦士たちがいた。

中でもクロフェの感覚が脅威と感じたのはライアンとジーヴェ、それに妙な気配を放っている女の三人だ。

それらを見ながらクロフェは「のじゃー」と呟きながら、両手をバキバキと鳴らした。

「ソルよ。下がっておるのじゃ。少々、派手になるかもしれんのじゃしな」

「にゃー」

クロフェの声を聞いて、猫竜のソルが鳴きながら白の館の入り口の方へと下がっていく。

その姿に頷きながら、クロフェはライアン達へと視線を戻した。

「まさかドラゴンイーターの臭いとはなのじゃ。ジーヴェやそちらの空竜はその女が操っておるのじゃな」

「あなたも我が配下にしておきたかったのですがね。効かぬとは……腹立たしい」

そう言って女がクロフェを睨みつける。元々クロフェとアカはドラゴンイーターへの耐性がまったくないわけではなかったのだが、風音から家族サービスとして渡された紅蝶のアミュレットにより今では完全にその影響を防げていた。そしてクロフェは女の視線の強烈さに訝しげな視線を向ける。

「のじゃー。そっちの女は何かワシに恨み言でもあるか……のじゃ?」

その言葉に女の眉間にさらにしわが寄り、そのやり取りを見ていたライアンが笑いながら、クロフェへと口を開く。

「なーに。家族を、村ごと喰われればそうなるだろうというだけの話だ」

その言葉にクロフェは眉こそひそめたが、特に感慨はなかった。ただ、そうした事実があったとしても、そうだと感じるだけだ。それは人に限らず、すべての生命が背負う業だ。

クロフェとてソルを殺されれば、同じことを考えるかもしれないが、だがそれを肯定できるか否かは『力を持っている』か否かで確定すると考えるのがドラゴンという種族であった。

それからクロフェがライアンへと尋ねる。

「なるほどなのじゃ。で、お前もその口なのじゃ?」

そう言われてからライアンが「どうだったかな」と嘯いた。

「とうの昔に忘れた。エンロ爺に拾われる前の記憶が俺にはないからな。ただ、お前たちを殺すという意志だけは消えなかったのだから、多分そうだったのかもしれない」

「そうかなのじゃー。あの人間も矯正しきれなかったというわけなのじゃーな」

エンロ爺はレガリアの街の竜狩りの長だ。人間であるにも関わらず、今や二百を越える高齢だが、未だにドラゴン討伐の最前線にいて、ナーガやクロフェとも親交がある。

「そのエンロ爺もここには来れなかったようだな。まあ、溶岩竜たちが暴れる時期を選んだんだから当然か」

そう言って笑うライアンの腕には、ふたつの剣が握られていた。それをクロフェが目を細めながら観察する。

(神滅の大剣オーヴァと竜滅の大剣ディーゴ。なるほど、今はこやつが主というわけか。実力は相応と見て然るべきじゃろうな)

ライアンの持つふた振りの魔剣をクロフェは知っていた。

古来よりその剣の持ち主は何度となく持ち主を変えてクロフェの前に現れた。時には対峙し、時には肩を並べて戦ったこともあった。そして敵対者としてクロフェの前に立ったライアンが一歩前に出て、口を開く。

「さて、蜥蜴よ。俺がここに来た目的は分かっているのだろう? お前とナーガの二体こそがドラゴンという空飛ぶ蜥蜴が増長している元凶。その片割れをここで誅し、蜥蜴どもが暴れ回れば、我らが同胞たちも真実に気付くはずだ。貴様らが人間にとって不倶戴天の敵であろうということが」

それが実現すれば六百年前の再来となる。

竜の里の存在は、今やどちらに対しても抑止力となっていた。里を治めているのがクロフェやナーガという最上位のドラゴンで、それが人間と協力しているとなれば、例え里に所属しておらずとも、知性があるドラゴンは無闇に人間とも敵対しない。人間を恐れずとも害竜と認定されれば、いずれはナーガやクロフェに殺される運命にあるからだ。

六百年前に竜帝ガイエルがクロフェを殺したときには、その抑止力が消え、人間を恨んだ里側のドラゴンまでもが暴れ回った。

それらの問題が払拭されたのは後に竜帝ガイエルという共通の敵がいて、それを人とドラゴンが協力して倒したからである。

だが、そのライアンの言葉をクロフェがのじゃーと笑う。

「もはや我らと変わらぬ身をしておいてよく抜かすものなのじゃー。お前も、お前の部下たちも我らに近しい存在なのじゃー。お前らはすでに人間のカテゴリに収まっておるのかも定かではない……のじゃ」

「ああ、その通りだ。だが、その矛盾こそが貴様らを殺すのだ。人の手など使わずとも、毒には毒で滅すれば良い。ただそれだけのこと」

「ならば、毒であるお前が率先して自害して死ねば良いのじゃーろうに」

「ああ、そうだな。俺も死ぬさ。貴様らすべてを殺し尽くし、その死骸の山の上でひとり笑いながら己が首をかっ切ろう」

そう口にしたライアンに、クロフェが肩をすくめる。

「気に入らなければ戦う……だけで良いのに人間は面倒なのじゃー」

「仕方あるまい。貴様らとは違い、我らが種は弱く脆い。あまりにも恐ろしくてな。こんな手も使ってしまう」

そうライアンが口にして、大剣を振り上げた。

「にゃー!?」

「なんじゃと。ソルッ?」

クロフェが響いた鳴き声に気付いて、視線を背後に向けた。そして、いつの間にやらソルが男に捉えられている姿を目撃した。

「な、気付かなかったのじゃ。空竜がもう一体いたのか……なのじゃ?」

クロフェの額から冷や汗が流れる。

空竜の擬装能力は条件によっては風音のスキル『インビジブルナイツ』をも凌ぐ。故に隙を突かれぬようにと警戒はしていた。人化してライアンの後ろにいる空竜に気を配っていたのだ。

だが人化した空竜が、実はもう一体いたのだとクロフェはたった今知った。それは完全な油断であった。

そしてライアンが笑いながら、ふた振りの大剣へと力を注ぐ。

「のじゃー。そこまで使いこなせておるのかなのじゃー」

刃に収束される力の大きさにはクロフェも苦い顔をする。避けることはできる。何しろ大振りだ。身体が小さい分、クロフェの動きは同族の中でも最速に近い。しかしクロフェは後ろを見た。ソルがいる。飛び出してライアンを止める余裕も、背後の空竜からソルを取り戻す時間もない。であれば、クロフェにとれる手段はひとつしかなかった。

「さて、受けろよ金翼竜妃。避ければ子が死ぬぞ」

「のじゃぁあああああ」

ライアンがふたつの剣を振り下ろし、クロフェは己の竜気を極限まで高めて目の前に最大級の魔法障壁を張った。

濃密な魔力と竜気の激突が起きて衝撃波が走り、土塊が吹き飛ぶとその場にクレーターができた。

「のじゃああぁあああ!?」

そして、吹き飛んだのはクロフェの方であった。

衝撃波をもろに受けてボロボロになったクロフェが、そのままゴロゴロと転がり、白の館の壁へと激突する。

「の、のじゃ」

「……遅い」

そしてクロフェが血塗れの顔を上げると、すでに接近していたライアンが竜楔の黒杭をクロフェの身体へと一気に突き刺す。

「の、のじゃああ」

クロフェが叫ぶ。全身を焼き尽くすような痛みがクロフェの身体を襲う。強力な竜気封じの呪いにより、クロフェはその身をドラゴンに変化させることもできない。さらに二本、三本とクロフェに竜楔の黒杭が突き刺さる。

「人の真似事は楽しいか蜥蜴? まあおかげで楽に倒せたわけだがな」

「くっ、貴様等……ソルを、どうするつもりなのじゃ?」

そして、勝敗は決した。あまりにも呆気ないがドラゴンは常に人に恐怖され続け、その対抗策も多く編み出されている種族だ。

そうして生み出された対応策のひとつが竜楔の黒杭であり、それは竜楔の黒杭に突き刺さったドラゴンの竜気を乱し力を封じる効果があった。

巨大なドラゴンの姿ならばいざ知らず、体も小さく、鱗もない状態の弱体化した人の姿ではそれに抗することはできない。

ただクロフェにとって、それは仕方のないことだと諦めが付いてもいた。弱かったのは己なのだからと。しかし、そうした認識は我が子には当てはまらない。ドラゴンの矜持ではなく、親の本能が、ソルを護ろうとクロフェの意識をつなぎ止めていた。

「ライアン様、いかが致しましょうか。早々にあの醜い幼竜を殺しましょうか? その母親の前で八つ裂きにしてやりましょうか?」

後ろから問いかける女の言葉に、ライアンが「ふむ」と言いながら、少し考えてから首を横に振った。

「いや、それでは勿体がないな。串刺しにでもして我らが旗印にでも使うべきだろう。ドラゴンだ。それでも死なんだろうし、生き餌であれば連中もかかりが良いだろうからな」

その言葉にクロフェの中で理性が消えた。

『貴様らッ』

杭の力を抑え込み、クロフェはその身をドラゴンへと強引に変化させ、ソルを捕らえている人化状態の空竜へと躍り掛かった。

「ふんっ」

対してライアンが竜滅の剣で腹を切り裂き、さらに飛び出したジーヴェが上段から黒い大剣を叩きつける。

『ぉぉおおおおっ』

5メートルのドラゴンが叫び声を上げて大地に落とされるが、それでもドラゴンとなったクロフェは、己の鱗を飛ばして空竜の身を切り裂いた。

「にゃーーーー」

そして、衝撃で空竜の腕からソルが弾き飛ばされる。

「チッ、逃がすなよマヌケ。テメェら、捕まえろ」

そのライアンの指示に戦士達が駆け出す。ソルはタツオと違って、最初から記憶などを移植されていない、普通に育てられているドラゴンだ。未だ身を守るすべは持たず、戦士達に囲まれれば一溜まりもない……はずだった。

「我流槍術『竜星』!」

そこに第三者が現れなければ。

そして天より巨大な力が降り注いで、ソルを追っていた戦士達が吹き飛ばされる。それにはライアンもジーヴェも目を見開いた。周囲の状況をライアンたちは把握していたはずだ。風音やジンライたちの動きも把握していた。さきほどの雷の巨大鳥の攻撃はライアンたちも予定外であったが、それも神滅の剣の一撃で相殺させ、こうして一応の襲撃も上手くいったはずだった。

であるにも関わらず、彼らは完全なる不意打ちを食らっていた。

「にゃーにゃー」

『よおソル。怖かったか。もう大丈夫だぞ』

さらにソルの前にフッと黒い影が現れると、そのままソルの身体を抱き上げる。それは闇の力を放つドクロの魔人。そのドクロの魔人は、瞳に青い炎を宿しながら口を開く。

『で、さ。お前ら、誰よ。人の家に勝手に入って暴れやがって。姉貴が悲しむだろ? 謝れよ』

それはドクロ魔人化した直樹。そしてその前に立って槍を構えているのはかつてないほどに竜気をみなぎらせているライルであった。