作品タイトル不明
第七百九十九話 三ヶ所で戦おう
「風音ッ!?」
『母上?』
唐突に窓の外で行われた凶行に、弓花とタツオが叫び声を上げ、窓の外に顔を出していたはずの風音はよろりと身体を揺らしながら、そのまま仰向けに倒れるとその場で悲鳴が上がった。
倒れたチンチクリンの起伏のない胴の上にあるはずの頭部が付いていなかったのだ。そう風音の頭はそこにはなかった。
「喰われた……ですって。なんという」
ルネイが目を見開いて呻き、オロチとトールも驚きの顔をしている。突然の襲来と共に、今や様々な事柄の中心にいる風音がまさかの終わりを迎えた。そのことにその場の誰もが口を開けなかった。
そして首のない風音が立ち上がり、ポンッと頭を出すと「あっぶなー」と声を上げたのである。無事であった。
「ちょっと待って。なんですか。それは?」
「え、ハイパータートルネックのこと? 音速で首を亜空間にしまえるんだよね。っと、スキル『イージスシールド』」
叫ぶルネイに風音は丁寧に説明しながら、窓の外へとマテリアルシールドではなく、イージスシールドを発動させる。
「ギュガァアアアアッ!?」
「まったく、いきなり攻撃してくるなんて失礼だよね」
窓の外ではドラゴンが口を広げブレスを吐こうとしていた。だが、風音が放ったスキル『イージスシールド』は物理攻撃だけではなく魔法攻撃をも防ぐスキルだ。
それで口の中を塞がれたドラゴンはブレスを吐き出すことができず、のど袋の中でブレスが暴れ回り、その場で破裂した。
そして周囲にいた人々がその場から逃げ出し、ある程度の腕に覚えのある冒険者たちは離れた位置を陣取りながら取り囲んでいくのが見えていた。
「ドラゴン? いきなり、なんで?」
元々『ハイパータートルネック』のことを知っていた弓花は冷静に状況を観察しながら、疑問を口にする。それには風音が「人化だね」と口を開いた。
「人の姿になって街に入ってたんだ。一瞬だけど、人がドラゴンに変わったのが見えた」
「ですが、ドラゴンほどの存在ならば門の検査で……あ!?」
ルネイが、先ほど街のどこかに降りていった空竜を思い出す。
「うん。空竜は姿を隠すんだよ。多分、あれを使って街に入ってたんだ。それもつい今じゃないね。他にも竜気を放っているのが何人も取り囲んでる。そっちが竜牙衆だと思うけど、変なマントを付けて気配が薄いみたい。それに……ドラゴンがもう一体か」
風音が遠隔視で周囲を観察しながらそう口にする。
「風音。人化してたってことはどちらも成竜クラスじゃないの。こりゃ、ちょっとマズいんじゃ」
「仕方ありません」
そう言ってルネイが立ち上がり、壁に掛けてあった二本の杖を手に取った。同時に扉が開く。そして部屋に入ってきたのはルネイの妻たちであった。十人ぐらいいる。
「ルネイ。外でドラゴンが」
「分かっています。あなた方は住人の誘導と冒険者を集めて戦闘の準備を」
「どうするの?」
風音が迫ってきていたドラゴンを『マテリアルシールド』で押し返しながら尋ねる。
「カザネ、冒険者ギルドマスターからの緊急の指名依頼です。あなた方はクロフェ様の救出に向かってください。あの方に何かあればミンシアナだけの問題では終わりません。六百年前の西の竜の里の悲劇を繰り返せば、それこそ連中の思うツボとなりましょう」
「でも、目の前のドラゴンは?」
どちらも成竜クラスだ。それらを退けて突破するのは今の風音たちでも時間はかかる。だがルネイはニコリと笑うと、両腕の杖を前に出した。
「私が道を開きます。まったく、あなた方の力になろうと思っていたのですが、露払いしかできないとは……ね」
そう口にするルネイの持つ二つの杖からは膨大な魔力が発せられ始めた。
「ルネイさん。それって?」
「一応、母にも秘密の切り札だったんですよ。裁定の雷よ、双牙となりて魔なるものを砕け! 」
そして放たれたのは魔術『ジャッジメントボルト』。
それは一ヶ月間ため込んだ魔力を最高レベルの威力で放つ魔術だ。それは対悪魔に特化してはいるが単純な火力でも最高レベルの魔術であり、それはルイーズの切り札であり、彼女の祖父であるゼクウが考案した魔術でもあった。
そのジャッジメントボルトが同時にふたつ放たれ、事務所の壁を貫通して二体のドラゴンへと直撃し、その場で爆発が起こった。
◎ゴルディオスの街 商業区
「ポッポさんが落ちてきて、空にドラゴンが現れ、別の場所では爆発が起こっておりますわ」
『ふむ。何かしら嫌な予感がするの』
冒険者ギルド事務所よりやや離れた位置にあるゴルディオスの街の商業区。そこでは、ほぼ同時にふたつのところで起きた異変を察知したティアラたちが不安そうな顔をしていた。
住人たちも怯えた様子で、各々恐らくは自宅へと急いで戻り始めていた。以前のカルラ王の襲来により、そうしたフットワークは鍛えられているようだった。
「ドラゴンってことはクロフェの知り合いが会いに来たのか?」
「ちょっと友好的な感じではなかったと思うけど。もう一方も爆発してたし」
レームの楽観的な言葉にエミリィが困った顔をする。どう見ても戦闘が起こっているようだが、受けて立つドラゴンの性質上、レームの言葉も間違いではない気がしたのだ。
そんなレームたちより少し離れて護衛をしていたジンライは周囲を見回し、それからティアラたちの一歩前に出た。
「あの……ジンライさん?」
今後どう動くかを尋ねようと思ったティアラが、そのジンライの行動に首を傾げながら尋ねる。そしてジンライはティアラへは顔を向けず、視線をせわしなく周囲に向け続けながら、口を開いた。
「戦闘準備を。囲まれています」
『なんだと?』
メフィルスが訝しげな顔で周囲を睨んだ。
『これは……ッ!?』
そしてメフィルスもようやくそれに気付いたのだ。いつの間にやらジンライたちはドラゴンの鱗らしき鎧の上に青いマントを身に付けた集団に囲まれていたのである。
「不味いな。ゴレムスキャノンは持ってきてねえぞ」
「私も弓と矢がないわ」
「お二人ともこちらへ。お乗りください」
ティアラが召喚術を発動し、目の前には 炎の鷲獅子(フレイムグリフォン) を、そして周囲には 炎の騎士団(フレイムナイツ) をすぐさま出現させる。メフィルスもすでに 炎の騎士団長(フレイムナイトリーダー) の姿へと変わり、すでに戦闘態勢のシップーと共に、周囲を警戒しながら構えていた。
「なるほど。さすが白き一団、迅速な反応だな」
そして青マントたちの間から、細身の男がその場へとやってきた。その姿を見てジンライが眉をひそめる。ジンライはその人物を知っていた。実際にあったことこそなかったが、その姿は以前に聞いていた特徴と一致していたのだ。
「その痩躯に黄色の竜槍……お前は竜槍のジドーか」
「牙の槍兵ジンライ。お初にお目にかかる。かねてより一度会っておきたかった」
そう言ってジドーが黄色い槍を構えた。対してジンライが目を細めながら口を開いた。
「竜狩りの街にいると聞いてはいたが……よくもこの街の中に入り込めたものだな」
「この空竜の皮のマント、なかなか使えるのでな」
そう言ってジドーが身に纏っている水色のマントを揺らした。それは空竜の翼の皮膜から作り出したマントであった。
「なるほどな。それで何用だ? 今は少々騒がしい。ワシは家に戻らねばならんのだが、用があるのであればその後に願いたい」
そう言いながらもジンライは、目の前のジドーたちがこの場を通してくれるとは当然考えていなかった。
そして、ジンライはゆっくりと 聖一角獣(セイントユニコーン) の槍をジドーへと向ける。対してジドーは笑みを浮かべながら、一歩前に出た。
「尋常に勝負願おうジンライ・バーンズ!」
◎ゴルディオスの街 白の館
「ぐぁあああああッ」
白の館の中庭に叫び声が轟いた。
冒険者ギルド事務所と街中のそれぞれで戦闘が開始されている時、白の館ではひとつの戦いが終わろうとしていた。
「アカがやられおっただと…なのじゃ?」
クロフェの驚きの声がその場に響き、その後ろではソルが「にゃー」と怯えた声を出していた。
風音のポッポさんによって敵の襲来を知ったクロフェたちは迎え撃つべく自ら外に出ていたのだ。それはドラゴンの気質からすれば当然のものではあったが、やってきた相手に挑んだアカは今、大地に突っ伏していた。
人化したままとはいえ、その膂力においてアカは目の前のアカに似た黒い男によって打ち崩されたのだ。
「テメェ……一体」
アカが不可思議という顔で黒い男を見る。だが、その男より後方にいたその場でもっとも屈強そうな褐色肌の男が声を上げた。
「騒ぐな駄竜。お前のような者でもドラゴンになられては面倒だからな。『ジーヴェ』、とっととやれ」
その指示にアカと対峙していた男が大剣を地面に突き刺し、そして背負っていた黒い尖った棒を握る。
「チッ、不味い!?」
そしてアカが危機感を覚え、その身をドラゴンのものへと変えようとした瞬間にその棒はアカを串刺しにして、竜への変化をもその場で固定させて止めてしまう。
それにはアカが再度の叫び声を上げ、そしてクロフェが目を細めた。
「竜楔の黒杭……竜封じの用意は万全というわけなのじゃな。ライアン・マスタリクと言ったか……なのじゃ?」
クロフェの言葉にライアンと呼ばれた褐色肌の男がニィと笑う。
その口元からは牙が飛び出て、また褐色の肌はよく見れば鱗に覆われているようだった。元は人間であったろう面影はあるが、その姿はもはや蜥蜴族と言われても納得してしまうほどに変化していた。
そして竜牙衆の首領ライアン・マスタリクがクロフェへと告げた。
「西の竜の里の長、金翼竜妃クロフェ。その命もらい受けるぞ」