軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ゴルディオスを護る男

「ふぅ」

ルネイがゆっくりと椅子に腰をかけた。

窓の外からは子供たちの笑い声が聞こえてきている。その声を耳に傾けながら、ルネイは疲れた顔に少しばかりの笑みを浮かべていた。

そこにあるのは平穏なる日常。それは彼の日々の行いが実っている証拠でもあった。この変化の大きな都市の中で彼は今、様々な手を用いて平和を維持する立場にある人物のひとりであったのだ。

ミンシアナ王国・冒険者ギルドマスター、ルネイ・キャンサー。

彼が臨時で支部長兼任して務めているゴルディオスの街は今、かつてない繁栄を見せていた。それは現在においてもなお、とどまらずに拡大を続けている状態だ。

ソルダード王国との戦争回避からのA級ダンジョンの探索再開に始まり、ダンジョンマスターカルラ王の出現とダンジョンそのものの再構成。またそれらを凌ぐほどの大きな出来事もあった。それはこの街に訪れた白き一団のリーダーであるカザネが、ポータルと呼ばれる装置を造り出したことだった。

そして、無属性魔術テレポートの付与によりダンジョン内の階層を跨いで移動することを可能とするその装置の使用は、この 金翅鳥(こんじちょう) 神殿探索の回転率を大幅に上昇させる結果となった。

同時に安易にA級ダンジョンに潜ろうとする冒険者も増えたことで死傷者の数も増加傾向にはあるのだが、その辺りは自己責任の範疇にあるだろうとルネイは考えていた。

元より冒険者とはアウターなどといった無法者の増加を防ぎ、街周辺の魔物の数を抑制し、なおかつ口減らしも兼ねる側面を持っている。それは表だって口にされないだけで、冒険者も含めて誰しもが理解している事実だ。

実際に多くの街で冒険者はチンピラ同然の扱いだし、実際にそうした者も少なくはない。晴れやかなる高ランク冒険者などは、本当に一握りの存在でしかないのだ。

もちろん、ルネイには冒険者の命を預かるギルドの長として、そうした側面を許容するつもりはない。敬愛する母の力に……と思ってなった冒険者ギルド職員から登り詰めてのギルドマスターであったが、どうやらその仕事はルネイにとって天職のようであった。ルネイの冒険者たちへの理解も人一倍強い。

とはいっても己の力量も分からずに飛び込んで死ぬ者たちのことまで己の罪と感じるような殊勝な男でもルネイはなかった。冒険者にとって死と益は表裏一体のもの。そのあり方を選択する冒険者という存在を、ルネイは愛していたのである。

「とはいえ、少々動き過ぎですね。母上が悪魔狩りのトップになって、叔父上がいきなり現れて、まったく個人的にもめまぐるしい日々だというのに」

「もうルネイったら、ため息ばかりついて……年寄りみたいよ」

自らの正面に座っているアンネの言葉にルネイが苦笑する。

アンネはルネイの妻のひとりで、つい先ほど王都シュバインから戻ってきたばかりの身であった。

「散々やらかしてくれるのがいますからね。まったく、仕事が増えるばかりですよ」

「また何かあったの?」

アンネの問いに、ルネイが苦くほほえみながら頷いた。

「古イシュタリア文明遺跡のエリアである第七十階層でダンジョンポータルが出現しました。カザネの作成したものではなく、かつてダンジョンに存在していたものとのことです。どうもカザネのポータルの存在を認めてダンジョンが生成したらしく、場合によってはそれはこのダンジョンだけでの話では終わらないかもしれません」

「それは……すごいわね」

アンネがルネイの言葉に素直に驚く。ひとつのダンジョンで発生したことが別のダンジョンでも発生する。それはそれなりの頻度で起こるものなのだ。ここ数年のダンジョン内での上位ドラゴンの出現もそうだし、カルラ王以外にもケンダッパ王、ヤシャ王などといった王を名乗るダンジョンマスターの出現が別のダンジョンでの確認されている。

何かしらのキッカケによってそれは起こるために、ダンジョンとは単一の存在ではなく、繋がりを持ったひとつのゴーレム種であるという見方をする知恵者も少なくはない。

「それに単純に街に冒険者の数が増えてきているのも問題ですね。ダインス自由騎士団のように天使教に入信したり、アウターファミリー上がりがムータンへと入ったりすることも少なくはない。ギルドの人員を増やすように動いてはいますが、今は近隣であるトゥーレの方からも呼ぶかで揉めているところです。かといってこれ以上ミンシアナから引っ張るには数が足りないときている」

冒険者ギルドは、建前上は国境を跨いで存在している組織だ。だが、その運営実体は魔物対策の民間事業として国より助成金を受けて活動しているのである。そのため国の意向に沿わぬ行動については、様々な制約がつくこともある。従わぬ権利もあるが、軋轢を生めば運営自体にも支障をきたす。

「まあ、それはそれで、いつものことではあるわね」

「確かにそうですが……それで、そちらはどうでしたか?」

ルネイの問いにアンネが「そうね」と言って、少し考え込む。

アンネはつい先日まで王都シュバインに出張に出ていた。それは、このゴルディオスの街内での問題について、国や各ギルドとの調整を行うためであった。

「まあ。天使教とムータンについては保留の方向でいくそうよ。どちらにもすでに女王陛下の手が回っているらしいし、ギルドとしてはコネがある分、それなりに近付いておいた方が良さそうではあったけど」

「肝心のトップに自覚がないのは良いことなのか悪いことなのか……まあ、それはいいでしょう。それよりも長距離ポータルについてです」

「そっちはやはりというべきか。国同士の要監視下の元で……となりそうね。多少は食い込めるかと思ったけどガードが厳し過ぎるわ。白の館にはひとつ設置されているから、そちらは領主様の管轄となりそう」

「それは、ご愁傷様ですね。本当に」

ルネイは心底そう思った。今のゴルディオスの街は、かつてなく栄えているが同時に様々な問題をはらみ続けている。この街の領主はそのことに耐えられるほど胃が頑丈ではないのだ。

だがダンジョンの活性化により魔素吸収率は大幅に高まり、周辺が魔素の少ない、魔物の出現しない土地へと変化し続けているのも事実なのだ。すでに開墾も大幅に計画を拡大して行われており、同時に新たなる心臓球を用意して別のダンジョンも用意することで、 金翅鳥(こんじちょう) 神殿攻略後の対応についての準備も進められている。

フィロン大陸は人よりも魔物の生息域の方が遙かに大きい大陸だ。今という機を逃さず、人の生存域を拡張するのは人類全体にとっての使命に等しかった。

「長距離ポータルについては、ミンシアナ内では王城デルグーラ、カザネ魔法温泉街。アモリアの悪魔狩りの屋敷内。ツヴァーラも王都グリフォニアスとオルドロックの街に設置されるそうね。オルドロックは新興の街だし揉めてるみたいだけど、恐らくは所有者の意向通りに通るでしょう」

「その裏にある意図を考えれば当然でしょうね」

ルネイが確信を持ってそう言う。それは、政治的意図などではない、ある一個人のただの趣味が根幹にあるためだ。いや、そもそもが長距離ポータルとはそのために造られたものであって、各国はそれに便乗しているに過ぎないのだから、オルドロックの街に造られるのは当然といえば当然であった。

「後は、ハイヴァーンは首都ディアサウスと温泉のある竜人の里ね」

「王都と温泉を結んでいるわけですね。まったく酔狂なことです」

ルネイがそう言って、母の仲間であるチンチクリンを思い浮かべた。何があの少女をそこまで駆り立てているのか。それがルネイには分からない。

「それと長距離ポータルの所持者については、神竜帝ナーガ様の奥方である神竜皇后様となったわ。つまりはドラゴンがもたらしたものとして、その権益を国家に独占させない方針で行くわけね」

「余計な虫がつかないように……ということでしょうね。どうせ、好きに温泉にいける口実が欲しかっただけなのでしょうが……まあ、頭の固い連中はともかく、そこらへんは私たちの管轄ではありませんからね。気軽に考えましょう」

ルネイの言葉にアンネが苦笑した。そのアンネをジト目で見ながら、ルネイが目の前においた書類へと視線を落とす。

「それに我々には今、この問題があります。他の問題を国に任せられるのであれば、その方がいい」

そのルネイの言葉にアンネが口をきゅっと結んだ。目の前に置かれているのはとある集団についての調査報告書だ。

「竜朱山の竜狩りの街レガリアの竜排斥派……ね」

「そうです。ゴッドドラゴンスレイヤー、ライアン・マスタリクをリーダーと仰ぐ竜牙衆と呼ばれている集団。武力においてはランクAからSにすら該当する者たちです」

ゴッドドラゴンスレイヤー。それはすなわち、ライアンという男は神竜狩りを達成したということである。その実力は測りしれず、そもそもが彼らの大半はドラゴンの血肉を取り込み続け、今や竜人よりもドラゴンに近い存在と化していた。

「彼らの多くはドラゴンを恨んでいて、人とドラゴンの共存に反対する一派ですからね。それが動いているというのはなかなか厄介ですよ」

「タツオくんを狙っているのよね?」

ルネイが少しばかり、眉をひそめながら「それもありますが……」と言葉を続けた。

「彼らの目的は、恐らく人間とドラゴンの関係性の破壊です。その目的に適している者たちがこの街に集中している。故に狙いは、タツオひとりにはとどまらない」

その言葉にアンネが頷く。カザネ、タツオ、ユッコネエ、クロフェ、ソルは東西の竜の里にとって今や重要な存在だ。それらが害されれば、場合によっては人とドラゴンの戦争にすらなりかねない。

「各国にいる竜騎士の騎竜は魔物の動向を探るためにも必要な存在。害竜ならいざ知らず、竜の里のドラゴンを襲うなんてありえないわ」

「連中にはそんなことは関係がないのですよ。どれほどの血が流れようとも、人間とドラゴンを決裂させられれば良いのですから。度し難いことではありますが……憎しみによって動いている人間は何をするか分からない怖さがあります」

「……場合によってはこの街が戦場になる?」

眉をひそめるアンネに「かもしれません」とルネイが返す。

「そうならぬように、女王陛下も動いてはいるようですが……まあ、いざとなれば」

ルネイは天井を眺めながら、口を開いた。

「私が『動きましょう』。母のために使うはずだったこの力。だが、それを為した彼女らのためにならば惜しくはありませんから」