作品タイトル不明
第七百八十五話 試練を受けよう
「え?」
「姉貴!?」
風音と直樹が驚きの声を上げる。その場所に張られたのは緑色の光のカーテンであった。それが扉のあった場所を遮り、風音と直樹、それに弓花たちと分断していた。
「直樹たちが閉じこめられた?」
「いやいや、閉じこめられたのは姉貴の方って……うぉッ!?」
直樹がそれに触るとバチッと音がして、衝撃で後ろに吹き飛ばされた。
「直樹っ!?」
風音が叫び、弓花が舌打ちをして神槍ムータンを握って構える。それを見て、倒れている直樹が叫んだ。
「弓花。そいつは強力なバリアだぞ」
「分かってるわよ。風音、モーリアさんたちも下がってて。ぶち壊すわ」
そう口にした弓花が竜結の腕輪にチャージしていた自分の雷属性の竜気を用いて、その身を人型のドラゴンの姿へと変えていく。
「これは?」
その変化にモーリアたちダインス自由騎士団の面々が驚きの顔を見せたが、それはスキル『深化』によって竜人化からさらに完全竜化へと至った弓花の姿だ。
そして弓花は己の竜気を神槍の神力と合わせて、限界まで槍へと練り込んでいく。その圧倒的な力の奔流に周囲の者が驚愕している前で、完全竜化弓花はソレを一気に投げ放った。
その一撃こそ神槍ムータンに雷の竜気を込めたオリジナルの槍術『神撃・雷竜槍』。
内包された破壊の力は、今の弓花の中でも最大に近い威力を誇っており、アダマンチウムの槍ですら数撃で砕け散るというほどのもの。
それが緑光の壁へと直撃し、接触とともに緑光の壁とエネルギー同士が反発し合って嵐のような魔力風が発生する。
「うぉぉおっ!?」
それは倒れていた直樹がさらに転げてしまうほどの威力であったが、土煙舞う中で弓花が「……駄目か」と呟いた。
その直後にカランとムータンは床に落ち、まったく傷ひとつ付いていない半透明の壁が再び姿を現したのであった。
続いて槍を投げようとしていた騎士団たちも、それには呆気にとられながら構えを解いた。正攻法では壊せないと彼らも悟ったのだ。
その様子を見ていた風音は、正面にいる弓花と目を合わせると、肩をすくめて困ったという顔をした。
( 無限の鍵(インフィニティ・キー) も……反応なし。こりゃあ属性が多分扉じゃなくて壁に書き換わってる。厄介なことになったね)
そして風音がどう対応しようかと考えているところに、その場に設置してあったスピーカーからカルラ王の声が響いてきたのである。
『ああ。言い忘れていたが、そこに入れるのはカザネひとりだけだ。お前への褒美なのだから、まあ当然だな』
「は?」
その宣言に風音の目が丸くなった。
『それではカザネよ。試練に打ち勝ち、見事褒美を受け取るがいい』
「それを最初から言えぇえええ!!」
カザネの叫びに『ははははは』とカルラ王が笑った後、スピーカーからの音声が止まった。
それから弓花が頭の痛そうな顔をした状態で風音に「どうする?」と尋ねる。それには風音も少し考えてから、口を開いた。
「とりあえず、この先に行ってみるよ。どうもアレの望むように動かないと出れないみたいだしね」
「罠ってことは?」
「今までの傾向から、カルラ王は私たちを殺すことを目的とした罠は用意してないと思う。危険はあるだろうけど……」
そう口にする風音の言葉からは緊張が見られたが、しかしできることといえば先に進むことだけだった。それからいくつかのやり取りをして、その場で待機することになった弓花たちと別れ、風音は奥へと向かうことになったのである。
◎ 金翅鳥(こんじちょう) 神殿 第七十階層 ???
「むぅ。ずっと下りてくね」
緑光の壁に遮られた入り口で弓花たちと別れ、今現在も奥へと進んでいる風音がそう口にした。
しばらく歩いた後にあったのは地下へと続く螺旋階段で、その階段を下りてからすでにかなりの時間が経過しているのだが、未だに底にまでたどり着けていなかった。
そして風音の声に、後ろにいるユッコネエがにゃーと鳴いて反応する。
緑光の壁出現時には壁の外にいたユッコネエだが、いったん召喚解除してから再召喚することで喚ぶことができたのである。なお、その場で転移魔術の『テレポート』と 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) も試してはみたが、使用はできなかった。
(ケイローンとホーリースカルレギオンは外だけど、ロクテンくんは大型格納スペース内にあるのは幸いだったね)
とはいえ、ロクテンくんの巨体は今風音の通っている螺旋階段を通るには大き過ぎるため『真・空間拡張』の能力のひとつである大型格納スペースの中で今は待機中である。
その他の風音の 僕(しもべ) であるアダミノくんとタツヨシくんツインソードは、ジンライたちと共に今は地上に向かっているか、すでに着いている頃のはずであった。
「ほんと、どこまで続くんだろ?」
「前回、お前には先に魔物を生み出されたからな。ただの時間稼ぎだ。その内、たどり着くから気にせずに下り続けるが良い」
唐突に聞こえた声に風音が振り向くと、そこにはカルラ王が立っていた。
「カルラ王……さっき、消えたんじゃなかったの?」
ユッコネエがふにゃーと鳴いて警戒の声を上げた。
「今の私はダンジョンと融合しているからな。どこにでもいるようなものだし、こうして出現することもできる。まあ、一瞬で生み出した分身体では大したことはできないが」
「ふーん、で、何か用?」
風音がジト目になって尋ねる。
「別に。ただ、ダンジョンの奧に閉じこもっていると会話というものに餓えてくるのでな。少し話がしたくなっただけだ」
「寂しがり屋か」
「まあ、そういうことだ。いいから付き合え」
カルラ王の軽く交わした言葉に、風音が眉をひそめつつも頷いた。個人的なカルラ王との会話も久し振りだ。風音も話すぐらいならば……と思ったようだった。
「で、何か話したいことでもあるの?」
「ダンジョンのことでも私のことでも……話せる限りならば。まあ、そうだな。例えばだが、今この世界に私はふたりいると、お前は知っていたか?」
カルラ王のトンチのような質問に風音は首を傾げる。一緒にユッコネエもにゃーと首を傾げた。
「どういうこと?」
「ダンジョンの中では……いや、地上での魔素の濃い地域でも同じではあるのだが、基本的に魔物は 魔力の川(ナーガライン) に記録された情報を元にして生み出されるモノだ。まあ、その後に繁殖という方法で数を増やしてもいくがな」
その話は簡単にではあるが風音も聞いていた。再生体という概念がこの世界にはあり、かつて達良によって葬られた黒岩竜ジーヴェがオルドロックの洞窟で蘇ったように、同じ魔物が世界では何度も生み出されているそうなのだ。
「 魔力の川(ナーガライン) に蓄積された情報とは、主に魂の情報だ。魔素は 魔力の川(ナーガライン) よりその情報を得て、魂から肉体を含めて再生させる。故にかつて死んだ私も時折、こうして再生されることになるわけだが……」
「魂が戻されるわけではなく、再度作られてるってこと?」
「そうだ。私はオリジナルの複製ではあるが、それはオリジナルに劣るということとイコールではない。完全なる複製はもはやオリジナルと変わらない。そしてその魂がオリジナルでないのであれば、私が同じ世界に二人存在していても不思議ではないし、過去に何人もの私がいて、それぞれが死んでいたとしてもおかしくはない」
「それは……」
「その私は今の私と連続性はなく、別人ではあるが……まあ、同情せざるを得ないな。恐らくその私も、今の私と同様に駒として生み出されて、駒のまま死んだはずだからな。それはやはり無念であったろう」
その言葉には、風音も「酷い話だね」と答えるしかなかった。それにカルラ王も「そうだな。酷い話だ」と返す。
「そして、そうした仕組みを造り上げたのが神という存在だ。だから、何とも言えない気分にもなる。拳の振り上げどころが難しい。アレに文句を言うというのは、壁に向かって独り言を口にしているのと対して変わらんからな」
「神様? 一応、話せはしない?」
風音の知っている神様といえばハイヴァーン公国のノーマンとトゥーレ王国のモンデールのみであるが、コミュニケーションを取れないというほどのモノではないと考えていた。その風音の言葉をカルラ王は笑う。
「お前が何を考えたかは想像が付くが、それは考え違いだな。神というのは歯車のひとつでしかない。ここから先にも生み出され続けるであろう私よりも、アレはある意味では哀れでどうしようもない存在だ」
「ふーむ?」
風音は途端にカルラ王が何を言っているのかが分からなくなった。
「神とは、世界を構成する仕組みそのもの。『大神』と呼ばれる世界を計算し確定し続けている原初の神を中心として、己を歯車と規定し世界を永続させるだけのモノだ。神となった者の意志、或いは意思と呼ばれていたモノは 魔力の川(ナーガライン) との完全なる接続により最適化され、揺るぎない仕組みへと変質させられて固定される。それが己の望んだ結果か、 魔力の川(ナーガライン) に呑まれた結果であるかはそれぞれであろうが……意志あるものが神に至るということは人間性を捨てるということと同意なのだ」
そこまで口にしたカルラ王の前で、風音は頭から煙を吹き出しかかっていた。
「いや、そういう設定話は私の領分じゃないんだけどね」
「ふん。今のは私からの親切な忠告だ。話半分でも良いから、憶えておけ」
その言葉に、さらに首を傾げる風音にカルラ王は笑う。
「話が逸れたな。まあ、複製品ではあっても、神の悪戯で造られたのだとしても、私は再び生まれて今、確かにここにいる……と、それだけは確かだ」
その言葉には風音も頷いた。経緯はどうであれ、風音の前にはカルラ王がいる。それは風音から見て、紛れもなく生きていた。
「そして生まれたからには、生きることを諦めるべきではないと……お前たちを見て、今は思い始めている自分がいるのだ」
「それは悪いことではないとは思うけど」
「そうだな。その通りだ」
カルラ王はわずかばかり、含みのある笑顔で頷いた。
「さあ、着いたぞ」
そして長かった螺旋階段もついに終わりを迎えた。風音がその階段の最後の一段を降りると、そこから続く通路の先には巨大な広間と門があった。
「さて、力を得るには相応の対価が必要だ。ダンジョンの中で、その代価が何かは言わずもがなだな。覚悟はいいなカザネ?」
「え、何言ってるの? 今の会話で満足したでしょ? 温泉入らせてあげてたんだから、普通にご褒美くれればいいじゃない?」
風音の慌てた言葉に、カルラ王は「ハハハハハハ」と笑う。
「中にいる者はすでに準備万端だ。扉を開ければお前はソレと戦うこととなるだろう。では頑張れよカザネ。あれはそれなりに手強い」
「ちょっと、質問の答えと拒否権は……って消えてる!?」
振り向くとカルラ王はおらず、風音は叫んで、ユッコネエもにゃーと鳴いた。そして、諦めた顔で風音が扉を見ると、その奧から強烈な竜気が漂ってきているのが感じられた。
「ドラゴン?」
(だったら、ドラゴンフェロモンが通じるかな……どうだろ?)
話し合いの余地があるほどの知性を持ったドラゴンであれば、スキル『ドラゴンフェロモン』は絶大的な効力を示す。対して怒りなどに精神を飲まれた状態の相手でも効きはするのだが、交渉の余地がなければ力で風音自身を奪おうとする行動にも出る場合もある。
それは大元のスキルの主であるドラゴンイーターであれば、最終的に近付けて根を張れれば良いのだから問題はなかった。だが、風音にとってはそうはいかない。嫌がる臭いを出しても、逃げ場がなければ排除する行動に出てくるので、結果として危険が増す場合もある。使いどころが難しいスキルではあるのだ。
そして、風音がどう対応しようかと考えている前で、唐突に扉が破壊されて中から何かが飛び出してきた。
「ちょっ、待っててくれないの? ていうかこれって……」
そして出てきたドラゴンは、風音も知っている相手であった。それはかつて風音たちが倒した相手であり、その後にスキルや召喚竜や装備品などとずいぶんと白き一団と因縁の深くなった相手だ。
「オルドロックにいた……黒岩竜!?」
そのドラゴンの名は黒岩竜ジーヴェ。かつて英雄王によって葬られ、オルドロックの洞窟で風音たちにも討伐された、神竜にも近しきドラゴンであった。