作品タイトル不明
第七百七十五話 頭の中に入ろう
◎ゴルディオスの街 バトロイ工房 賓客室
「親方、ちゃーっす」
「こんにちは親方様」
『こんにちはです親方!』
バトロイ工房の賓客室に、三人の声が響き渡る。それに部屋に入ってきた親方が「よっ」と手を挙げた。
「おう、三人ともよく来たな。相変わらず元気がいいじゃねえか」
「そうでもないよ。お天道様の光は久々だからね。あまり健康的な生活だったとは言い難いよね」
そう言う風音たちはつい昨日に 金翅鳥(こんじちょう) 神殿から地上へと戻ってきたばかりであった。
風音たちは階層の構造がズレたのを発見してから、その他にも増設された小部屋をいくつも見つけていた。それらの探索をしながら階層を進んでいたために、今回の探索で降りられたのは第六十五階層までであった。
なお、入手したのはマナポーションなどの消耗品以外には大したものもなかったため、早々に売り払っている。現状の風音たちの装備は非常に強力なものばかりであるため、装備変更したいほどのものもなかったのである。
「つーってもたかだか五日だろ。A級ダンジョンの探索っていやー、一ヶ月や二ヶ月どころか、半年だって潜ってるパーティがいるのもザラだぜ」
「まあ、ポータルがなければ、そんなものだよねえ」
風音の生み出したポータルの存在は、この 金翅鳥(こんじちょう) 神殿では、もはやなくてはならないものとなっていた。
現在、第六十階層までのポータルルームには冒険者ギルドの職員が常駐するようになり、アイテムや素材の買取、物資補給の提供までも行い始めていた。
「ポータル自体のコストが高けぇってのがネックだったが、それを補う需要は確かにあるんだよな。特に深い層の素材をすぐさま持ち帰れるってのはすげえ利点だぜ」
「まー、急激に需要が増え過ぎても困るんだけどね」
風音が憂慮した顔をしながら言葉を返す。その理由を知っている親方も「まあ、そうなんだがなぁ」と苦笑した。
「竜葬土の問題か。今んところマッスルクレイを扱える人間が少ねえから問題にはなってねえんだけどな」
『なんでじゅようとやらが増えると困るのですか母上?』
タツオの問いに風音が少しばかり困った顔をした。それを見ていた親方が答え辛い風音に代わってタツオに口を開く。
「タツオ、マッスルクレイはお前さんら竜族から採れる素材を使ったもんだ。そいつが大量に必要になる。そうなるとドラゴンが多く倒す必要があるわけだ」
『なるほど。まあ狩られてしまうのは弱いからなのだから仕方がないのでは?』
「かもしれねえ。けど、害竜や野良ならお前さんらも問題はないだろうが、里の連中に手を出されてみろ。最終的には人間とドラゴンの戦争になりかねねえ」
親方の言葉にタツオが驚いた顔でくわーっと鳴いた。
『母上が人間と戦う!?』
タツオは己のことよりも母のことを気遣う子であり、当然タツオの心配は風音に対してのものであった。
「んー、その場合はそうだねえ」
「おいおい。まあ、そうなったら困るわな」
風音がタツオの言葉を迷いなく肯定したのに親方が少しばかり顔をこわばらせたが、風音としては子供のためでもあり、自分が原因でもあるのだから受けて当然という立場であった。
「クロフェさんにも釘を差されているからね。場合によっては製造量制限をかけないといけないかもしれない」
「まあ、そのための二次案ってぇわけだな」
「確かマジッククレイとコアストーンによるゴーレム兵ですわね」
マッスルクレイとチャイルドストーン抜きでも稼働できる自律型ゴーレム兵の製造。それが今、親方と風音の間では進んでいたのである。
「そういうことだな。こっちはドラゴンの素材を使用する必要もねえし、素材も比較的手軽に安く手に入る。マッスルクレイと比べればだがな」
「ポータルくらいともなるとマッスルクレイは必要だけどね。護衛用のゴーレム程度ならそれでどうにかなるよ。一応、こっちをメインにってのがクロフェさんへの譲歩案ってところだね。一般的にはそっちを流通させて、マッスルクレイの需要を抑えるつもり」
なお、クロフェ自身はタツオ同様に挑むものあれば構わぬという姿勢であり、それを口にしていたのは実のところアオであった。
「で、だ。マッスルクレイはハイグレード用のゴーレム兵に使うことになるってぇわけだ。そいつみてえに」
親方がそう言って、部屋の端に置かれている黒い装甲のタツヨシくんを見た。
それはタツヨシくんツインソード。その黒い装甲は風音のスキル『武具創造:黒炎』によって偽装用に生み出されたものであり、見えない内側にはアダマンチウムをさらに『宝石化』によって強化されたジュエルアダマン装甲が使用されていた。また、元々は白の館の番人として用意されたものであったが、その使用目的が今は変更されていた。
『母上、これに私が乗るのですか?』
「まあ、乗らなくてもいいけど常に一緒にはいてね。外は怖いらしいから」
その新しい目的とは、タツオの護衛であった。
すでにオロチやダハス、ゲハーノより風音も竜牙衆なる者たちにタツオが狙われていることは聞いていた。そのために風音は様々な伝手を頼って竜牙衆へと牽制をかけるよう動きながら、タツヨシくんツインソードを完成させ、タツオの護衛として用意していたのである。
「双剣使いの人形のパターンを移植したタツヨシくんにジュエルアダマン装甲とジュエル 古き蛇の剣(サイタンソード) を二本持たせた近接戦用のタツヨシくんだよ。頭にはタツオが乗れる台座も用意してあるから乗り心地は悪くないと思うよ」
風音の言葉にタツオがくわーっと鳴いて、ツインソードの頭の上へと飛び乗った。その台座は不滅のクッションが敷かれて乗り心地抜群であり、ボフンと音がしてタツオも居心地良さそうに乗っていた。なお、少し大型のドラゴンの頭部を模したフタを被せることで、タツオが乗っているのも分からないようになるのである。
「内部のフレームを一新したし、ヒヒイロカネ製の魔導線も細部に巡らせて人形の動きに対応できるように調整してある。まあ、総合的にはケイローンに及ばないまでも近接戦だけで言えばコイツはトンでもねえシロモノだぜ」
そう自慢げに言う親方も満足そうである。良い仕事をしたという顔であった。今回、風音たちはその完成されたタツヨシくんツインソードを受け取りにこの場に来ていたのである。もっとも親方は少しだけ眉をひそめながら風音に尋ねた。
「そんでだ。今日はこいつの引き取りだけじゃあねえんだろ?」
引き取るだけであれば、ティアラが付いてくる必要はないのだ。ただの付き添いという可能性もあったが、それにしてはティアラの様子に落ち着きがないことを親方は看破していた。
その親方の目敏さに風音も「まあねえ」と返しながら、別のことを尋ねた。
「それはこれから話すつもりだけど、その前にさ。長距離ポータルの製造の方はどうなの?」
「ああ、そっちも順調に進んでるぜ。基本的な構造はポータルとそう変わりゃしねえしな。マッスルクレイの量が多いから盗難が心配だが設置する場所を考えれば問題はねえだろ」
長距離ポータルはすでに存在が知られているため王族管理は免れない状況であり、必然的にその護りは国の役割となっていた。
「よしよし。温泉巡りが楽しみだね」
「お前の頭はいつもそんなんだな」
親方の言葉の通り、風音の頭の中はかなりの割合で温泉が占めているのである。
「お肌ツルツールになるよ」
「まあ、健康的にはなってる気はすっけどな」
一方で親方も毎日白の館の温泉には通い詰めているので風音のことは言えなかった。
「とりあえず、問題はなしと。そんじゃあ本題と行こうか。今回はこれを親方にお願いしたいんだよ」
そう言って風音が図面を取り出して、机の上に広げた。
「蜘蛛っぽい姿の……台座か? なんだこりゃ?」
親方がその図面を見て眉をひそめる。それは見た目からすればジンライの義手『シンディ』の 補助腕(サブアーム) による歩行モードに似ていたが、どうも人ひとり乗せられる程度に大きいようだった。
「ユウコ女王様のご依頼の品でね。そのアーキタイプだよ。まあ、そのままティアラに乗せる予定なんだけど」
そう言ってチラリと風音がティアラを見て、ティアラが「よろしくお願いいたします」と、スッと頭を親方に下げた。
風音が用意した図面に描かれたもの。それは大型蓄魔器搭載を目的としたサポートゴーレムであったのだ。