軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七百四十話 追跡をしよう

「俺の、俺の髪がぁあああああッ」

絶叫が森の中に轟いた。その声から発せられるのは深い絶望。髪を失ったものだけが発せられる悲しい叫びであった。

しかし失意に沈むライルに近付いた風音が「落ち着いて」と声をかける。その声には焦りはない。まるでライルの髪がなくなったことが大したことではないかのような……そんな振る舞いに思えたライルは思わず声を荒げて叫んだ。

「こ、これが落ち着いてられるかよ!? 俺はもう頭が寒くなっちまったんだぞ。見ろよ、このツルツルを。まるでカザネの胸みたいになっちまって」

「私の、そんなハゲみたいじゃねーから」「見たことあんのかテメー」

次の瞬間、前と後ろからのダブルツッコミを食らい、ライルが宙を舞い、天より注がれている陽光が反射しキラリと光った。

「まぶしっ」

風音が思わず手で目を覆った前に、ライルは錐揉み回転しながら地面に突き刺さる。そのライルの前に風音は仁王立ちで迫り、それから口を開いた。後ろで直樹がトドメを刺そうと構えていたが、姉がいるのでできなかった。ライルは助かった。「チッ」との舌打ちが聞こえたが、それは今のライルには関係のない話だ。親友との絆にひびが入らなくて何よりだった。

「混乱してワケの分からないことを言っているのは分かるよ。私は少しだけ密やかではあるけど、ちゃんとあるからライルのハゲとは違うからね。ハゲと一緒にされるのは不愉快だよハゲ」

「ハゲハゲ言うなよ。悲しくなるから」

ライルの叫びに風音は「でもね」と返す。

「大丈夫。ライルの髪はまだ間に合うから」

「間に合う?」

理不尽な姉弟の攻撃を受け、失意のどん底をさらに落とされたライルが首を傾げる。それに風音が力強く頷いた。

「エンジェルヘア・デトネイターに喰われたということは、ライルの頭からすでに毛根のアストラル体も喰われてしまっているはず。アレはそういうのを食べて成長する魔物だからね。だからライルの毛根はもう魂を失っているも同然の状態になってるわけ」

その言葉にライルが顔を落とした。毛根が死んでいては髪を再生することはできない。もはやライルはハゲたまま大公になるしかないのか……と絶望的な気持ちになった。しかし、風音の言葉には続きがあったのだ。

「でも、今ならまだ間に合うんだよ」

「だからさ。それって、どういうことなんだよ?」

救いの言葉に対し、ライルが藁をも掴まんとする顔で風音に尋ねる。

「喰われた毛根のアストラル体は確かにライルの頭にはもうない。けどね、まだエンジェルヘア・デトネイターにもしばらくは吸収されずに残されているんだよ。だから今逃げているエンジェルヘア・デトネイターを捕獲して、それをライルの頭に戻せばまだ元の髪に戻れるはずなんだよね」

「それは本当か?」

「離れろっての」

グイッと風音に迫るライルを直樹が無理矢理引き離すと、風音は髪の消えた方を見た。

「今、ライルの髪を喰ったエンジェルヘア・デトネイターをユッコネエに追わせてる。だから完全に吸収される前に間に合えば多分……」

そう、ライルが髪を奪われた時点で風音はユッコネエに指示をして追いかけさせていたのだ。だからこそ、こうして冷静でいられる。別にライルがハゲても「別にどうでもいいんじゃない」などと思ってはいなかったのだ。

それにエンジェルヘア・デトネイターは隠密行動が得意な魔物ではあるが、今はライルの竜気の匂いが混じっているので追跡するのは容易い。さらにはこのまま追いかけていけば、エンジェルヘア・デトネイターの巣まで辿り着けるはずだった。

「連中の巣まで付いていって、一毛打尽にするよ。間に合えばライルの髪も復活するよ」

「マジか。くそ、早く行かねえと。俺の髪が……」

そう言ってつるつるライルが森の先へと視線を向けた。その後ろで風音がそーっと頭を触ろうとしたが、ライルが走り出し、風音の手は宙を舞った。

「あ、ライル。お前ひとりじゃ」

それを直樹が追いかけようとしたが、風音が風音の杖の先の 魔金剛石(マナダイヤ) を触手にして「あんたまで行くんじゃない」と言ってニョロニョロと掴んで止めた。

その風音に弓花が後ろから尋ねる。

「で、風音どうするの? さっさと行った方がいいんじゃないの?」

その言葉に風音はライルの向かった方角を見ながら口を開く。

「ひとまずはライルを追うよ。正直、今回ここいらで暴れたらエンジェルヘア・デトネイターが住処を移動しちゃうかもしれないしね。今回がラストチャンスのつもりで全部出し切って挑んだ方がいいね」

それはつまり、英霊を含めて切り札も解禁と言うことである。それを聞いて弓花が少しだけ唸りながら思案する。

「というと、アーチの出しどころを考えないとね」

「出しどころなんてないから止めてよね」

風音が青筋を浮かべて怖い笑顔で弓花に言った。英霊アーチのここまでの実績を考えると実は存外に役には立っているのだが、使用する側にもかかる負担がなぜかデカいのだ。風音は英霊アーチの爆弾特攻で吹き飛ぶライルのヘアーというオチが予想できたので腕を交差してバッテンとした。

「ともかくライルには召喚組を付けて、私たちは直樹を中心に隊列移動するよ。あ、炎は牽制以上厳禁だからね。そこは気を付けて」

その風音の言葉に全員が頷いて、それからすぐさまその場を移動することとなった。

◎ロードゾラン大樹林 沼地

「こんなところに連中がいるのかよ」

仲間たちよりも先に進んでいたライルが立ち止まり、そう口にする。彼の目の前にあるのは幹と葉が上にしかない背の高い木と沼がいくつも存在する湿地帯だった。そしてライルの言葉を聞いて、横にいるユッコネエが「にゃー」と小さく鳴いた。その視線はライルの禿頭に集中している。

「な、なんだよ」

「にゃ」

それからユッコネエはプニュンと肉球でハゲをタッチすると、それから「ふにゃー」と鳴いて引っ込めた。

「なんなんだ、いったい?」

首を傾げるライルだったが、彼の周囲にいるのはユッコネエだけではなかった。後から追いかけてきたジン・バハルとクロマルも共に待機している。

なお風音は召喚組をライルに追わせるよう指示を出していたが、狂い鬼は隠密に向かないし、ティアラとユーコーの召喚獣は炎の属性であることと炎の光で目立つため、メンバーからは外されていた。

『ライル様、落ち着いて。まだ、何もかもが終わったわけではありませぬぞ』

「分かってるっての」

ジン・バハルの忠告に頷きながら、ライルは周囲を観察していく。

「いないな。となるとあの木の上か」

上を見上げたライルの視界には妙に背の高い木がある。この場に逃げてきたのであれば沼に沈んだのでなければ、その木々の中に隠れていると考えるのが妥当であった。

『そうだね。それが正解。エンジェルヘア・デトネイターは足場の悪い沼地で上からアタックをかけてくるよ』

そして風音の思念の声がライルの頭の中に響いてくる。それはスキル『情報連携』の力であった。風音は今、ライルの思惑と視覚をスキルで連携していたのだ。その風音の心の声を聞きながらライルが尋ねる。

「それで、どうしろってんだよ?」

『ひとまずライルの髪を喰った相手はユッコネエが把握してるから問題ないとして……そこから他の魔物は見えない?』

「問題ないって……あーもう。ともかくエンジェルヘア・デトネイターも見えないし、他の魔物もいなさそうだぜ」

そういうライルに風音は「それはないはずだよ」と返す。

『沼があるでしょ。そこに気を付けて。エンジェルヘア・デトネイターは髪だけを喰う魔物だけど、ハゲになった相手を食べる魔物もセットでいるはずだから』

「ああ、ミーティングで言ってたヤツか」

ライルもエンジェルヘア・デトネイターの情報は風音コテージでのミーティングで知らされていた。

エンジェルヘア・デトネイターは繊毛属の魔物で髪をアストラル体ごと喰らって永久脱毛させる魔物で、その主な攻撃手段は空中爆破と見えず鋭い繊毛攻撃であると。

特に強力な魔物から毛を毟ろうと近付く傾向があり、ライルが狙われたのも偶然ではなくその身がドラゴンであるためだろうと風音は口にしていた。

ともあれ風音の説明によれば、エンジェルヘア・デトネイターの巣には、毛を毟られた 残りかす(ハゲ本体) を食べる役割の魔物がセットで存在しているのが基本であるとのことであったのだ。

「こっからじゃあ分かんねえ。くそ、空を飛んでいくか?」

ライルの背に翼はないが、風の加護で短時間ならば飛行は可能だ。しかし風音は「止めとこう」と返す。

『狙い打ちされるよ。というか頭の毛以外も持って行かれるかも』

「別に鼻毛だろうが胸毛だろうがすね毛だろうがあっちの毛だろうがどうでもいいわ。必要なのは髪だ。髪の毛だ」

そういきり立つライルに風音は「まあ、ライルの髪は大丈夫だから」と返す。その妙に自信ありげな言葉に「本当か?」と訝しげな顔をしながら周囲を見回す。

『まずは落ち着いて。ともかく対となる魔物がなんなのかが重要なんだよ。何か見えない?』

「ん、待てよ。ああと……いたぜ」

そうライルが口にする。その視線の先にいたのは、沼の中からわずかに突き出た長い首であった。

「なんかデッカいチ……いや、亀がいる」

『チ?』

「なんでもねえ。ガーメだ。ガーメ種だよ、種類までは分かんねえけど」

『あー、それはちょっと厄介かもしれないね』

「どういうことだ?」

『数多いんだよ、多分沼地にかなり潜んでいるはず』

「マジか。潜んでいるって……沼ってかなり広いぞ」

ライルが怯えた顔で周囲を見回す。沼にいるガーメは、サイズとしては人よりもそこそこ大きい程度で山のように巨大というわけではないが、闇の森の魔物である。それが見渡す限りの沼の中に大量に生息しているかもしれないのだ。

「おいおい、マジかよ」

ライルはいよいよ己の髪が遠くに行ってしまいそうな、そんな思いに駆られざるを得なかった。