作品タイトル不明
第七百三十九話 絶望をしよう
◎ロードゾラン大樹林
「やっぱり……あの場所が悪かったのかしらね」
森の中を歩くユーコーがそうつぶやき、周囲にいた仲間たちがため息をつく。
本日は闇の森探索も三日目。昨日の反省により、風音たちはメゾトルの森を突っ切って、昨日一昨日とはまったく違うところからロードゾラン大樹林の中へと入っていた。
そしてその行動はどうやら完全に正解だったようで、現時点で風音たちはまだ一度も魔物と遭遇することなく進められていた。
「まあ、想像以上の結果で……ということはあっち側に今魔物が集中しているという可能性も……と、ちょっとストップ」
ブツブツ言っていた風音が手を挙げて小声で指示を出すと、仲間たちが緊張した顔で立ち止まった。それからしばらくすると、遠くから「にゃーにゃーにゃーにゃー」と鳴き声が聞こえてきた。その鳴き声は途中までは近付いてきたのだが、そのままどこぞへと離れていった。
「行ったね。闇の森の……というと、ブルーラクーンキャットかシスターラクーンキャットの群れかもしれないね」
風音が口にしたのは闇の森に生息する巨猫の一種だ。倒すとレアアイテムの入った不思議な袋が手に入るのだが、そのレアアイテムを各猫が使用してくるし、仲間を呼び寄せることで難易度が倍増する怖い魔物でもある。
使用するレアアイテムもランダムであるために対策も取り辛く、群れと遭遇したら何かされる前にまた逃げるしかなかったので、風音は正直ホッとしていた。
「少ないけど……いるっちゃーいるのな。気を付けないと」
パーティの中心にいた直樹がそう口にする。それを護衛の形で並んでいるジンライが「そうだな」と頷いた。
この闇の森探索においてのキーマンは風音やユーコーではなく、 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) 持ちである直樹だ。闇の森内で継続戦闘可能な実力がない風音たちにとって直樹は完全な命綱であり、常にパーティの中心でいつでも脱出可能なように備えていた。
「んじゃ進もうか。うちらじゃ森の中で夜を明かすのが難しいし、さっさと辿り着かないと」
そう言って風音は仲間たちを率いて、さらに進んでいく。目指すのはハーディに指し示されたエンジェルヘア・デトネイターの生息地である。
それから移動途中に、今度は直樹がテイムしたエクスの最初の姿でもある魔王剣の群れとも遭遇したのだが、特に支障なく討伐を完了。また、その戦いで風音のスキルは増えなかったが、レベルが上がっていた。
**********
「ガカカカカカカカッ」
魔王剣の群れとの戦闘終了後、倒した闇魔王剣エクスが美味しそうに同類を食べている。もっともそれでエクスの形状が変化することはなく、特に進化はしないようだった。
「まあ、今のエクスはこいつらよりも上位の魔物だしなあ」
直樹が美味しそうに砕けた刃を食べているエクスを見ながらそう口にする。下位の魔物を食べても上位の魔物の変化は薄いのだ。
それから直樹は近くにいた風音へと視線を向けた。
「そんで姉貴が上げたのは『ドリル化』と『マテリアルシールド』なのか?」
「そうだよー」
弟の問いに姉が素直に頷く。まともな問いならば風音も無視はしない。
風音はレベルが45から46に上がり、それを機にスキル『技の手』のポイントを消費してスキルの強化を施していた。そのパワーアップさせたスキルのひとつが前回のセンチピードカノンの射撃に耐えきれなかったマテリアルシールドであった。
「今度のマテリアルシールドは守るだけじゃなくて、受け流す形へも変えられるようになったんだよね」
その風音の言葉の通りにスキル『マテリアルシールド』の能力は進化していた。その能力とは 円錐(コーン) 化。強度が増したわけではないが、攻撃を直接受けずに流す形状も可能になったことで、応用範囲は広がっていた。それからユーコーが続けて風音に質問をぶつける。
「で、もうひとつは『ドリル化』のスキルレベルを上げたのね。もっと別のスキルでも良かったんじゃないの?」
「ドリルは良いものだって達良くんが言ってたよ」
「あの子は部分的にバカだから」
迷いなくユーコーは風音にそう返す。温厚そうに見えてゲーム仲間の中で一番頭がおかしいのは達良であった。JINJIN曰く、乱世においては徴兵されて普通に死ぬタイプとのことで、つまりどういう意味なのかは分からない。
ちなみに譲渡クエストナビの達良くんはさすがに遠出には連れていけないとして現在は解除されている。
なので現在この場にナビはいないが、ユーコーはまたレイサンの街に行って呼び直すつもりのようだった。
「まあ、使い勝手は良さそうだし、即戦力としてもいけそうだったからね。んで威力が上がるか、もしくは硬度が上がるかを期待したんだけど、魔力を注ぐことで硬度が上がる仕様になったみたい」
「なるほどぉ。それなら安心ね」
武器にだけ使うならばともかく、カザネバズーカに使用して失敗した場合にはドラゴチルチルヒの頭部のように風音の足も砕け散る可能性もあったのだ。しかし、強度が固定ではなく魔力依存であれば、風音の魔力量を加味して考えれば鉄壁になったと言える。
「そんじゃあ、先進もうか」
そうして戦闘終了後に一息ついた一行は再び先へと進んでいく。
道中はやはり風音の予想通りに魔物の数は少ないし、いても単体であることが多かった。またここまでの遭遇結果から、この周辺に多く生息しているのはデュアルモーターマシラオーとドラゴチルチルヒのようであった。それは風音たちが本日二度目のドラゴチルチルヒとの遭遇戦となったことからも明らかであった。
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「ちっくしょー」
ライルが突進して攻撃を加えるが、ドラゴチルチルヒの皮膚には槍が通らず、ボイーンとはね飛ばされる。
『ライル様。もっと細く、収束して切り裂くイメージですぞ』
「サンキュ、ジンさん。分かってるつもりなんだけどなぁ」
飛ばされた己を受け止めてくれたジン・バハルの言葉に、ライルがバツの悪い顔をしながらそうぼやく。もっとも、竜気の量が並の竜騎士に比べて桁外れに多いライルにとって、竜気の量の調整がシビアな竜騎士槍術はかなり難易度が高いようであった。
そんな彼らの横をジュエルカザネとメタルカザネの融合体メタルカザネJが通り過ぎて駆けていく。
「スキル・ドリル化。いけっメタルカザネJ!」
メタルカザネJは風音の杖の効力で大幅に魔力コストが減ったことで運用がしやすくなり、さらには両腕をドリルと化すことでドラゴチルチルヒの皮膚をも容易に貫いていた。
「竜爪って、こういうのかっ!」
さらにはそのメタルカザネJに続いて、ノーマルな姿の弓花が攻撃を仕掛けていく。そして弓花が繰り出したのは竜騎士槍術『竜爪』である。弓花は竜人化せずとも、わずかに発生させている己の竜気を雷飛竜の手袋にチャージすることで竜騎士槍術を扱うことに成功していた。
それを目撃したライルが涙目になってジン・バハルを見る。対してジン・バハルは首を横に振った。
『彼女は特別です。我らは彼らのような相手がいるという事実と常に向き合っていかねばならぬのです』
「……だよなあ」
その反応は最初から予想できていたもの。弓花は、槍聖王とまで呼ばれたライノクス大公に次ぐ実力を持つジンライが自ら選んで弟子とした者なのだ。
もちろんライルも同年代の槍使いの中では、己が(ドラゴンへと生まれ変わる以前の時点でも)強い方だという自負はある。
だが、このパーティの中ではそんな世間一般の実力差など何の意味もない。
「はぁ、まったく化け物ぞろい過ぎらぁな」
結局攻撃が通用しないライルは下がって戦闘を見ていると、決して楽勝とは言えないものの、風音たちは二体のドラゴチルチルヒを相手に危なげなく勝利していた。
それからため息の出たライルが己の頭をかいたのだ。
「あ?」
そこにライルは違和感を感じた。それからズルリ……と音がした。
「兄……さん?」
アダミノくんの背の台座からエミリィが信じられないという顔をして己の兄を見ていた。他の仲間たちもまた、同じような顔をしてライルの……頭を見ていた。
大切なものはいつだって失われたときに初めて気付くものだ。
無くしてから、それが本当に大切なものであったのだと後悔するのだ。そのことをライルが理解したときにはもう遅かった。
ツルリンと、まるで風音の胸のように平坦である己の頭部を触りながら、ライルの髪に似た毛玉がふわりと去っていくのが視界に入れながら、ライルは目を見開き、絶望の悲鳴を森の中に木霊した。
ライルの髪は今日、死んだのだ。