作品タイトル不明
第七百三十五話 でっかいのに会おう
◎ロードゾラン大樹林 入り口
ゴクリ……と、誰かのツバを飲み込む音が聞こえた。
それは誰かひとりのものではなかったが、そのことを指摘して茶化そうという者はこの場にはいなかった。何故ならば、彼らのほとんどが目の前の森の雰囲気に飲まれていたからだ。
「実物は迫力あるわねえ」
そして、この場においてもっとも強大な力を持つユーコーであってもその思いは同じだった。
闇の森『ロードゾラン大樹林』。そう呼ばれている空間がメゾトルの森とは明らかに区切られた形で存在していたのだ。それは、まるでそこが世界の分かれ目であるかのような空気があった。
「迫力は……そうだね。相変わらず、この先はまるで別世界みたいな感じだよ」
風音がそうつぶやくと、後ろでユーコーが「え?」と疑問の声を上げる。それを聞いて訝しげに風音はユーコーを見たが、ユーコーは「ああ、知らなかったのね」とつぶやきながら口を開いた。
「公式に明言されたわけではないけどね。闇の森の中って多分、本当に別世界よ」
その言葉に風音が首を傾げた。ユーコーの唐突な言葉の意味が分からなかったのだ。
「えーと、どゆこと?」
「以前にシームレスのオープンワールドなのに歩数にズレがあるってんで、闇の森を調べた人がいたのよ。で、その人の説明によれば闇の森の内部……特に中心付近に近付くに従って空間が徐々に広がっているらしいわ。海外のフォーラムだったけど、実際の何倍かのサイズは確実にあるって書き込まれていたわ。多分だけど闇の森自体がダンジョンと同じようなものなのかもしれないわね」
「……それは知らなかったなぁ」
ユーコーの説明に風音が目を白黒させている。
「風音はあまりそういう設定関係の話は興味ないものね」
その言葉通り、風音は達良くんからある程度の話を聞いてはいても、ゼクシアハーツの世界観などを積極的に掘り下げたり考察したりするタイプではなかった。
そのやり取りを聞きながら、よく分かっていない顔をしたライノーが首を傾げつつ横から口を挟んできた。
「つまり、どういうことだユーコー?」
「闇の森は実際の大きさよりも相当に深いということよ。底が見えない。下手をすると本当に底がないのかもしれないわ」
一応森の主の存在は確認できていることから、最終到達地点が存在している可能性はある。だがさらにその先がないとは限らないのだ。その言葉に風音は唸りながらも「まあ……」と口を開いた。
「ともかく今回行くのは浅いところだからね。そんなことを気にできるほど奥に行くつもりもないよ」
そう締めくくって歩き始め、他のメンバーも覚悟を決めて後に続いていく。そして風音たちはロードゾラン大樹林に一歩を踏み出したのだった。
◎ロードゾラン大樹林
それから風音たちが森の中に入ってから、十分ほどの時間が過ぎた。今、風音たちは周辺を警戒しながらゆっくりと進みつつ、エンジェルヘア・デトネイターの生息地へと向かっていた。
また風音たちが以前に入った森よりも周辺には木々が少なく、岩肌が見えている場所も多いようだった。それはつまり視界が開けているということであり、敵を確認しやすくもあるが、敵に発見されやすいということでもあった。
現在はパーティ全員に風音がスキル『インビジブルナイツ』をかけて姿を隠してはいるが、そうしたスニークスキルを見破る魔物はこの森の中では少なくない。故にあくまで気休め程度に考えることにし、何があっても対応できるように、最大限に警戒するようにと最初に風音は言い含めていたのであった。
「こりゃあ、すげえな。正直チビりそう」
そして風音の言葉に従い、アダミノくんの背に設置されたゴレムスキャノンに搭乗しているレームが周囲を見回しながらそう口にする。
『掃除が大変ですから止めて下さいねレーム』
「ちょっと言っただけだっての。冗談だよ」
ゴレムスキャノンの頭に乗っているタツオがくわーっと鳴いてレームを見る。それは漏らさないかの監視であった。その視線に「だから大丈夫だって」とレームは言いながら、同じく台座に乗っているティアラに声をかけた。
「ところでティアラさぁ。フレイバードは飛ばさないのか?」
ティアラの召喚鳥の目による監視は、昨日の戦闘では大いに役に立っていた。だから今回も……と思ったレームの問いにティアラは首を横に振る。
「遠目からでも相手に見られてしまうようなものを飛ばすのは禁止なのだそうです。なんでも遠隔視も使うのも危険なのだとか」
「随分と警戒するんだな」
レームも闇の森がどういうものなのかは理解しているつもりだった。だが、同時にこの白き一団の実力もレームは知っているのだ。だから、どれだけ闇の森の魔物が強力でもなんとかなるのでは……とレームが思ってしまうのは無理からぬことだった。
『レーム。油断しないでくださいね。来たかもしれません』
続けて周囲を見渡し続けているレームに、頭上からタツオが声をかけた。
「来た? 何がだ?」
レームがさらに周囲を見回しながら尋ねるが、タツオだけではなく風音も足を止めるようにとパーティに指示し始めていたのを見てレームの顔がいよいよ引き締まった。タツオと風音、ふたりの『直感』持ちが反応したのであれば、もはやそれは気のせいではあり得ない。
「こりゃあ……」
レームも気が付けば、何かが近付いてくる圧迫感を感じていた。もっとも、それがどこから発せられているのかは……
「アダミノくん、テレポートッ」
そして、次の瞬間には風音の言葉とともにレームの視界が切り変わる。
「なんだぁ!?」
突然の状況にレームが目を見開くが、それがアダミノくんのテレポートによるものだとはすぐに気が付いた。さらには元いた場所に視線を向けたレームの瞳に、地中から飛び出した巨大なミミズの姿が映った。
「で、でけえ」
レームが驚きの顔をして見ていると「ドラゴチルチルヒだよ。気を付けて」と風音の声が飛んだ。
「見た目は巨大なミミズだけど、ほとんどドラゴンと思って行動して。来るよ」
そして風音の言葉に、前衛組がその場から一斉に散らばり、ドラゴチルチルヒを囲み始めた。
「アダミノくんしゃがんでくれ。撃つぜ」
レームが慌てながらそう指示を飛ばすとアダミノくんが前傾姿勢となり、さらにゴレムスキャノンの 雷王砲(レールキャノン) が変形して 雷神砲(レールガン) へと変わっていく。
闇の森の中では一発一発の威力の低い 雷王砲(レールキャノン) よりは一撃が重い 雷神砲(レールガン) の方の使用をと、レームは風音に指定されているのだ。
そのゴレムスキャノンの頭上ではタツオが防御のためにクリスタルシールドを出す構えを取り、エミリィも台座の上で弓を携えて、ティアラもすでに 炎の鷲獅子騎士団(フレイムグリフォンナイツ) をドラゴチルチルヒ周辺へと出現させていた。
そしてドラゴチルチルヒが動き出すと同時に、
「マズい。集まってッ!」
風音の悲鳴のような声が響き渡り、白き一団の周囲の地面から一斉にドラゴチルチルヒの群れが飛び出してきたのだ。その数は二十を超え、風音たちは完全に囲まれていた。
「風音、これは無理よ」
ユーコーが焦りの混じった言葉を風音に送る。最大戦力である風音とユーコーの緊迫した声に、仲間たちが戸惑いの顔を見せる。そもそもチルチルヒとはかなり魔素の薄い地域に生息しているミミズの化け物だ。たとえデカかろうとそこまでの驚異かと……そう誰かが思った次の瞬間には、ふたりが警戒する理由が判明した。
「炎のブレスだと?」
ジンライが声を上げる。頭部らしき部分より少し下の体内に赤い炎の光が見えたのだ。そしてまるで訓練されたかのようにすべてのドラゴチルチルヒから一斉に炎のブレスが吐き出された。
「ええい。グリグリ、お願いッ」
それにと同時に風音が『風音の杖』と名付けた新たなる杖を振りかざす。
「暴風の加護か!?」
すると杖の先に付いていた鷲獅子竜グリグリの羽根から強力な暴風が発生して、襲いかかったブレスを吹き飛ばしていった。それから風音は続けて指示を飛ばす。
「続けての攻撃は召喚体でガード。みんなは集まって。直樹、離脱準備を用意ッ」
「おいおい、マジかよ」
まだ森に入って十分程度である。だが状況はよろしくない。ユッコネエやオーガ軍団、それに 炎の鷲獅子騎士団(フレイムグリフォンナイツ) が一斉にドラゴチルチルヒに飛びかかるが、ドラゴチルチルヒが巨大な尾を振るってそれらを弾き飛ばした。その攻撃に耐えられたのはユッコネエ、狂い鬼のみで、メフィルスも消滅こそしなかったが弾かれて宙を舞っていた。
「直樹っ」
「まだだ。まだ揃ってない。いや、今だ」
もっとも時間は稼げた。 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) の効果範囲に全員が収まったのを見て、直樹が闇魔王剣エクスを振りかざす。
「下だ。気を付けろ」
しかしジンライの叫びとともに、さらにもう一体のドラゴチルチルヒが仲間たちの集まった場所の中心へと飛び出してきた。それにライルたちが驚愕するが、風音は構わず直樹に叫んだ。
「直樹、構わないで離脱して」
「ちくっしょう。飛べエクス」
そして直樹が 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) を発動させると、その場に光の柱が出現する。だが、その中には地中から出てきた一体のドラゴチルチルヒがいて、さらに二体のドラゴチルチルヒが飛び込んできて、そのまま白き一団とともに光の中に消滅していったのである。