作品タイトル不明
第七百二十七話 とある真実を告げよう
「聞いたのはただの噂だったけど、確かに不自然ではあったんだよ。日々変わる髪の長さ、変化する色、髪質だって違うように見えていたと聞いているし」
風音がルイーズから渡された資料には、そうした細かいことまで書かれていた。それを風音は熟読し、考えに考え抜いて、ある推論にたどり着いたのである。
つまり、ゲハーノはハゲている。そしてカツラを被っているのだと。
さらに言えば、いつも髪が違うということが風音は気になっていた。そんなことをすれば風音のような聡明な人間でなくともゲハーノがハゲだと気付く者もいずれ出てこよう。
そう、自らのハゲを隠そうとする人間が、そんな秘密が明かされてしまいそうなことをするはずがないのだ。
であれば、ゲハーノはハゲをそこまで気にしていないのかもしれない。そして、毎度髪が違うのはゲハーノが気に入ったカツラをまだ持っていないからではないかと風音は結論に至ったのである。
「え? 本当にそんなことを考えてたの?」
弓花がバカではなかろうかという顔で風音を見たが、しかし現実は小説よりも奇なりである。風音は自信たっぷりな顔をしているし、対してゲハーノの表情はお見逸れしましたという感じであった。
「確かにあなたはタツオのことを知っていた。それだけの力を持っているのかも知れない。けれども、私もあなたを知っていたのさ。ゲハーノ・カピルーツはハゲでカツラを所持し、未だ己の 本当のカツラ(パートナー) を見つけてはいないのだと私は気付いてしまったんだよ」
その風音の推論はすべてが正しかった。ゲハーノが笑ってしまうほどに、的を得ていたのである。それから肩をすくめてゲハーノが笑う。
「敵いませんなカザネ様。あなたは恐るべき人だ。私も絶対の自信を持ってここまで隠し通していたのに。そこにたどり着いたのはあなたで十三人目ですよ」
堂々とツルリンと頭を撫でるゲハーノに、風音以外のほとんどが「カツラの人にハゲか尋ねたのが十三人って多くないか?」と疑問に思っていたのだが、ともあれ風音はゲハーノの望みを突き止めたのである。
「では、私が欲しているカツラが何か、あなたには分かりますかカザネ様?」
それから試すように目を細めてゲハーノは風音に尋ねる。その言葉に風音も少しばかり考えてから、口を開いた。
「そうだね。どうやらゲハーノさんは、闇の森に何度か部隊を送っているって話だったよね」
ゲハーノが肩をすくめながら苦笑する。悪魔狩りの情報は、相当に精度の高いものであったのだ。問題はそれが風音の私的な利用に使われているということだが、それにはみんな目をつぶっていた。そして、風音の指摘にゲハーノが「そこまで調べましたか」と言葉を返す。
「あなたにかかればすべて丸裸……というわけですか。私の頭のようにね」
そう言ってゲハーノがニタリと笑った。渾身のギャグのようであるが、笑って良いか分からない。
「あはははは」
なお、レームだけは笑っていた。空気を読めているのか読めていないのかは判定が難しい。
「確かに私は高名な冒険者たちに何度か依頼をしております。まあ、結果は散々でしたがね。あの森を甘く見過ぎました」
そのゲハーノの表情を見る限りは、闇の森探索はことごとく失敗に終わっているようだった。風音たちとて直樹という緊急離脱手段がなければ危ういのだ。それは当然の結果ではあった。
「ご愁傷様としか言いようがないけど。そもそもゲハーノさんが私たちと会おうと思ったのは、プラチナトゥースタイガーの毛皮を所有していたからじゃないかな?」
風音の言葉にゲハーノが「おっしゃる通りです」と返した。
その言葉に風音は目を細めながら口を開く。
「プラチナトゥースタイガーの毛皮を持っている。であれば、素材はあと二つだね。エンジェルヘア・デトネイターと 神聖物質(ホーリークレイ) をあなたは欲している。それが至高のカツラを造るための素材だから」
そこまで言われて、ゲハーノが大きく息を吐いた。
「正解です。そこまで卓識とは……どこでそのような知識を得たのか。ただただ唖然とさせられるばかりですよ」
本当にどうして詳しいのか……と全員の視線が風音に集中している。そんな中で直樹が「ハッ」とした顔をする。
「そういえば……聞いたことがあったな」
「何を?」
弓花が訝しげな視線を直樹に向けると、直樹がボソボソと小さな声で弓花に告げた。
「姉貴のジークってさ。元は赤い髪の短髪だったんだって。それがいつの間にか銀の長髪に変わっていたって話を以前に聞いたことがある」
「ジーク師匠が?」
それに横にいたジンライが食いついた。そして、いつの間にか英霊ジークは師匠に格上げされていた。
「ナオキよ。それは一体どういうことだ?」
「それはつまり……」
そんなことを話している直樹たちとは別に、風音は風音でゼクシアハーツ時代を思い出していた。思い浮かぶのは無毛のジークだ。ジークはかつて 光明の騎士(ライトニング) の名を持っていたことがあった。ジークもかつてはハゲであったのだ。
(ゆっこ姉を怒らせて毛根をロストさせられたんだよね)
それは風音が中二の頃の話である。
風音が「芸術は爆発だッ」と言って、ゆっこ姉の部屋でメントスをダイエット用コーラにぶち込んだことがあった。そしてハジケたのだ。
なぜそのようなことをしたかといえば若気の至りか、前日にネット動画を見て面白そうと思ってしまったかのどちらかであるが、何しろ中二の荒れていた頃の話である。みんな中二の頃は大体同じようなことをしているものだ。ただ、その中でも風音は少しだけ尖った少女で、ダイエット用コーラにメントスを入れると普通のコーラに入れるよりも噴き出す量がハンパない……というだけのことだった。
その結果がどうなったかと言えば、ゆっこ姉の部屋はコーラまみれとなり、制裁にスパンキングされた風音のお尻はしばらくパンツが履けないほどに赤く腫れ上がってしまった。そして風音はお尻丸出しのまま、ベッドの上で「傷物にされた」とシクシクと泣いていたのである。
今思えば、バカなことをしたものだと風音はクスリと笑った。
もっともそこまですればゆっこ姉も一応の興奮は収まり、冷静に物事を考えられるようにもなる。というか「なんでこういうことするかなー」と泣きながら部屋の掃除をしていた。絶交されてないのが不思議でしょうがない。
だが、その途中でゆっこ姉はお気に入りのぬいぐるみであるホワイトタイガーのベッキーくんにまでコーラがかかり、ブチ模様になってしまったのを見て再び怒りがあふれ出したのだ。それを見た風音が「あ、ブッチー」と言ってクスリと笑ったことも原因だったのかもしれない。
ともあれゆっこ姉の怒りは再燃し、ついにはゼクシアハーツ名物処刑の一つである毛根殺しがジークに行われたのである。
そもそもゼクシアハーツはビジュアルに拘ったゲームで、髪についても妙に設定が細かい仕様だった。
髪型はかなり自由に変更できるのだが、そのためには髪を伸ばす必要があるし、毛根のHPが隠しパラメータとして存在していた。
頭皮にダメージを受け、蓄積され続けるといずれは毛根がロストしてしまうのである。
そしてゆっこ姉のユーケイによって延々と髪を燃やされ続けたジークはハゲになってしまった。
『ジークは毛根をロストしました』
ウィンドウに表示されたその文字を風音は二度と忘れないだろう。
一度死んだ毛根はもう戻っては来ない。二度と帰っては来ないのだ。故にジークはもう髪を生やすことはできない。しかし、ゼクシアハーツにはそれに対する救済措置も存在していた。
それはカツラである。
そして風音はジークのために、カツラシリーズを追い求める旅に出ることにしたのだ。
もっともその道は険しかった。当初は簡単な合成素材の有り合わせのカツラを間に合わせていただけだったのだが、生来の凝り性により、風音はありとあらゆるカツラを探し求めていったのだ。その種類は多岐に及び、また素材によっても長さ、質、効力なども違っていた。
そして、最終的にたどり着いたのが、英霊ジークがなびかせている銀の長髪だった。
それは、エンジェルヘア・デトネイターとプラチナトゥースタイガーの素材を用い、それを焼いた 神聖物質(ホーリークレイ) を削った粉によって染め上げた至高のカツラ。その名を……
「私が用意するのは『髪々の祝福』。至高の銀のカツラ。それがゲハーノさんのパートナーだよ」
「素晴らしい。まさしくあなたは私の女神だ。それを手に入れた暁には私はあなたにレインボーハートをお渡しすることをここに誓いましょう」
風音の答えにゲハーノは頷き、そう宣言した。
こうして風音はレインボーハートを手に入れるために、再度闇の森に挑むこととなったのであった。