作品タイトル不明
第七百二十八話 主を変えよう
◎魔道大国アモリア ジェッカの渓谷
「というわけで闇の森に再び挑むことになったよ」
夕方の訓練後、全員ほぼグッタリとなっている状態の前で風音がそう宣言した。
昨日に白き一団総勢でゲハーノに会いに行ったのだから、ゲハーノの依頼内容はこの場にいる全員が理解してはいた。だがゲハーノからの正式な依頼は本日の夕方に届けられたため、こうして改めてリーダーである風音から依頼の詳細が発表されたのである。
とはいえ、昨日の話と特に変わったところはない。
プラチナトゥースタイガーの毛皮と 神聖物質(ホーリークレイ) はすでに持っているので、闇の森に行ってエンジェルヘア・デトネイターを狩って、素材を取ってくるだけである。その後はサグーとその筋では有名なカツラ職人が共同で髪々の祝福を作成してもらう手はずとなっていた。
「……か、カツラを造るために、またあの危険なところに」
一方で、弓花はそう言ってクラッと来ていた。
目的が目的なので仕方のない話ではあったが、風音はその弓花の言葉に苦言を呈した。
「あのねえ。髪々の祝福は軽いのに防御力もフルフェイスの鉄仮面並みに高いし、 神聖物質(ホーリークレイ) の銀染料によってプラチナチャフを髪の中に留めてくれるから魔法防御にも優れてるんだよ」
その上に頭部の装備も付けられるのだから、性能面で言えば非常に優れていると言わざるを得ない。
二度と毛根は蘇らないことと引き替えに、アバターの性能強化のために泣く泣く毛根をロストさせたプレイヤーも少なくはないのだ。
「ジーク師匠の髪にはそのような秘密が……」
一方で、ジンライが風音の言葉に己の身を震わせていた。どうやら隻腕の槍術の見本を見せてもらって、すっかり弟子気分のようである。
それからジンライは己の髪を触って深く考え込んでいた。ジンライが今、一体何を考えているのか……それはまだ誰にも分からない。
「ええと、プラチナトゥースタイガーの毛皮は魔法防御としてさ。そうすると姉貴、エンジェルヘア・テトネイターだったか? あれの素材の効果ってのは何なんだ?」
「すごくフィットする」
「ああ、そうなんだ」
直樹が脱力するが、その弟の反応に風音が心外だとばかりにプンスカと怒った。
「あのねえ。それこそ馬鹿にしたもんじゃないんだからね。ジークがあれだけ動いても取れないのはエンジェルヘア・デトネイターの最高のフィット感のおかげなんだから。カツラ素材としては最上位のものなんだよ」
その真剣な風音の表情には直樹も「お、おう」と言うことしかできなかった。カツラ素材として最上位がどの程度の価値を持つのかがナオキにはよく分からない。
その直樹を「分かってないなあ、こいつ」と言った感じで見下した顔をしながら、風音はその後の予定を告げる。
「ま、それはそれとしても闇の森に行くのはオークション後だね。ゲハーノさんの話によれば、ゲハーノさんの雇った闇の森探索者はエンジェルヘア・デトネイターの生息地を捜し当てることはできたみたいだから、そちらに話も聞く必要もあるし、それまでは準備期間だよ」
「ああ、探索してた人たち、無事だったのね」
エミリィがそう口にした。その場の何人かが同じ反応をしているが、エミリィたちは送り込まれたパーティは全滅したのだと思っていたようである。
「ええとね。三パーティを順に送って、二組めのパーティは全滅したらしいよ。まあ、三組めの人たちも被害は結構大きかったらしくて……それが結構有名なパーティだったからその後が大変だったみたい」
風音たちほど極端ではないにしても、高ランクパーティは一種の 偶像(アイドル) に近い扱いを受けることがある。そんな者たちが闇の森に挑んで敗北したとなれば、その界隈で騒がれるのも当然ではあった。
「そんで、とりあえずはエンジェルヘア・デトネイターの場所を聞いて、オークションに出て、それから再度闇の森探索って感じで進める予定だけど、何か意見ある人いる?」
その風音の言葉には、ライルが手を挙げた。風音が「そんじゃあ、どうぞ」と手を差し出すと、ライルが口にしたのは率直な質問であった。
「カザネ、俺らは今回も出番なしか? 一緒には行けないのか?」
「ちょっと、ライル」
その言葉にエミリィが後ろから慌てて声をかける。それはエミリィからすれば無謀な提案であった。だがライルは言う。
「だってよ。悔しいじゃんかよ。ナオキは行けるのに俺らは……」
そうライルは言うが、風音は目を細めながら尋ねた。
「ふーむ。けど、ライルは今回の模擬戦でもボロボロだったよね?」
「そりゃあ……そうだけど」
その指摘にライルが痛いところを突かれたという顔をした。
やはり、ルイーズの抜けた穴は予想以上に大きかったのだ。特に考えなしに突っ込むライルを制御できる人物がいなくなったことで、風音の 僕(しもべ) ーズに対しての直樹組の勝率は激減していた。
「簡単に言うと今のライルだと普通に死ぬよ」
その率直な風音の返しにはライルも黙るしかない。
竜の身体を手に入れて強くなったはずのライルだが、身体こそ頑丈になったもののまるで強くなったとは思えないのだ。一向に風音たちに追いつける気がなかった。
それに対する妙な焦燥感が今のライルにはあった。それはいずれこのパーティを抜けることが確定しているが故の焦りであったのかもしれない。
「ルイーズさんが抜けた穴を埋める程度のことはまず最低限。闇の森に入りたいなら、その先に到達できないことにはどうしようもないよ」
言い返しようのない風音の宣告に、ライルの口からはやはり言葉は出ない。だが、代わりに風音に口を開いた者がいた。
「カザネよ。それにはワシに考えがある」
それはジンライであった。そのジンライを見て風音が尋ねる。
「あれ、ジンライさん。また義手を取ってるんだね?」
「ふむ、隻腕での状態にもいい加減慣れんといかんのでな。それに、これのこともある」
そう言ってジンライが見せたのは、 聖一角獣(セイントユニコーン) の槍だ。それはゼクウの持っていた聖者の剣ジハードのカケラを吸収し、生まれ変わった白の竜牙槍『神喰』であった。
以前は隻腕の『 一角獣(ユニコーン) 』 状態(モード) でのみ 一角獣(ユニコーン) の槍に変わっていたのだが、今回の変化は元には戻らなかったのだ。
結果として黒の竜牙槍『悪食』との釣り合いがとれず、今のジンライは二槍が扱い辛くなっていた。
「わしもそろそろ、 一角獣(ユニコーン) を受け入れねばならん時期に来ておるのだということだろう」
「なるほど。でも、そうなると……」
問題は黒の竜牙槍『悪食』、及びジン・バハルである。
「そのための提案だ。ジンよ」
ジンライの言葉に反応して、黒の竜牙槍からジン・バハルが出現する。そして普段であればグングニルを持っているのだが、今のジン・バハルは召喚具でもある黒の竜牙槍を持っていた。
「もはやこの 聖一角獣(セイントユニコーン) の槍からはグングニルは出んのだ。ふたつの槍の道はもう分かたれてしまった」
『左様。黒の竜牙槍からは私が、白の竜牙槍からはグングニルが召喚されていたのだが、もはやそれも敵わない。ふふ、グングニルは元々主殿にお渡ししていたのだから、それに不満があるわけではないのだがな』
そう口にするジン・バハルの表情は、骸骨なので分かり辛いが暗かった。何しろ、ここ最近のジン・バハルは訓練要員として呼び出されるばかりであったのだ。
ジン・バハルは強いことは強いが、ジンライの魔力量が少ないこともあって、あまり呼び出すことができなかった。
その上にジンライは、ここぞと言うときには魔力消費を気にしてジン・バハルを召喚することはなかった。
ジン・バハルははっきり言えば訓練以外ではあまり役に立っていなかったのだ。
「まあ、こやつも苦しんだのだ。しかし、やはり今のままの状態ではよろしくない」
『ああ、そうだ。よろしくはない』
ジン・バハルが強く頷いた。カタカタと骸骨の顎が揺れている。相当にストレスが溜まっているようであった。その様子を見ながら風音が尋ねる。
「うん。で、どうするわけ?」
結局、ジンライとジン・バハルが何を言いたいのか風音には分からない。
「つまりだな。ライルよ」
「お、おう」
突然の祖父の言葉にライルがどもりながらも返事をする。そこに黒の竜牙槍がホイッと手渡されたのだ。ライルは「おっとと」と言いながらよろけながら受け取った。
「それではジンよ。今より我らは主従ではなくただの友だ」
『感謝するジンライ殿。そして』
ジン・バハルがジンライからライルへと向き合い、そして膝を突いて頭を垂れた。
『我が新たなる主にして、次代のハイヴァーン大公ライル・バーンズ様。これより、我が槍はあなた様に捧げよう』
「は、はい?」
ライルが唐突な状況に目を丸くする。それからライルは己の祖父を見た。
「爺さん、どういうことだよ?」
「見ての通りだ。今日よりジンの主にはお前がなるのだ」
「ああ、なるほど。魔力量の問題もそれで解決するよね」
ジンライの言葉に風音が頷く。
「まだライルはジンが認めるほどの器ではないがな。いずれは大公になる身だ。資格だけはあるだろうとワシが説得し続けて、そしてルイーズ姉さんの離れた状況を見て、ついにこやつも折れたのだ」
「け、けど、俺二槍なんて扱えないぞ」
ライルの言葉には、ジーヴェの槍から声が上がる。
『問題はあるまい。もはやグングニルのない状態では、ジン・バハルの武器は召喚具である『悪食』しかないのだからな。そのまま使わせてやれば良いさ』
『達見ですな。ふむ、私は同時にふたりの主を持ったというわけですか』
ジーヴェの槍にジン・バハルが笑う。
どうやらジン・バハルにとってはジーヴェの槍の方が、主として望ましいようであった。それを見てジンライがニヤリと笑いながらこう口にした。
「まあ、それにだ。これでジン・バハルは『本来の力を発揮』できるようになる」
「本来の力?」
風音が首を傾げている目の前で、ジン・バハルの身体を赤い炎が包んでいった。それは竜気が具現化したものだった。
『では主従の契約は完了した。我が竜気を受け、励めよジン・バハル』
『はっ』
頭を垂れたままのジン・バハルの姿がメキメキと変化していく。
そもそもがジン・バハルは竜騎士であったのだ。
生前は相棒のドラゴンより竜気の供給を受け、竜人化をして敵と戦っていた。それがライルと主従を結び、ライルの竜気を供給されること二より、ジン・バハルはかつての力を取り戻していったのだ。
そしてジン・バハルは竜人化ならぬ竜骨化し、 竜骨騎士(ドラゴンスカルナイト) へと姿を変えた。
「ああ、そうか。そういえば、そうだったね。つか、だったら最初からそうしてれば良かったんじゃないの?」
首を傾げる風音に、ジン・バハルは『冗談ではないですぞ』と口にした。
『騎士が容易に主を変えることなどあり得ん。本来であれば、今でもジンライ殿から離れるのは納得がいっているわけではないのだが……しかし、私が主の足かせになっていては意味がないのだ』
『我では不満か。ジンよ』
そう言ったのはジーヴェの槍であった。それにジン・バハルは首を横に振る。
『いえ、そのようなことは。ただ』
ジーヴェの槍は、元々ドラゴンの気性を継いでいるために、不遜であり、まさしく王という感じであった。故にジンにしてもジーヴェに対しての不満はない。問題なのは……
『まあ、機会は得たのですから、おいおい教育していけば良いことですな』
「な、何をだ?」
ライルが背筋をゾクッとさせながらそう口にした。
『何。少々騒がしいひよこでも私が徹底的に教育してやれば、すぐにでも立派な鷹となって羽ばたけるでしょう……ということですよ。まあ、あなた様はドラゴンですが。それに私は元竜騎士団長。指揮を執ることには長けている自信があります』
ドンと鎧とあばら骨だけの胸を叩いてジン・バハルが笑った。
部隊を全滅させてこそいるが、それはドラゴンイーターと竜騎士という最悪の相性の結果であり、ジン・バハルの生前はグングニルを授かるほどに非常に優秀な指揮官であったのだ。
そして白き一団に 竜骨騎士(ドラゴンスカルナイト) という新たなる力が加わった。彼がルイーズの埋めた穴を埋められるか否かは今後の活躍次第であった。