作品タイトル不明
第七百二十六話 その正体を暴こう
◎王都コーダ モンタナホテル
「ほっほー、これはこれは。ようこそ、いらしてくださいました」
王都コーダ内でも最上級のホテルであるモンタナホテル。その最上階に案内された風音たちが、そこからさらに最奥の部屋に入ると、そこには長髪で細身の男が風音たちを待っていた。
「あ、私はついでですので」
それから弓花がそう言って退き、風音が一歩前に出る。
なぜ弓花が先頭だったかと言えば、このホテルの中に入ってすぐにホテルマンが弓花に対して近付き、案内を始めたからである。
一流のホテルマンが、白き一団の中でもっとも偉い人物を弓花だと認識したのだ。プラチナオーヴァーコートまで纏った完全装備の弓花を……である。
なお、街の中でも弓花に対して向けられた視線は今までとは少し違っていた。
これまで地味めな少女と、恐るべきふたつ名と、驚愕の事実と噂が混ざり合い、正体の分からぬ不気味なものとして映っていた 血塗れの狂戦士(ブラッディベルセルク) が、名に実を得たことによって正当なる評価を得るに至ったようである。
弓花もどこか不可思議な違和感がありながらも、周辺が発していた恐れの視線が畏敬へと変わったことには満足しているようだった。
誰だって怖がられるよりは敬われる方が良いのだ。ここまで不遇であった弓花は、ただ人々の視線が変わっただけで十分であったのだった。
その下がった弓花から他のメンバーへと長髪の男は視線を移動しながら、最後に風音を見て「さすがですな」と声を上げる。
「みなさま尋常ではない装備をしていらっしゃる。話には聞いていましたが、まさか噂以上のものだとは思いませんでしたよ。おっと失礼、私がゲハーノ・カピルーツです。カザネ様と白き一団の皆様方でよろしいですね?」
「そうだよ。私がカザネ。よろしくね」
そう挨拶を返す風音や他のメンバーを再度見回しながら、ゲハーノが満足そうに頷いた。
それから、ゲハーノは「こちらにどうぞ」と言いながら、フサァと長髪を揺らして風音たちを室内へと案内する。
「なんだか、すごいね」
「ええ、気後れしちゃうわね」
風音と弓花が案内された部屋を見て、そう口にしあう。
そこは異様に豪奢な部屋であり、室内は金銀や宝石で彩られ、その壁にはベヒモスやドラゴンの首の剥製が並べられていた。
『すごいですねえ』
「つか、あれってタツオのお仲間だろ? 良いのか?」
『勝利の首級を掲げることに何か問題が?』
少しだけ気にかかったレームの問いに、タツオがくわっと首を傾げて鳴いた。
そもそもドラゴンがもっとも敵対するのはひ弱な人間ではなく、同じ存在であるドラゴンだ。同族意識も同じ群れに限った話で、レームが懸念するような忌避感はドラゴンであるタツオにはまったくないようだった。
(あれ、あのドラゴンって?)
それから風音は壁に飾られている中で、見覚えのあるドラゴンの顔を見た。それはかつて東の竜の里に向かう前に倒したベアードドラゴンの首だった。付いた傷跡に見覚えがあったので風音はそれがすぐに分かった。
その風音の様子を見て、ゲハーノが口を開く。
「ああ、お気付きになられましたか。あれはカザネ様方が仕留めたドラゴンですよ。あ、そちらにどうぞ」
そう言いながらゲハーノが椅子に座り、それと向かい合うように置いてあるソファーに風音がポーンと乗った。
「おーふかふか」
風音が落ちつきなくソファーに座ると、他のメンバーも続けて座っていき、全員が腰を下ろしたところで風音がゲハーノを見た。
「んで、条件通りに他のメンバーも連れてきたよ。これでいいの?」
その言葉を聞いて、ゲハーノが大げさに手を振った。
「いえいえ。条件などと言うつもりはなかったのです。聞いた話だと、相当に目の保養になりそうなものをお持ちだと聞いていたので、少し拝見させていただきたく要望していただけなのですよ。ええ」
ゲハーノは改めて白き一団のメンバーを見回しながら、そう口にした。ゼクシアハーツをやりこんだ風音がこの一年で用意した装備はすでにゲーム中でも上位以上、この世界の基準でならば最高水準をキープしている。商人であるゲハーノが注目するのも仕方がないというものであった。
それからゲハーノは、続けてレームの頭の上にいるタツオを見た。すでに黒炎装備は身に付けておらず、神力を水晶角に宿したハイブリッド水晶竜そのままの姿である。タツオは非常に美しくも優しい輝きを放ってそこにいた。
そのタツオの姿を見ながら、ゲハーノが溜息をつく。
「しかし、美しい子竜です。さすがナーガ様の御子ですな。将来が楽しみだ」
そのゲハーノの言葉には、さすがに風音の眉がひそめ
た。
「それ、なんで知ってるの?」
「情報は金ですよカザネ様。まあ、この場合、私が買ったものは安心というものでしょうがね」
その言葉に風音が首を傾げると、ゲハーノは笑いながら口を開いた。
「例えばですが。私がぶしつけにその子を購入したいなどと言えば、カザネ様は当然不愉快になるでしょう? 金はいくらでも払う! 是非とも欲しいッ……なんて言い出したらどうします?」
「そりゃあね。気持ちを表に出すかはともかく怒ると思うよ」
当たり前の話である。子供を売れと言われたのだ。タツオもくわーっと鳴いた。それにゲハーノが頷く。
「でしょうね。ただその子がテイムしたドラゴンだと思われていれば、そうした誘いがくるのは当然ではあるのですよ。タツオ様はその有り様自体が至宝のようなものなのですから。私はその母親の逆鱗には触れたくはない。だから触れない方法を、安全を金で買った……というわけですな」
その言葉に風音が目を細めて「なるほど」と答えた。
「私はあなたを敵に回したくはない。けれども、お気を付けください。あなた方は少々ではなく目立っております。私は知った。であれば私以外も知っている。ご自身のお力を過信いたしませぬように。注意をお払い下さい」
「ご忠告感謝するよ」
そう言いながらも、風音の視線は鋭くゲハーノに向けられていた。今のは有益な情報ではある。つまりはある程度の精度の情報を手に入れられる者ならば、タツオの正体を知ることができるようになった……ということだった。だがそのことは後で検討するとして、今の風音の目的は目の前の男の一挙手一投足を観察し続けることだ。
(わずかにズレたか。こっちと違ってそちらは目立ってはいないけどさ。私の目は誤魔化されないよ)
交渉はすでに始まっている。風音はその長い紫の髪を見て、ひっそりと笑みを浮かべた。その風音の視線が気になったのか、ゲハーノはわずかばかり頭に手を当てて何かを動かした。それから、問題なしと判断して話を続ける。
「もっとも、タツオ様も、他の皆様方も、例え血筋は関係なくとも皆価値がおありのようです。特にそちらのユミカさんなども」
「私?」
自分を指差す弓花にゲハーノが「ええ」と頷く。
「その腕ひとつで、ゴルディオスの街のアウターファミリーを吸収し、今やミンシアナのアウターファミリーでも最大手となった『ムータン』の 首領(ドン) 。まさかそこまでお若いとは思いませんでしたが、その恐るべき手腕には私どもも注目しております。王族の方々とは違い、あなたは我々に近い。いずれ別の機会にあなたとは会合する必要があるのでしょうね」
その言葉に、弓花の目が丸くなった。風音が「どういうこと?」と言う顔で弓花を見ると、弓花は首を横に振る。そんな話は聞いたこともないのだ。
「ま……まあ、 血塗れの狂戦士(ブラッディベルセルク) さんは、色々とあるからね。それよりも本題に移ろうか」
「はい。そうですね。こちらも少々浮き足立ってしまったようだ」
ゲハーノはにこやかに笑いながら、言葉を続ける。
「それで、カザネ様は私の所有するレインボーハートをお求めなのでしたね」
「そうだね」
その言葉を聞いたゲハーノは、風音の指にはまっている指輪を見ながらさらに尋ねた。
「そのような大層な指輪をしているのにまだ求めますか?」
風音の指に収まっている指輪。それは千年以上を生きた神竜帝ナーガのコア、レインボーハートのさらに中心核を削りだして造った指輪だ。それはただのレインボーハートの輝きを遙かに凌駕する。
「それはそれ。これはこれだよ」
「なるほど。妥協はしない主義ですか。そちらのユミカさんの聖者の槍もそうですが、とても冒険者の装備にも思えないものをお持ちのようだ。そもそもあなた方の持ち物はレインボーハートよりも価値があるものばかりですよ」
「え、けど。これって原価は」
そう弓花が呟く。確かに弓花にとってムータンは価値があるものだが、元値を考えればレインボーハートよりは……と弓花は思ってしまったのだ。その言葉を聞いてゲハーノの目が細まった。
「原価ですか。ここで話すだけで、ひと財産築けそうだ」
そのゲハーノの言葉に弓花が首を傾げるが、弓花は聖者の槍ムータンの価値を大きく勘違いしている。
弓花にとって、神聖銀というのは大量の銀を用意すれば造れるものである。しかし、それは大きな間違いだ。風音と神々の炎、親方が揃っていたからこそムータンは存在しているのだ。
風音がいなければ 神聖物質(ホーリークレイ) はコボルトの巣穴で見つけるしかないし、神々の炎と竜の炎がなければ 神聖物質(ホーリークレイ) から神聖銀を取り出すことはできない。
神聖銀の装備をダンジョンの深層で発見する可能性はゼロではない。だが再加工できぬため、完全に自分用の神聖銀の武器をオーダーすることなどほとんど不可能なのだ。
その上に匠である親方の作。導き出される付加価値は計りしれず、普通であれば価値など付けられぬものであった。
しかし、原価と口にした以上は弓花にとっては買えるものなのだとゲハーノは理解できてしまった。
「まあ、いいでしょう。あまりボロを出されてしまうと、気が付けばこちらが消されかねません」
ゲハーノは少しばかり困った顔をしながら、神聖銀のことは話題に出さずに話を進めることにした。
彼は風音たちの後ろに怖い女王様がいることを知っている。場合によっては女王の逆鱗に片足を突っ込んでしまいかねない。そんな怖さが風音たちとの会話にはあった。
「ともかく、そちらはレインボーハートをご所望だ。で、交換にて応じようという私の呼びかけに応えて来てくださった」
その言葉には風音が強く頷いた。
「それで、お尋ねいたしますが、カザネ様は私の望むものを理解しておりますか?」
「まあ少し調べたしね」
その言葉に「ほお」と口にしたゲハーノの頭を風音は観察している。
(わずかにズレた。やはりね)
風音はすでにゲハーノを完全に把握していた。事前にスキル『知恵の実』を食べて知力を上げ、『コンセントレーション』によって集中力を高め、『直感』と『イーグルアイ』を用いて、この会話の間に、ゲハーノの不自然さを看破していたのだ。
そして告げる。
「あなたが欲しているのはパートナーだ」
「ほぉ?」
風音が言う。
「その輝きから見て、それはエグチーアンチャンドッグの毛を加工し、アメジストロックタートルの甲羅を潰した染料で染め上げているね。確かに良くできた品だよ。だけど、重量がある分ズレやすい」
風音の説明にゲハーノの目が見開かれる。それに構わず風音は言葉を続けていく。
「戦闘やスポーツには不向きなものだけど……まあ、こうして来客時に使用する分には十分だよね。ただ装着感については若干の問題があるんじゃないかな。例えば、蒸れやすい……とか?」
そのスラスラと風音の口から出る謎の言葉に、周囲の仲間たちは何を言っているか分からず首を傾げた。
「お若いのに、よくぞご存じだ」
一方でゲハーノは風音の言葉の意味を理解していた。
「恐れ入りました。その卓越した知識。やはりカザネ様はただ者ではありませんね」
そう言って、ゲハーノはゆっくりと己の頭に手を置くと、
「そこまで分かっているのならば、隠し立てする意味もありませんか」
おもむろに握りしめてその髪を『外した』のだ。それを見て全員が驚愕する。
「ハゲ……てる?」
弓花が呆気に取られて、そう口にした。パサリと髪をテーブルに置いたゲハーノの頭頂部には髪の毛一本なかった。驚くことなかれ。彼はハゲであったのだ。
「ゲハーノ・カピルーツ。あなたは毛根を失った。そして求めているのは新たなる草原。私はあなたに最高のカツラを用意する準備がある」
その言葉を聞いてゲハーノがニタリと笑う。
風音は、完全にゲハーノの望みを把握していたのであった。