作品タイトル不明
第七百二十話 違う場所に行こう
「キャンサー家が生き残る道が……ないだと? キャンサー家がどれほどの歴史を誇っているのか分かっているのか。未だ百も半ば届かぬ小娘が何を偉そうに言うか!?」
そう憤るモアに、ルイーズが首を横に振る。
「キャンサー家の歴史はお爺さまの歴史よ。お爺さまがいなくなった時点で、それを受け継ぐべき者がいなければ衰退するだろうことは、誰しもが感じていたことのはずだけど?」
「それは私がッ」
「現時点においての当主代理はローアであってあなたではない」
その言葉にモアが唸る。
「そしてローアも代理でしかない。お爺さまの威光を使って、悪魔狩りを運営していたに過ぎない」
その言葉をローアは否定しない。ゼクウを支えることがローアの生き甲斐であり、ゼクウに取って代わろうなどとローアは思ったこともなかった。
「良くも悪くも悪魔狩りは、ゼクウ・キャンサーという存在によって支えられた組織だった。それは誰もが認めることで、その代わりが存在しないことを誰もが理解しているはずだけど?」
それはルイーズが言うまでもなく、皆が分かっていることだった。ゼクウという一本の支柱に支えられていたのが悪魔狩りという組織だ。だからこそ、国を跨いでも、時が経っても腐ることなく組織は続いていた。だが、それももう終わる。
「では、お前ならばその代わりが務まると?」
苦みばしった顔をしたモアの問いに、
「無理に決まってるでしょう」
ルイーズはあっさりとそう返した。それからルイーズは、モアが何かを言う前に続けて口を開く。
「ただし、あたしはあたしの 伝手(つて) で悪魔狩りを動かしていくことはできる。例え、明日にキャンサー家が崩壊しても、あたしはこっちにいるヴァーゼンと共に悪魔狩りを継続することができるわ」
「伝手だと?」
モアが問うが、それに答えたのはモルガンだった。
「ルイーズ個人の伝手、それに彼女の子供たち、孫たちの伝手じゃ。それらの所属する組織との伝手とも言えるがの。お前は把握してないだろうが、とんでもないものだぞ?」
その全貌をこの場で知っているのは、ヴァーゼンと、自らそれを突き止めたモルガンのみである。モルガンがその事実を把握したとき、ドッと冷や汗が出たほどであった。
「モルガン爺の言う通りだ。この女は、すでにキャンサー家に取って代わられるだけの下地ができている。端的に言えば、こいつはひとりでキャンサー家に匹敵する力を持っているぞ」
ヴァーゼンはそれを知っている。
冒険者ギルドマスターに、元大公、さらには各国の名士等々、ルイーズの子供たちはそれぞれが独立して大きな権力を得ている。もっともルイーズは子供たちを介さずとも様々な権力との繋がりを持っていた。どちらかといえば、子供達はその過程でできたものとも言えた。分かりやすく言えば、良い男と良い関係になると子供が生まれるのである。不思議なことに。
「いや、誤解ないように言っておくけど、私は別に息子たちを使ってどうこうするつもりなんてないからね。何かあったときに少し手助けしてもらうぐらいはするけど」
その言葉は事実で、別にルイーズは子供たちを束ねて組織を作ろうとしていたわけではない。ルイーズは計画的に子供を生むような女ではないのだ。
「しかし、キャンサー家を乗っ取るほどだと? お前は最初から……」
「別にキャンサーを乗っ取るつもりなんかなかったわよ。あたしは、お爺さまがいるから悪魔狩りを続けていただけだし、キャンサー家もどうでも良かった。お爺さまがいなくなってキャンサー家が潰れた場合に、お爺さまの残したものぐらいは護れたら護ろうとは考えていたけれどね」
その言葉はどこまでも事実であった。
だが、ここにきてルイーズに白羽の矢が立ってしまった。それを立てたのはモルガンだ。
彼はルイーズと同じく、ゼクウの存在が消えることでキャンサー家が立ち行かなくなる可能性があることを理解していたし、キャンサー家が潰れた後に、それに成り代わる予定であったルイーズを敢えてキャンサー家のトップに組み込むことで、家を護ろうとしていたのである。
「あたしは、後でゆっくりと動けば良かった。でも『七つの大罪』が活動している今、悪魔狩りの勢力が衰えるのはよろしくもないわ。あたしから言わせれば、今回のことはそうせざるを得なかっただけなのよ」
そこまで言われてモアが憤って、叫んだ。
「さっきから言わせておけば、ゼクウ様がいなくとも我らだけでキャンサー家は繁栄させてみせるわ。そこを退けルイーズ」
「そうもいかぬのだモアよ」
しかし、それをモルガンが首を横に振って否定する。
「キャンサー家は衰退するのではないのだ。このままでは取り潰されるのだよ」
「どういう意味だ?」
モアの問いにルイーズが答える。
「浄化塚で奪われた悪魔たちはすでに東の竜の里ゼーガンを襲撃しているのよ」
「あの話をそれに結びつけるのか?」
苦々しい顔でモアが言うが、ルイーズは「それを結びつけたのはあたしではないわよ」と返す。
「違うと言うのならば神竜帝ナーガ様に直接申し開きして頂戴。これは、あの方の判断なんだから」
ルイーズの言葉に、モアが眉をひそめた。ただの人間では、竜の里に入ることはできない。キャンサー家の威光などそこにはなんら意味がないのだ。
「それに悪魔たちは、西の竜の里ラグナの長クロフェ様の御子も奪おうと画策したし、ツヴァーラではメフィルス王が殺害された上に守護獣が奪われかけ、ミンシアナも悪魔によって被害を受けているわ」
それは公には知らされてはいない話だが、ミンシアナ王国は大臣が悪魔に乗っ取られて、国自体が奪われかかっていた。
「それ以外にも各国は悪魔たちによって様々な被害を被っていて、それらを軸として今、ひとつの同盟ができつつある。悪魔狩りはそれらの血脈となるはずだった……けれど、分かっているでしょ?」
そう言われてモアが唸りながら、ローアを見た。それはゼクウの悪魔疑惑である。ローアが意図的にそれらの動きを止めていたことで、悪魔狩りと各国の足並みは乱れ、懸案材料となっていたのである。
「結局、血が流れなくなった血管をどう処理するかが問題に上がってしまった。そして今回の騒動で、疑念は正しいと知られてしまった。であれば、もう分かるわね?」
モアもさすがに顔を青ざめていた。
彼は己の仕事に誇りを持っていたし、自身が潔白であることも知っていた。
しかし、ゼクウが殺され悪魔に利用されていたとあっては、話は変わる。
例え悪魔の仕業で自分たちが被害者であると訴えても、それでは当然悪魔狩りとしての信用は失墜する。
信用とは自分たちで掴むものであり、対応できなかった時点で彼らは自浄作用なしと判断されるしかない。そして、浄化塚の悪魔たちが東の竜の里の襲撃に使われたというのが事実であれば、モルガンの取り潰しの言葉も現実味を帯びてくる。それを理解しつつある周囲を見回しながら、モルガンが口を開いた。
「ゼクウを殺害した 強欲(アワリティア) のエイジ……それを討ち取ったのは、ルイーズと彼女の仲間たちじゃ」
故に、次の当主はルイーズなのだとモルガンは言う。
「それに外を見たであろう。ナーガ様とクロフェ様の奥方たちを」
モアが顔を引きつらせながら頷いた。
「悪魔は東の竜の里ゼーガンを襲い、さらには西の竜の里ラグナの長であるクロフェ様の御子の略奪を企てた。それらを防ぐのに尽力したのもルイーズだ。彼女のパーティ『白き一団』なくして防ぐことはできなかった。今後、我らは国だけではなく、竜の里とも繋がり、悪魔を滅ぼすべく動く。だが、そのためには今の我らでは組むに値せぬと判断されたのだ。だからこそルイーズなのだ。他に選択の余地はない」
そこまで聞いてから、モアは他のメンバーを見る。モアに同調した者以外は、みな同じように顔を落としている。特に派閥のトップたちは事前に聞いていたのだろう。何ひとつ言葉を発する様子はなかった。そして、完全に詰みであるとモアは悟った。
「だから言ったであろう。間が悪い……と」
モルガンの言葉にモアはがっくりと肩を落とすしかなかった。昨日までいなかっただけ……ただそれだけで、彼はこの場で出汁にされ、全員への説明のための道化を演じることを余儀無くされたのである。
そして、肩を落とすモアを見て、ルイーズは若干の罪悪感を持ちつつも、全員を見回してから口を開いた。
「さて、あたしが当主となったルイーズよ。ま、組織内の構造を少しはいじるけど、やることはあまり変わらないわ」
その言葉に何人かがあからさまに安堵した顔をする。それはルイーズに対して嫌がらせや、そのほか諸々のことを仕掛けた者たちであった。
「とはいえ、今後は各国からの情報が多く入るから悪魔への対処も早くはなるし、忙しくなってはくるでしょうね。そんなわけで各員頑張って励んで頂戴。以上」
そしてルイーズの宣誓がついでとばかりに終わった。もっと長い、それらしい口上を用意していたローアが、それを無視してさっさと纏めてしまったルイーズを見て「あっ」と声を上げたのだが、後の祭りであった。
こうして、キャンサー一族の新当主就任式が終了したのである。
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「ふぅ」
ルイーズがため息をついた。
そこはつい先ほどまでキャンサー家の面々が並んでいた入り口の広場だが、今その場にいるのはルイーズだけだった。
就任式が終わり、一度解散となった後にすぐさま重鎮たちとの会合がこの場では開かれていた。とはいえ、事前に各派閥のトップへの通達は終えており、知らぬは末端と昨日までいなかったモアだけであったのだ。だから基本的にはモアへの説明が行われただけで、以降のことについては後日改めて話し合うこととなった。
何しろ、ゼクウ・キャンサーの死は彼らにとっては相当にショックなことではあったのだ。せめてもう少し頭の中を整理できてから……ということになって、解散となったのだった。
なお、ゼクウが悪魔に組みしていた事実は、そのすべてをエイジに押しつける形で隠蔽されることとなった。
ゆっこ姉もナーガもすでに死したゼクウを罰するよりも、まず優先すべきは残りの悪魔たちを追いつめることだと考えていた。そのためには悪魔狩りが、自分たちの都合の良い形で残される方が良いと判断したようだった。
「カザネさんたちは帰ったよ、姉さん」
そしてひとり佇んでいたルイーズに、屋敷の外から入ってきたヨーシュアが声をかける。ヨーシュアは外で待っていた風音とユッコネエを見送り、つい今戻ってきたのである。
「そう。お疲れ様ぐらいは言ってあげたかったけど……ま、仕方がないわね」
風音とユッコネエには見せ物としてその場にいてもらっていたのだ。元より一族からは爪弾きであったルイーズが彼らを纏めるためには、危機感を煽るだけではなく、東西の竜の里の権威も必要としていたのである。
その結果は、ルイーズの見たところでは上手く行ったように見えていた。少なくとも、当面はルイーズに対して反旗を翻すことはないだろうという手応えはあった。
「一応、時間も空いたんだしさ。仲間のところに行ってもいいんじゃあないの?」
そのヨーシュアの言葉に、ルイーズは「ありがとうね」と笑って、ヨーシュアの頭を撫でる。
「止めてくれよ。子供じゃないんだから」
そう言って頬を膨らませて避ける弟に、ルイーズは笑いながら「でも、いいのよ」と返した。
「あたしの向かうべき先は、あの子とは違うから……あたしにはあたしのやるべきことがあるから、あの子の元へは行けないわ」
その言葉にヨーシュアが「そっか」と言って頷く。
それから姉を気遣う顔をしながらも、ヨーシュアは「じゃあ、僕は行くよ」と言って、その場を去っていった。
彼には彼でやるべきことがある。キャンサー家の当主になったのはルイーズだ。だが、ゼクウ・キャンサーの後継はあらゆる意味でヨーシュアだ。
そんな自分がこのまま姉の庇護の元でただ漫然と過ごしていくつもりなど、当然ヨーシュアにはなかった。
それからまたひとりになったルイーズは、広間の中央に飾られている 記念碑(モニュメント) まで進んで、それを見上げた。
それには風音の筆跡で『白き一団とルイーズ・キャンサーを繋ぐもの』と刻まれていた。それは風音がルイーズのために用意した 記念碑(モニュメント) だった。それに手を付きながら、ルイーズは口を開く。
「ありがとうカザネ。それじゃあ、あたし行くわね」
そして、ルイーズは風音たちのいる場所から遠く離れることを決意する。それが彼女の選択であった。
◎ゴルディオスの街 白の館 大浴場 女子用
ガラガラと扉が開かれる。
そこはゴルディオスの街の白き一団の本拠である白の館の中にある浴場であった。そこにとある人物が訪れていたのだ。
「おや、今日も来たのか……なのじゃ?」
「にゃー?」
風呂場にいたクロフェとソルがその人物を見て尋ねた。
ふたりは仲良く洗いっこをしている最中であった。その光景は小さな子供が子猫を洗っているようにも見えたが、両者は親子で、片方は元爺のドラゴンで、片方は猫っぽいドラゴンだった。
「ええ、カザネがわざわざ用意してくれたんですし、使わないと損でしょう?」
そう言ってその人物は、シャワーを出してサーッと体を洗い流し始めた。
「まったく。面倒ごとばっかり増えちゃって。困ったものですよ。あ、名前貸しありがとうございます。おかげさまで、こっちはなんとかなりそうですよ」
「はっはっは、なのじゃー。ユッコネエのお仲間ならば大歓迎なのじゃー」
「にゃー」
そして、風呂場の中で笑いが漏れる。
言うまでもないことだが、浴場に入ってきたのはルイーズだった。
実はルイーズは、ゼクウのグリモアで長距離転移が解放されたテレポートを付与したポータルを 記念碑(モニュメント) として、風音から譲り受けていたのだ。
たった二時間の充填で、ミンシアナ王国のゴルディオスの街から魔道大国アモリアの王都コーダまでひとっ飛びできる新型ポータル。それは新たなる時代を予感させる偉大な発明ではあったが、今はまだルイーズの温泉通いに利用されるだけのものでしかなかったのである。