作品タイトル不明
第七百十九話 当主になろう
◎魔道大国アモリア 王都コーダ キャンサー家屋敷
その日、王都コーダにいるキャンサー一族のすべての者たちに招集がかけられた。
つい先日に王都内で悪魔とブラックポーションが発見されたことで重鎮たちが一同に介することはあったが、今度は一族の全員が呼び出されたのだ。それはここ数十年でも例のないことであり、またその招集はローア・キャンサー当主代理の権限によるものであったのだが、その召集される理由については何も連絡はされていなかった
しかし、彼らもこの招集をまったく予感していなかったわけではない。一昨日に発生した王都上空での巨大な獣たちの戦い、今や街の中では『神獣事件』と呼ばれている大事件を、当然王都に住む彼らは間近で目撃していたし、昨日にはそれが悪魔が関連しているとの噂も飛び交っていた。また本家と連絡が取れなくなったこと、アモリア王国軍が厳戒態勢であったことまでを考慮すれば、恐らくは悪魔に絡んだ重大なことが起きたのであろうとは想像に難くない。
問題となるのは自分たちがその状況から蚊帳の外であるということだったが、それも今日で終わりであろうと彼らは予感していた。
もっともキャンサー家の屋敷にたどり着いた時点でその予感は彼らの頭の中からは吹き飛んでいた。
十メートルは超す八尾の黄金竜と青い水晶竜が何故かキャンサー家の屋敷の庭で立ち並んでいたのである。また、質実剛健な趣のあった屋敷の外装が、黄金と水晶の混じり合った煌びやかなものに変わっていた。
その光景には、訪れた誰もが呆気に取られた。状況が全く分からない。ドラゴンたちは紛れもなく本物であるようで、さらには周囲の空には竜騎士団の騎竜たちが飛び回っていたのである。
それは彼らが知っている騎竜たちよりもどこか荒々しい気配を漂わせており、二体のドラゴンを護るかのように威嚇もしていたのである。
「なんだ、これは?」
その光景を見て、キャンサー家重鎮のひとりであるモア・キャンサーが呆然とした顔で呟いていた。
彼は昨日まで悪魔討伐の遠征に出ていて、王都に帰ってきたのもつい半日前のことだった。故にブラックポーションのことも、悪魔のことも、また神獣事件についても彼は部下から伝え聞いた以上のことは知らない。
だから八尾の黄金竜が神獣事件の際に空を飛んでいたドラゴンの一体だということも知らぬし、水晶の鎧に護られた青いドラゴンが何者なのかも当然分からなかった。
また、屋敷がなぜキラキラしているのかも彼にはまったく分からない。目の前にあるすべてが、彼には異常なものとして映っていた。
続いてモアは、他の者の反応を見ようと周囲を見回してみたのだが、モアと同じく呆気に取られている者もほとんどではあったが、驚きつつも何かしらの覚悟が決まった、或いは諦めた顔をした者たちもちらほらと入り交じっているように見えた。
(何かしら事情を知っている者もいるようだが……)
それも確認した限りでは、ローア派の者たちにその傾向が強いように感じられた。一体、キャンサー家に何が起こっているのか……ますます困惑するモアに、後ろからとある人物が声をかけてきた。
「おお、来たかモアよ」
そして振り向いたモアの視界に映ったのは、見知ったエルフの老人の顔であった。それはローア派に次ぐ派閥のトップであり、ゼクウの片腕とも称されていたモルガン・キャンサーその人である。
「モルガン爺か。なにやら奇妙なことになっているが、どういうことだが知っているか?」
ともかく情報が欲しいモアの問いに、モルガンは「まあ、多少はな」とだけ返す。
「正直、ここまで最初からやらかすとは思ってもおらんかったのだが……まあ、最初はそれぐらいインパクトがある方が良いのかもしれんな。年老いたワシには分からんが」
「お前の言っていることが私には分からん」
モアが首を傾げながら、そう口にする。その様子をモルガンは笑いながら言葉を返した。
「まあ、ひとまずは先に進むが良い。一応言うておくとな。あちらの黄金の水晶竜様は金翼竜妃クロフェ様の奥方である太陽竜母様、青い水晶竜様は神竜帝ナーガ様の奥方である神竜皇后様じゃ。失礼があっては、キャンサー家だけの問題ではなくなるからな。気を付けておけよ」
「な、なんだと?」
モアが驚きの声を上げるが、それを無視してモルガンは配下と共にさっさと先へと進んでいく。
そのモルガンの言葉によってますます混乱の極みに陥ったモアではあったが、ともかく状況を把握しようと足早に屋敷へと向かった。
そしてモアが入った屋敷の中にある正面入り口はキャンサー家の者が一同に介する場所として広く用意されたもので、外装が新しくなった今でもその造り自体は大きくは変わってはいないようだった。
そこでモアは、眉をひそめながら正面の階段の上にいる者たちを見ていた。全員が見渡せる二階に立っていたのは、キャンサー家当主代理であるローアと、悪魔狩りクラン『自由なる魂』のリーダーであるヴァーゼン……だけではなく、それらを従えた形で『ルイーズ・キャンサー』が立っていたのである。
「ルイーズだと? なぜ、ヤツがそこにいる?」
別にモアもルイーズに思うところがあるわけではないのだが、さすがに派閥にも属さぬ輩が自分たちを見下ろす形で立っているのには不快感があった。
それは周囲の者たちも同じはずであったが、その場で一斉にざわめきが起きたが、
「お静かに」
ルイーズの横で、まるで忠臣のように並んでいるローアが口を開くと、その場が静まり返った。
「キャンサーの血に連なる者たちよ。本日はよくぞ集まってくださいました。今回皆に集まっていただいたのは、我らがキャンサー家当主ゼクウ・キャンサーについての報告をするためです」
その言葉を聞いて、その場の全員に緊張が走った。今この場にいない当主について、何を報告するのか……
「ゼクウ・キャンサーは、悪魔によって殺害されました」
そのローアの報告に、その場の全員がざわめいた。
キャンサーの精神的支柱であったゼクウが死んだ。それも悪魔に殺されたのだという。その言葉に全員が唖然となり、続けて怒りと嘆きの声が一斉にこの場に広がった。
「静まれッ」
しかし、ローアの怒号が響き渡ったことで、すぐさま声は静まった。それからローアはキャンサー家の面々を見回してから、その全員が自分に視線を向けていることを確認し、さらに話を続けた。
「ゼクウお爺さまを殺害したのは悪魔組織『七つの大罪』のメンバーである 強欲(アワリティア) のエイジです。ヤツはゼクウお爺さまの『姿を使い』、こともあろうに浄化塚から悪魔たちを奪っていきました」
その報告にも一同の目が見開かれた。
「現在調査中ではありますが、すでにアモリア大浄化塚からは相当数の悪魔が持ち去られた形跡があり、他の浄化塚も同様の状況となっている疑いがあります。これに関しては当主代理であったわたくしの不徳の致すところであり、大変申し訳なく思います」
そこまで話が進んだところで、キャンサー家の面々がルイーズへと視線を向けた。なぜルイーズが選ばれたのか……それは分からなくとも、その場にいる意味は彼らにも分かる。
「わたくしはその責を取り、当主代理を退きます。そして、次の当主は」
「まさか、ルイーズに当主にするというのではあるまいなローア」
そしてローアの言葉を遮り、一族の前に出たのはモア・キャンサーであった。
しかし、ローアは感情の宿らぬ目をモアに向けながらも、まったく相手にせずに言葉を続ける。
「ルイーズ・キャンサーとなります。これはゼクウ・キャンサーの指名であり、すでにドーマ国王陛下の承認も得ております」
その宣告に「馬鹿な」という声が上がった。
ルイーズ・キャンサーはゼクウの孫娘ではあるが、当主代理であるローアには疎ましがられ、どこの派閥にも属さず、組織からは弾かれた存在のはずだった。
その実績や美貌から陰ながらルイーズを支持する者も少なくはないのだが、だからといってそのローアの決定はここまで組織を担ってきた者にとっては到底容認できるものではなかった。
「そんなものを認められるものかッ!? この場にいる誰も納得するわけがないだろうローア!!」
モアがそう叫ぶ。
ありえない。誰もがそう考えるはずだった。常であれば当然皆が賛同するはずだった。
元々ローアが仮に退いたのであれば、次期当主代理となるのはモルガンか、モアか、セネガルかと言われていた。ゼクウが亡くなったのであれば、それが当主か当主代理か違うにしても、やはりその三人のいずれかが選ばれるのが順当な話であるはずなのだ。
悪魔狩りの実績だけあろうとも、それで組織の長が務まるはずもなく、モアの言葉によって状況は変わるはずだった。
「なんだ? なぜ静まる?」
しかし、周囲はモアの言葉に同調する様子はなかったのである。当然モアの派閥は賛同の意を示していたのだが、ローアの派閥やモルガンの派閥、それにセネガルの派閥までもが何も答えようとはしない。いや、しようとした者もいたのだが、それぞれの派閥の仲間がそれを止めていた。
そのことに唖然としているモアに、モルガンが声をかけた。
「運が悪かった、いや間が悪かったのだろうな、モアよ。お前も王都の中にいれば、このような道化を演じることもなかったろうに……な」
若干の哀れみを込めてそう口にするモルガンの言葉に、モアは愕然としながらも問うことしかできなかった。
「どういうことだ? なぜ、アレが長なのだ? なぜ、当主になれる? なぜ、お前たちはそれを容認しているのだ?」
なぜなぜ……と繰り返すモアに、二階にいるルイーズがついに一歩前に出た。そしてモアに対してルイーズがこう告げたのだ。
「それはね。もう、こうする以外にキャンサー家が生き残る道がないからよ」