作品タイトル不明
第七百七話 その問いに答えよう
◎魔道大国アモリア 王都コーダ キャンサー家邸宅
アモリア大浄化塚で直樹たちと悪魔に憑かれたドラゴンたちが戦いを繰り広げているのと同時刻、迎賓館から行動していたルイーズとジンライ、それにシップーは今、キャンサー家の屋敷へと向かって庭の中の通路を進んでいた。
「人の気配がないですな」
「ええ」
ジンライが周囲を見回しながらそう口にして、ルイーズも少し不安げな表情で頷いた。とはいえ、その場にいるのはルイーズたちだけではない。ゼクウ専属の執事であるセバスが前にいて、ルイーズたちを先導していた。
「セバスさん。あの……他のみんなはどちらに?」
「は。他の方々はみなローア様が連れて行かれました。どのような用件かはお答えできませんが」
己の問いに返ってきた答えを聞いてルイーズが眉をひそめる。どうやらローアは己の配下総出で浄化塚に向かったということらしかった。
「ローア。一体どういうつもりなのかしら?」
「ナオキひとりにずいぶんと大仰なものですな。まあ、今のナオキならばドラゴンが相手でも早々後れをとることはないでしょうし、その能力を把握しているのであれば正当な評価とは言えますが」
ジンライの認識している限りでは、今の直樹の全力ならば並のドラゴンであれば鱗をたち、やりようによっては一刀両断することすら可能なはずだった。
とはいえ、ローアがそれを把握していたとはジンライも考えておらず、単に曲者揃いの白き一団のひとりとして警戒されたためだろうとジンライはひとり納得していた。
(とは言っても、それにしても少ないとは思うんだけど……)
ルイーズはルイーズで、屋敷の方を見てさらに眉をひそめていた。
まるでこの屋敷には自分たちしかいないかのような静けさがある。或いは後ろめたいものを見せぬために、他の者を屋敷から引き払わせたのかも……ともルイーズは考えた。
(ナオキに悪魔を憑かせて、ここでその検査でもするつもりだった?)
その推測でおおよそ正しいのだろうとルイーズがひとり結論付けた辺りで、彼らは屋敷の玄関へとたどり着く。
そしてセバスに続いてルイーズたちも入り口の広間へ入ると、正面にある階段の上にひとりの老人が立っていたのであった。
◎魔道大国アモリア 王都コーダ キャンサー家邸宅内
「お爺さま……」
ルイーズがつぶやき、ジンライは構える……ほどではないが、いつでも戦闘に転じられるように少しばかり態勢を変える。屋敷の中で待っていたのはゼクウ・キャンサーひとりであった。
ゼクウは驚くルイーズと警戒するジンライの様子に特に気にすることなく、階段を下りてくる。
「ゼクウ様、お客人をお連れしました」
セバスがそう口にすると、ゼクウは「ご苦労」と口にし、そのまま階段を下りきる。
ルイーズが一瞬嬉しそうにゼクウを見て微笑んだが、すぐさま思い出したようにその顔を引き締めて一歩前へと出た。
「お爺さま、昨日振りです」
己の対応ひとつが直樹の安全に影響する。ミスをするわけには行かないのだ。そう考えて口を開いたルイーズにゼクウも「よく来たねルイーズ」と言葉を返す。
「それにジンライ殿。大きな猫、シップーと言ったかな。そちらもなかなか珍しいお客人だ。私も猫は好きでね。よく昼寝の相手をしてもらっている」
その言葉にルイーズが少しばかり頬を弛ませる。
「お爺さまはお変わりないようですね」
「まあこの数百年は爺のままだからね。私は」
そう言って笑うゼクウの言葉通り、ゼクウの姿はルイーズの知っている以前となにひとつ変わってはいなかった。
「ルイーズ姉さん」
そのやりとりの後ろからジンライが声をかける。ここで世間話に花を咲かせるよりも先に済ませる話がある。それを言外に伝えてくるジンライに、ルイーズも頷いてからゼクウを見た。
「え、ええ。そうねジンライくん。お爺さま。今日はあたし、お爺さまにお願いがあって来たんです」
「ほぉ。ルイーズにしては珍しいな。お前は人に頼らぬ癖があったが……年を取って丸くなったのか、それとも良い仲間に恵まれたためかな?」
その返しに少しばかりくすぐったい思いにルイーズは駆られた。もっともその先にある話の内容は、決して明るいものではない。ルイーズも口元を引き締めながら話を続ける。
「当主代理であるローア・キャンサーが、あたしたちの仲間を連れ去りました。悪魔の容疑をかけられたようですが、明らかに誤った判断です。悪魔狩りのルイーズの名においてそれは宣言いたします」
そのルイーズの言葉にゼクウも頷き、続きを話すように手振りで促した。
「はい。それで正直なところ、ローアの対応に信頼が置けなかった為、申し訳なく思いますがお爺さまに力を貸していただきたくこちらに伺ったのです」
「なるほど。ローアが……な」
ゼクウが己の顎髭をさすりながら、少しばかり考え込む素振りを見せた。それからゼクウはルイーズに尋ねる。
「で、ルイーズ。お前はどうしたい?」
「はい。ただ悪魔ではないと言ってもどうせあの女には通じぬでしょう。ですから公開で確認をさせていただきたいのです。すでに私の仲間は捕らえられているのですし、わざわざ大浄化塚を封じて閉め切って調べなければならない意味も本来はないはず」
ルイーズの言葉にゼクウも「まあ、もっともではあるな」と返す。それからゼクウはセバスを見る。
「仕方あるまい。セバス、少々込み入った話になる。下がっていなさい」
「はっ」
ゼクウの言葉にセバスはその場でゼクウに、続けてルイーズたちに頭を下げて屋敷の奥へと消えていった。
それからゼクウはセバスがいなくなったのを確認したところで口を開いた。
「それでルイーズはお仲間のナオキくんを助けたい……ということだったね」
ゼクウがそう言って笑った。ルイーズも頷きかけたが、その言葉の違和感にハッとした顔でゼクウを見た。
「お爺さま?」
ルイーズは確かに仲間を……とは言ったが、それがナオキであるとまでは口にしていない。であればゼクウは別の誰かから拘束された白き一団のメンバーの名を伝えられているということになる。
(まさか、すでにローアが手を回して?)
であれば、この場でのゼクウへのお願いは難しくなるかもしれない。そうルイーズが考えて眉をひそめていると、ゼクウが笑って首を横に振った。
「安心しなさいルイーズ。ナオキくんは無事だよ。彼はこのまま問題なく解放されることになるだろう」
「本当ですか?」
ルイーズが思わず問い返す。その真剣なルイーズの表情を見てゼクウがうんうんと頷いた。
「まあ、おまえが心配なのは確かに分かる。ローアは昔から少々不安定になる傾向があったしな」
「ローアのことでしたら、あたしにはいつも不安定に見えてましたけど」
そう返すルイーズにゼクウが笑う。
「それはお前がいる前だからであろうな」
加えて言えばゼクウのそばにルイーズがいるときでもあった。
「まあ、心配はいらない。一応、手は打っておいたからね」
「お爺さま。すべて察していらしたのですね」
ルイーズがゼクウの言葉に感心した顔をする。
ゼクウは直樹が捕まえられていたことをすでに知っていて、その対処もすでに行っていた。それを聞かされてルイーズがやはり目の前の老人は心強いと心の中で強く肯いていると、
「ああ、そうだとも。このままナオキくんは特に怪我もすることなく救出される。ローアにしても、もうまもなく処分が終わるはずだ。何も問題もない」
「……は?」
続けての言葉に、ルイーズは自分が何を言われているのかが分からなかった。
「お、お爺さま、今なんと……?」
動揺するルイーズの横でジンライが一歩前に出る。
ルイーズがその行動にも首を傾げていると、ジンライはふたつの槍を握ってゼクウに向けた。
「ジンライくん?」
すでにジンライの意識はゼクウを敵と見ていた。それに気付いたルイーズが止めようと動きかけるが、その前にジンライが口を開く。
「それはどういうことですかな?」
「ふむ。ジンライ・バーンズか。鋭い男だな。ルイーズが惚れ込むのも分かるというものだ」
「お爺さままで!? ジンライくんも止めて!」
ルイーズが叫ぶが、ジンライは構えを解かない。それからゼクウが少しばかり肩をすくめながら故知を開く。
「どういうことか……か。まあ、制裁だよ。ローアは罪を犯したのでな」
「制裁?」
「ああ、アレはな。ヨーシュアを殺したのだ」
「あ……え?」
ルイーズはその言葉に目を見開いた。
「お爺さま、それはどういう……?」
「ついにアレも認めておったのよ。故に私はローアには制裁を与えることにしたのだ。ルイーズよ。それに文句はなかろう?」
そのゼクウの言葉にルイーズの目は泳ぎ、ゼクウを、それからジンライの方を交互に見た。
明かされた事実を前にして、ルイーズはどう考えて良いのか分からなかった。その言葉が正しいか否か……それすらもルイーズには分からなかった。しかしジンライはそのルイーズに葛藤には何も言わず、ゼクウへと視線を向け続けて、それから問いかけた。
「ひとつ、確認させていただきたいがよろしいか?」
「言ってみなさい」
ゼクウの言葉にジンライが頷きながら、言葉を続ける。
「あなたは悪魔か?」
その問いにゼクウが興味深そうな顔をする。
「そう思うかい?」
「いいえ」
逆に問い返したゼクウにジンライはそう返した。
それにゼクウは満足そうに頷き、混乱の極みにあったルイーズの表情にも少しばかりの笑みが宿る。足下がおぼつかない状態だが、ジンライもゼクウは悪魔ではないと認めたのだ。
「ならば違うのだろうな」
そのゼクウの言葉を聞いて、ルイーズはジンライを見る。ゼクウは悪魔ではない。だからジンライも槍を下ろすだろうと期待した。しかしジンライの構えは解かれず、続けての質問がその口から放たれる。
「では、もうひとつお伺いしたい」
「構わぬよ」
ゼクウの言葉にジンライは頷きながら、口を開く。
「東の竜の里ゼーガンを襲ったのはあなたか?」
「ジンライくん!?」
そのあまりにも直接的な問いに思わずルイーズが悲鳴を上げたが、
「ああ、そうだよ」
返ってきたゼクウの言葉にルイーズの表情が凍り付く。
「私が、東の竜の里を襲い、黒北侯ゲンを殺した……七つの大罪のひとりだ」
そしてルイーズの耳に、聞きたくなかった答えが告げられた。