作品タイトル不明
第七百六話 ギザギザで切り裂こう
直樹は正面のドラゴンを睨みながら駆けていく。
一瞥して分かるのは対峙しているドラゴンの姿は全身が漆黒に染まっているということだった。また額には人間の顔型の白き仮面が浮かび上がっている。
(確かペルソナとか言ったか。あれがコアみたいなもんだって話だったけど)
ドラゴンに付いている白い仮面だが、それはルイーズの話によれば、悪魔が自身の暴走状態時に己の人格を一時的に固定し退避させるために造るものなのだという。
(けどこのドラゴンは暴走状態じゃあない。そういう性質を利用して操っているんだろうって言ってたな。破壊するのは困難だって話だが、さて)
なお、今の直樹はいつも通りに竜鱗の鎧と不滅のマントを身に纏い、その耳には遠見のイヤリングを付けている状態である。
はぎ取られた直樹の装備は牢の管理室に置かれたままであったため、幸いなことに回収に苦労はなかった。
直樹はその上に狂骨の王衣を纏い、スキル『暗黒の呪印剣士』を発動させ全身に呪印を巡らせている。その状態が今の直樹の全力であった。
そして直樹は狂骨の闇魔王剣エクスと黒曜の王剣を握ってドラゴンへと斬りかかり、同時に左右から二匹の飛竜が突撃する。
「グギャアアアアアアッ!!」
飛竜たちの激突にドラゴンが吠える。それにはビリビリと肌に来るような威圧が込められていたが、直樹はそれを己の意志で抑え込む。
(姉貴に比べりゃあ、まだまだだな)
直樹は不敵に笑うとイダテンの脚甲に魔力をそそぎ込みながら、さらに加速していった。それを見てドラゴンもさすがにマズいと思ったのか、すぐさま身体を回転させて尻尾を真横に振るう。
「当たるかよッ!」
それを直樹はマントをコウモリの翼に変えて飛んで避ける。そのすれ違いざまに尾をエクスで切り裂くとドラゴンが悲鳴を上げた。
「よし効いてるぞ、エクス。お前の新たな力を見せてみろッ」
「ガカカカカカカカカッ」
直樹の言葉に反応しエクスが笑い声を上げると、一度爆発して弾かれた二本の魔剣が再び飛竜へと変わって飛び上がった。そして今度は激突ではなく、ブレスを吐かせながら翼を刃に代えて周囲を飛び回りドラゴンへとダメージを与えていくスタイルで攻めていく。
「グガァアアアッ!?」
それにはドラゴンが堪らず咆哮した。それから怒りに燃えた視線を直樹に向けながら、息を吸い込んでのど袋を膨らませたのである。飛竜たちがそこに攻撃をさらに仕掛けるが、すでに防御の構えを取っているドラゴンへのダメージは少ない。
「ぶ、ブレスが来るぞッ!」
その様子を見ていたエルフのひとりが叫び、他のエルフたちも焦った顔を見せた。この場でブレスを吐かれれば、それは直樹だけではなく、後ろにいるローアやその配下のエルフたちも纏めて浴びせられてしまうだろう。彼らのいる通路上には遮蔽物もないのだから、このままでは死は免れない。しかし直樹に慌てる様子はなかった。
「グォォオオオオッ」
「効くかよ!」
そしてドラゴンがブレスを吐き出そうとしたと同時に、直樹が狂骨の闇魔王剣エクスと黒曜の王剣を地面に突き立てた。
すると剣が突き刺さった場所から影が浮かび上がって伸び、通路を塞ぐように広がり漆黒の壁へと変わったのだ。その次の瞬間にはドラゴンがブレスを吐いたが、その壁を通過することはできなかった。
「同じ闇属性の防壁だ。通りはしないさ」
確信を持って直樹はそう告げる。
漆黒の炎は漆黒の壁によって阻まれた。ドラゴンもその状況に気付いたのかすぐさまブレスを止めて、巨体を震わせて壁への突撃を開始する。
「切り替えの早いヤツだな。イリア師匠、頼んだぜ!」
その直樹の言葉とほぼ同時に、影でできた壁はドラゴンの体当たりによって呆気なく崩れ去った。もっとも、そのドラゴンの行動はすべて直樹の想定通りのもの。
「グガァ?」
そのまま壁を超えたドラゴンが周囲の魔力反応に気付いた。見回せば、壁の先にあった通路には何枚もの呪札が所狭しと張られていたのである。それはイリアが設置した忍術発動用の媒体だ。
「任せろっす。金遁の術『音叉瀑布』を発動!」
そして直樹の指示に従ってイリアが印を結んで呪札を発動させると、轟音が響き渡ってドラゴンが全身を振動させながらその場で倒れ込んだ。
「うーん。完璧ッスね」
イリアが自画自賛するが、その評価に足りうる結果であることも確かであった。
イリアは指向性を持った巨大な音波を呪札から放ち、ドラゴンへとぶつけたのだ。それによりドラゴンは音波の衝撃によって全身を強く揺さぶられ、ショック状態で動けなくなっていた。それは長く効果の続くものではないが、今の直樹にはそれだけの時間があれば十分だった。
「ナオキっち、これでトドメをッ!」
「了解ですよイリア師匠。エクス、行けるな!」
直樹の言葉にエクスが「ガカカカッ」と笑う。それを見た直樹が己の左手に持つ黒曜の王剣をエクスと重ね合わせる。
(魔術式を結合させ、それから 暗黒物質(ダークマター) を共鳴させて物理的に融合させる)
直樹の両腕に刻まれた呪印が輝きを増し、黒く染め上げられた刃同士が融合していく。
さらに直樹自身の影から伸びてきた漆黒のオーラが剣へと吸収されていき、最終的にエクスの刃は六メートルを超えるサイズにまでなった。
「震わせろエクスッ」
最後に直樹の言葉と共に刃先にエクスの口に並ぶ牙のような無数の刃が浮かび上がり、それが「ガカカカカカカカ」とエクスの笑い声と共に動き始めたのである。
「このままブッたぎる!」
そうして現れたその姿こそは狂骨の闇魔王剣エクス・オーバーリミット。直樹のスキル『魔剣の支配者』によって限界を超えたエクスであった。
その巨大なチェーンソーと化したエクスは、見た目通りに強力ではあるが非常に重くて扱い辛い。だが今の直樹は狂骨の王衣とスキル『暗黒の呪印剣士』により増加した膂力によってそれを自在に操ることを可能としていた。
「これで終いだぁああっ!」
直樹は駆け出し、コウモリの翼を広げて飛び上がる。
「グガァアアッ」
それに気付いたドラゴンが叫ぶが体はまだ動かず、直樹は巨大なチェーンソーを一気にドラゴンの頭部へと振り下ろした。
「グッギャァアアアアア」
そして断末魔の悲鳴と共に漆黒の巨体は真っ二つに切り裂かれたのであった。
「凄い……」
ローアが呆然とその姿に見入っている。
一刀両断。直樹の剣がドラゴンを白い仮面ごと切り裂いたのだ。その姿をローアは熱に浮かされたように見つめていた。
「やったっす!」
またその場にいたイリアも両腕を上げて歓喜の声を上げ、他のエルフたちも安堵の息を漏らしている。確かにドラゴンを倒した。しかし、事態はそれで解決したわけではないのだ。
直樹は剣を再びふたつに戻しながら、ドロドロに崩れ始めたドラゴンから通路の奥へと視線を向けた。
「後、四体。やんなるな……」
そう直樹がぼやく。その言葉通り、奥からドラゴンたちの足音が近付いてくるのがイリアたちにも分かった。複数の足音にイリアの額からは冷や汗がこぼれ落ち、それから直樹に問いかける。
「どうするっすか? この人数なら牽制しながら逃げられると思うっすけど」
その問いに直樹は思案する。すでにローアは助け出した。奥にいたエルフたちは残念だがすでに全滅しているようだ。であればこの場に留まる理由もない。
「分かりました。じゃあこれから外に……ッ!?」
話の途中で唐突な気配に気付いた直樹が、ドラゴンたちが迫ってくる方向とは逆に視線を向けた。そして何かが飛んできた。
「っと……あぶねえっ!?」
直樹が迫ってきた何かを手に取る。それは魔法殺しの剣であった。それから直樹が少しばかり目を細めて荒げた声で、それを投げた人物に抗議する。
「危ないだろ弓花。それに遅いぞ」
「あーあ、これでも結構飛ばしてきたんだけどねえ」
直樹の言葉と、この場にいなかったはずの少女の声に、ローアたちが背後へと視線を向けた。そこにいたのは狼を象った銀色の鎧を纏う少女であった。
「まあ、一匹倒したんなら、アンタにしては上出来よ直樹」
要するに弓花である。
「ナオキッ!」
その弓花の後ろからエミリィが顔を出した。それには直樹もバツが悪そうな顔をして手を振った。
何しろ、デート中にエミリィを置いて直樹は拉致されたのだ。直樹に咎があるわけではないが申し訳ない気持ちになるのも仕方のないことではあった。そのふたりを見ながらイリアも(見えないようにエミリィに一度舌打ちをしてから)喜びを顔に表して口を開く。
「あー、間に合ったみたいっすね」
「どういうことです? 結界は?」
その状況について行けていないローアに、直樹は握っている魔法殺しの剣を前に出して見せた。
「魔法殺しの剣。これで解いてもらったんだよ。多分姉貴にさ」
それは直樹が風音から譲り受けた剣であった。直樹は牢を出て、この場に来る途中に魔剣操作で外へと飛ばしていたのである。それを弓花たちが受け取って結界を切り裂いてこうして浄化塚の中へと入ってきていた。
「それでふたりだけってのは?」
直樹がそわそわしながら弓花に質問する。
その場にいるのは弓花とエミリィだけだ。そして直樹が気にしているのは当然チンチクリンである。それを悟った弓花が肩をすくめながら言葉を返す。
「ティアラやレームたちはこの浄化塚の外に出たドラゴンたちと戦ってるわ。街にいかせるわけにもいかないしね。ただ風音や師匠たちは……」
その言葉の途中で弓花が眉をひそめる。そんな弓花の様子に直樹が訝しげな視線を向けたが、直樹の疑問はエミリィの言葉で中断せざるを得なかった。
「来るわよナオキッ!」
そして通路の奥からドラゴンたちが突撃してくるのが直樹にも見えた。
「姉貴は無事なんだな?」
「あったり前でしょ」
直樹の簡潔な問いには弓花も強く頷いた。それを聞いて直樹は気持ちを入れ替えて再び剣を構える。戦いはまだ終わってはいないのだ。そして直樹は再びドラゴンへと駆け出した。