軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七百五話 声の元へとたどり着こう

声が響いてきたのだ。

いくつもの救いを求める声がスキル『救いを求む声』の力で直樹の精神へと届いてくる。そしてそれは、ゼクウによって深く封じられた直樹の意識をざわめかせ続けていた。だが覚醒しようとする直樹の意識の前には壁がある。

(重い……)

直樹はわずかに残された意識の中でソレを感じる。ゼクウが仕込んだ直樹の意識を封印している魔術式が重石のように直樹の意識を沈めていく。だが見知った人の声が聞こえたのだ。その声が直樹の心に届いたとき、直樹の意識は一気に覚醒し、ゼクウの封印を破壊した。

「ウォォオオオオオオオオッ」

目覚めた直樹が見たのはドラゴンの 顎(あぎと) だった。もっともそれを見た直樹の瞳に迷いはなかった。

何もかもが透き通るような感覚。それが弓花も習得していたスキル『ゾーン』の領域であることを直樹は理解していなかったが、その感覚自体は把握していた。

そして直樹は一気に飛び上がるとそのまま走り出した。アイテムボックスからすぐさま竜炎の魔剣『牙炎』と水晶竜の魔剣『虹角』を取り出し、目の前の敵へと突撃する。『察知』スキルはドラゴンの行動を把握している。次の瞬間に闇属性のブレスが吐き出される。それを封じねばこの場の全員が死ぬのだ。

故に直樹は『 限界突破:魔剣(オーバーリミット) 』で魔剣の出力を最大にし、頭部そのものを切り裂いた。全身全霊。すべてのタイミングが合致し、ドラゴンの頭部は二撃で破壊され、白い仮面も同時に砕けていった。

「ふぅ……」

そして崩れ落ちるドラゴンを見て、直樹はホッと息をついた。それから直樹は思い出したかのように後ろを振り返ると、そこにはやはり見知った顔がいたのである。

「あ、やっぱり……イリア師匠の声だったんですね。おかげで目ぇ覚めましたよ」

直樹はそう言って微笑んだ。本当にギリギリのタイミングだった。下手をすればそのままあの世行きだったのだ。それを救ったのは紛れもなく、イリアの心の叫びであった。それから直樹は、再びドラゴンへと目を向けた。

(しかし、あの爺さん。やってくれたな。クソッ)

ドラゴンは、濃いブラックポーションのようなドロドロとした液体になって崩れていく。もはや疑うまでもなくソレは悪魔の所業であった。

目の前でもはや原形を留めていないドラゴンの額にあった白き仮面は悪魔の操る魔物の特徴だった。ゼクウ・キャンサーが最低でも悪魔側の存在であることは明らかであった。

「ナオキっちぃぃい。助かったっすよぉぉお」

そして、思案していた直樹にイリアが抱きつこうと飛び込んだ。

「うわっ」

「ノゥッ!?」

それを直樹は避け、某盗賊ダイブをしようとしたイリアが床に激突する。イリアは涙目で直樹を見ながら口をとがらした。

「ひ、ヒドいっすよナオキっち」

「いきなりだったので……その、すみません」

直樹はバツが悪そうな顔で謝りながら、そっと手を差し出した。

「まあ、許すっす。ほいやっと」

その直樹の手に引かれて立ち上がったイリアは一転してにこやかに笑いながらそう返した。ベロチュー(気付け薬を流し込んだ)と半裸なで回し(肉体の状態を探っていた)を行ったイリアの直樹メーターは今ほぼ満タンだったのだから、イリアとしてはむしろお釣りを渡したい気分であったのだ。

「それでどうしたんすかナオキっち? なんか変な術にかかってて、それも抜け出したっぽいっすけど」

「ゼクウですよ。あの爺さんが俺を……」

その言葉に、イリアと近付く床で腰の抜けているエルフが訝しげな視線を直樹に送る。

「ゼクウ? まさか、あの男が来たっすか?」

その事実をイリアは知らなかった。門番のエルフも気付いていなかったが直樹ははっきりと目撃しているし、その言葉も聞いている。

「ええ、ともかく今は姉貴と合流を。ああ、そうだ。連絡のメールはしておかないと」

直樹がウィンドウを開きメールを送る。姉ならば愛すべき弟のメールがくればすぐに反応するだろうと直樹には分かっていた。大事な大事な弟からのメールである。きっと専用フォルダを設定して大切に保管してくれているはずだと確信していた。

「はぁ、便利っすねえ」

そしてウィンドウを表示させ、AR表示のように空中にでているソフトウェアキーボードを叩きながらメールを書いていく直樹を見て、イリアがそんな感想を口にする。

イリアも直樹がプレイヤーであることを知っていたし、ウィンドウの機能についてもゆっこ姉からある程度は聞いている。

まったく持って便利な能力だなーとイリアが感心している内に、直樹はメールを送り終えたようである。

「早かったっすね」

「脱出成功と相手の目的を送っただけです。急がないといけないところがあるんで」

直樹の言葉にイリアが首を傾げるが、直樹は続けて牢番エルフを見た。その視線に牢番エルフが狼狽えるが、直樹も別に危害を加えようと考えていたわけではない。

「おい、あんた」

「は、はい!?」

「死にたくなければこの中に入ってろ。連中も牢内なら入ってこれないらしいしな」

そう言ってから直樹はイリアと共に牢を出た。それから鍵は閉めずに扉を閉めた。忠告はしたが最終的な判断は牢番エルフに委ねるしかない。このような事態では何が最善かは直樹にも分からないのだ。

「ほぅ。この牢の中は安全圏なんすか?」

「ゼクウはそう言ってましたね。あの男の標的は俺たちではなかったんです。あのローアとか言う女性……と」

そう言った後に直樹の顔が歪む。

「どうしたんすか?」

「いえ、急ぎましょう。もうギリギリっぽい」

その直樹の視線は建物の奥の方へと向けられていた。

**********

「しっかりしてくださいローア様」

ローアの部下のひとりがそう言って、ローアを担いで通路を進んでいた。そしてローアたちの背後からは無数の爆発音が響いてきていた。続けてドラゴンの咆哮と人の悲鳴が聞こえる。

それはローアの部下たちが黒いドラゴンと戦っている戦闘音であった。自分たちの主であるローアを逃がそうと彼らは逃げる役と戦う役を分けて動いていた。もっともそのローアと言えば、今や魂の抜けた状態であった。

「ジェッゾ、くそ。やられたのか? マイル、ここから先は一本道だ。早く逃げるぞ」

「おう。ローア様も気をお確かに」

その部下の言葉にもローアは震えるばかりだ。

「もう駄目よ。わたくしは……もういいわ」

「ローア様ッ!?」

部下のエルフが声を上げるが、ローアは首を横に振る。

「あなたたちは逃げなさい。わたくしが食べられている間に、そうね。外へと……早く。わたくしは、もう疲れました」

涙をこぼしながらローアがそう言う。だが彼らには選択肢はない。エルフの一族は身内に対する情は深く、それ故に愛憎も渦巻くし、気位の高さから対立も起こる。

そんな彼らにとってローアは己の主であり、命を賭けて守るべき人物だった。

「もう……もう、いいのです」

だがローアはその部下たちの信頼に耐えられない。だが、身体は動かない。拒絶された心が体を麻痺させたように動けない。死にたいのか、生きたいのか……もうローアには何も分からなかった。それでも目の前の己の配下を殺したくはないのだけは確かだからローアはそう口にしたのだが、彼らは聞き入れる気はないようだった。

「はは、ローア様とは一蓮托生。あなたより後に死ぬつもりはありませんよ」

好みに偏りがあり、ヒステリックで、今回の件でも彼らは決してローアの決断に納得がいっているわけではない。だが、彼らにとってローアは主であった。ここまで悪魔狩りを支えてきた誇るべき存在であるには違いなかった。

そんな部下の言葉にローアの瞳から滴がまたこぼれ落ちる。涙が枯れない。何もかもが己の思い通りにならずに情けなくて、ローアはさらに涙を溢れさせる。

「駄目だ。正面からもドラゴンが来るぞ。連中、どれだけいるんだ?」

「守れ。ローア様を」

部下の一人が前に出て魔術を唱え、次の瞬間には雷が走った。だがドラゴンはその魔術を受けても、突進速度が弛まる気配はなかった。

「ぐあああッ」

そしてエルフのひとりが弾き飛ばされる。

「ローア様、お逃げを」

ローアの前を残り四人の部下たちが固まり、魔術の障壁を作る。

ローアの部下たちは悪魔狩りの中でも精鋭で構成されている。十全に準備をして挑めばドラゴンを相手にも戦うことは可能だ。だが、今の彼らは一部の護衛を除けば非武装状態であった。だからローアにも、配下のエルフたちにも分かっていた。このままでは全滅だと。

仲間を巻き添えに、ゼクウに愛されぬままローアはここで殺される。そのことに絶望し、そしてローアは渇望していた。

(死にたくない……)

そうだった。ローアは、このような何もかもに負けたまま 魔力の川(ナーガライン) に召されるなど嫌だった。死を目前にそれをハッキリと理解した。

だが、すべては遅い。ドラゴンたちの狙いは明確にローアであった。正面の部下たちが弾き飛ばされ、その際に受けた魔術によって爛れた顔のままドラゴンは 顎(あぎと) を開き、ローアをひと飲みにしようと飛びかかる。

「ローア様ッ!?」

ローアの部下のひとりが地面に這いつくばりながら悲鳴を上げる。だがドラゴンの 顎(あぎと) は無情にも閉じられた。

喰われた。

誰もがそう思った瞬間に、炎と虹の光の小さなドラゴンが空中を横切りドラゴンの顔へと直撃した。

それに悲鳴を上げたドラゴンが首を振り上げた拍子に口が開き、ローアが空中に投げ飛ばされた。

そしてそれを通路の天井ギリギリをコウモリのような翼をなびかせた影が通過し、そのままローアを拾って、ドラゴンから離れた場所に降り立ったのである。

「やっぱりアンタか」

ローアはいきなりの状況に目を丸くしながら、自分を抱き抱えている相手を見た。それは骸骨の騎士だった。コウモリの翼がマントへと替わっていく。そして、その骸骨騎士の目と口元を見て、ローアはそれが直樹であると看破した。

「あなた、なんで?」

「なんでって? さあな。知るかよ。俺だって好き好んで来たわけじゃないしな」

そう言って直樹はドラゴンへと視線を向ける。

ドラゴンは直樹を警戒していた。明らかにこの場にいるエルフたちよりも強者の気配を放つ直樹を前に、どう動くべきかを吟味するかのようににじり寄る。

「だ、だったら放っておいてもらえるかしら。もうわたくしには生きる意味などないのです。あなたのことももう……今となっては」

「うるせえよっ」

直樹がローアの言葉を遮り叫んだ。

「あんた、ルイーズさんの弟殺したんだってな」

ビクッとローアの肩が震えた。その様子で直樹もそれが事実であると理解する。

「その上に……ああ、もういい。そんなことを言いたいんじゃない。俺はな」

「だったら……」

なおも何かを言おうとするローアを床に下ろしながら直樹が諦めた口調で口を開いた。

「仕方ねえだろ。さっきから聞こえてんだよ。助けて、助けて、死にたくない、生きたいって声がな」

それはローアの心の声だった。直樹が覚醒したのはイリアの声であったが、それまででもずっと届いてはいたのだ。深い絶望に染まった女の声が。それを直樹は無視できなかった。

「それにな。姉貴が言ってんだよ。女の子には優しくしろってな。無視とかされるのは悲しいってな。そう言って泣いてたんだよ、俺の姉貴は!」

それは直樹が思春期の反動で風音と口を切かなくなった時期の話だ。泣きながらそう言った風音の言葉は今も直樹の心に刻まれている。それこそが直樹の基準であり、姉狂いが悪化した原因であり、八方美人の元凶でもあった。

「だから、あんたがどんなヤツだろうと……知ったことか。そんな泣いて助けを求めてる女を見捨てて逃げたらなぁ」

そう言って直樹がドラゴンへと飛びかかる。

「俺は姉貴に顔向けできねぇえんだよ!」

敵は目の前の一体だけではない。さらにはまだ浄化塚の奥地に別のドラゴンたちも控えている。だが直樹の心に迷いはなく、負ける気など微塵もなかった。

そして、直樹の戦いが開始される。それは正しく勇者の姿であった。