軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七百四話 ヘルプをしよう

「白い仮面……悪魔だ。あれは東の竜の里を襲ったヤツラだよ」

そう風音が声を上げる中、建物から出てきたドラゴンが逃げるエルフのひとりを喰らい、噛み砕いて飲み込んだ。

「ああっ」

「うわっ」

ティアラとレームが悲鳴を上げ、顔を背けた。そしてレームの頭の上でタツオがくわーっと鳴いた。その声には怒りが混じっている。

『母上、あれは里の同胞です。父上の記憶が、そう告げています』

タツオの中にはナーガの知識と記憶が受け継がれている。それは本来死ぬはずだったナーガが己を継承させるべくタツオに託したためだ。その記憶の一部が今、目の前の黒いドラゴンを見て紐解かれたようである。

「あの時に……連れ去られたのかよ」

ライルが眉をひそめる。あの時とは当然、東の竜の里ゼーガンへ悪魔が攻撃を仕掛けたときのことだ。生きたままか死体かは分からないが連れ去られて、それから悪魔を植え付けられたのだと白き一団のメンバーは理解した。

「た、助けてくれ」

そして、まだ逃げているエルフのひとりが風音たちの前へと走ってくる。しかし風音たちとの間には不可視の障壁があり、エルフは風音たちの元へはたどり着けない。

風音も必死な形相のエルフを見て、どうにかはしたいとは思う。しかし目の前の不可視の壁を壊す手段が今はない。

「助けてって言ってもこの結界をどうにかしないと。どうにかならないの?」

風音の言葉にエルフが泣きそうな顔で首を横に振る。

「術式が誰かにいじられていて私たちでは解けないんだ。どうにか、ここを」

そう言うエルフの後ろで「うわぁあ」と悲鳴が聞こえた。逃げていたもうひとりのエルフがドラゴンの腕に潰され、そのまま喰われたようだった。それを見て風音の前にいるエルフが悲鳴を上げる。

「ちょっとエルフさん。あっち、あの中に逃げて!」

風音が焦った声で指差す方向には浄化塚の中に通じる小さな扉があった。さきほどエルフたちが出てきた入り口とは違い、人が出入りする程度の大きさなので入ればドラゴンは追ってこられない。そう考えた風音の言葉にエルフが頷くと、踵を返して一気に走り出した。

「必ず助けるから早くッ」

「あ、ああ。頼む。頼んだぞ」

エルフの男はそう叫びながらドアへと飛び込み、そこに飛び込んだドラゴンの首が激突し建物を破壊する。

「駄目かよっ」

ライルが眉をひそめたが風音は「いや」と声を上げた。

「間に合ったみたいだね」

その風音の言葉と共に入り口に激突したドラゴンの首が持ち上がったが、エルフの男の姿はどこにもなかった。そのことに風音たちは安堵の息を洩らすが、ドラゴンの方は風音たちの姿を認めると襲いかかろうとすぐさま走り出した。

「カザネ、やべぇ」

レームが叫ぶが、風音は特に身構えもせずにその様子を観察している。そしてドラゴンは風音たちに近付く直前に不可視の壁に激突して弾き飛ばされ、地面を転げていった。

「まあ、これがある限り私たちは安全……ってわけだけど」

風音が眉をひそめながらドラゴンを見続けている。

地面に落ちたドラゴンは再び立ち上がって風音たちを睨むが、見えない壁のことは理解したようで再度襲おうとはしてこなかった。それから風音たちを睨みつけ唸って吠えた後、また建物の中へと戻っていったのである。

「風音、マズくない? このままだと中の直樹が」

ドラゴンが中に入ったのを見ながら、弓花が焦った声で風音に尋ねる。それには風音も「分かってる」とだけ返して、周囲を見回した。

「ウィンドウの表示を見る限り直樹はまだ無事。だけど……ちょっと危険だよね」

であれば、どうするか?

(ジークも旦那様もメタルカザネも温存してある。手札のひとつくらい切っても直樹を守りながら悪魔と戦えるか)

直樹はまだ無事だ。風音は努めて冷静に考える。焦ってミスを犯すわけにはいかない。直樹を救うためには最善の一手を指し続ける必要がある。相手が悪魔であることは確定したのだ。姿を見せぬ悪魔を想定しながらでなければ、どこで足下をすくわれるか分からない。

(だったら一気にこの場をぶち壊すには)

そして風音は切り札のひとつである『竜と獣統べる天魔之王』の『見習い解除』を行おうとして、

「えっ?」

唐突に届けられたメールに驚きの声を上げたのだった。

◎アモリア大浄化塚 牢内

時間は風音たちが悪魔に憑かれたドラゴンを目撃したときより少し前にさかのぼる。

「うーむっす」

ゼクウが先ほどまでいた牢の中では、動けずにその場で倒れたままの直樹と、牢番をしていたエルフと、さらにはイリアがいたのである。

(うーん。どうするっすかねえ)

イリアは 半裸(セミヌード) の直樹を見下ろしながら思案している。さきほどから色々としているのだが直樹が目を覚ます気配がないのだ。

「ベロチューしても目を覚まさない。ふむ、となると行くところまで行っちまってもいいんすかね? ズボンとか下ろしてもいいんすかね? 乙女のキッスで駄目ならもっと深く粘膜接触すればいけるんじゃねっすかね? どうっすかね?」

「し、知らねーよ。いや、知りません。ごめんなさい」

イリアの後ろには顔が思いっきりボコボコにされたエルフがいた。そしてギロリと睨んだイリアを前に、その顔に暴力の跡を刻まれた牢番のエルフは怯えながら土下座する。

「本当なんだ。ローア様に単に拘束具を着せられただけのはずなんだよ。魔術を使えないように封印処理こそされてるけど、意識なんて奪ってねえんだ」

イリアがそう叫ぶ牢番エルフをじっくりと見る。

時間をかけられるなら拷問で口を割らせようとも思ったが、今の状況は異常である。それに長年この手のことに携わってきたイリアの目から見ても、目の前の男は本当に何も知らぬようだと認識していた。

(だとすると困ったっす)

そしてイリアは途方に暮れている。

直樹が捕まったとき、実はイリアは近場にいたのである。イリアは直樹を式神で 監視させて(ストーキングして) いたために悪魔狩りに拉致されたことはすぐに確認できていた。なので慌てて近付いた後、気付かれぬように馬車の下に滑り込んで隠れてここまで付いて来ていた。

とはいえ、ローアの術者としての腕前は確かなものだ。途中で式神などを出して連絡を取ればバレる可能性もあり、イリアはひたすらに気配を殺して馬車の下で機会を伺っていた。結果としてイリアが動けるようになったのはつい先ほどのことだった。

浄化塚の建物内で何かしらの異常が発生し、馬車付近の見張りがいなくなったのだ。そしてイリアは犬神を喚ぶと匂いをたどらせて直樹の元までたどり着き、牢番エルフをボコって状況の確認をし、今は直樹の介抱を行っていたのである。

「しっかし、なんなんすかね。この術は?」

イリアが苛立ちを露わに直樹の首筋を見る。それを機転に直樹の意識が封じられているのは、ここまでの調べで把握できている。つい先ほども口移しで気付け薬などを飲ませはしたが効果がないようだった。肉体的反応を伺ったが、まったく動く様子もない。

(魔術的に眠らされている……けど、あっしにはそれを解く手段がねえっす)

イリアも解呪の類ができないわけではないが、専門家ではない。今の状況で直樹の意識を目覚めさせることはイリアには無理であった。

「しゃーねえっす。ひとまずは身柄を確保してこの場を離れるっすかね……む?」

イリアが決断したとほぼ同時にズシンズシンと妙な振動があった。それは巨大な何かが足踏みをしているようであり、牢内にも重い空気が流れ始めてきた。

「なんすか?」

「し、知らない。本当に知らないんだ」

イリアの再度の睨みに牢番エルフが必死に首を横に振る。浄化塚の門番などがいるのではとイリアは思ったが、牢番エルフの口を割らせるよりも早くにその原因がやってきた。

「は?」

そしてイリアが呆気にとられたのも無理はない。イリアたちの牢の前、やや開けた通路をヌッと巨大な黒い影が横切ったのである。

「ひっ、ヒャアアアアア」

牢番エルフが悲鳴を上げて後ずさる。そこにいたもの、それは黒いドラゴンだった。

「ドラゴンって? なんでっすか?」

イリアも目を丸くしてそれを見ている。黒いドラゴンが牢の外にいた。理由が分からない。だが、イリアはそのドラゴンを見てあることに気付いてしまう。

(頭部に白い仮面? まさか悪魔?)

それは報告で聞いた東の竜の里を襲った魔物の特徴に酷似していた。そんな状況にイリアも牢番エルフもどうするべきかと思案していると、ドラゴンはイリアたちと、そして開いている扉にも気付いた。

(しまったっす!?)

いつでも逃げ出せるようにと開けっ放しにしていた扉を見てイリアが顔を青くする。身体までは入ってこられないだろうが首を入れるだけの幅はある。そしてそれだけあれば目の前のドラゴンは牢の中にブレスで吐くことも可能なはずだ。

(ああああ、ナオキっち、ヘルプミーっすぅぅうう!)

絶体絶命のピンチ。イリアの心の叫びが上がったその次の瞬間に、イリアの横を影がよぎった。

同時にドラゴンの口から開かれ、その中から黒い炎が湧き上がってくる。

「ォォオオオオオオオオッ!」

それにひとりの少年が飛びかかったのだ。少年は右には炎を、左には虹を宿した剣を同時に振るってその頭部をバツの字に切り裂いた。

「く、口伝オダノブナガ流バツの字斬り」

イリアがそれを見てそう口にする。その声に反応して少年が振り返る。

「あ、やっぱり……イリア師匠の声だったんですね。おかげで目ぇ覚めましたよ」

まさしく会心の一撃と言ったその攻撃に崩れ落ちるドラゴンの前で、そう口にした半裸の少年。それはつい今まで意識を失っていたはずの直樹であった。