作品タイトル不明
第七百話 路地に消えよう
◎魔道大国アモリア 王都コーダ 商業区
「ふぅ」
直樹が街並みを見ながら、溜め息をついた。
「お疲れねナオキ」
それを横に並んで歩いているエミリィが苦笑する。今は弓花がキャンサー家を訪れた日の翌日。本日は自由時間で、直樹とエミリィは恋人らしくデートを楽しんでいるところ……のはずだった。
しかし直樹は自分たちへの監視の多さに辟易していた。迎賓館を出てからずっとそれらは付いてきており、その数は減るどころか増すばかりであった。護衛も兼ねて隠密に動いているつもりであろうが直樹の『察知』スキルは彼らの存在を見逃さず、ともかく邪魔であったのだ。
「この国に入ってから妙に監視の目が強くてさ。正直かなり息が詰まる感じがするんだよな」
「まあ、カザネが色々と危険物を持ち込んでるからねぇ」
エミリィの言葉に直樹も同意の頷きを返す。もっともそれはカザネだけではない。場合によっては王都を落としかねない……というよりも確実に落とせる戦力を白き一団は有している。
この国にも守護兵装はあるのだが、それは王都へ攻めてくる敵に対してのもので既に内部に入り込まれている状態では周辺への被害が大き過ぎるという問題もあった。
ミサリも白き一団のすべてを把握しているわけではないだろうが、警戒するに越したことはないとも考えているようだった。
(しかし、悪魔狩りか?)
実は先ほどから直樹が『察知』スキルで掴んでいる中にはエルフたちの姿もあった。アモリア王国だけではなく、悪魔狩りにも目を付けられたかと思うと直樹としてはやはり溜め息をつかざるを得ない。
「ナオキ、そしたらどうする? 今日はもう切り上げる?」
「いんや。気にしても仕方ない。ガードマン付きのデートと思えば安心ではあるしな。一通り店を回って、食事については歓待パーティで聞いたところにでも行こうか。そこなら少しは監視の目も減ると思うし」
その直樹の言葉にエミリィが「賛成」と返事をする。
「けどあの場所で聞いたってことはお高いんじゃない?」
「まあ、今更だな。このパーティにいる間は金の心配はいらないし」
直樹の返答を聞いたエミリィからは「あはは」と少し乾いた笑いが起こった。
「けど、パーティって言えばナオキには助けられたわよ。あんなの私たち全然慣れてないし、ナオキがいなかったら本当に大変だったかも」
「いや、俺だって慣れてる訳じゃあないけどさ」
エミリィの言葉に直樹が首を横に振る。それは先日のハイヴァーンに縁ある貴族たちとの歓待パーティの時の話であった。
次代のハイヴァーン大公候補であるライルと縁を繋ぎたい者たちがその場には多く集まっていたのだが、ライルとエミリィにはそうした場面にとんど免疫がなかったのである。精々が幼い頃に両親と共に城のパーティに何度かお呼ばれしたくらいで、それも当然主賓ではなかった。
また一緒に来ているジンライはそうしたことにまったく興味がないようで気配を殺して適当に食事をするという器用な真似をしてコソコソとしていた。
己が出ればむしろ恥をかかせるやもしれんと適当なことを言っていたジンライは孫を救う気がゼロであったのだ。
そして結果どうなったかといえば、貴族たちとの会話のほとんどを直樹がさばいていたのである。
特に直樹は奥様方へのウケが良く「さすがミンシアナの王族」「エミリィさんが羨ましいわぁ」とベタ褒め状態であった。その上で奥方の旦那たちとも親しく話しており嫉妬フラグもすべて回避していったのだから、それはもはやプロの手口としか言いようがない。真のイケメンチートとは顔ではなくコミュ力なのだと見せつけるような手並みであった。
「そうかしら。本当に手慣れた感じだったじゃない?」
「うーん。まあ、周りを見てれば大体分かるものなんだよ。エミリィだって慣れれば……と、またか」
直樹が周囲を見渡してから、とある方角に視線を向けた。その様子にエミリィが眉をひそめる。
「もしかして、また『救いを求む声』とかいうのが聞こえたの?」
「ああ、そういうことだな。まったく世の中もう少し平和であって欲しいよ」
直樹はそうぼやきながらも表情は真剣なものへと変わっていく。
「そんじゃあ行ってくる」
それから直樹はすぐさま走り出した。もうエミリィも慣れてしまったことだが、直樹のスキル『救いを求む声』は救いを求める人の声を拾ってしまう。そして姉のことを抜かせば基本善良イケメンである直樹はそれを見過ごすことはできない。
「あっ!?」
エミリィが思わず声を上げた。直樹が走った先にあるのは民家であったのだ。しかし直樹はその建物のわずかな出っ張りを見定めてトトトトンッと蹴り上げて屋根まで登っていき、そのまま手早く裏手へと回っていった。
「相変わらずね。まったく」
エミリィが苦笑する。人助けの相手が女の子であることが多いのが腹立たしくはあるが、それを助けない直樹ではないこともエミリィにはよく分かっている。だからエミリィはいつも通りに直樹を待つことにしたのだ。
だが直樹はいつまで経ってもエミリィの元へと戻ってはこなかった。そして数分しても戻ってこない直樹に焦りを感じたエミリィはすぐさま裏手へと回ったのだが、もうそこに直樹の姿はなかった。
「これって、どう……いう?」
ただ痕跡だけはその場に残っていた。
それはエミリィの目の前、恐らくは先ほどまで直樹がいたであろう路地の壁に刻まれていた文字があった。それにはこう書かれていた。
『悪魔狩りに捕まった。姉貴への連絡を』
……と。
◎魔道大国アモリア 王都コーダ 迎賓館
「カザネッ!」
迎賓館の風音たちの部屋にエミリィが飛び込んできたのは、直樹が姿を消して二十分ほど経った後のことである。
「え?」
エミリィは部屋の中に勢いよく入りはしたが、そこで身体が固まってしまった。頭に冷や水をぶちまけられたかのような心境になったのだ。
「お帰りエミリィ。随分と慌ててるね」
風音の言葉が聞こえるが、エミリィは思わず息が詰まりそうだった。そう感じてしまうほどに部屋の中は重苦しい空気が支配していたのである。そして、それを発しているのは風音であった。
「…………」
「…………」
また風音の前には弱った顔のミサリとゼンドーが立っていた。ふたりとも何かに必死に耐えているようである。
「ど……うしたの……?」
その異常な状況にエミリィは訳が分からず、風音とミサリたちを交互に見ながら尋ねた。
「いや、ひとまずはエミリィの方から用件をどうぞ。予想は付いてるけどさ」
「予想? もしかしてナオキが悪魔狩りに連れて行かれたことをすでに知ってるの?」
その言葉にミサリとゼンドーの表情がさらに険しくなる。どうやらふたりがこの場にいる理由もその件絡みのようだとエミリィは理解した。
「うん。まあ、そういうことだね。直樹とエミリィにはアモリアの隠密部隊が護衛に付いてたらしいんだけど、何もせずに悪魔狩りに身柄を確保させたんだってさ。何の役にも立ってないよね、それ」
風音が珍しくおどけた様子もなく毒を吐いていた。ゼンドーが苦々しく「すまん」とだけ口にするが、風音の反応はない。
「分かっているのならカザネ。ナオキをすぐに助けないと。大体何で悪魔狩りがナオキを捕らえるのよ」
「悪魔の容疑がかかっているのよ、ナオキにね。で、そうなると国は手が出せないの。そういう決まりだから」
それを口にしたのは、風音の横にいるルイーズであった。
「ルイーズさん、なんで?」
エミリィが不安げにそう口にするが、ルイーズは眉をひそめながらエミリィに話を続ける。
「悪魔狩りの権限は場合によっては国家よりも優先されるっていう契約が結ばれてるのよ」
エミリィが絶句するが、ミサリが続けて口を開いた。
「悪魔は特に権力者の中に潜むことが多いのです。それに対抗するためには第三者機関としての悪魔狩りという存在が必要だったのですよ」
それは悪魔狩りが、ひいてはゼクウがそれだけの信頼を国に勝ち取っていたという証でもあった。この一件を除いては……だが。
「だからダメなんだってさ。直樹も任意で付いていったらしいから、手も出せなかったって」
風音の眉間にしわが寄り、非常に剣呑な空気を漂わせている。対してミサリとゼンドーはもはや顔が白くなっている。スキル『怒りの波動』と『魔王の威圧』が風音の怒りに反応して自動発動しかかっているのだ。常人ならば失神しかねない状態をふたりは耐えていたが故の苦悶の表情である。もっともそれも限界であったのか、ミサリが立ち上がるとゼンドーも共に立った。
「と、ともかくですね。すぐに確認をとりますので、少々お待ちください」
「申し訳ないが、我々の方で対応させていただく。行くぞミサリ」
そう言ってミサリとゼンドーが逃げるように部屋から出ていったのをエミリィが唖然と見ていた。
「行ったね」
風音がギョロリとその視線をふたりが出て行ったドアの方に向ける。
「まあ、ふたりには悪魔狩りの所属が聞けただけでも良しとしましょう。やったのはローアの一派よ」
ルイーズの言葉に風音が眉をひそめる。
「ローアさんって。もしかして円卓で目を付けられたってこと?」
弓花と共に直樹がキャンサー家の屋敷に入った際に、直樹はムータンの光を浴びて倒れたのである。弓花が辛い表情をして尋ねると風音がコクンと頷いた。
「まあ、多分ね。『影世界の住人』とか『狂骨の闇魔王剣』、『黒曜の王剣』なんかも情報として知られてたら疑われる要素は十分だろうしねえ」
悪魔とは分類が違うにしても闇属性のアストラル化も可能なのだから疑いがかかること自体は仕方のないことではあった。
「カザネ、じゃあナオキは……どうするの?」
エミリィがすがるような目で風音を見る。ミサリたちは風音に待てと言った。自分たちで対応するとも。
であれば自分たちは何もせずに待つだけなのかと。しかしエミリィの不安は風音の言葉に打ち砕かれる。
「もちろん、すぐに助けに行くよ」
返ってきた答えにエミリィの表情に笑顔が戻る。
そもそも風音にははなから言うことを聞く気などなかった。すでに風音は遠隔視を発動させていて、スキル『コンセントレーション』で精神を集中させ、上空から『イーグルアイ』によって街すべての状況を把握し続けていた。そしてふたりが去った今は『知恵の実』を食べ始め、知力を上昇させることで認識力をさらに広げていた。
「今は私が上空で監視、ユッコネエが追跡を進めてる」
風音の言葉の通り、街の中には中庭で待機していたはずのユッコネエの姿もあった。『情報連携』を使わずとも風音と同期できるユッコネエは、今も風音と繋がりながら走り続け、もうまもなく現場に到着するところであった。
「さてと。人の弟に手を出したんだ。ローアさんには覚悟は決めてもらわないとね」
ユッコネエが『犬の嗅覚』で行方をたどれば、すぐに直樹の所在も明らかになるはずである。まずは状況を見定める。それが今は最優先であった。