作品タイトル不明
第七百一話 脱出を試みよう
「カザネ、本当に大丈夫なのかよ? ミサリたちは待てって言ったんだろ?」
風音の発言に、パーティの中でもっとも常識的な人物であるレームが不安げな表情でそう口にした。その問いに遠隔視特有の遠い目をした状態の風音が言葉を返す。
「普通なら待つべきかもしれないけどね。けど、悪魔狩りだろうと七つの大罪だろうと直樹の安全が保障できない以上は動くよ」
風音の言葉にはルイーズも頷いた。
「そうね。相手があの悪魔の組織ではないとしても……ローアならやりかねない。最悪ナオキが殺されるか、悪魔にされる可能性だってあるかもしれない」
その言葉にはレームだけではなく、エミリィやティアラも息を飲んだ。風音はすでにそれを予想していたのか、ただ頷くだけだった。
「まさか、そのローアって人はナオキを使って自分たちの容疑を逸らそうっていうつもりなの?」
上擦ったエミリィの言葉に風音が「それは分からないけどね」と返しながらチラリとだけルイーズを見た。メフィルスからルイーズの弟の話を聞いていた風音は己の不安を消せない。そして相手がどちらであるにせよ、風音は直樹を救うための手段を選ぶべきではないと今は判断していた。
「可能性があるなら待ってはいられないよ。あ、ユッコネエが現場に着いた」
そう言って風音が周囲を観察する仕草をしたのは、ユッコネエの視界につられてのものである。
「うん。どうも馬車で移動していったみたいだね。ユッコネエに臭いで追わせてみる」
「馬車……あ、ちょっと待って。今地図を出すわ」
そしてルイーズが取り出したのは王都コーダの地図だ。それに風音が指を差してユッコネエの追跡しているルートを示していく。
今のユッコネエは『インビジブルナイツ』によって誰にも気付かれずに屋根を伝って臭いの方へと進んでいっている。そのため想像以上の速度で風音の指が進んでいったのだが、ユッコネエの道筋を指し示されたルイーズの表情がみるみると硬くなっていった。
「まずいわね。キャンサー家の屋敷から離れて……街の外に進んでる」
「まずいってどういうことです?」
エミリィの問いにルイーズが眉をひそめながら口を開く。
「行き先は多分街から少し行ったところにある浄化塚だわ。カザネ、その先に馬車は?」
「外に向かってるのはふたつ……でも乗っている人は普通の人だね。直樹が隠されているとは思えない」
そもそも悪魔狩りが正式に悪魔の容疑として捕らえて移送しているのだからダミーを用意する意味もない。
「その先は……駄目だね。遠隔視の範囲外だ。ユッコネエの追跡だけに切り替える」
カザネがそう言って叡智のサークレットの遠隔視を解いた。それからルイーズへと視線を向ける。
「それでルイーズさん。浄化塚って悪魔を封じてる場所だよね?」
カザネの問いにルイーズが頷く。
「ええ、悪魔を封印していて……キャンサー家当主とその代理の許可なしには入れない場所。周囲を結界が覆ってるから中に入られると手が出せなくなるかもしれない」
その言葉に風音が眉をひそめ、それから何かを思いついたようだが、次の瞬間にはまた難しい顔に戻った。
「むう。魔法殺しの剣は……あれは直樹にあげちゃってるか。こんなときに捕まっちゃって……役に立たないな直樹は」
「いや、無茶でしょそれ」
プンスカと直樹批判に走る風音に弓花がツッコミを入れた。それから弓花が立ち上がる。
「まあ、最悪ぶち壊せば良いだけでしょ。私がやってやるわよ」
「わたくしとルビーがさらに後押しすればいけますわ」
続けてティアラもそう言って立ち上がった。
「そんなら俺の竜気も一緒にぶつけてやるよ」
『我にとっての友だからな。アレは』
『余も全力を尽くそう』
それに合わせてライルとメフィルスも立ち上がった。ジーヴェの槍も根はライルと同化しているために、直樹を親友と認識しているようであった。
「ちっ、しゃーねえな。 雷神砲(レールガン) って効くのかな?」
『私のメガビームも合わせれば貫けますよ』
さらにはレームとタツオが共に声を上げる。そうして仲間たちがやる気になる中で、ルイーズは静かに口を開いた。
「私は……お爺さまのところに行くわ」
「ルイーズさん?」
風音が眉をひそめる。その風音にルイーズが微笑みながら答える。
「あの人が白ならば協力してくれるはずよ。直樹が悪魔じゃないのは確かなんだから。けれど駄目だったら……」
少しばかり悩むルイーズの横にジンライが一歩進んで口を開いた。
「ワシが一緒に行こう」
「ジンライくん」
ルイーズが嬉しそうに笑って、それから少し戸惑いがちに尋ねる。
「いいの?」
「今はナオキの救出が最優先。可能性があるならば行動すべきでしょう。それに人数を割き過ぎるわけにはいきませんしな」
ジンライがそう言って風音を見る。
「メンバーはルイーズさんとジンライさんとシップーでってことでいいよね?」
「うむ。仮に七つの大罪であってもその人数ならば逃げ切る自信はある。逆に多すぎても……な」
その言葉に妥当な判断だと風音も理解し頷いた。それから風音が全員を見回して声を上げた。
「じゃあ行動開始。最速で行くよ。大丈夫。最悪の場合は直樹を助けた後に転移してミンシアナに帰っちゃえばいいんだし!」
まるで大丈夫ではないその言葉に全員が若干引きながら「了解ッ」と返事をすると、すぐさま彼らは行動に移り始めた。
そして五分と経たぬウチに迎賓館から虹色の輝きを帯びた青き成竜が飛び立ち、城に向かっていたミサリとゼンドーは唖然とした顔でその光景を目撃していた。
また同時に一匹の巨猫がふたりの人間を乗せて迎賓館を発っていった。それは飛び立ったドラゴンとは別の、キャンサー家の屋敷の方へと向かっていったのだが、それに気付いた者はいなかった。
◎アモリア大浄化塚
「ここに入っていろ。悪魔めっ」
ガシャンと乱暴に牢の扉が閉められる。そしてその牢の中には拘束着を着せられた直樹が転がされていた。猿轡をはめられ、喋ることもできない直樹は外にいるローアとその手下たちを睨みつけながら考える。
(随分と荒っぽい連中だな)
王都コーダの路地裏で男に襲われそうだった少女を直樹が助けたのはスキルによって導かれた結果ではあったにせよ、偶発的なものであった。
そこで問題だったのはエミリィと離れ、人気のない場所に行ってしまったことであった。そして機会を伺っていた悪魔狩りが直樹と助けた少女を取り囲んだのだ。結果として直樹は少女の身柄を盾に取られて悪魔狩りのエルフたちに捕らえられてしまったのだ。
「まったくまんまと騙されましたわ。ルイーズが悪魔と共謀しているとはね。お爺さまの助言なくしてはこのまま見過ごしてしまうところでした」
その直樹を牢の外から眺めているローアが笑っていた。その言葉の意味が直樹には分からない。直樹にしてみれば後から合流してきたローアが誤解を解いてくれると期待したのだが、それは甘過ぎた。それに今の直樹は事情を問おうにも口を塞がれていて声も出せない。
(クソ、消されないように一応刻んで伝言残しといたけど……届いてるかな?)
自分が助けた少女がエミリィに連絡を……という都合の良い展開は恐らくは望めないと直樹は考えていた。直樹が暴漢から救った時点で相当に怯えていたし、その後にこのエルフ連中である。また直樹に連れがいることも当然知らないのだから、エミリィに伝えられるはずもない。
監視兼護衛であったはずのアモリアの兵たちも出てくる様子はなかったし、場合によっては国ごと絡んでるのかとも直樹は疑っていた。
「それでは、これから準備にかからなければ。ふふふ、忙しくなりますわね。すべてはお爺さまのため。ミンシアナだろうが、この事実を前には一歩引かざるを得ないでしょう。その上でお爺さまの無実を叩きつければいい」
そう口にするローアの顔が醜く歪んでいる。何がローアをそうさせているのかが直樹には分からない。
「あの女を今度こそ破滅させるのです。あなたたち、監視を怠らないように」
ローアがそう言って部下たちと共に牢を去っていき、その場には直樹と牢の外で監視している男のふたりのみとなっていた。
(さてと、どうしたもんだろうな?)
直樹は己の周囲の様子を眺める。監視している男自体はそれほどの力量ではないようだった。直樹も身体さえ自由になれば倒すこともできるはずだ。だが問題なのはローアだ。
(あの包帯みたいなのはやばいな)
ローアは、ルイーズも悪魔を封印するのに使用していた封呪布をまるで触手のように扱っていた。移送中に逃げ出そうと試みたが腰に下げていた狂骨の闇魔王剣エクスと黒曜の王剣もいとも簡単にグルグル巻きにされ、使用不可にされてしまい、直樹自身もこうして厳重に拘束されてしまった。
また所有者設定がされている 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) は放っておけば普通は戻ってくるのだが、ゼクシアハーツ内の基準では今の状況は封印であって所有権が移動されたわけではないために直樹の手元に戻ることはないようだった。
もっとも直樹は今の状況をそこまで悲観してはいなかった。逃げ出す手段を直樹は所持していたのだ。
(まあ、あれを出せれば)
直樹が(コマンドオープン)と猿轡をはめられた状態のまま、本当に小さな声で呟く。そして目の前にウィンドウが表示されたが、それを外で監視している男は当然認識できていない。
(よし。これで勝った)
直樹が笑みを浮かべる。
(俺のスキルでこの状態に対処できるもんはないけどさ)
だがひとつだけ、直樹にはこの状況をクリアできる武器があった。その名は『魔法殺しの剣』。かつて風音がデュラハンロードから手に入れたその剣を今は直樹が所持している。直樹はおでこをウィンドウに接触させてアイテムボックスリストを開き、リストから魔法殺しの剣を選択すると、見張りの男に見えないように己の身体を壁にして床ぎりぎりのところで出現させた。
(よし)
直樹が心の中でガッツポーズを取りながら、その剣を見た。剣からの波動だけで己の拘束具に仕込まれている封呪布の効力が弱まっているのを把握すると、直樹はすぐさま拘束具を切って外そうと魔法殺しの剣の刃の部分へと縛られた腕を近付けようとして……
「まさかわずか一日で行動を起こすとは……我が孫ながら呆れるほどの堪え性のなさだな」
唐突に、目の前に人影が出現したことに目を見開いた。
(な、にぃ?)
直樹が思わず見上げると、そこにいたのはキャンサー家の当主ゼクウ・キャンサーであった。
「君もそうは思わないかね、少年?」