作品タイトル不明
第六百五十八話 栗羊羹を食べよう
◎ゴルディオスの街 白の館 来客室
「ああ、温泉珠ですか。今朝方に魔道大国アモリアに送られたらしいですよ。仕事が早いですよねえ」
「馬鹿な……」
ミーティングで今後の方針を決めた翌日。来客室の中でゆっこ姉から新たに送られたタイガーショップの栗羊羹を食べながらのルネイが放った言葉に風音はショックを受けていた。
昼に母親に会いに来たルネイを呼び止めた風音は、さっそく温泉珠のことを相談してみようと館に招き入れたのである。
冒険者ギルドや商人ギルド、そして領主にまで温泉珠の動きを問うておけば、どこかで捕まるだろうと風音は考えていた。あのクラスのレアアイテムは大概が市場には出ず、お得意さまや大型のオークションの目玉として出展されるケースが多い。そうなる前に風音は確保しておきたかったのだが、肝心の温泉珠はすでにこの街を離れているとのことだった。
「レアアイテムの売買ともなるとこちらにも報告が入ってきますからね。ここに来る前に目を通したリストの中にトールが売却した温泉珠も入っていました。彼は独自の伝手を通して売買しているようですね。もっともそれは特に違法ではありませんし、そのアイテムはもうこの街にはありませんよ」
ムシャムシャと栗羊羹を頬張りながらルネイがそう答えた。手が止まらないほどに美味しいらしい。
「残念だったな」
「のじゃーのじゃー」
その横で勝手にご相伴に預かっているカルラ王とクロフェがいた。ふたりともモシャモシャと食べている。やはり手が止まらないらしい。
「甘いもんは苦手なんだが、こりゃウメえなあ」
「ここの羊羹は特別なんですよ。まあ、王族を通じてでしか売り買いしないから普通だと手に入らないんですけどね」
さらにはアカとルイーズも一緒に食べていた。やはり手が止まらないらしい。せっかくゆっこ姉に送ってもらったタイガーショップの栗羊羹はまた早々になくなりそうだった。
そして、すでに温泉珠がこの街にはないという事実を知ったことで風音の怒りは早々に売ってしまったトールへと向けられていた。トールもまったく悪いことをしていないわけだが、栗羊羹の代償は思いの外高くついたようである。
「うう。で、ルネイさん、どこに流れてるのかというのは……?」
「すみませんが一般の流通ではないのでそこまで知る権限は私にはありません。まあ、アモリアに向かったというのは確実のようですが」
そのルネイの言葉に風音はガーンなんだな……という顔をする。そこにルイーズが「まあまあ」と声をかけてきた。
「カザネ、諦めるのはまだ早いんじゃないかしら。この時期にアモリアに行くんならオークションで出てくる可能性は高いと思うわよ」
「むむむ、それを狙うしかないかぁ」
風音がそう言って唸りながら腕を組んだ。元々の予定では魔道大国で行われるというオークションで温泉珠を探すつもりだったのだ。いますぐに運んだ相手に追いつくことは可能だろうが、それで手に入れては完全に強盗である。風音もオークションに温泉珠が出品する可能性が増えたとポジティブに考えるしかなかった。
「それで五十五階層へと向かうわけか。ようやくやる気になったようだな」
それからようやく栗羊羹を食べ終わったカルラ王が風音に対して口を開く。
「いや、羊羹が口に付いてる顔でカッコつけないでよ」
風音の指摘に口の下にくっついていた羊羹のかけらを取って食べたカルラ王が何事も無かった顔で風音に再度口を開いた。
「そうなると私もそろそろここに来るのも難しくなるな」
意味深なカルラ王の言葉に風音が眉をひそめる。
「ん、ここには来なくなるってこと?」
その問いにカルラ王は「ああ、私の役割故にな」と返す。
「ダンジョンマスターは人間が入った階層を管理する義務が生じるからな。基本、魔物を配置するだけだったりはするのだが、その辺りを考慮して私がここに分身体を割けるリソースは七十階層到達までぐらいだろうからな。なるべく限界まで来るつもりだが」
もちろん温泉にである。
「寂しくなるのじゃー」
クロフェがそう言って栗羊羹をまた口にした。やはり手は止まらない。
「ふん。どうせ私は元々死人だ。気にしても仕方がない。最終的に我らは殺し合う関係だ」
カルラ王はそう言ってサバサバとした顔をしているが、その言葉に風音の表情にかげりができた。
現時点においてもカルラ王はダンジョンの主として君臨し、風音とは命のやりとりをする関係にある。だがダンジョンに入るのは冒険者たちの自由意志であり、ダンジョンがあるからこそこの地域は魔物からも襲われず、魔物のいない地で人は作物を育てることができる。両者は共生関係にある……というよりもダンジョンの存在は事実関係からみれば明らかに人のためにあった。
そうした前提もあり、今の風音はダンジョンの外にいるカルラ王に対して敵意を持っていない。それはダンジョンの中で仲間を失っていないから感じられるだけかもしれないが、ともあれ風音も知り合った相手がもう姿を見せないと聞けば悲しくもなるのだ。その後に会えるのは恐らくは最深層での決戦となる。そう思って複雑な気分になった風音を見て、カルラ王が少しだけ優しい口調で話しかける。
「カザネよ」
「……何?」
風音がカルラ王を見ると、フッとカルラ王が微笑んだ。
「お代わりをくれ」
「もう帰ってよ」
◎ゴルディオスの街 トートン病院 病室
「ジョー兄貴。ひとまずは全員死んではいねえみたいだ」
三男のジェーがそう言って目の前で眠っている自分たちの仲間を見る。
時間は風音がカルラ王たちと話していた時より少し過ぎた頃、場所は街でも大型の病院であるトートン病院の一室である。
その中にはジェーの仲間たちが包帯を巻かれてベッドの上でうめいていた。どうやら肉体的な苦痛だけではなく、精神的にも強くダメージを受けているようで、中には悪夢にうなされていたり意識を失っていながらも叫び出す者もいる有り様だった。
「死んでねえからって。チクショウ、だからなんだってんだ。何なんだよ、この有様は!?」
そう叫んだのはジョーと呼ばれる男だ。全身を銀色の鱗の軽鎧で身を固めた、鮫のごとき凶暴な顔をしているジョーはこの状況に怒り狂って吠えていた。その場に共にいるガー、アー、ジェーと呼ばれる他の兄弟たちも同様に憤っている。
彼らは兄弟だけのパーティ『シャークキラー』のメンバーだ。その素性は漁師、海の男たちである。漁の季節が過ぎたこの季節、彼らは出稼ぎにダンジョン探索を行っている。そして今回、彼らはこのゴルディオスの街へと来ていたのだ。
また共にきた漁師たちのクランを取りまとめているのも彼らであったが、ジョーたちがダンジョンから戻ってきてみればクランメンバーは全滅していたのである。そんな事態を前に憤らない方がどうかしている。
「ジョーさん、す、すみません。化け物が、魔物のようなヤツが……チクショウ。襲いかかってきて……あんなの、ねえよ」
どうやら意識のあるらしい仲間のひとりが息も絶え絶えにジョーに告げていた。その仲間にジョーは手を添えてから首を横に振る。
「気にすんじゃねえ。なーに、どんな化け物だろうが俺がテメェの仇が取ってやらあ。俺はバハムート・マッカレルとだってタイマンでやり合えるんだぜ。任せやがれ!」
そう言ってジョーが笑う。それからその場にいるクランの仲間たちを見た。全員がズダボロの状態である。切り傷や噛み傷、火傷や殴られた後など、受けたダメージは様々。その身体には鱗の後も残っている者もいた。
「兄貴。これ、どうやらやったのはひとりらしいぜ」
「マジかよ。どんなヤツがやりやがったんだ。人間ってぇよりも魔物とやりあったみてえじゃねえか。召喚獣でも喚んだってのか?」
ジョーの言葉に弟のアーが頷く。
「ああ、それもあるんだが……どうやらそいつ自身もまるで魔物みたいらしいんだ。しかも複数の……さ」
「そりゃあ聞いたことあるぜ。キメラってヤツだ。チクショウ。ブッ殺してやらぁ」
そう憤るジョーの言葉に、他の兄弟たちもォォオオッと叫んだ。
A級ダンジョン『 金翅鳥(こんじちょう) 神殿』のあるゴルディオスの街は、その名とポータルの存在により今や様々な冒険者たちの出入りがされる密集地帯となっていた。人の集まりが大きくなれば当然のように摩擦が起こり、揉め事も増えてくる。そうした歪みがここでもまた発生しているようだった。
そして、それが白き一団と今後どう関わりを持ってくるのか、それはまだ誰にも分からなかったのである。