軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六百五十七話 次の方針を決めよう

風音は考えていた。

目の前にある温泉珠をトールは 無料(ただ) でくれるという。そこにどんな裏があるのか、それは分からない。妙な条件を後で突きつけられるかもしれない。或いは何かしらの罠があるかもしれない。風音もここまでに様々な経験を積んでいる。その経験則から考えれば、容易に受け取るべきではないのだ。そう風音は結論付けていた。

ただ、同時に問題がひとつだけあった。差し出された温泉珠は残念ながら、すでに己の手の内にあったのである。

「馬鹿な……」

そう、なんの躊躇もなく風音の身体は反応していた。幼さの残るその小さな身体は男の差し出したものを前に己の欲望に逆らえなかった。物欲という人の三大欲のひとつが忠実に動き、気が付けば少女の心を奪っていた。 無料(ただ) との言葉に反応して「もらぃ」と叫んで温泉珠を掴んでいたのである。

何が馬鹿な……であろうか。唖然としたのは横にいたオロチとカンナである。差し出したトールですら「おや?」という顔をしていた。

そしてそのやりとりにこの中でもっとも最初に反応したのはトールのパーティであるドッグソルジャーの面々であった。

「トールさん。そいつはさすがに」

「売れば当面は遊んで暮らせるほどのもんですよ?」

そう言って立ち上がったドッグソルジャーの面々をオロチは見て少しだけ眉をひそめた。その反応がおかしい……わけではなく、むしろ当然ではある。A級ダンジョンの五十階層付近で見つけたレアアイテムは安いものではない。

それよりもオロチが気になったのは彼らの素性である。いずれも見たことのある顔であると気付いたオロチが思案している前でトールが「静かにしてください」と口を開いた。

「こちらの風音さんは、ただの冒険者というわけではないのはあなた方も知っているでしょう。その彼女らに良からぬ印象を与えている現状に比べれば、この程度は安いものです」

トールのハッキリとした言葉に、仲間たちが眉をひそめつつも「トールさんがそう言うなら」と渋々といった様子でまた席に座った。

「すみませんね。彼らにしても命がけで得たものです。手放したくない気持ちが強いのでしょう」

その言葉に風音も「そりゃあ、そうだろうけど」と返す。それから温泉珠を掲げて尋ねた。

「けど、本当にもらっちゃっていいの? 高いもんだよ?」

ただ高いと言うだけではなく、一度個人に渡ってしまえば表に出ることは中々無いものだ。その問いにトールは「ええ」と頷いた。

「カザネさんがそれを欲しているとも聞いていましたし、以前にジンライさんにしたことを考えれば、その詫びの意味もありますから」

そう言われた風音の顔が少し悩んだものとなった後、それから諦めた表情で温泉珠をトールに差し出した。

「おや?」

それを意外そうに見るトールに風音が「やっぱり返す」と言ったのである。

「いらないんですか?」

「いらなくはない。欲しいけど……けど、ジンライさんへの詫びが入っているなら受け取れない。残念だけどね」

心底残念そうな顔の風音に、トールが「おや、失敗しましたかねえ」と言いながら温泉珠を受け取った。

「風音さん個人にと言っておくべきでしたか。なかなかに義理堅い方のようだ」

「いや、普通に重いので」

「重いですか?」

しっかりと風音は頷く。

「私の許容できる範囲を超えてるよ。そーいうギクシャクしそうな関係は持ち込みたくない」

何しろ生き死にの話である。風音個人でのやりとりならともかく、これをもらったからジンライをはめて仲間も殺したことを手打ちにさせた……などとは容認できない。それぐらいは風音にも分かっていることだ。

「なるほど、義理堅いではなく聡い方でしたか。これは参ったな。仕方ありません。これは普通に売るとしますよ」

「うん。そうしてよ。私もトールさんが本気でそれを私にあげようとしていたってのは理解してるからさ」

その風音の言葉を聞いてトールは「それでは、これで」と頭を下げて、また自分の席へと戻っていった。

「なんでー勿体ねえ」

『母上、欲しかったものなのでしょう?』

ギャオとタツオがそう口にしたが、オロチとカンナ、ジローはホッとしていた。彼らは風音がトールからレアアイテムを受け取ることで両者が懇意にしていると知られるのはあまり好ましいものではないだろうと考えていた。一方で風音は、

(まあ、売った先を辿れば、普通に買えるしね。後でルネイさんたちに相談しようかな)

温泉珠はコネでどうにかしようと考えていた。風音は武力だけの女ではない。財力と権力を併せ持つ者こそ温泉珠を征することをよく分かっていたのである。

それから風音たちは軽く話を済ませると、酒場を後にしたのであった。

◎ゴルディオスの街 白の館

「というわけで、とりあえずジュエルラビットとかがいるらしい五十五階層まで降りる方向で考えたいんだけど、どうかな?」

酒場で情報収集をした日の夕食後のミーティング。風音は昼にカンナたちから聞いた話を元に今後の方針を決めて、それを仲間たちに尋ねていた。

「なるほどな。ガルーダスカルがおるのは五十四階層までか。正直、あまり身にならん相手だからな。確かにその方が良いかもしれん」

風音の説明を受けてジンライは頷きながら、そう答えた。

「で、ジュエルラビットってなんだ?」

その横では風音の言葉に出ていた魔物のことが気になったレームがルイーズに尋ねていた。

「全身が宝石でできたウサギの魔物よ。すっごく綺麗で、 魅了(チャーム) 持ちなのよね」

ルイーズがそう答えると、メフィルスが少しだけ苦い顔で補足する。

『女たちはそう言いながらもアレに一斉に襲いかかるのよ。 魅了(チャーム) の意味がまったくない。まあ、それを抜かしても小さくてすばしっこいから捕らえにくいし硬いしで、見た目以上に強いのだがな』

「それは是非、拝見したいですわね」

「私もー」

ティアラとエミリィも目を輝かせている。その横では今の話を聞いて弓花が風音にゴニョゴニョと話している。

「……なんだけど、……どお?」

「ああ、うん。……をどうにか……条件次第かな?」

何か悪巧みのようである。それから風音は弓花とゴニョゴニョ話を終えるとパンパンと手を叩いて注目を集めてから「それじゃあ、その方向で行くねー」と口にした。

「ああ、後ゴールデンアイってのもいるらしいから気を付けてね。私のタイガーアイみたいに麻痺攻撃を仕掛けてくるから要注意」

風音の忠告に他のメンバーも強く頷く。状態異常攻撃を仕掛けてくる魔物はそう多くはないが、それにはまるとパーティ全滅もあり得る。その系統の魔物との戦闘経験が少ない者も多いので要注意であった。

「それでカザネ、ドッグソルジャーの件だが」

それからジンライが少しばかり遠慮をした声で尋ねた。

「うん、大丈夫。なんにも貸し借り作ってないよ」

風音がブンブンと首を横に振って答える。温泉珠をまっさきに取ったのはなかったことになっている。

「いや、それは良いのだがな。ワシもあちらから仕掛けて来なければ、何もする気はない」

そう言った後にジンライは「問題なのは現状の連中は結局どうなのかということだ」と尋ねた。

「んー、オロチさんが言うにはね。どうもパーティにいるのはみんな結構有名な冒険者たちみたいなんだよね。全員ランクAかランクA相当。多分、このA級ダンジョン専用に組まれたパーティだろうって話。まあ、トールさんの能力を考えればメリットはかなり大きいからね。集まるのは不思議じゃないだろうってさ」

その言葉にジンライが「なるほどな」と返した。

「でね。少なくともトールさんはともかくドッグソルジャーが冒険者を襲うことはないだろうってオロチさんは言ってた。全員真っ当な人たちらしいからシーザーさんの忠告のようなことにはならないだろうって」

「じゃあ、話に聞いてたのと違って信用できるってことで良いのかよ?」

挙手して尋ねるレームに「どうだろねえ?」と風音は少しばかり苦笑しながら答える。

「いきなりやってきて、私の弱点を突いた攻撃を仕掛けてきたからね。私も強く抵抗したけど、言葉巧みに温泉珠を手渡そうとする手並みは見事過ぎてまるで詐欺師のようだったよ」

その言葉に全員がトールに対しての警戒心を強めたが、風音の抵抗がコンマ何秒あったのかは本人しか知らない秘密である。

「後はまあ、トールさんはスキルを使えば、周囲の声を全部文字にして視覚的に見ることができるからね。確か認識阻害魔術の系統を使えば防げるはずだけど、迂闊に内緒話はできない相手だよ。正直に言うと過度に警戒はしないで良いと思うけど、信用はできないね」

風音はそう言いきった。上手い話を持ってくる男は信用できない。一瞬で釣られた少女の言葉は説得力があった。

「だから弓花と直樹はあの人とパーティ登録はしないようにね。誘われても仲間と相談でって返しといて」

風音の指示に弓花と直樹も頷いた。そして明日は休みを取り、二日後にまたダンジョン探索に戻ることを決定してその日のミーティングは終わったのである。