軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六百五十九話 ワンちゃんを引き取ろう

◎ゴルディオスの街 冒険者ギルド事務所 支部長室

「まあ事情も分かっていますし、お咎めも特にはありません。ですが加減というものを考えてください。あなたはもう一種の凶器みたいなものなんですから。聞いていますかユミカさん?」

「はい。聞いています。ごめんなさい。もう、しません。多分……」

ガシャコンと銀狼の仮面を装着した弓花が土下座をしてギルドマスターの秘書であるアンネに謝っていた。

「人と話すときにはちゃんと顔を見ましょうよユミカさん。仮面とか付けて失礼でしょう?」

「うう、すみません。この仮面、私の意志に反応して勝手に動くんです。ついつい被ってしまうんです」

弓花が涙目で自分の神狼の鎧の仮面を手動で引き戻しながら言う。

「ああ、顔を見たくないってことですよね。本当に反省してます?」

冷たい視線のアンネの言葉に弓花が「ええ、してます。もちろん」と言いながら、顔に張り付こうとする仮面を押さえつけている。そこに男がふたり、声を上げた。

「いや、姐さんは悪くねえんです。俺らが」

「そうです。頼んだ俺らの責任です。罰を受けるのであれば俺らが」

「あー、はい。分かってます。そちらは何にも手を出してないんですよね。むしろ自制心が利いた素晴らしい行動だったと思いますよ」

アンネの言葉にムータンメンバーであるパーティ『ドドリアン』のリーダーであるメーデスと『熊殺し団』のリーダーであるジーゴが共に冷や汗をかきながら土下座状態である。

「何これ?」

「さて?」

それを呼び出された風音とジンライが「???」という顔で見ていた。状況が全く不明であった。

風音はルネイやカルラ王との話を終えて別れた後、冒険者ギルドから急な呼び出しがあったのでこの場に来ていたのだ。そしてご覧の有り様である。意味が分からない。

「すみません。うちの弓花を引き取りに来たんですけど、何か粗相をしたんですか?」

風音が眉をひそめながらアンネに尋ねる。

「ああ、ようやく来ていただけましたか。あの、うちの人はもう行っちゃいましたよね?」

「うん。ルネイさんなら今頃は王都行きの馬車に乗ってるはずだよ」

アンネの問いに風音がそう答える。ルネイが白の舘に訪れたのは、街を少し離れるので母親のルイーズに挨拶に……という理由があった。彼も重度ではないがそこそこのマザコンである。

「そうですか。まあ、知らぬまま行ったのならその方があの人の負担にもならないので良いのですけれども。ともかくユミカさんが正当防衛なのは証言も得ているので問題はないと言いたいのですけど、明らかに過剰防衛ですから」

その言葉にガシャコンと弓花の顔に再び銀狼の仮面が装着される。穴があったら入りたいとはこのことのようだ。

「んー、結局どういうこと?」

事情の掴めぬ風音が再度アンネに尋ねた。それにアンネがこめかみを押さえながらゆっくりと口を開く。

「実はですね。ユミカさんは漁師たちのクラン『フィッシャーマン』を壊滅してしまったんですよ。それも相当にメタメタな感じで」

その言葉を聞いて風音が弓花をジトーと見る。その視線の先には凛々しい銀の狼を象った仮面があった。それは一角付きのクロマルを象った仮面であり、雄々しく精悍であった。とはいえ中の人の目は相当に泳いでいるはずである。気配だけで風音もそれが分かった。

「なぜそのようなことになったのだ?」

そのジンライの問いに答えたのは弓花と共に土下座をしていたメーデスとジーゴである。

「俺らの代わりに姐さんがやってくれたんです」

「申し訳ない。まさかこんなことになるなんて」

さらに深々と頭を下げるふたりが口々にそう言ってきた。そのふたりを見ながらアンネが事情を簡単に説明する。

「どうもですね。『フィッシャーマン』の人たち、ポータル使用権を得るために『熊殺し団』のパーティに便乗しようとしてたみたいで、それで揉めたようなんですよ」

その言葉には風音の眉間に皺が寄った。

「あー、なるほど。そういう問題もあるんだねえ」

ポータルは基本的に到達階層までしか使用許可を出しておらず、それも個人ではなくパーティ内のメンバーの中で一番潜った者を基準としている。つまりは五十階層まで潜ったパーティに加入すれば潜っていない者も五十階層に入れてしまうのである。

「クランって確かパーティをまとめた集団のことだよね。けど漁師のクランってどういうものなの?」

その風音の疑問にはジンライが答える。

「ふむ。漁をしない時期の漁師は近場のダンジョンに出稼ぎに来るのだ。漁師の多くは並の冒険者をしのぐ膂力の持ち主だからな。 銛(もり) の投擲攻撃をメインにしておって陸の魔物退治もお手の物なのだが、冒険者とは折り合いが悪くてな。よく喧嘩になることが多いのだ」

「へぇ。強いんだ?」

ジンライは風音の問いに頷いた。

「魔法温泉街でバハムート・ コロラビスサイラと戦ったであろう。ああした獲物をも捕獲する連中だ。弱いわけがない」

その説明には風音も納得した。ゼクシアハーツでも海の魔物は強力なタイプが多かった。それはゲーム中、海に出るのは基本的にメインシナリオ中盤以降となるためであったが、この世界でもその状況は引き継がれているようだった。そして、そこからの話は弓花が引き継いだ。

「実はムータンの中核である熊殺し団のみんなが三日前に四十階層まで到達したんだよね。今日はそれのお祝いをしていてね。そこを、あの『フィッシャーマン』に目を付けられたみたいで……いきなりやってきて、ちょっと一触即発っぽい感じになっちゃって」

「それを代わりに弓花が倒したと?」

首を傾げる風音に弓花が頷く。

「連中新参だったんで、ユミカの姐さんのことを知らなかったんですよ」

「それで注意をした姐さんに連中が手を出そうとして、止めに入ったうちのジョンソンを奴らブン殴りましてね」

メーデスとジーゴの言葉に「ああ、それでやっちゃったんだ」と風音が言うと弓花がコクンと頷いた。ちなみにジョンソンが止めたのは『フィッシャーマン』のメンバーを気遣ってのものである。その意味は危険だから近付くなであった。

「そりゃあ凄い立ち回りでした。連中も強くて俺らもヤバそうって思ってたんすけど、姐さんは狼になって、それからドラゴンにまでなって連中を蹂躙しましてね」

「話には聞いてたんですが、まっさかの二回変身でしょう。連中も目を丸くしてビックリしてましたわ。クロマルさんとお付きの狼さん方も大暴れで俺らが手を出す間もなかったですし」

その言葉に仮面が外れた弓花が頭をポリポリとかきながら、話に参加する。

「いや、あの人たちも相当強くてね。その、普通に戦ってたんじゃ危ないし、あんま長引くと周りにも迷惑になるしと思ってソッコーでね。倒そうと思ってたら……その、ちょっと『深化』のせいでね」

スキル『深化』によって変化した弓花は、野生の本能が目覚めてやや凶暴になる傾向がある。狼の姿で鋭い殺気を振りまいた後、続いて竜化した弓花は蛇の如きジワジワと締め付けるような戦いを展開し『フィッシャーマン』のメンバーをいたぶったようである。

とはいえ完全神狼化だけではなく完全竜化までかかったということは、それだけ戦闘時間が続いたということであり、ジンライの言葉通りに『フィッシャーマン』の実力の高さが窺えた。そして、そこまで聞いていたジンライが弓花に尋ねた。

「それでユミカよ」

「は、はい」

再び犬の仮面が装着されて中からションボリとした声が響く。

「それで、勝ったのだな?」

「はい、勝ちました」

「ならば良し」

「良しじゃないですよ、良しじゃあ!?」

アンネがキレた。それには弓花もさらに顔を落とし、ジンライも「うぬぅ」と唸った。それを見てアンネがため息をついて口を開いた。

「まったくもう。正直に言ってその手の揉め事は当人だけでどうにかして欲しいところなのですが、今回は結構な規模になってまして……三十二名が病院送りです。費用については払ってもらいましたが、人を動かすのも手が掛かりますし、あのブラックポーション騒動でただでさえ住人に不安を与えているんですからともかく町中で暴れないでください」

「ごめんなさい」「すまん」

アンネに師弟が謝った。それから風音がアンネに尋ねる。

「それで結局弓花はどうかなるんですか? 何年ブチ込まれるんですか? お金で何とかなりますか?」

「ブチ込みませんし、お金もいりません。そういうのは冒険者ギルドの仕事じゃありませんし、今回は 大事(おおごと) になっていたので周辺の住人に対する建前もあって反省してもらっているだけです。それに襲ってきたのは『フィッシャーマン』の方であって、被害者はユミカさんたちなのでお咎めもありませんよ。そもそもカザネさんがいる以上はその程度は握りつぶせてしまうでしょうしね」

こうした状況の場合、罪人を捕まえるのは警護団の仕事である。それらの犯罪への対処の最終決定はその街の領主の仕事であり、王族であるカザネに領主も逆らえないのだからアンネの言葉通りのことは可能であるはずだった。

正確には王族だからというだけではないのだが、現状のカザネにはそのぐらいの権限はあった。

「はっはっは、まるで私が悪い権力者のような言い方だねアンネさん」

「自覚を持った方がいいと思いますよ」

良いか悪いかはともかくかなり好き勝手やってるのは事実である。ともあれ、こうして弓花はショボンとしながら風音たちに保護されてショボンとしながらお家に帰ったのだった。