作品タイトル不明
第五百八十七話 疲れを癒やそう
川から引き上げられた仮面の男は、それはそれはふてくされていた。
圧倒的な実力で格好良く決めて尊敬の視線を集められると思っていたら、カマセ同然の役回りだった上に濡れ鼠となったのである。さらに言えば生ける伝説と呼ばれ、ハイヴァーンにその人ありと言われ続けていた人物が鎖で縛られてスッ転んで溺死するところだったのだ。不機嫌になるのも仕方のないことだろう。
そんなわけでそれからのライノーは自分のうっぷんを晴らすべく精力的に動いていた。具体的に言うと前衛職のほとんどが当日はほぼ足腰立たなくなるくらい訓練と称してしごかれたのである。
なお、もうひとりの白き一団の新顔であるレームの実力についてはゴレムスキャノンの 雷神砲(レールガン) モードを披露したことでシ-ルドバースと風の使いの双方とも納得していたようであった。その威力に顔をひきつらせながら……ではあったが。
◎トルダ温泉街 大浴場
「ググググ……さすがにトンでもないねあの人は……」
身体をバキバキと鳴らし、まるで壊れたロボットのようにゆっくりと動きながら街名物の温泉に入った風音がそうぼやいた。
ライノーのしごきは主に風音とオロチの両名に集中していたのである。ついでに弓花も巻き込まれたがさすがにプレイヤー三名相手ではライノーも余裕がないらしく、最後の方ではジンライも交えて相当な本気の訓練となっていた。
結果として最終的にはライノーも良い汗を流せて機嫌が直ったようなので万々歳ではあったのだが、それにしても風音は疲れていた。
「そりゃあさ。あの人って今の師匠が最高のコンディションで挑んでも数十回に一回勝てるかどうかってぐらいらしいよ。もう滅茶苦茶だからねえ」
筋肉痛にうめく風音の横で同じ訓練を受けたにも関わらずわりと平気そうにしている弓花がそう返していた。
「というか、なんでユミカはあの訓練を受けて平気なのですか?」
しごきの量の差もあり風音ほどではないが、やはり疲れ切っているミナカが弓花に問う。
「えーと、鍛え方が違うから?」
「グッ」
対するナチュラルな弓花の答えにミナカが悔しそうな顔をする。ちなみに弓花が平気そうなのは鍛えているから……という回答も間違いではないがそれだけではない。後半に完全神狼化したことで種族特性による疲労回復が働いたため、弓花の疲労は一度リセットされていたのである。
「まー、私のことは良いとして風音たちは明日、大丈夫なの?」
弓花の心配そうな声に風音が「大丈夫」と返す。
「明日は途中まで進んで相手の位置を様子見するだけだし、実際にベヒモスとの戦闘は明後日以降だろうから問題はないよ」
風音は温泉に浸かり、全身に染み渡るような感覚に「クッゥウウウ」と声をあげながらそう返した。
「ベヒモスは三体。シールドバースと風の使いはブルートゥザの時と同様の配置でという話になってるから……問題はウチとレイブンソウルとの配分だよね」
「そうだね。オロチさんは異常種の捕縛要員だとして残り二体はどう分配するか……」
風音と弓花の会話に、ミナカも「もしくは」と口を挟む。
「二体のベヒモスを倒した後に、異常種を 制約の黄金鎖(ギアス・ゴルディチェーン) で縛って、集中攻撃という道もあります」
オロチの持つアーティファクト『 制約の黄金鎖(ギアス・ゴルディチェーン) 』は一日に一度、あらゆる存在を拘束する最上位の捕縛用魔法具だ。ただしその拘束時間は五分。その間に倒しきれないと鎖は解除されてしまう。
「異常種を最大攻撃で仕留めるにしてもやりきれるかってことなんだよね。どうもアーマードベヒモスなんて名前も付いてるみたいだし」
風音は冒険者ギルドで聞いた話を思い出す。どうやら異常種らしきベヒモスは、その表皮が他のベヒモスに比べて異常に分厚くなっているようであった。そのことから付けられた呼称がアーマードベヒモスである。
(今回は普通の依頼だし、阿修羅王モードも封印だしなあ)
風音が心の中でぼやいた。
魔王アスラ・カザネリアンとも呼ばれるロクテンくん阿修羅王モードは現在シークレットな存在となっている。トゥーレ王国での活動中にも善の魔王として広めようと風音は計画していたのだが外聞が悪いと結局は情報が隠されてしまったのだ。
『こっちはこっちで工作はしておくから、もう少し待っててね』
とは、そのことに関するゆっこ姉の返答である。
工作というのがなんのことだかは風音には分からないが、ゆっこ姉には今もカザネ魔法温泉街などのフォローもしてもらっている。そのゆっこ姉の顔を潰さないためにも、アスラ・カザネリアンは現状人目に付くところでは封印せざるを得なかった。
もちろんどうしようもない事態になった場合には風音も躊躇をするつもりもないが、そういう事態が発生したらレスポンスの問題から英霊ジークの出番となる方が早そうでもあった。
「竜体化と 焔・弓花(ほむらゆみか) 、ジンライさんとライノーさんで潰し回るか。ルイーズさんのジャッジメントボルトは……切り札だから置いておくとして」
「そうねえ。アレは一応あたしのとっておきだしねえ」
いっしょに浸かっているルイーズが風音の言葉に頷いた。ここ最近では使われていないが単純火力としては 雷神砲(レールガン) やメガビームなどがある今でもルイーズのジャッジメントボルトは未だに最大火力の座を譲らない。しかし、風音が英霊ジークを温存しておきたいようにルイーズも対悪魔戦での切り札としてジャッジメントボルトはなるべく温存しておくつもりのようであった。
「後はレームの 雷神砲(レールガン) モードは至近距離で何発かぶつけたいんだけどなぁ」
「暴風の加護というものが働くのですわよね?」
そのティアラの問いに風音も頷く。
「うん、そうだね。だから命中率も下がるんだけど……でも、それがどうにもできないくらいの距離で撃てば結構通るもんだからね。ジンライさんの 雷神砲(レールガン) だと固定の設置と解除に時間がかかって危ないけどゴレムスキャノンは動きもとりやすいし防御力もあるから。特にアーマードベヒモス相手なら……うーん、オロチさんとのタッグで行かせるべきかな」
そうブツブツと口にしている風音から少し離れた場所では、
「はぁああああ……今回も出番なさそうね」
「げ、元気出せよ。なんか良いことだってあるさ」
『そうですよエミリィ』
ベヒモスの暴風の加護によりほとんど役に立たなさそうなエミリィが深いため息をついてレームとタツオが慰めていた。
今回は暴風の加護を解除するくらいダメージを与えた後の駄目押し攻撃時ぐらいしか彼女の出番はなさそうである。弓使いが不遇職であった。
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「なんか、女風呂は楽しそうだな。ああ、(姉貴の)裸見たいなぁ」
一方の男風呂。そこでは直樹がゆったりと風呂に浸かりつつ隣の女風呂でのにぎやかな声を聞きながらひどいことを呟いていた。なお、姉貴の……の部分が小声である辺りはまだ自制心が利いているようでもあった。
「いやお前。疲れてるからって気持ち悪いこと言うなよ」
しかし、横にいたライルが「うわぁ」という顔で見ていた。聞こえていたようである。
「あ、本音が出てた。けど覗きはできないからな。遠隔視だと姉貴と弓花にはバレるし」
スキル『直感』は覗きに厳しい。過去何度かの挑戦を試みて血達磨になった過去を持つ直樹はブルブルと震えていた。
その直樹の言葉に立ち上がる男がいた。
「じゃあ、いっそ直接覗きに行ってみるか」
「止しておけ。良い歳をして」
どうにもはしゃぎすぎのライノーをジンライが止めた。童帝には刺激の強すぎるミッションである。
「それにあの場にはお前の祖母もおるだろうに。シンディからあの方に報告させるぞ」
「いや、止めてくれ。殺されてしまう」
ジンライの言葉にライノーが慌てる。なお、ジンライの言うあの方とはライノーの前大公の敬愛する母親父にして前大公様であり、希代のマザコンのあの方であった。
直樹のような下半身に連動したタイプではない、生粋の信仰型マザコンである彼はハイヴァーンからルイーズが追放された際に職務放棄をして大公を辞めたほどの人物である。
「大体このことがバレたら必ず父上は一緒に来たがるぞ。直接会ったらお前もただでは済むまい」
「……むう」
ジンライは当然、前大公には嫌われていた。前大公の敬愛する母親ルイーズの元男でもあるが、可愛がっていたシンディを孕ませルイーズを振って泣かせた男でもある。その上にジンライはほとんど家にいつかない最低の夫で父親であった。
己の発言が諸刃の剣であることを悟ったジンライは温泉に肩まで浸かりながら唸った。まさしく因果応報であったのだ。