作品タイトル不明
第五百八十一話 緊急依頼を受けよう
◎ゴルディオスの街 白の館 来客室
「緊急討伐の指名依頼?」
風音たちはバトロイ工房で新装備の打ち合わせをした後、再び白の館へと戻って夕方の訓練に入ろうかという時にギルドマスターのルネイが訪れてきたのである。また母親のルイーズに会いに来たかと風音は思ったのだが、別の用件で来たそうである。つまり、その用件とはたった今風音が口にした内容であった。
「そうです」
風音の言葉にルネイが頷く。それにはその場にいるルイーズとタツオも眉をひそめた。
「それは急……だから緊急なんでしょうけど」
『緊急討伐ですか? 何を倒すんでしょう?』
戸惑いのルイーズの横、風音の頭の上にいるタツオがくわーっと鳴いて尋ねた。その言葉にルネイが依頼書を懐から取り出してテーブルの上へと置いた。
「討伐対象は超獣ベヒモス三体です」
「ベヒモスが三体……も?」
風音の呟きにルイーズがさらに目を丸くした。
「こりゃ、大事ね。場所はツヴァーラの……ユイヘサルの森の東か。ブルートゥザのいた場所よりも闇の森側ね」
「はい。場合によってはお母様の経営しているトルダ温泉街に当たる可能性もあります。連中は闇の森の中でも魔素をほとんど必要としない部類の魔物ですし、外での活動もできますから」
超獣ベヒモス。それは角の生えた巨大なカバのような魔物で、その生息地は人外の領域である闇の森をメインとしながらも、森の外でも活動を行うことができる魔物である。
ベヒモスは濃い魔素を目的として闇の森にいるのではなく、魔素を得て力がある魔物を喰らうために闇の森にいるのである。主に竜種にそうした行動をとる個体が多いのだが、討伐依頼のかかったベヒモスも同じ種類の魔物であった。
こうした魔物は餌さえあれば外でも平気で活動するため人々にとっては非常に厄介な相手なのだ。
「ベヒモスが出てきてるってことは餌があるってことだよね?」
「はい。調査班に寄ればベヒモスはイッセンマンバッファローの移動に合わせて時折森から出てきていたようですが、イッセンマンバッファローの謎の集団移動と、突如出現したアウディーンの塔周辺の地形と 魔力の川(ナーガライン) の変動によって、どうもはぐれたということらしく」
その言葉に風音とルイーズの目が丸くなり、その反応にルネイが首を傾げた。
「いかがいたしましたか?」
「えーと、いや何でも」
「ルネイ。女の子に変な質問しちゃ駄目よ。セクハラで訴えるわよ」
目が泳ぐ風音とルイーズにルネイは訝しげな目を向けるモノの、特には質問もせずに「そうですか」と返した。どうやらイッセンマンバッファローとアウディーンの塔のいずれか、或いは両方に対して何か心当たりがあるらしいとルネイは感づいたが、母親の言葉には逆らえないのであえてスルーすることにしたのである。
ルネイもライノクスの父親ほどではないが、キモくないレベルくらいにはマザコンの気があった。
「まあ、いいでしょう。話を戻します。三体のベヒモスの内一体は、今まで確認されたことのない形態とのことでして異常種の可能性があります」
その言葉には風音が眉をひそめた。地核竜やブーストグリフォン、ドラゴンイーターマザーのような上位個体である変異種とは違い、異常種とは唯一無二のユニーク個体である。有り体に言えば現在の狂い鬼やユッコネエ、クロマルなどが異常種に分類される。また、弱体化する可能性も示唆されてはいるが通常異常種はノーマル個体や変異種よりも強力であるとされていた。
「先月にも実は二体その付近に出没していまして、そちらはレイブンソウルなどが集まった混成パーティに。恐らくはレイブンソウルの方に討伐していただいたのです」
「へえ。ミナカさんたち、だから戻ってきてなかったのかな?」
「それもあるでしょうね。ランクAですから他の冒険者では対応できない依頼もいくつも請け負っていただいていたようですしね。それと以前に白き一団が討伐したブルートゥザもどうやらベヒモスの移動によって動いていたのではないかとギルドでは考えています」
「ほー、なるほど」
そして、そこまでの話の中で風音は若干の疑問がよぎった。
(あれ……塔もイッセンマンバッファローもブルートゥザ倒した後のことだよね? じゃあ、ベヒモスの動きってもしかして私たちとは無関係?)
そう考えた風音は少しだけホッとした顔になっていたのだが、ルネイはそのことには気付いていなかった。
なお、原因というモノがひとつだけとは限らない。たまたま、ベヒモスのユニーク個体の出現に恐れたブルートゥザが闇の森付近から逃げ出し風音たちが倒した後、先ほどのルネイの言葉通りの事態に発展した可能性もあるのだが、ともあれ風音の罪悪感はここで勝手に解消されていたのである。
「それで、今回は私たちにこのベヒモスたちを倒せと言うわけだね?」
「はい。恐らくはレイブンソウルの方々と協力することになるかと思います」
「お、そうなると久しぶりにミナカさんにも会えそうだね」
その風音の言葉にルイーズが思い出したように口を開いた。
「あら。ミナカって言えば、さっき来てたみたいよ」
「え、本当?」
いきなりの話に驚く風音の問いにルイーズが頷く。
「ええ、屋上からチラリと見ただけだけど、ユミカと少し模擬試合をしてからどこか出掛けていったみたいよ」
『ミナカさんというジャパネスの戦士の方ですね』
頭の上から尋ねるタツオに風音は「うん、そうだよ」と答える。
「けど、ユミカと出掛けたってことは、もしかしてカールさんのところかな?」
その言葉にはルイーズが若干の苦い顔をする。ソラエの村のカール。彼はジンライの幼なじみの孫である。またそれの意味するところを知っているのはルイーズと、匂いで分かってしまった風音だけであった。
「あー、ジンライさんって罪深いよね」
ボソリと言う風音にルイーズが「あははは」と乾いた笑いをする。
「まあ、分かっててやってるんだから、悪いのはミルラの方だとはあたしは思うけどね」
何しろジンライは子供や孫の存在すら知らないのだ。
ジンライの幼なじみミルラから産まれた子は、行きずりの旅の男との情事でできた子だとジンライは聞いていた。それは地方の村ではよくある話で、ジンライもそのことには何も触れることはなかったそうだ。知った時にはすでに妻のある身であったのだから、ジンライには出せる言葉もなかったのである。
「なんの話です、お母様?」
「なんでもないわ。セクハラで訴えるわよ」
「止めてくださいよ」
ルイーズの理不尽な言葉に渋い顔のルネイがそう返した。ちなみに両者間の権力によって判決が決まってしまうようないい加減なものだが、セクハラ裁判自体は普通にあるようである。
「あ、匂いが……帰ってきたかな」
そんな親子のやりとりの横で風音が鼻をクンクンとさせていた。それから風音は横で丸くなっていたユッコネエに指示をして部屋の外に向かわせると、しばらくしてユッコネエに連れられた弓花とミナカがやってきたのである。
「おっと、何よ。ユッコネエ……て、ルネイさん?」
「どうも。おや、ミナカさんもいっしょですか。それは都合がいい」
「ギルドマスターにカザネ、ルイーズ……さん。そのお久しぶりです」
『はじめましてー』
風音の頭の上のタツオがくわーっと鳴いて手を挙げた。
「あら、かわいらしいドラゴンさんですね。はじめまして。確か白き一団メンバーの黒竜の子ですね。お噂は伺っていますよ」
ミナカの言葉にタツオがくわーっと鳴いた。普段は黒炎装備で偽装しているタツオではあるが、クリスタルドラゴンゴーレムなどは隠さずに固有能力として説明して使っており、その愛らしさもあって猫おじさんとシップーの次に街の子供たちの間では人気であった。
「それでその、こちらにいらしているということは?」
「ええ、クエストの指名依頼です。今、カザネさんたちにベヒモスの依頼内容をお話ししているところです」
ルネイの言葉にミナカが「やっぱり」という顔をして頷いた。
「それで、いかがでしょうカザネさん?」
ルネイの問いに風音が少し唸ってから口を開く。
「うーん。まあ、いいけど……これってランクS冒険者目当てだよね? ジンライさんは一応後で合流できるとは思うけど、今はいないよ。それでも問題ない?」
「ええ、ジンライ・バーンズ個人ではなく、白き一団への指名依頼ですし問題はありません」
風音の言葉にルネイは是と頷いた。その横でミナカが首を傾げながら手を挙げて質問をした。
「あの……合流ですか? 場所はツヴァーラですし、このまま出掛けるとなると連絡だってとれないのではないですか?」
「それが何とかなる人たちなんですよ。なので問題はありません」
ルネイが諦めたような顔で言う。ミナカもあまり納得のいった顔ではなかったが、ギルドマスターの言葉であれば頷くしかなかった。
「それでルネイさん、今回はレイブンソウルの他にはパーティは呼ばないの?」
風音の試算では白き一団とレイブンソウルの二パーティあれば対処は可能だろうと考えていたが、一般的な戦力比として判断すれば闇の森の大型魔物と闘うには心許ないパーティ数である。
「いえ、もちろん他にも依頼はかけています。ツヴァーラのランクAを二パーティ招集させています。正直、相手はドラゴンよりも厄介といえば厄介ですからね。数よりは質をと思いまして。もっとも揃うかどうかは現地に行かないと分かりませんし、駄目だったらツヴァーラの王国軍に出張って貰うしかありませんが」
「まあ。そうだろうね」
ベヒモスはドラゴンよりも防御力のある機動性重視の肉弾戦専門の魔物だ。低ランクの冒険者など一網打尽にやられる可能性があった。
「けど、まあ今回はジンライさんの 雷神砲(レールガン) は多分使えないし、厄介な相手ではあるねえ」
「そうなの?」
風音の言葉に弓花が尋ねると風音は「うん」と頷いた。
「 雷神砲(レールガン) はドラゴンイーターとか投擲耐性のない相手ならよく効くんだけどね。命中精度が低いからドラゴンの風の加護とかでも避けられちゃうし、ベヒモスはその上の暴風の加護ってのを持ってるんだよね」
だからこその肉弾戦専門の魔物。狩る側もガチのぶつかり合いを強いられる恐ろしい相手であるのだ。
「レームの 雷神砲(レールガン) モードなら命中精度は高いからイケるかも知れないし撃っては貰うけど、ジンライさんはシップーと共にスピードでかき回して貰った方がいいよ」
『おお、レームやりますな』
くわーっと頭の上でタツオが鳴いている。レームのお役立ち度が高すぎて、エミリィとライルの立場が絶賛ピンチであった。
「まあ、とりあえずは移動ルートを決めて、目的地までさっさと行こうか。どうせ、私たちの移動速度も念頭には入ってるんだよね。ルネイさん?」
風音はルネイにそう返すと、ルネイも「遠慮せずに行っちゃってください」と少し汗をかきながら頷いた。それはつまり、タツヨシくんケイローンとサンダーチャリオットを自重せずに走らせられるということであった。