作品タイトル不明
第五百六十話 地球を割ろう
旦那様とグリグリが仲悪いんならやっぱり連れて帰った方がいいのかなあ……と寂しそうに呟く風音にラインハルトことグリグリが「グルゥ」と嬉しそうに鳴き、ナーガが「いや、絶対に預かる。任せておくが良い」と強弁して状況が収まった後、その日の夜はドラゴンと竜人族の長老や一部の権力者などが集まり風音とタツオの帰還と新たなる仲間となるグリグリの歓迎の宴が開かれたのであった。
それから一夜が明け、昼を過ぎた頃合いになるとタツオをナーガの元に預けた風音は西白候ビャクの管理する岩場へとやってきていた。この竜の里へと帰る際に風音はあることを計画していて、ここでそれを実行することにしたのである。
◎東の竜の里ゼーガン 西白候の岩場
「ビャクさん、ごめんね。場所を借りちゃって」
風音が謝る先には宙に浮かぶ東洋風の白いドラゴンがいた。それはゼーガンを護る護剣の四竜の西白候ビャクである。彼女は風音に相談されたアオから連絡を受けて、風音に自らの土地を貸し出してくれたのであった。
『いえ、お役に立てるのであれば何よりです。この周辺から同胞は退避させておりますし、思う存分に力を振るっていただいても問題はありません』
「私の方で幾重にも結界を張りましたし、これでどうにかなるでしょう」
ビャクの言葉にアオが続けて風音に言う。そのアオの言葉通り、岩場の周囲には青い炎が舞いこの地域一帯を覆っているようだった。それは物理、魔術問わずシャットアウトする効力があるとアオは説明していた。
そして、この場にいるのは風音に、この地の管理をしている西白候ビャク、それに保護者代わりというか監視係というかそんな感じのアオと興味があるからと付いてきたジンライであった。他のメンバーも来たがってはいたのだが、ここで行うことの危険性を考慮して風音が止めていたのである。
「そんじゃあ、喚ぶからね」
そう口にすると風音は一歩前へと出て、己の手を天に掲げた。
「来てジークッ!」
そして、風音が己の意志で英霊ジークを喚ぶと、はめられた英霊召喚の指輪が強烈な光を放ち、そこから真白い美麗な甲冑と豪奢な赤いマントに身を包んだ銀の長髪の戦士が飛び出してきたのである。
それには風音と英霊ジーク本人以外の全員が感嘆の声をあげた。アオとビャクは初めて英霊ジークを見るがその実力のほどがふたりにはよく分かったのだ。そしてジンライは英霊ジークの実力を何度となく実感しているが、その力強さに改めて感動しているようであった。
英霊ジークはその場に降り立ち、風音へと声をかけた。
「久方ぶりだな。我が半身よ」
「まあね。カルラ王と戦った以来だね」
風音の言葉に英霊ジークが苦い顔をする。前回のカルラ王戦ではビックリするほどの最強の戦士(笑)っぷりを見せつけたのだから、英霊ジークが渋めの顔になるのも無理はなかった。もっともそんな英霊ジークの表情も気にせずに横にいるジンライが口を開いた。
「ふむ。せっかくの機会なのだからワシと手合わせを願いたいのだが」
「いや、今回はそういう目的じゃないからね。自重してねジンライさん」
困り顔で言う風音にジンライが露骨に残念そうな顔をする。ジンライは己の欲望に忠実な男であった。しかし、風音としても今回は英霊ジークをジンライと戦わせるわけには行かない。
何しろ、これからここで何が行われるかと言えば、達良から譲渡された滅びの神剣『アースブレイカー』の試し斬りなのである。
滅びの神剣『アースブレイカー』は、 地球(ガイア) を愛するが故に 地球(ガイア) への飽くなき挑戦心を持つ達良がいつの日か 地球(ガイア) をまっぷたつに切り裂きたいという願いを込めて造り上げた英霊ジーク専用の剣である。
現状の、いつ出てくるか分からない悪魔用の手札として英霊ジークはキープしておきたい風音ではあったが、この実力者ぞろいの東の竜の里であれば英霊ジークを使用しても悪魔への対処は可能だろうと判断しここで試し斬りを行うことを願い出たのである。
「前回は本当に酷かった。カルラ王の前で無様に剣に吸い込まれていった姿は今でも目に焼き付いてるよ」
「それを言うな。その言葉は確実に汝にブーメランとなって跳ね返るぞ」
心から苦い顔をしている英霊ジークが言葉を返し、風音がぐぬぬ顔となった。
英霊ジークの中身の人格はロールプレイしている風音そのものである。その上に知識も同じなのだから、カルラ王の前での失態は風音の認識の甘さ故のことでもあった。なので風音は頭を切り替えて英霊ジークに口を開いた。
「まあ、いいや。今後はあんな失態をしないために実際に特訓してもらうからね」
「我とてあのような笑えない失態は二度とごめんだからな。いつでもいいから剣を出してくれ」
英霊ジークはそう言って、大翼の剣リーンの収まった天鏡の大盾ゼガイをその場に降ろした。それを見て風音は頷いた。
「じゃあ、出すよ」
その場の全員が緊張のまなざしで見る中で、風音は己のアイテムボックスのウィンドウを開き、リストの中から滅びの神剣『アースブレイカー』を選択すると自ら触る前に飛び退いたのである。そして、そのまま空中に出現した『アースブレイカー』が落ちて地面に突き刺さった。
「ほぉ……それが、タツヨシ王が風音の英霊用に造り上げた剣ですか」
見た目は銀色をした質素な剣である。それを非常に興味深そうにアオが見ているが、横にいるビャクは怯えているようだった。
『底知れぬ深淵を感じます。あれは人の扱って良いものでは……いや、竜ですら飲み込むものでは?』
その言葉に英霊ジークが頷いた。
「汝の言葉は正しい。これは、この世で我のみが扱えるものとして達良が造り上げた至高の剣なのだからな。まあ、見ているが良い」
その言葉にジンライの喉が鳴る。弓花の所有する聖者の槍ムータンの引き込まれるような淫靡な美しさにも惹かれたが、目の前に突き刺さった剣の相変わらず身震いするような気配にもジンライは目を輝かせていた。簡単に言えばジンライはこういうモノが大好きなのである。
「ジーク、やれる?」
「無論」
風音の言葉に英霊ジークが頷いて両手で剣を握ると、大地より引き抜いて天へと掲げた。その途端に剣へと英霊ジークの魔力と体力を合わせた生命力が流れ始めた。
「これは……凄まじいですね」
アオが冷や汗をかきながら、そう声をあげた。まるで激流のごとく昇り上がる力の奔流に英霊ジークの顔が歪む。その様子を見れば、このままでは前回の二の舞なのは明らかであった。しかし、風音も慌てない。
「ジークッ!」
その風音の声に英霊ジークが頷いた。すでに風音と英霊ジークは知っているのだ。前回のカルラ王との戦いでの失敗は簡単なことであった。剣を扱う前に受けたダメージで体力と魔力のバランスが崩れていたという理由もあったのだが、最大の問題はあの時点で英霊ジークはアースブレイカー『のみ』に己の全力を注げていなかったのである。
「 着脱(キャストオフ) !」
ジークが高らかに叫びあげると魔力風とともに神帝の外套と呼ばれる赤いマントが外れて宙を舞い、聖白銀の全身甲冑『セラフィン』の装甲もその場で弾け飛び、インナーも破り裂かれて、ジークの甘いマスクとは若干不釣り合いな、煌めくような見事な筋肉がその場にさらけ出されたのだ。
「ウォォオオ!」
風音がそれを見て叫び声をあげた。筋肉に魅せられていた。
実のところ、英霊ジークは纏っている鎧にマントや盾へと己の力を常に注ぎ続けていた。己の力を攻撃よりも防御に優先させ、攻撃力は達良より与えられた大翼の剣リーンに依存していたのである。
英霊ジークの強固さはそのほとんどの力を防御に注いでいたためであった。
元々、達良のアドバイスも受けて造り上げられた風音の英霊ジークは必殺力こそ低いが、時間さえかければどんな敵にも勝てるをコンセプトに造り上げられたものだった。しかし英霊召喚には制限時間が存在し、英霊ジークは己の特性を十分に生かすことができないでいたのである。
だからこそ、達良はその剣を作ったのだ。
制限時間内でも強敵を倒せるだけの力を生み出す滅びの神剣『アースブレイカー』。己の防御をすべて捨て、英霊ジークの力すべてを攻撃力へと変換するのが滅びの神剣という英霊ジークの新たなるパーツであった。
「ウォォオオオオオオオッ!!」
英霊ジークの雄叫びがその場に木霊する。今回はカルラ王戦のような問題も起きていない。英霊ジークの力すべてが銀の剣にそそぎ込まれ、とてつもなく濃縮された白く輝く生命の力を刀身に宿していた。
その輝きにはジンライもアオもビャクも声が出ない。そこに込められた力があまりにも重いのだ。山の如き強大な力が剣という一個の形に収まっているかのようなイメージが彼らの中にはできていた。
それを英霊ジークは集中しながら振るう。振るう剣の軌跡が周囲を歪ませ、振動させる。強大な存在との干渉で英霊ジークの周りの空間にまで影響が出ているようだった。
そんな中、風音の視線は剣以外のものも捉えていた。
具体的に言うとセミヌード姿の英霊ジークの肉体に風音の熱視線は注がれていた。なんという均整の取れた美しい肉体だろうか。思わず両手を前に出して風音はワキワキさせていた。
えーやないか? 中身、自分やろ? ちょっとおイタしても合法やろ? 触らせろや? な、ちょっとだけでええんやで? ちょっーーーーーとおいちゃんに触らせてーや? 的な風音の欲望の声が顔ににじみ出ていたのである。何しろ相手は自分なのだ。ならばどう扱ってもいいのではないか。今ならばパンツに金をつっこむことも許されるのではないか。そんなことが一瞬風音の頭の中を掠めていったが、その風音の思考がすべて読めていた英霊ジークの顔は本気で拒絶反応を示していた。
「…………ウァ」
目の前で自分が自分に欲望全開の視線を向けてきている。怖気が走るとはまさにこのことだろうか。そう考えた英霊ジークの集中力が一瞬途切れ、その剣にとどめていた力が……表現するならば、スッポ抜けた感覚があった。
「あ」「え?」「は?」「おや?」『ちょっ!?』
同時に英霊ジークの剣先から強大な力の刃が放出される。それは目の前に真っ白な壁ができたかのような凄まじい何かだった。それが英霊ジークの目の前にある岩場へと走り抜け、大地を抉り破壊した。
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「汝はバカか。あれほど集中力がいるものだと達良が言っていただろうが。今の汝は、そう……直樹だ。まるで直樹の顔をしていたぞ。最悪だ。汝は最悪に気持ち悪い奴だった」
「おおお、ごめんなさい。直樹は、直樹はやだよぉおお!!」
すべてが終わった後、自分の分身に土下座をしている風音がいた。英霊ジークの直樹呼ばわりが、つまりは事実としてそうなのだろうと理解し風音の心を強く抉っていた。平坦なる大地が張り裂けそうであった。大粒の涙をボロボロとこぼしながら風音は反省していたのだ。
「これは……ああ、地球を割るってタツヨシ王は本気で考えてたんですかねえ」
そして、風音たちの横ではアオが呆気にとられた顔で目の前の惨状を見ていた。英霊ジークの持っていた『アースブレイカー』より発せられた生命の刃は目の前の岩場を完全にまっぷたつに切り裂き、その場に奈落のように底が見えない崖を造り出していた。
『ま、まあ、ちゃんと避難はさせておいて……せ、正解でしたね』
普段はクールビューティーな東洋竜ビャクにしても、アオに返す言葉に精彩がなかった。こうなることも想定して場所を貸し出したのは事実ではあるが、まさかアオの結界をたやすく破壊し、ここまでの惨状を引き起こしてしまうとはビャクにしても思ってもいなかった。
そんな状況の中、激情のままに風音を叱り続ける英霊ジークをジンライは見ながら、
「うーん。手合わせしてはもらえぬかなあ」
とのたまっていたが、英霊ジークの説教は本人が消滅する時間まで続き、結局ジンライがその日に英霊ジークと手合わせすることはできなかったのであった。