作品タイトル不明
第五百六十一話 厄介ごとを告げられよう
◎東の竜の里ゼーガン 西白候の岩場
『パイモン師匠。あれを……』
東の竜の里ゼーガン。その地の上空を二体のドラゴンが飛んでいた。内一体はヴァラオンという名の、木竜へと変異した成竜である。そしてともにいるのは東方より来た神竜帝ナーガの盟友、三十メートルを超える世界最大クラスのドラゴンである蒼穹竜パイモンであった。
三日ぶりに里へと戻った二体のドラゴンが西白候の管理する地域の上を通過する際に、大地に一文字に抉られた傷痕があったのである。
『ほほぉ。これはまた盛大にやりおったな』
そこで何かが起きたのは一目瞭然だった。そして、パイモンたちが里を出たときには見かけていなかったのだから、彼らが里の外に出ている間に起こったことであるのも明白であった。
『おっそろしいパワーですね。誰がこんなことをしたんだろう?』
『そりゃ決まっておるじゃろうて。あの連中が来ると言うておったろう?』
そのパイモンの言葉にはヴァラオンが眉をひそめる。
パイモンの言っている連中というのが誰を指しているのかはヴァラオンにも見当はついたが、しかしそれは己の命の恩人にして竜族の頂点の 番(つがい) でもある相手だ。ナーガに準じるほどに敬愛する存在と言っても良い神竜皇后に対しての決めつけに近い言葉にヴァラオンは少々不機嫌になったのだが、それを見てパイモンが笑った。
『まあ、あの周りには竜の気配もないし散った様子もない。戦闘の気配もないのだから恐らくはあそこで何かを試した……ということだろうよ』
『試した? 何を?』
ヴァラオンの問いにはパイモンも「知らんよ」と返した。
『ワシが見たお嬢ちゃんはただのお嬢ちゃんのようではあったが、恐ろしい力を秘めておるようだな』
『まあ、ナーガ様の見初めた相手だ。当然だろうさ』
ヴァラオンはそう言って返した。
『かもしれんな。であれば急ぐか。もうじき大竜御殿じゃ。お前も命の恩人にはよう挨拶もしたいじゃろうて』
『了解。つっても気は重いんですけどね』
ヴァラオンの苦笑に、パイモンも頷きながら先へと進んでいく。
ヴァラオンとパイモンの師弟コンビが里を出ていたのは、この里でかつて起きた問題の調査のためである。その調査の結果、彼らはあるものを見つけてしまったのだ。
そして、恐らくはヴァラオンの予想が確かならば、この案件は神竜皇后に願い出るのがもっとも良いはずなのだ。己の命の恩人に、厄介ごとを頼まなければならないと思うとヴァラオンの足取りは重くなる。しかし、仲間の危機を見過ごすわけにもいかない。
それ故にヴァラオンも、パイモンにしても実に気の重い様子であったのだ。
◎大竜御殿 神竜皇后の間
「ぺっかー」
大竜御殿の中で自分専用の部屋の中で風音は笑顔で立っていた。昨晩まで落ち込んでいたのが嘘のように風音は輝いていたのだ。それはティアラが必死に「かわいいですわ」コールを風音にし続けた結果である。そう風音はかわいく元気な子だ。直樹っぽくて気持ち悪い風音など、もうどこにもいなかったのである。
「姉貴。昨日はその……残念だったな。大丈夫か?」
「うん。問題ないよ直樹。心配かけてごめんね」
風音が屈託のない笑顔で部屋にやってきた直樹にそう言って謝った。それから風音は直樹をジッと見た。
「な、なんだよ。姉貴?」
直樹が尋ねるが風音は答えない。いや答えられなかった。風音は自分とは違い、気持ちが悪いままの直樹が不憫でならなかったのだ。そのことがあまりにもかわいそうで風音は直樹をギュッと抱きしめた。
「おいおい、姉貴。それはちょっと……照れる」
直樹はそう口にしながらも満面の笑顔であったが風音の心中には当然気付いてはいなかった。
(不憫だ。こんなに気持ち悪いなんて……ごめん直樹。お姉ちゃんがいるのに、こんな風に育ててしまってごめんね)
風音は己がそうでないことの喜びと、弟の不憫さを嘆く悲しみにその身が張り裂けそうであった。自分だけがキモい状態から脱したことに対する罪悪感から、今も鼻息荒い弟を抱きしめて風音は自身を罰しているのである。実に酷い話であった。そんな風音たちの前ではタツオがくわーっと飛んでいた。
「グルゥ」
『グリグリはやっぱり素早いですねえ』
くわーっと鳴きながらタツオが『ていやっ』と動き回るグリグリの尻尾の先を飛びながら追っている。竜族では幼体ドラゴンが空を飛び始めたときにはこうした飛行練習を行うのだという。
確かにタツオはそれなりに長い時間飛べるし、速度も遅くはない。しかし、わずかな空間内で軌道を変えて縦横無尽に動き回るような真似はまだできていなかったのでちょうど良い訓練法であった。
それに幼体の頃に空を飛べるドラゴンはそう多くはないし、大きくなるとこうした訓練もサイズの問題でできなくなる。そのため、早期にこの訓練に入れれば空中軌道においても優秀な竜となることは約束されたも同然であると言われていた。タツオの将来のアドバンテージがまたひとつ増えたのである。
「グルルゥ、グルッグー」
ギュンギュンと動かすグリグリの尻尾にタツオがくわーっと徐々にスピードを速めていく。
なお、タツオは通常の飛行に加えてスキル『空中跳び』も使えるので、それらをプラスしての変則機動はグリグリといえど相当に本気で尻尾を動かさなければならなかった。そして、そこに突然部屋の外からドラゴンがやってきたのである。
『すみません。神竜皇后様』
「はい?」
「グルゥ?」
風音と当時にグリグリが振り向き、尻尾があらぬ方に飛んで、タツオがくわーっとダッシュで向かって尻尾にしがみついた。
「グルルゥ!?」
『やりましたーーー!』
タツオがくわーっと鳴いてガッツポーズを取ると、その場にいる全員がそれには拍手をした。尻尾訓練は尻尾を捕まえたら褒めてあげるのが成長のコツなのだそうだ。先ほどまで一緒にいたアオがそう言っていたのである。
『あの……神竜帝ナーガ様が……その、お呼びです』
そして、拍手が鳴り響く中でひとり取り残された伝令係のドラゴンが、とりあえずは己の役割である伝令を告げていた。
◎大竜御殿 神竜帝の間
『ふむ。調子は良さそうだなカザネよ』
伝令係に風音を呼ばせてから十分ほどすると風音がグリグリに乗って神竜帝の間にやってきた。
グルゥと鳴いているグリグリの頭の上に正座して乗っている風音はナーガの言葉通りに上機嫌であった。
「うん。パイモンさんもヴァラオンさんもお久しぶり。ふたりとも調査に出てたって聞いてたけど、帰ってきたんだね」
風音がその場にいるヴァラオンとパイモンにも挨拶をし、ふたりも風音に挨拶を返す。パイモンがグリグリを見てギョッとしていたが、風音がグリグリと紹介したことで何かを察したのか面倒になってスルーしたのか『よろしくなグリグリ』と言って終わったのであった。
ナーガはその様子を見てうんうんと頷く。グリグリことラインハルトの上に乗っていることに若干思うところはあるが、まさかナーガが自ら風音を呼びにいって、そのまま風音を乗せて戻ってくるわけにもいかない。旦那様としての矜持がそこにあった。
(いや、それもありかもしれんが)
矜持に拘って后を失うのは避けたいナーガが少しだけ心の中で自問自答していたが、ともあれ風音の元気が戻ったのは素直に喜ばしいことだった。
昨日の風音はまるで死んだ魚のような目をしていたのだ。また一言、直樹と呟いていたのもナーガは憶えている。だから兄弟の絆が風音を救ったのかも知れないな……ともナーガは風音を見て思っていた。
もっともどうあれ、ナーガは風音を呼ばざるを得なかった。何かしらしていた方が気も晴れるのでは……という思いもあったが、そうした配慮も必要なくなったナーガはそのまま本来の用件を進めることを考え、ヴァラオンに視線を送ったのである。
『神竜皇后様。実は現在、この里はある問題を抱えているんですが……その、聞いてはいただけないでしょうか?』
そのヴァラオンの言葉に風音が首を傾げた。一緒にグリグリも首を傾げたので風音が落ちかかって、風音がジタバタした。そして、ヴァラオンは風音がもう一度グリグリの頭の上に戻るまで話を待つ必要があったのである。
「ドラゴンイーターの群れ?」
風音も落ち着いてからようやくヴァラオンも話ができるようなったのだが、その内容には風音も思わず目を丸くした。
ヴァラオンの話を要約すると、どうやらヴァラオンとパイモンは風音たちが以前に里で戦ったドラゴンイーターの出元を探っていたのだという。ドラゴンや竜人、隣国へも調査を依頼し探索を進めていったところ、ここより北にあるモルフォド山脈の 麓(ふもと) に彼らと枝分かれしたらしいドラゴンイーターが存在していることが分かったとのことなのだ。
『ええ。問題なのはそこが地竜たちの群れの通りが激しいところで、それが纏めて引っかかってえらいことになってるようなんです。正直今もかなりヤバい状況なんですわ』
『ワシも少々引っかかりそうになっての。ヴァラオンの匂いに惹かれて離脱してなかったら今頃はあの中に入っておったかもしれん』
『酷かった……ジジィ、いや師匠に襲われかかって酷かった』
ヴァラオンがパイモンに襲われかけた過去を思い出してブルブル震えていた。よほど酷い状況だったらしい。
「うーん。旦那様は私にそれをどうにかしてこいって頼みたいってことかな?」
風音の言葉にナーガが申し訳なさそうに頭を下げる。
『悪いが頼めるか? 常であればハイヴァーンに連絡を入れて軍を派遣させるところではあるのだが、下位竜たちの群れが多くいる地域でな。このまま座して見ていると被害が広がり続けてしまうだろう』
その言葉に風音も少し考えてから「仲間たちとは相談するけどね」と前置きながら 小さな胸(グレートウォール) をドンと叩いて、
「任せてよ」
と言ったのであった。