作品タイトル不明
第五百五十九話 惚れた弱みを見せつけよう
「ちょっと……待って下さい。いや、まさか」
『生きているだと? バカなッ!?』
ラインハルトの言葉にアオとナーガの両方が悲鳴のような声をあげた。それを見てラインハルトが呆気にとられた後、重々しい声で尋ねた。
『つまり、ガイエルは再び世に出てきていないということだな?』
「ええ。ガイエルも……殺魅一号もあれ以降見た者はいません」
『一号?』
ラインハルトが聞き慣れぬ単語に聞き返した。
「え? ああ、はい。非殺傷仕様の二号が後に造られたんですよ。一号に比べると性能は大したことはないのですが……まあ、タツヨシ王基準では……ですけどね」
アオは言葉を返しながらも、その顔からは徐々に血の気が引いていった。アオの頭の中では今最悪の想像が駆けめぐっていたのだ。
(殺魅一号も竜帝ガイエルも……悪魔たちの元にいるということは……)
両者の戦闘力は非常に強力だ。それらが復活した場合にアオやナーガで対抗しきれるかは分からない。しかし、アオにとっての最大の懸念はそこではない。戦力だけならば今の時代は『殲滅の魔女』がいるのだ。
しかしアオにとっては『ガイエルが生きている』という事実こそが問題だった。さらに正確に言えば竜帝ガイエル、達良と同様のプレイヤーにしてMOD使いである男が持っていた『アーティファクト』こそがアオにとっての問題であった。
ここまでにコーラル神殿にある八つの最上位アーティファクトの内、七つまでは現在の持ち主をアオは把握している。 紅の聖柩(クリムゾン・アーク) と 無限の鍵(インフィニティ・キー) は風音が、 神狼の腕輪(フェンリル・リング) は弓花が、 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) は直樹が、 真実の目の額飾り(ホルスアイ・サークレット) はユウコ女王が、そして 制約の黄金鎖(ギアス・ゴルディチェーン) はオロチが、 時空の覇剣(ディメンジョン・ソード) は悪魔王ユキトが持っている。
その七つに加えて、最上位アーティファクトには 支配の竜冠(ドミネイト・ドラゴンクラウン) というものが存在していた。
それは竜帝ガイエルが戦争を引き起こした切っ掛けとなった、竜族を支配するアーティファクト。最終的に大陸中の知性あるドラゴンを三分の一以下にまで減らした戦争の元凶であり、ドラゴンという種族にとっては悪夢そのもののアーティファクトだ。
「風音たちも 支配の竜冠(ドミネイト・ドラゴンクラウン) はなかったと言っていたし……以前に出会ったプレイヤーもみな持ち去られた後だとは言っていたが……」
誰かが持っているだろうとは思っていた。もっともMOD使いの能力と合わせなければ、精々がドラゴンイーター程度かソレ以下の影響力しかないものだ。MOD使いが今後出現しないことは神々より告げられていたし未発見のままでもそれほど重要視もされていなかった。
しかしガイエルが生きている。それはつまり再び人竜戦争が引き起こされる可能性があるということだった。
『落ち着けアオよ』
アオの狼狽えぶりを見かねたナーガが声をかける。
「しかしですねッ」
アオはナーガの言葉に感情的に返す。しかし、その自分の声でアオは熱くなっている己に気が付いた。
「あ、すみません。少々……いえ、随分と周りが見えなくなっていたようです」
『分かれば良い。それよりもだ。その話が事実として……ひとつの可能性が見えてきたのではないかな?』
ナーガの続く言葉にアオが一瞬惚けた顔をし、それからすぐにハッとした表情となった。
「可能性……そうか。悪魔襲撃の際に連中が欲したのはハガスの心臓でしたね」
ふたりの言葉にラインハルトが反応する。
『どういうことだ?』
「この里は半年ほど前に悪魔の軍勢に襲われているのです。彼らの狙いは黒竜ハガスの心臓でした」
アオが苛立ちを交えてそう答えた。北黒候ゲンを始めとする彼の育てたドラゴンたちがあの戦いで何体も殺されているのだ。アオの中にある悪魔への怒りの炎は未だ激しく渦巻いている。
『して、心臓は無事だったのか?』
『奪われた……が、封印がかけられておる。あれを解くのは不可能であろう』
奪われたと聞いて一瞬目を見開いたラインハルトであったが、続いたナーガの言葉に『そうか』とだけ返した。
ナーガがそう言うのであればそうなのだろうと信じるだけの信頼がふたりにはあった。
「しかし、黒竜ハガスはラインハルト様同様にダンジョンで再生されました。死んでいるのは確実ではあるはずです」
アオの言葉にナーガは頷くも、だがその表情は硬い。
『その通りだ。 魔力の川(ナーガライン) にハガスの魂が昇っていったのは間違いあるまい。しかし、当時のハガスはガイエルと融合しておった』
その言葉にアオが眉をひそめる。アオもナーガ同様に別の可能性に思い当たったのだ。
「つまりは連中が心臓を狙ったのはガイエルと融合していたハガスの肉体を復活させ、そのままガイエルをも……ということでしょうか?」
『分からんがそうやもしれん。なぜ今なのか、それにあの人形が里襲撃の際におらんかったことも気にはなる。あちらはあちらで上手くことが進んでおらんのかもしれんがな』
そこまで言って、ナーガは目の前のラインハルトが口を出してこないのを見て、訝しげな視線を送る。
『おい、どうしたラインハ』
「ぐ、グルゥ」
『グルゥ?』「グルゥ?」
ナーガとアオが首を傾げる後ろで、ラインハルトは後ろを向いた。そして、ナーガとアオ、ラインハルトの目にドタドタと風音が走ってやってくるのが映ったのである。
『か、カザネか。どうしたのだ?』
唐突な登場に驚いたナーガの問いに、風音は部屋の中までやってきてからムスッとした顔で言葉を返す。
「どうしたのじゃないよ。いきなり大声あげてたみたいだから、ビックリして来てみたんだよ」
「グルゥ、グルルゥ」
ラインハルトが鳴きながら、風音に頬を摺り寄せている。ナーガは『この野郎ッ!』と思ったが千年以上を生きる老竜の精神力を駆使してグッと堪えた。
ナーガとしても風音が人間の男と 番(つがい) となるのであれば、それは止むなしと考えている。種族の違いというものはあるし、少なくとも竜族の愛情と人のそれはまた別種のもので風音と自分の絆がそれで途絶えるとはナーガは思ってはいなかった。しかし、同種であるならばそれは別なのだ。ナーガの中に嫉妬の炎が渦巻いたが、己の后の前で醜態を晒すこともナーガは望まなかった。だから、己を強く抑え込んだのだ。
「もう旦那様。グリグリいじめたりしてないよね。身体は大きいけどまだまだ子供みたいな子なんだから」
『い、いや、違うのだ。そうではなくてだな』
しどろもどろに答えるナーガにラインハルトが「グルルゥ」と小気味良さそうに笑っている。その様子に青筋を立てながらナーガは笑顔で風音に口を開いた。
『其奴がな。恐ろしく臭い屁をこきおったのよ。つい、それに驚いてしまってな』
「え?」
風音がついラインハルトから後ずさった。ラインハルトが悲しそうにグルゥと鳴いてナーガを睨んだ。
「でも臭いも音もしなかったし」
首を傾げる風音にナーガはさらに畳み掛ける。
『それはほれ、腹立たしいことにスカしであったのよ。臭いはアオが消したのだ。余りに臭かったので反射的にな』
「アオさんが?」
「え?」
アオは「ナニイッテンデスカアンタハ?」的な視線を向けたがナーガは無視した。今のナーガはそれどころではない。神竜帝として、夫としての沽券がそこにかかっていた。
『アオは人から竜に変わった変わり種であるからな。そうした人間の生活に役立つ魔術の研究もしておるのよ。ふむ、それが役に立ったということだな』
「なるほど。凄いねアオさん」
風音の謎の感動顔にアオが微妙な笑みを浮かべて「どういたしまして」と返した。そして力なく肩を落とした。
実はナーガが口にした通りにアオは異世界トリッパーらしく生活に役立つ魔術を研究し、実際に完成したものを生活魔術と名付けて人の世にも流したりもしていた。もっとも屁の臭いを消す魔術などアオは造っていない(そもそも似た魔術は存在している)のだが、ナーガの必死そうな顔を見てアオも反論する気をなくしていた。
こうした反応のナーガを見るのは出会って初めてであるし、なぜだかアオは笑いがこみ上げてきたのだ。そのことに気付いてアオはハッと自分の口元を抑えたが、
「グルルルルルルルゥゥゥウウウウウッ!!」
そのアオよりも遙かに笑い転げている者がいた。それはもちろん 鷲獅子竜族(ドラグリフォス) の勇者にしてナーガの盟友でもあるラインハルトであった。風音の横で過呼吸を起こすほどに笑っているラインハルトを見て、ナーガが必死で叫び声をあげるのを堪えながら紅い竜気を放ち続け、それを見て風音がオロオロとしている光景は、他の白き一団メンバーが来るまで続いたのであった。